第三章 ソフィアの過失
26.悪夢、凌辱
着ているのはかつての学生服だ。黒字に赤いラインの入った学校のそれである。
なんだここは……。
確か私はANALの施設内にいて、そこで宇宙飛行士の選抜試験や検査を受けていて……。内視鏡検査を受けたことまでは覚えている。
その後はなにがあったのか。記憶がおぼろげでよくわからない。
ただ、それはなにかとてつもなく恐ろしいものであり、美影は自身の心の奥底に封じ込めていた記憶が吐き出されるのを感じたような気がしていた。
(あれはなんだったのだろう)
そんなことを想っていると、遥か彼方から白いものが流れてくるのが視えた。
近づくのを待って引き上げてみると、それはゲシュヴィッツ伯爵令嬢だった。
どこへ行っていたんだろう?
やがて息を吹き返した少女は、ようやく目を開けた――ような気がした。
「美影……」
突然抱きつかれた。
どうしていいものか、両手が宙を泳ぐ。
やがてそっと背中を抱きかかえると、伯爵令嬢は落ち着いたように深く呼吸してみせるのだった。
「美影、もうどこにもいかないで。わたくしを一人にしないで……」
突然の告白だった。
「わかってるわ。あなたを一人になんかさせやしない」
「ああ、美影」
平然と口をついて出たのはそんなやりとりだった。
ゲシュヴィッツはいよいよ美影を強く抱きしめる。
いつの間にか二人は全裸になっていた。
抱き合ったまま、恥じらいを見せるわけでもなく、ごく自然に二人の身体は一つに重なった。なんだこりゃあ、と思う。同性同士で結ばれるなどということがあり得るのだろうか。
「美影、あなたのことが好きよ」
「私もよ。でも、まだこんなことをするには早いのではないかしら……」
「そんなこと、どうだっていいじゃありませんこと。今はただ、あなたがこちら側へやって来てくれたことだけが嬉しいのですわ」
「こちら側?」
「分からないのなら今はそれで構いませんわ」
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢はあっさりと言ってのけた。確かにどうでもいいことかもしれない。今まで世界から疎外されて来た自分が、今はこうして確かな結びつきを得ている。それだけじゅうぶんに思えたのだ。
「美影……ああ、美影……」
粘膜の擦れる水気の多い音が二人の下半身から聞こえてくる。
かすかな刺激と快楽を伴って、二人は時間を忘れて愛し合った。
永劫にも思える時間が過ぎたようでもあり、また一瞬のようにも思える。
ふと気がつくと、美影の身体に抱き着いていたのは伯爵令嬢ではなかった。
「えっ」
漆黒の、どろどろとした物体が人の形をして目の前にいる。
抱き着いているのはつるりとした白灰色の仮面をもつものだ。その姿には見覚えがあった。
(これは……まさか……)
恐怖。認識があやふやなまま美影はそいつを振りほどこうとする。
その刹那、黒いどろどろは美影の口内に侵入してきた。
いや、口だけではない。一つに重ねた下半身の穴という穴から入り込んでくる。
性器や尿道、果ては肛門に至るまでが犯されてゆくのを感じた。
苦痛はない。ただ、反射的な吐き気が込み上げてきた。
もっとも、吐き出せるようなものは何一つとしてなかったのだが……。
そのとき小舟が大きく揺れた。
今まで海を満たしていたどろどろは、全てそいつを構成する生体組織だった。
ばらばらだったそれらが、結合しながら小舟に這い上がってくる。
耐えきれずに転覆する舟。漆黒の海に投げ出された美影を待っていたのはさらなる凌辱だった。
全身の穴という穴から化け物たちの侵入を許しながら、それでもなおこの世界は続いている。夢なのだろうか、とこの段階で思った。悪夢には違いない。ならば早く覚めてくれ。そう願った。
海面に首を出すと、遥か彼方を誰かが走ってゆくのが視えた。
そいつは漆黒の海の上を小走りに、何かを小脇に抱えたまま逃げてゆく。
なんだろうと首を傾げると、抱えられていたのは美影自身の首だった。
遠ざかってゆくのは取り残された自分の身体だ。ああ、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます