23.聖なる儀式、其の名は浣腸
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アセンション――辞書を引けば、上位とか天国へ行くこととかという意味が見て取れる文言だ。
早い話が昇天。
昇天するという事こそが煩悩からの解放である。そしてそれにはまず煩悩を満たすべき。満たさずして昇天はありえないし、解脱への道もまた遠くになりにけりだと、道を行く街宣車ががなり立てている。あれも〈教団〉のものだろう。
あれ、いつの間に外に出たんだったか……。
高橋は、ビデオの構想を練りながら街を練り歩く。
やがて見えてきたのは例の少女――天満美影が通っていた学校だった。
「やあ」と高橋は校門から出てきた美影の幻影に声をかけた。「今日も一人かい」
「どうだっていいじゃないですか」と答えるのは幻の少女だ。
「それは構わないけれど、どう、そっちはうまくやっているのだろうか」
「不審者扱いされますよ」
そんな妄想のやり取りをしながら帰路に就く高橋。ほどなくしてコンキスタドールの地下スタジオへと降りてゆく。
「おお、高橋はん。ちょうどいま撮影の真っ最中ですわ。ぜひ見てってな」
真顔で出迎えるのはナベさんだった。いまは上半身をはだけ、AV女優二人に乳首を舐めさせている。これはな、ワシの魂を二人に注入する儀じゃ。さ、二人とも、煩悩……開放!
「開放!」
「開放!」
「開放!」
女優たちはそこそこに年齢のいった女たちだった。
股の緩そうな――というのは高橋の勝手な印象ですが――女たちだった。
数多くの撮影現場を経た、いわば勲章であろう。
撃墜数を競うアメリカ空軍エースパイロットのそれと何が違う。戦わないだけこっちの方が崇高やで……。それがナベさんの主張でもあった。
「今日も気張っていこか!」
いつの間にかスタジオでは別のAV企画の撮影が展開されていた。
高橋はといえば、えっ、俺は? 俺の企画はどうすんの、という感じである。
一方で、つまらなさそうに現場を眺めている二宮禁次郎。その身を持て余しているのは高橋の方だ。そもそもこのビデオのディレクターは誰なんだろう……。
「アビスリキッド注入や!」
そう言ってナベさんが取り出したのは極太のシリンジだった。なかにはグリセリン浣腸液が詰まっている。「さあケツを突き出せ」――そう言って女優たちを四つん這いにさせると次々にシリンジでもって薬液を肛門へと注ぎ込んでゆく。
ほどなくして女優を襲うのは激しい腹痛と便意だ。
「トイレなんて行ったらあかんでぇ」と、ナベさんが放ってよこすのはブリキ製の大きな
さあ出せ出せ。自尊、矜持、羞恥、廉恥、自意識というわだかまりをみな捨てるがよい。そして煩悩から開放されよう……。ああ、ナベさんは今まさにコンキスタドールの開祖である。
「……コンキスタドールっていう単語は『征服者』という意味なんだぜ」
「そうかい」
一連の狂宴を目の当たりにしながら、高橋は誰にともなく呟いた。
応えたのは隣に佇む中年――二宮だけだった。
スタジオ内は女優たちの排泄物で、こらえきれないほどの悪臭で満たされている。
糞便と体液の臭いだ。彼女たちはブリキの
人の体内に五臓六腑あり。九孔から汚物を垂れ流す。
鼻汁、耳垂れ、目ヤニ、唾に痰。汗、垢、血液、髄液、胆汁、
ああ、醜きかな汚らわしきかな。
女優たちは信徒となって、この文言を繰り返す。
時折与えられるのは脱水を避けるための水だけだ。そこにも下剤が大量に溶かされているので排泄が止まることはない。そして、その様子をカメラに収めている信徒がいる。こいつは誰だっけ……。
「こんなことをして、自尊心を打ち砕かれたうえで、本当に煩悩から解放されるのかねぇ」
問うのは二宮だ。
いいや違うぞ、とナベさん。
このときばかりは関西人を装うのをやめている。
「キミの言う『解放』とは束縛を解き放ち自由になるという意味の解放だ。しかしそうではない、我らは常に自由である。そうあり続けたいと思う。例えるなら限りなく透明に近いなんとなくクリスタルな存在だ。我と梵を隔てるものは一枚の薄いヴェールでなくてはならない。解放? 否、『開放』なのだ。少し前に戻って読み返してみるがいい。私たちはずっと『開放』という文字を使って表現しているのであるから。音声で言っても伝わりはしないだろう。同じ『かいほう』なのだから。ともすれば『介抱』かもしれないし『解法』あるいは『快方』か。文字にすることで言葉とはその真価を発揮する。ワシも小さい頃はよく間違えたもんだ。
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