22.煩悩を極めよ

 大宇宙に閃光が走った。

 巨大な飛行装置を背負った機体が衛星軌道上をかけ抜けてゆく。

 目指しているのは、同じく軌道上を揺蕩たゆたう巨大な十字架型をしたひつぎだった。


 何が収められているのかは分からない。

 ただ、福音エヴァンゲリオンの名を持つ巨人戦士と、それを操る操縦者はひたすらそこを目指す。


 眼下に見えるのは赤く染まった地球である。海も大地も真紅に姿を変えた、かつての水の惑星としての面影はなく、今や滅亡寸前だった。


〈教団〉によるハルマゲドンが起こったのだ。

 それが神に至る経路と信じて疑わなかった信徒たちによって、その大災害は引き起こされたという。物理的な被害だけではなく、精神的な汚染や変異をも内包し、〈聖神汚染疫〉と呼ばれるそれはいまもなお、じわじわと世界中に広がっている。


 と、次の瞬間――福音が柩にとりつくことに成功する。間髪を入れず発動する敵のトラップ。こうなることを信徒たちは予想していたのだろう――そう、十字架型の棺とは教団が放った餌に他ならなかった。福音エヴァンゲリオンは〈教団〉と対立できる最後の希望である……。


 ……。



「やぁ、高橋はん。また『福音エヴァ』観てまんのかいな。アンタも好きなお人やで。で、新作のアイデアは出ましたんか。納期も迫ってますさかい、スケジュール管理もきちんとせんと」


 やってきたのはナベさんだった。「現実の世界でも、なんやハルマゲドンが起きる言うてはる団体がおりますなあ……」――その話は本当だった。山梨県は富士ふじの裾野に広がる樹海――その中に拠点を置く〈教団〉ことグノーシアが表社会に出てくるようになって久しい。


「なんとなくビデオの世界と似てきましてん」――ナベさんはそう言って豪快に笑うのだった。


「もし……」

「うん?」

「もし、現実にそのようなことになったとしたらさぁ、ハルマゲドンによる世界最期の日が来るとしたらば、ナベさん。アンタは何をして過ごす?」

「これはまた、SFな質問ですなあ。個人的終末論ってやつですかな? そうですなあ。最後に食いたいもん、腹一杯食うて、好きな女を片っ端から抱いて……ですかなぁ。憎いやつに天誅てんちゆう下すのもええかもしれませんが、どうせみんなお陀仏(だぶつ)や思うたら、きっとそんな気も起きませんちゃいますか。人間、煩悩ぼんのうの欲求を満たすのが一番。それこそが開放につながるんとちゃいまっか。煩悩からの解脱げだつは、まず煩悩そのものを極めること……。高橋はん、これでっせ」


 ナベさんはよく分からない回答をしながらも、おのれの高説に痛く感激したのか腕を組んだまま何度も頷いている。


 そう、確かに煩悩からの解放はかの教団も声高に叫んでいる現実がある。なんだっけ、アセンションだかなんだか。飛行機内で聞くやつ……いやいや、それはアテンション・プリーズだな。

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