21.監督、語る②
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寂しいピアノの旋律が聴こえる。
エリック・サティの「グノシエンヌ」だ。
単調なリズムとリフレインの中にどこか静かな狂気を
好きなものの悪口を言うことはないし、聞くのも嫌なものだ。
だからコンキスタドールのスタジオには常にサティのそれが流れ続ける。
それが耳障りなものは出ていけばいい。良いリトマス試験紙だと高橋は思っていた。
しかしこの世は悪口に満ちている。
テレビをつければワイドショーが放送中で、何処の誰とも知らぬコメンテーターが、これまたどこの誰とも知らない芸能人や政治家の悪口を並べ立てていた。空虚だ。悪口がカネになる時代に俺たちは生きている。
こと人間というのは比較したがる生き物だ。
どこそこの誰それはどこの大学を出てどの商社に勤めているだの、年収がウン千万だのそれに引き換え、お前ときたらごろごろして一日中テレビとインターネットばかり。たまに出かけるときの行き先は決まってコンビニだ。エロ雑誌とこんにゃくを買い求めて帰って来ては夜な夜なオナニーに耽るんだぜ。やってられるかコンチクショウ。
そう言って俺の親父は焼酎の瓶を叩き割った。
いや、ここでいう「お前」ってのは決して俺のことではないのだけれども。
ほらできた。これもお話。筋の一例である。
なんかさ、こんな気だるい日は思うよね。地球なんか滅んじゃえって……。
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おもむろにビデオデッキの電源を入れる。
観るのは「
タイトルは……『新性器オバンの下痢音』とか、定番。
でもダメだね。そんなのはとっくの昔にどっかの誰かが撮ってしまっている。『非道警察ハードレイパー』とかいうのもあった。そうそう、こういうネタを語らせたら巧い文豪もいた。なんと言ったか……。
思えば、古き時代の画家はよく自画像を描いていたものだが、あれだってどこまで本人に似ているのか甚だ怪しいと思っている。
だって自画像だぜ? わざわざ不細工に描く馬鹿が何処にいるよ。
思い出すのは小学校の時分だ――図画の時間、教師に「見たままを描きなさい」と言われて、俺は馬鹿正直に、向き合った友達の顔を「見たまま」描いた。
授業が終わった後、そいつはなぜか怒っていた。
なんだ、見たまま描いただろう……。
そのとき俺は、「美化」という概念を知ったのかもしれない。今となってはどうでもいいんだけれど。
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