19.伝説の検査

 ……どこからか声が聞こえる。

 いや、正確に表記するならば声が視える。美影の視覚を文字が埋め尽くしている。

 白い神殿のような建物の奥に篝火かがりびが焚かれている。

 建物の周囲は樹海だ。深い緑の海の中に立つ神殿。

 照らし出す篝火は、いにしえの都のそれを思わせるほどに荘厳だ。

 神殿内を埋め尽くす信徒たちを前にして、導師が何事かを説いている。

 地球の、世界の声を聴くべし。耳を傾けるべし……。


 ああ、これは耳が腐るほど聞かされた、かれらの「終末論」だ。

 篝火が揺れ、導師の身体が長く大きな影を落とす。

 黒い聖者――。そんなことを想った。



 三人の少女は同じ控え室を拠点として、順々に試験――という名の検査を受けてゆく。試験内容は各個人で異なるようで、かかる時間もバラバラのようだった。


 どの試験も「正解はこれである」というような内容ではない。

 何を見られているのか? すぐには察知できない検査だ。

 隠しきれない本性を暴かれたり、自分ですら気づいていない深層心理を分析するための心理面接。基本的に一人で受けるこれらを、美影は何となくこなしていった。


 ロールシャッハテストのようなものを受けたとき、美影は試験官がなにやらメモ書きをしているのに気がつく。

 その意図はすぐにわかった。彼女が見せられた絵図に対してなにを連想するかというロールシャッハの回答ではなく、それに対してどういう反応や仕草、言葉を発するかを記録しているのだ。なんだか底が見えてしまったようで、少しだけ落胆する。


 それまで、見せられたよく分からない絵図――それがどう見えるか? というのがこの試験の問題だった――に対して真剣に、「正解」を求めようとしていた自分が馬鹿らしくもなる。だが、それを顔に出すことはしなかった。それこそが正解に最も近いことも、なんとなく理解できたからだ。


 心理検査は続いた。

 そのいずれもが各人が覚悟を持てるかという、確認のための試験だったと言っていいだろう。

 現実的なリスクを飲み込めなければ、これからの教練の日々に耐えることなど到底無理なのだから。


「それにしても――」


 ゲシュヴィッツ伯爵令嬢が少しだけ残念そうに言った。


「なんですか?」

「伝説の検査があるという話を聞いていたのですが、今の時代はないみたいですわね」

「伝説の……検査?」


 あら知りませんの、というように伯爵令嬢は拍子抜けした顔を見せる。「二十四時間蓄尿検査ですわ」と続けた。

 これは文字通り、二十四時間の間じゅう、排出される尿をため続けるという検査なのだが、それには当然尿を入れた容器を持ち歩かねばならないという、ある意味では拷問のような検査だった。


 わたくし、楽しみにしていましたのよ――という伯爵令嬢の感覚は理解しかねたが、どうやら腎臓に自信があることを誇示したかったらしい。


 過去の一九九八年にJAXAで行われた選抜試験では「蓄尿キング」という称号を得た人物がいたという。もちろん計測最大の量を溜めたのだ。


「昔はそういう人もいたらしいけど、この検査は量を競うものではないからね」


 とは君由の説明にもあった。現在では検査器具が進化したため、実質的にはただの尿検査だ。なんの問題もなくクリアすることになる。

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