18.神話
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亦其の黄泉の坂に
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「――これが『古事記』における原文。伊邪那岐と伊邪那美の決裂、そしてなぜ人間に寿命ができたのかという考えの答えが提示される箇所だ」
「なんて書いてあるのかわたくしには分かりませんわ」
ゲシュヴィッツ伯爵令嬢の言葉だった。
君由の解説によれば、黄泉の国に閉じ込められることとなった伊邪那美は、夫・伊邪那岐の作った世界に生きる「人間」を、一日に千人、殺す呪いをかけたという。
伊邪那岐は、ならば私は一日に千五百人の人間が生まれるようにしよう……と返した。結果的に人間という種族には寿命が生まれ、一日に五百人ずつ増えてゆくことになった。これはそういう解釈の物語なのだ。
「重要なのはこのくだりなんだよ。この世界を産んだ神――夫婦神が二つの世界を隔てて、相反する存在になってしまった。ヨモツオオカミとして祀られることになった伊邪那美は分かるよね。大地母神の表象だ。対する伊邪那岐は……実はかれについてはまったくと言っていいほど記述が存在しないのが原典の難しいところなんだけれども――」
そう、伊邪那岐命のその後については『古事記』でもほとんど触れられていない。『日本書紀』でも同様である。各地に繁栄を築き上げながら、最終的に淡路にある〈
しかし、そもそもかれら神々はどこへ消えてしまったのか。
これを物語上の存在だからと片付けるのはたやすい。
だが、伊邪那岐についてはひとつだけ考えられる場所がある。
「大地母神の反対だから、天空……宇宙?」
答えを導きだしたのは美影だった。
そうなるかもしれないねと、君由は満足げに頷いた。
もちろん伊邪那岐宇宙人説などというトンデモ理論をここで持ち出すつもりはないが……と念を押すのは忘れずに。
「なんだか段々と見えてきた気がするな」
稲村がそう言うと、ゲシュヴィッツ伯爵令嬢もまた同じくというように頷くのだった。
『古事記』の神々と軌道エレベータ建設。この二つがどう結びつくのか、という問題だ。一見バラバラに思えるこれらを媒介するのが〈軌道地鎮祭〉だと君由は結論付けた。
宇宙神たる伊邪那岐命の魂を降ろし、新世代型ISS建設を盤石なものとする。もっと言うならば、静止衛星軌道上に宇宙ステーションを固定するという荒業を、神の魂でもって行おうということなのだった。
「まったくファンタジーじゃないか」
稲村九霧はどうしたものかと困惑している。「これがオカルトでないなら何がオカルトになるというのだろう」――そう言って肩をすくめてみせた。
一方の天満美影は、なんだか夢心地のような気分だった。
まさかそんな壮大な計画が構想されているとは、さすがに思いもしなかったのだから、仕方ないかもしれない。せいぜい、軌道上へ出てお祓いの真似事でもするのかと思っていたのが本音である。まさか神降ろしの儀式を、それも宇宙で行おうという……。なるほど、だから神職を務める少女たちが選ばれてきたのであろう。それは確かに湧き立つものがあった。
(でも――)
本当ならば、そもそもの宇宙飛行士の資格を持っている人に、神職の勉強をさせればいいのではないのかしら……。
美影の疑問はもっともなものだ。かつて、月面探査が叫ばれた時代もそうだった。学者に飛行士としての過酷な教練を施すよりも、そもそもの適性を持っている飛行士たちに、学問を教えて調査させることの方がはるかに低コストかつローリスクだったからである。今回のことはそれとよく似ていた。
(私たちのようなものでなければならない理由があるのだ)
本来なら、今ここでそれを問いただすべきだったのだろう。
だが、それを行うことはなぜか躊躇われて、口にしたら候補から外されそうな気がして、三人の少女たちは互いに口をつぐんでしまった。
「異論なければ、これから身体検査だけれども」
三人は大きく頷き、返事をする。そもそも宇宙へ出たいという意志を固めてきた者たちだ。後に引くつもりは誰もなかったのだから。
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