16.蜘蛛の糸

「で、肝心の〈軌道地鎮祭〉とは何なのか、ということだけれども……」


 ようやく本題が来たな、と思った。

 そもそもはこれを調べてから参加を決めるべきだったのだが、あの手この手を尽くしても、それに該当する語句に行き当たることはなかった。結果的に今日この日までお預けになってしまったのだが……。


「まぁ簡単に言えば宇宙で地鎮祭やるってことだね」

「そのままではないか」


 稲村が憮然ぶぜんとした表情で言った。

 薄々感づいてはいたが、彼女はあまり愛想というものを持ち合わせていないようだ。

 あれが素なのだろうか、と思う。

 コミュニケーション能力が必須とされる宇宙飛行士という立場においては、いささか不安要素にも思える。


 しかし、これから苦楽を共にしていくのであるとするならば、素の状態は早いうちに見せておくべきなのかもしれない。そんなことを考えれば考えるほどに、思考の袋小路に行き当たる気がするのは、美影ぐらいの年齢にはありがちなことだった。薄っぺらいな、と自嘲する。


「……現在、衛星軌道上には新世代型の国際宇宙ステーションが建設中だ。コアモジュールにはすでに飛行士が複数名滞在している。なので今後必要なのは、その施設の拡張というわけだね」

「もう出来ているのであれば、地鎮祭の必要などないのではなくって?」


 これはゲシュヴィッツ伯爵令嬢の質問だった。


「ああ、ただ軌道上に浮かべておくだけならばそうだろうね。過去に存在したISSなどはそういうものだった。だが今回は違う。宇宙建築として不動の宇宙ステーションを建設する計画になっている。近接場所は赤道上空、高度約三五七八六キロメートルの円軌道だ。言ってみれば静止衛星の超大規模版といったところかな」

「それってひょっとして、軌道エレベータの基点をそこに設けようという計画では……」

「おお、察しが良いね。簡単に言えばその通りの計画だ。軌道エレベータについては大まかには知っているね? 静止衛星軌道上からカーボンナノチューブを地上に垂らし、地上と宇宙とを往還させる移送経路を作るというものだ。『ヤコブの梯子』なんて言われたりもする。また、これについて懐疑的な見方をする一定の層からは『バベルの塔』という不吉な表現もされている……。我が国、日本でもホラあの、なんといったか」


「『蜘蛛の糸』であろう?」


 稲村が即答する。

 ああ、そう。それそれ。

 まぁ表現はどうでもいいのだけれど――と君由は襟を正しながら話を続けた。


「そんな軌道エレベータだけれども、『蜘蛛の糸』の名が示すように、最大の問題点はエレベータを構築する上で一番の問題は、静止軌道まで約三六〇〇〇キロメートルも伸ばしたケーブルが自重によって切れてしまう可能性があるということだ。いや、今まで実現してこなかったのは、この問題が極めて大きいことが全ての要因だった。米国はNASAも何度も頓挫とんざしている……」

「つまり、そこさえクリアできれば、いずれは誰でもが簡単に宇宙へ出ていける時代がやって来るというわけですわね」

「うむ、ゲシュヴィッツくんの言う通りだ。そのために今回必要とされたのが、〈軌道地鎮祭〉。君たち神職の御力を借りることで、その構造を安定させようという計画だよ……」

「おお、なんというファンタジーだ」


 稲村はそう言って笑いだした。

 寺生まれにもかかわらず、彼女はリアリストらしい。そんな馬鹿なことが――と言って嘲笑している。美影はといえば、確かに半信半疑ではあった。

 ここまでやってきて、要求されるのがそんな夢のような話というのも、いま一つ実感がわかない。ゲシュヴィッツもそれは同様のようだった。


 しかし――


「で、実際はどのような儀式を執り行えばいいのですか」


 そう言ったのは美影だった。

 ここでやる気を見せて点数を稼いでおこうという気持ちがなかったわけではない。

 しかし、それ以上に、自らの力が必要とされる宇宙事業の真相というものに関心が強まったのだ。


「ふむ、天満美影くんは特にこのミッション向きの性質かもしれないねぇ」


 そう言って君由が話し出したのは『古事記』や『日本書紀』にも詳しくある日本の成り立ちの神話だった。かの、伊邪那岐命いざなぎのみこととその妻・伊邪那美命いざなみのみことによる国産みと神産み。そこから黄泉よみの国神話を経ての下りだった。

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