15.顔合わせ
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ANALの訓練施設とは、一見するとなんの変哲もないごく普通のビルに見えた。
海風の影響を顧慮してか三階建てだ。
いやいや、なにを期待していたというのだろう。宇宙開発事業ということだから、もっと銀色の尖塔が突き出ているような、そんなレトロフューチャーを望んでいたわけではあるまい。
IDチェックを通して内部に入ると、そこは程よく空調の効いた公的機関のそれを思わせる、無味乾燥とした白い室内だった。
「まずは自己紹介だな。といっても先ほどのフェリー内で互いの名前は交換しているが」
そう言って立ち上がったのは稲村九霧だった。
年齢は二十一歳で三人のなかでは最年長。
なんでも本土は京都の山奥からここまで出てきたらしい。
深い森の色にも似た長い黒髪が特徴的な、いわゆる「寺生まれ」だ。
続くゲシュヴィッツ伯爵令嬢は、やはりというべきか東欧育ちの外国人だった。
もともとルーマニア近隣に住んでいたのだという。ではあの銀髪は染めているのだろうか。
「シェーン・ゲシュヴィッツです。魔女をやっています。どうぞよしなに」
そんな挨拶だった。
彼女は美影と同じ十六歳。
以上三名の少女たちが、〈軌道地鎮祭〉に臨む神職の候補生なのだという。
つまりは宇宙へ行くことができるのはこのうちの一名ということなのだろうか。
「そういうわけでもないよ」と言いながらあらわれたのは、眼鏡をかけた優男だった。
「僕はそう言った分野の研究を求められているんだよ」という一言で片づけられてしまった。
いわゆるオカルトでしょうかという美影の疑問には、
「それはちょっと違うね。オカルトっていうのはもともと『隠されたもの』を意味するラテン語だ。すなわち、マイノリティ分野の思考のことをすべてオカルティズムと言ったんだよ。僕がやっているのは民俗学。これは、体系化した慣習や儀式などについての学問であり、そういう意味ではオカルトとは正反対のものだね。むしろ、そっちの分野のスペシャリストなら、ほら、ここにいるじゃないか。君たち三人がそうだよ……」
言われて美影たちは互いに顔を見合わせる。そんなものなのか、と。
「宗教的な知識はほぼゼロなんですが」
「ああ、そういうのは別に必要じゃない。むしろ宇宙では無意味なものだからね。宇宙飛行士のなかにも、そう――イスラム教徒などがいるが、衛星軌道上にいる限り、彼らが日に何度も祈りをささげる聖地メッカは、その方角を変えている。礼拝の時間にその都度どっちの方向だなんて言っている余裕はあるまい。言っているそばから変わっていくのだから」
美影の質問に君由はそう答えてみせた。
結局のところ、宇宙に出てしまえば個々人の宗教など無意味なものなのだとは彼の弁だ。宇宙には国境線がないように、各個人の信じる神もまた同一である……。
僕たちが〈一位神論〉という名を組織につけているのはそういう理由もあるんだよ――なるほど、納得のゆく説明だった。
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