11.来訪者、C・F
「カ、カウンター……なんですって?」
「C・Fとお呼びください。ANALでフライトサージャンを務めています」
「フライトサージャンですか」
その役職は美影もよく知っている。パイロットや宇宙飛行士などの健康管理を行う臨床専門医のことで、NASAアメリカ航空宇宙局や日本の宇宙開発事業団医師の多くはこのような専門医である。
この職業の専門的教育機関は日本にはいまだないが、アメリカでは空軍、海軍の航空宇宙医学校とオハイオ州にあるライト州立大学が有名とされている。
そのカリキュラムのおもな内容としては、航空宇宙医学、マネージメントなどにはじまり、病院管理学や修士論文および臨床研修などから構成され、三年ほどかかるとされている。
「そんな専門のお医者さんが何故……」
「あら、通知が行っていませんでしたか。『軌道地鎮祭に参加せよ』という……」
ああ、あれね――と言ってから、美影はそれでも驚いている。普通こういう形で、スタッフが訪ねてくることなどあり得ないからだ。
「天満美影さん、あなたのお
「いえ、それは……」
持病のせいですとも言えず、この小心者の少女は俯いてしまう。
C・Fはというとにっこり笑って、
「はい、そこで返答に詰まったら失格ですよ。もう宇宙飛行士選抜試験は始まっていると思っていただいた方がいいかもしれませんね」
「選抜試験って……どういうことですか」
「〈軌道地鎮祭〉に参加できる神職は、限られた人員のなかでも、さらに絞られることになっています。なにせ宇宙へ行ける人材そのものが競争の只中にありますからね……。美影さん、あなたが巫女として幾ら優秀であっても、飛行士としての適性を満たせなければ、宇宙への道は絶たれてしまいます」
「そんな――」
一方的に『参加せよ』という召集令状を送り付けておいて、それはないのではないか。そんなことを返答すると、「そうそう、そうやってきちんと自分の意見を伝えることが大事ですわ」と返ってきた。
何かを試されているのは間違いない。
なんだかきまりが悪くて、美影は再度沈黙してしまった。
「でも……」
「はい?」
「宇宙へ行きたいというのは本当です。私は……私のことは多分ご存じなのですよね? どうしてこの島にやってきたのかも。そうでなければこういう話が来るとは到底思えません」
「ふむ……」
今度はC・Fが黙り込んでしまった。美影は軽く笑って、
「私は、人類の宇宙開発に貢献したいとか、そんな高邁な理想を掲げられるような人間じゃありません。ただの子どもです。中学校だって途中で辞めて出てきてしまいました。自習はしていますが、学力があるとは思えません。ただ、だからこそ、外の世界を知りたいと思いました」
しばしの沈黙。
なぜ初対面の人間にここまで語ってしまったのか、美影は少し上気して、顔が赤らむのを感じている。
宇宙というのは確かに口実かもしれない。ただ、この世界からどこか遠くへはばたきたいという気持ちに偽りはなかった。ひょっとするとこれもグノーシア――〈教団〉の教えのせいなのかもしれない。
人はそれぞれ地上の生涯を終えたらどこへ行くのか。
これがグノーシアの教義でもあった。
導師はこの問いに、多くの場合、霊的種族、心魂的種族、物質的種族という「三つの種族論」で教えを広めていた。その内容はよくある普遍的終末論に似ていて、しかし一方ではそこで提示される個々人の運命は、可視的宇宙終末が訪れる以前に、個々人の肉体の死後に分かれ始まると考えられているのだともしていた。まだ地上の生にあっても、真の自己認識に達すれば、その瞬間が霊的復活であるという考え方だった。
だから、私は飛ばなければならない、と思う。
かれはこうも語っていた。
「昇り行け、汝がかつて在りし地へ。そこから汝がこの地へと植えられた地へ、神々たちの間のよき住まいへ。昇り行きて住まうべし、汝の兄弟、神々たちの間なる住まいに。汝が学びしごとく、汝のいにしえの故郷をさきわい、汝を養いしこの家の地を呪うべし。汝がこの地にありし年々は、『七人』が汝の敵なりき。『十二人』が汝を迫害するものなりき。しかれども、いのちはいと高く。勝利に満つ。この地から去りし、このものも――」
……。
「まぁ、今日のところはご挨拶までにしておきましょうか。わたくしはね、美影さん。あなたが日々、体力作りに励んでもいるというお話を聞いて、どれほどの努力家なのだろうかと思って伺ってみたのです」
「……がっかり、させちゃいましたか?」
「いいえ、そんなことはありません。じゅうぶんに可能性はあると思います。だからこそ、これをお渡ししましょう」
そう言ってC・Fが卓袱台の上に差し出したのは、一枚のカードキーだった。
「ANAL本部へ出入りできるIDですわ。訓練開始日の当日、本当にその気があるならばぜひお越しください。訓練は決して生易しいものではないけれど……ええ、あなたが考えている以上に過酷なものですが、それでもこの世界から羽ばたきたいと願うのならば、わたくしたちはあなたを歓迎します。お茶、ごちそうさまでした。それでは」
一気に言い終わると侍女服姿の乙女はそそくさと帰っていった。
これを渡すだけなら別に郵送でもよかった気はするけどねぇ、と首を傾げているのは千鶴子だ。
いいえ、そうではない。
きっと私がどういう娘なのか……あの人は自分の目で確認したかったのかも。美影にはそう思えてならないのだった。
「ああ、そういえば!」
「なんだい美影や」
「〈軌道地鎮祭〉って何ですかって、聞くのを忘れていたわ……」
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