4.地下にて

 踏み出す勇気で一歩踏み込んだのは、薄暗い地下への階段だった。響く足音が妙に軋むように聴こえる。高橋は手慣れた様子で地下室の扉を開けた。その先はだだっぴろい、コンクリート床がむき出しの空間だった。

 殺風景。どこかかび臭いのはこの手の地下室のお約束だ。

 そういえば、幼少期に父に連れられて行った映画館がまさしくこんな感じだった。アンモニア臭い、薄汚れた壁がいやに記憶の内に残っている。


「やぁ、おかえり。で、その子がそうなのかい」


 どうやらここがコンキスタドールの撮影スタジオであるらしかった。

 現場には木材を組み合わせて作ったであろう簡易的なセットが組まれており、数名の男女が集まっていた。声をかけてきたのはその中の一人で、胡散臭うさんくさげな容貌をした中年男だった。


 二宮禁次郎にのみやきんじろうと名乗るその男は、超常現象研究家であるらしく、その手のネタを台座にしたオカルトビデオの撮影で生計を立てているのだという。今どきそんなものが売れるのだろうか、と美影は思ったが、「レンタルビデオ屋に卸すんだよ」と言われてなんとなく納得した。いわゆるインチキ商売なのかもしれない。


「しかしえらい別嬪べっぴんさんやな」

「ほんまやで」

「これならイイ映像が撮れるんとちゃいますか。例の聖水の企画なんか、どうです。このなら受けも攻めもどっちでも使えそうに思えますけれど」

「せやなぁ」

「やめなさいよ。こんなまだ小さな子を……」


 美影を見た男女が口々にしゃべり始める。その大半は彼女の容姿についてだった。


 申し分ない美少女やで、とよく肥え太った角刈りの男が言った。

 薄く口ひげを生やしたその男は、その見た目とは裏腹に男優であるらしく、やはりこの手のマイナービデオ作品の常連出演者であるらしかった。


「まぁ、見た感じまだ高校生ぐらいやろか。なんでまたこんな場所に来たんやろな。家出娘いえでむすめだったらどないしよか。まずは警察に届けたほうがええんちゃうかのう」

「下手に扱ったら僕ら捕まりますしね」

「あらあんた……今さっきと言っていることが違うじゃないの」

「そこはほら、臨機応変な対応ってやつですよ。柔軟な思考を持っているとでも言ってください」

「アホなこと言っとらんで、とりあえずワシらは一発いってみましょか。現場を見ればこのお嬢ちゃんもここが何の現場かわかるやろしなぁ」

「変なところ触るんじゃないわよ」

「へいへい、分かってますって……」


 そうして始まったのは男女の絡みだった。下半身は適当でいいよ、どうせモザイクかけちゃうから――言っているのは高橋だ。ああ、アダルトビデオの撮影か、と美影は理解した。


「まぁ、大して見せてもいないのに理解の早いこと」

「だからスカウト成功だって。このまま出演してもらいましょうや」

「ナベさん、それ犯罪ですから……」


 口々に話し始める男女。

 似たような問答が彼らの間では繰り返される。

 結局のところ、世界は輪廻している。このような会話であってもだ。

 これはどこかで聞かされた説法にあったような気もした。

 美影はただ黙って、彼らの喧騒が頭上を過ぎ去るのを待っている。

 しかしそれはなかなか遮断機の上がらない踏切に似ていて、終わりを見せない。


 それはそうだ、と思う。

 なぜなら世界そのものが輪廻の渦中にあるのだから。

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