数字だけの、裸の大将

「え……? あ、あの、それっていいんですか? だって、その……」


 暴言にも近しいワタルの命令に戸惑いながらも意見を述べるトーリ。

 ゲームの中とはいえ、死ねと言われたこともショックだが、一対一の雰囲気を漂わせていた琥太郎との勝負に負けそうになった途端に助力を乞う上司の態度におかしさを感じているような彼はその命令に抗おうとするも、その態度が更にワタルの怒りを煽ったようだ。


「お前、俺の命令に従えないって言うのか!? いいからさっさと俺に殺されろよ!!」


「………」


 声を荒げ、部下を怒鳴り付け、感情のままに喚くワタル。

 突っ立っていたトーリを見つけた彼は、そのまま一発攻撃を当てると共に舌打ちを鳴らし、苛立ちを滲ませる声で呟く。


「ったく、本当に使えねえ奴だな……!」


「っ……!!」


 その一言が、ぐらついていたトーリの心を完全に反対方向へと傾かせた。

 即座にゲームメニューを開いた彼はそこから『マッチを退出』のボタンをクリックし、ワタルに殺される前にゲームを切断してしまう。


「……は? はあああああっ!? お前、何やってんだよ!?」


「すいませ~ん。俺、使えない奴なんでうっかりミスっちゃいました~。でも、有能なワタルさんならこの状況もなんとかできますよね~?」


「てめえ……っ! ふざけやがって! クソがっ!!」


 体力を回復するための捨て駒として扱おうとしていたトーリのまさかの反乱に完全に激高したワタルが唾を撒き散らしながら叫ぶ。

 完全に手詰まりになった彼が発狂するがごとく怒鳴り散らす姿はとまで呼ばれるファンたちの目から見ても幻滅レベルで、ワタルに幻想を抱いていた人々の心もまた、トーリと同じように彼から離れていく。


「どいつも、こいつも……っ! 俺の邪魔ばかりしやがって! 俺の何が悪かったってんだよ!? 弱小事務所に手を差し伸べてやっただけじゃなくって、ゲロ吐き姫に迷惑をかけられてももう一回チャンスをくれてやったじゃねえか! その俺のどこに問題があったってんだ!?」


「……まだ、気付かないのか? その周囲を見下した考え方こそが、自らの最大の問題点だということに」


 叫ぶワタルの疑問に答えるように、彼の前に姿を現した琥太郎が静かに呟く。

 その言葉に声を詰まらせ、唸るように喉を鳴らして自分を睨んでくるワタルへと、なおも話を続ける。


「この世界には確かに数字という名の絶対的な指標が存在している。それを持つ者が強く、地位が高いこともまた事実……されど、それだけで全てが決まるわけではない。今は弱くとも、力がなくとも、自分の道を進む中で出会った人々と手を取り合い、協力して一歩ずつ前へと、上へと歩んでいくその姿もまた、この世界を眺める人々の心を揺るがすものでござる。どれだけ登録者がいようとも、金を稼ごうとも、その内側にがなければ、Vtuberの魅力なんてあってないようなものなんだよ」


「ぐっ……!?」


 二重の意味で自分を当て擦るような琥太郎の発言に屈辱を味わったワタルが顔を顰める。

 まるで自分には金と地位以外何もないとでもいうような彼の発言に反論しようとするも、この状況がその言葉の正しさを証明していることを理解しているワタルは何も言えずに拳を震わせ続けていた。


「同業者、部下、そしてリスナーたち……協力と感謝の気持ちを忘れずに共に歩み続けなければならない人々を見下し、数字でしかものを見なくなった末路が今のあなたの現状だ。もう、止めにするでござるよ。今ならまだ間に合う。だから――!」


「うるっ、せえ……っ! うるせえんだよ、お前っ!! 俺より知名度も登録者も立場も下の癖にっ! どうしてそんな奴に偉そうに説教されなきゃいけねえんだっ! 俺は、俺はなあっ! 俺はなあっ!!」


 最後の勧告を無視したワタルが、息を荒げながら叫ぶ。

 自分の持つものを誇示しようとして叫び、数字以外の何も自分が持っていないことに気づきながらも、プライドの高さ故に引き下がることができなくなっている彼の姿を見た琥太郎は静かに目を閉じると、小さな声で言った。


「……言葉を尽くしての説得は不可能と見た。ならば、少しキツめの一撃で目を覚ましてもらいましょう」


「何を言ってやがる? まだ勝負は終わってねえ! ここからお前をぶっ潰して――」


「終わっているでござるよ。気を静め、周囲に注意を払えば身に迫る危険に気付けたものを……時すでに遅し、でござる」


「は……? あっ!?」


 琥太郎の言葉を受けて、僅かに落ち着きを取り戻したワタルの耳にジジジ……という何かが燃える音が響く。

 驚いて振り返った彼が目にしたのは、自分がこのマッチの開始前にトーリに命じて彼に持ち込ませた爆弾の導火線が燃え尽きようとしている様子だった。


「てめえ、最初から……っ!?」


「拙者は落ちていた物を利用させてもらっただけでござる。この話も全ては時間稼ぎのため……まんまと罠に嵌ってくださったこと、感謝するでござるよ」


「お前っ、卑怯だぞっ! よくも、この――!!」


「任務遂行のためならば手段は厭わない、それが忍者でござる。そも、ワタル殿に卑怯呼ばわりされる筋合いはないでござるよ」


 導火線が燃え尽きる寸前、安全な距離まで避難しながら琥太郎が冷ややかな声でワタルへと言う。

 爆発の寸前、その後を追って駈け出そうとしたワタルの耳に響いたのは、刃のように鋭い彼からのこんな言葉だった。


「一つ、謝っておくでござる。先ほど拙者はあなたに恨みはないと言いましたが……あれは嘘です。彼女を泣かせたその罪、炎と爆風によって贖え」


「うっ、うおおおおおおおおおっ!!」


 爆風。轟音。太炎。憎しみと悔しさを滲ませたワタルの叫びを、巨大な爆発が飲み込む。

 その余波が過ぎ去った時、体力バーを一気に減少させ、完全にそれをゼロとしたワタルが地に倒れ伏す様と、そのすぐ傍に立つ琥太郎の姿を目にした面々は、この戦いの決着を確信すると共に、最後の瞬間を見届けるべく、拳を握り締めながら無言で二人のやり取りを見守り始めた。

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