嵐魔琥太郎、いざ参る!

王を絡め取る忍者の策

「ははっ、格好つけやがって……! 調子乗ってんじゃねえっての!!」


 名乗りと共に宣戦布告してきた琥太郎へと、憎々し気に呻くワタル。

 先の煙玉で受けたダメージはあるが、まだまだ体力に余裕が残っている彼はこの勝負に負けるとは微塵も思っていないようだ。


 そんなワタルと対面し睨み合う琥太郎は、小さく息を吐くと……踵を返し、逃亡を始めた。

 威勢のいいことを言っておきながらいきなり逃げ始めた彼の行動にずっこけかけたワタルであったが、即座に反応しその背を追いかけ始める。


「待ちやがれ、この野郎! 絶対に逃がさねえぞっ!」


 ゲームのシステム上、お互いに攻撃できるとはいえ、基本的にはサバイバー側よりもキラー側の方が有利。それが一対一の勝負なら、猶更の話だ。

 二回殴られればダウンしてしまうサバイバーと攻撃を受け続けて体力を減らされなければ倒れないキラーの勝負で自分が負けるはずなどないと、そう確信していたワタルであったが……?


「うおっ!? なっ、なんだっ!?」


 不意に眼前で弾けた光に怯み、動きを止めるワタル。

 キラーの体力を示すバーが赤い点滅と共に減少し、身動きも聞かなくなってしまう。


 耳をつんざく破裂音と明るい光の明滅に気を取られていた彼は、反転した琥太郎に胴をなで斬りにされた際の衝撃で揺れる画面を目にして悔しそうに歯軋りをした。

 爆竹だ……と、サバイバーが装備できるスキルの一つであり、接触したキラーにダメージを与えつつ一時的な行動不能スタン状態に陥らせる攻撃を食らったことを理解した彼に対して、闇の中に消えた琥太郎が淡々とした口調で言う。


「直線的に追ってくれるお陰で罠が仕掛けやすくて助かるでござるよ。ワタル殿の行動は、実に読みやすい」


「んだとぉ……!?」


 自分を嘲笑うかのような挑発の言葉に、わかりやすく怒りを露わにしたワタルが唸る。

 プライドの高い彼は即座に闇に消えた琥太郎を追おうとして……そこでぴたりと動きを止めると、鼻を鳴らしてから言った。


「はっ! 止めだ、止め! わざわざ罠を張ってる奴を追う必要なんてないしな! 追うんだったら……どっかで隠れてるお姫様を追った方が効率がいいぜ!」


「あっ! お前、卑怯だろ!? 一対一の勝負なんだから、琥太郎を追えよ!」


「うるせえな、お前はすっこんでろ! ほら、忍者くんよ~! 出てこないと愛しのお姫様が俺にやられちまうぜ? あの子を守るんだろ? なら、さっさと出てこいよ!」


「………」


 今度はワタルが琥太郎を挑発する番だった。

 狙いを彼ではなく、彼が守ろうとしているガラシャへと変えたワタルは、琥太郎を誘き出すための言葉を吐きながら二人の姿を探し続ける。


 どちらが見つかってもいい。発見した方を叩ければ、自分としてはどちらでも構わない。

 そうやってマップを歩き続けた彼が見つけたのは、物陰に隠れるガラシャの姿であった。


「ガラシャちゃん、見~つけたっ! 恨むんなら、自分の命惜しさにお前を見捨てた忍者くんを恨みなっ!!」


 琥太郎を直接叩くことはできなかったが、むしろこちらの方が相手側のダメージは大きい。

 ガラシャを守ると豪語しておきながら自分は逃げ隠れし、彼女を危険に晒しているのだから、琥太郎の評価はガタ落ちだろう。


 所詮はノリと勢いだけで配信に乗り込んできた馬鹿の行動だ。少し冷静になれば簡単に対処できる。

 そう考えながら、ワタルは隠れていたガラシャへと攻撃を繰り出した……のだが――?


「……は?」


 爆発と衝撃が連続して自分を襲う。画面が赤く染まり、体力バーが一気に減少する。

 一瞬、自分の身に何が起きたのかが理解できなかったワタルは呆然としながら間抜けな声を漏らすも、目の前にいたガラシャの姿が煙と共に消えている様を目にして、表情を引きつらせた。


「……それは拙者が分け身と変化の術で作った囮でござるよ。まんまと引っ掛かりましたな」


「は? はぁ……?」


 爆竹と同じサバイバー側のスキル、デコイ……自分、あるいは味方そっくりの偽物を作り出し、それを攻撃したキラーにダメージを与えるスキル。

 それによるダメージに加え、背後からの攻撃バックスタブを決めた琥太郎の策にまんまと嵌ってしまったワタルがポカンとした表情を浮かべる中、彼は淡々と挑発の言葉を投げかけてきた。


「言ったでござろう? ワタル殿の行動は実に読みやすい、と……卑劣で卑怯なあなたのことだ、拙者を追うのが難儀だと判断したら追うのが楽な姫を狙うだなんてことは容易に想像がつく。それに対する策を拙者が講じてないわけがなかろう。拙者は、姫を守る忍なのですから」


「てっ、めぇ……っ!!」


 怒りで血管が切れそうになっていた。もしも今、ワタルの周囲に人がいたら、彼の顔が真っ赤に染まっている様を見ることができただろう。

 今の彼にはもう、追いかけっこを始めた時の余裕は存在していなかった。精神的にもゲームのシステム的にも、完全に琥太郎に追い込まれてしまっていた。


 琥太郎が仕掛けた罠に嵌り続け、二度も彼からの直接攻撃を許した結果、既に自分の体力は危険域に突入している。

 このままでは体力を削り切られ、トドメを刺されてしまう。そんな屈辱だけは絶対に御免だ。


 どうにか窮地を脱する方法はないかと考えたワタルははっとその答えに辿り着くと、傍観者となっている自身の部下へと叫ぶ。


「おい、トーリ! お前、俺のところに来い!」


「えっ? あっ、へっ?」


 突然、名前を呼ばれてわけがわからないとばかりに声を上げるトーリの反応に若干苛立ちつつも、自分が危機を乗り切るには彼を利用するしかないと理解しているワタルは、彼に何をすべきかを伝えるべく改めて叫んだ。


「キラーはサバイバーを殺せば少し体力が回復するだろ! だからお前、俺に殺されろ! そうすればあの忍者の計算を狂わせることができる! あの野郎を潰すために、お前は死ね!」

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