その名は嵐魔琥太郎、最強無敵の駄目忍者

 ガラシャの治療を終えた琥太郎が、彼女の前に跪く。

 首を垂れ、臣下としての態度を取りながら、彼はガラシャへと……その内側にいる環へと、己の全てを曝け出しながら訴えかける。


「拙者は……僕は、情けない人間だ。言われたことしかできない、マニュアル人間だ。ここに来る理由だって、君が冗談で口にしたような言葉を利用してる。自分でも嫌になるくらいの弱い人間さ。でも、でもね……僕は、んだよ。他の誰でもない君の望みなら、全力で叶えることができる。君が命じてくれたなら、僕は誰にも負けない最強の忍者になれるんだ」


 嵐魔琥太郎ではなく風祭明影として、茶緑ガラシャではなく明智環へと語り掛ける。

 その心に、暗い海に沈んだ彼女の感情を呼び起こすような炎を燃やしながら、明影は震える声で問いかけた。


「どんな命令だっていい。無茶で無謀な願いだって構わない。今、君が僕に望んでいることを教えてほしいんだ」


「ぼくが、望むこと……? ぼくが、こたりょ~に……?」


「そう。なんだって構わないから、君の言葉で伝えて。そうすれば、僕は――!!」


 ガチャンと、心を囲っていた何かが壊れる音がした。

 僅かに漏れる光の先から、必死になって自分に手を伸ばす明影の姿が見えた。


 これが事務所に所属するタレントとして最低な行動だということはわかっている。沢山の人たちに迷惑をかけてしまうだろうということも理解している。

 だけど、もう……あふれ出した心の中にある想いを止める術なんてなくて、正直になった心が止まってくれることもなくって、ぽろぽろと瞳からこぼれ始めた涙の温もりを感じて息を飲んだ環は、震える声で自身の本音を吐露していく。


「もう、もう……嫌だよ、こんなの……! 全然楽しくない。ぼくも、すあまも、クレアも、配信を見てくれてるみんなも、心では笑ってないのがわかって、ただつらくって、苦しくって……だけどやらなきゃ、やらなきゃって思えば思うほど、どんどん息苦しくなっていって……! 本当はお前と一緒に遊びたい。一緒に色んな事やって、みんなが笑ってくれるような配信がしたい。最低だってわかってるけど、ぼくはもう、こんなことしたくないよ……!」


 か細い声で語り始めた本音が、どんどん大きくなっていく。

 無理して押し止めていた感情の奔流がダムの決壊と共に一気に押し寄せているかのようなガラシャの叫びを、この場に集った全員が聞いていた。


「はぁ……? 嫌だ? 楽しくない? 何言ってんだ、お前っ!? 俺たちのこと、なんだと思って――!?」


「ごめん、みんな。本当にごめん。いっぱい裏切ってごめん。我がままばっかりでごめん。でも、あと一回だけ我がままを言わせてほしい……自分勝手だってことはわかってる、だけど――っ!」


「もう黙れよ! わけのわからない奴に余計なこと言うんじゃねえ!」


 ワタルがいくら叫んでも今の環を止めることはできない。ずっと言いたかった言葉が、胸の中から込み上げている。

 自分にはそれを言う資格なんてないと、そう考えて封じ込めていたたった四文字の言葉、自分自身の本音、最低で最悪だけど純粋な願いを、環は目の前にいる明影へと告げた。


「琥太郎……


「……御意」


 これ以上なくシンプルな無理難題。だが、それを聞けた明影の口元には満足気な笑みが浮かんでいる。

 静かに、彼は心を切り替え、再び嵐魔琥太郎へと戻っていく。


 物陰にガラシャを潜ませたまま、一人で堂々と歩いていった彼は……自分たちを探すワタルと対面し、その足を止めた。

 息を吸い、吐いて、真っ直ぐに討つべき敵を見据えた琥太郎は、大声で吼えるようにして名乗りを上げる。


「そこにおわすは、【ぷりんすっ!】のワタル殿とお見受けする。拙者は嵐魔琥太郎。ガラシャ姫にお仕えする、しがないだめ忍者でござる」


 彼女を助けるためには、この配信の全てをぶち壊すしかない。

 何もかもを跡形もなくなるまで崩壊させて、ここまでに起きた炎上すらも掻き消すほどの混沌を呼び起こして、全てを終わらせるしかない。


 それを可能にする方法はたった一つ、目の前にいるあの男の首を取ること。

 全ての元凶であるワタルを打ち倒して、双方の事務所を巻き込んだこの茶番に終止符を打つことのみ。


「恨みがあるわけではござらぬが、御大将の姿がそこに見えた以上、忍としてすべきことは一つ……その首、頂戴いたす」


「なに、言ってんだ……? お前みたいな底辺事務所の雑魚Vtuberが、この俺に喧嘩売ってんのか? は、ははっ! 面白れぇ! いきなり配信に乱入してきてここまで大暴れしたんだ! 恥掻く覚悟はできてるんだろうな!?」


「……覚悟はとうに決めてきた。あなたにも、相応の覚悟を決めていただこう」


 完全にキレているワタルは、敵意を剥き出しにして琥太郎を睨み付けていた。

 そんな彼の罵声混じりの叫び声を冷静に受け流した後、爛々と輝く瞳でワタルを見据えた琥太郎が、淡々とした口調で言う。


「【戦極Voyz】所属、嵐魔琥太郎……主命により、敵総大将の首を頂きに参った。いざ、尋常に……勝負!」


 全てを決める一騎打ち、敵将と忍者の真っ向勝負。

 誰よりも大切な姫からの命令を守り、その笑顔を取り戻すための……最強無敵の駄目忍者の戦いが、今、幕を開けた。

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