忍者乱入


「わぷっ!? な、なんだ、この煙っ!? 前が見えねぇ!」


「えっ……?」


 ぼふんっ、という音と共に出現した真っ白な煙がワタルの視界を奪う。

 持ち込みアイテム、煙玉の直撃を受けたワタルがダメージを受けると共に気絶し、自身への攻撃を中断する様を目にしたガラシャは、予想外の展開に驚くと共にその犯人へと視線を向けた。


「すあまっ? お前、何やって……?」


 予定にない行動、しかもワタルへの攻撃なんてしてしまったら、彼の機嫌を損ねることなんて誰にだってわかる。

 先ほどまで率先して彼を持ち上げていたはずの彼女がどうしてこんな暴挙に出たのだと、困惑しながらすあまへと声をかけたガラシャであったが、そんな彼女を更なる驚きの事態が襲った。


「姫、こちらへ! 拙者について来てくだされ!」


「はっ!? え? あ? え……?」


 ……聞き間違いだろうか? 今、確かに……この場にいるはずのない男の声が聞こえた。

 幻聴か何かかと思いながら、それにしてはあまりにもはっきりと聞こえたその声に驚き、硬直するガラシャであったが、その耳に再び同じ人物の声が響く。


「姫、お急ぎを! 道化師を足止めしている今の内に、距離を取りましょう!」


「え? ええっ? お、おまっ、こ、こた、こたりょ~!? なんで? どうしてっ!?」


「今はその説明よりも先に安全な場所へ! さあ、こっちです!」


 使っているキャラクターもゲームのIDも、間違いなくすあまのものだ。

 だが、VCから聞こえてくるその声は彼女のものではなく、部外者であるはずの琥太郎の声である。


 いったい、何がどうなっているのだろうか? 全く状況が理解できない。

 そんな混乱を抱えたガラシャは言われるがままに彼の後をついて走り、ワタルと距離を取る。


「くっそ……! わけわかんねえ! なにがどうなってるんだよ!?」


「え……? なんすか、これ? なんかのドッキリ?」


「なんであの忍者の声がするんだよ? どうなってんだ?」


 ワタルも、トーリも、クレアでさえも、この事態に困惑して焦り散らかしている。

 そんな彼らの反応を尻目に、十分にキラーと距離を取った琥太郎は、物陰に隠れながらガラシャへと声をかけた。


「ひとまずはこれで安心でござろう。姫、傷の手当てをさせていただきます」


「あ、ありがとう……じゃなくって、どうしてお前がここにいるんだよ!? 何がどうなってんの!?」


「最初からいたでござるよ。拙者、忍者でござるからして、いざという時に姫をお助けすべく、変化の術を使って前松殿に化けて身を潜めておりました」


「変化の術って、そんなのが説明になるはずが――!!」


 忍者のRPを続けたままの彼の答えにツッコミを入れようとしたガラシャは、そこではっとすると共に口を閉ざす。

 ふざけているようだが、琥太郎は嘘を言ってはいない。彼はいつでも自分を助けられるように、最初からこの場にずっといたのだ。


 正しく言えばこの場ではなく、すあまの……配信を行う春香の傍にいた。彼女の近くで声を潜め、配信を見守り続けていたのである。

 そして、ガラシャのピンチと判断するや否や、彼女からゲームをプレイする役目をバトンタッチして、すあまのIDを借りながらマッチに参加したというわけだ。


「なんで、お前……そんなことしたんだよ? どうして自分から巻き込まれに来たんだよ……?」


 完全なる部外者で、コラボ参加者として呼ばれているわけでもなくって、むしろ参加することで不利益しかないはずなのに、どうしてこんな真似をしたのかと問いかけるガラシャ。

 彼の上司である斧田がこんな行動を許すはずがない。明らかに彼は、独断で自分の下に馳せ参じている。


 嬉しくないと言えば嘘になるが……これが琥太郎や【戦極Voyz】の不利益に繋がる可能性が十分にあると理解しているガラシャは、手放しで喜べずにいた。

 少しだけ呆然とした様子を見せる彼女が真っ直ぐと見つめる中、琥太郎はその問いに対してはっきりと答えを述べる。


「なんでもなにも、拙者は姫のご命令に従ったまででござる。お忘れでござるか?」


「ぼくが、お前に……? そ、そんな命令、した覚えなんて――!」


 ない。だって炎上してから今に至るまで、自分は彼と話をしていないのだから。

 話をしたら弱音も本音も口から飛び出してしまいそうで、それを飲み込むために一切の連絡を断っていた自分が、どうして彼に命令ができるのかと困惑するガラシャへと、琥太郎が言う。


「いえ、拙者は確かにご命令を承りました。『ぼくのことを命を懸けて守るんだろ? なら、ゲボ吐いて炎上した時も助けろよ』……以前、そう仰ったことを覚えてござりませぬか?」


「あっ……!?」


 それは以前に彼と行った配信の中で見せたやり取りの一幕。ゲームの中で嘔吐した自分が、嘆く彼へと言った一言。

 確かに自分はそう言ったが、まさかそれがこんな事態を招くなんて……と驚く彼女に対して、琥太郎は話を続ける。


「これが姫の意に反した行動であることは存じております。あなたの許可もなく、周囲に迷惑を振りまくような行動であることもです。ですが、ですが……拙者には、姫を見捨てることなどできませんでした。あなたは拙者にとって、とても大切な御方なのです。あなたが拙者をどう思っていようとも、その気持ちに変わりはありません。あなたが笑ってくださるのならばこの嵐魔琥太郎、命を懸けてその身をお守りいたします。それが拙者の使命……なのです」


「こた、りょ……」


 損得など関係ない。周囲の反対の声も知ったことではない。自分を裏切った、捨てただなんて思ってない。

 ただ、笑顔が見たい。苦しんで悩んで涙している彼女の力になりたい。そのためだったら、どんなことだってしてみせる。


 春香を説得した時に彼女へとぶつけた想いをガラシャにもまたぶつけながら、PC画面越しに、茶緑ガラシャのアバターの向こうにいる明智環を見つめながら……嵐魔琥太郎は、風祭明影は、大切な彼女へと語り続ける。


「……姫、一か月記念コラボをすると決めた際、拙者と交わした約束は覚えておいででしょうか? なんでも言うことを聞く……そう、仰いましたよね?」


「……ああ、覚えてるよ。それで?」


「その約束を、今、果たしてください。このだめ忍者の問いに、正直にお答えください。琥太郎は、あなた様の嘘偽りのない本心を聞きたいのです」


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