VSP×ぷりんすっ!二度目のコラボ配信
「いや~、面白い試合だったね~! 全滅させられなくって残念だな~!」
「あはは! そう簡単にはやられないって! さてさて、次のゲームにいこうか!」
――数日後の夜、とある配信プラットフォームにて、VSPと【ぷりんすっ!】の二度目のコラボ配信が行われていた。
人の数は一回目の配信よりも少なく、低評価も多く寄せられていて、コメント欄の早さもワタルの枠を除いて実に緩慢であったが……参加者たちは、とても楽しそうだ。
……だが、この場にいるリスナーたちは、演者たちの楽しそうな態度が全て演技であることはわかっている。
このコラボを本当の意味で楽しんでいる者など、一人もいない。せいぜい、接待プレイを受けているワタルくらいのものだ。
今回のコラボは前回の配信事故によるイメージダウンをどうにかするためのもの。
そのためにはお互いがわだかまりなく、楽しくゲームをプレイすることが必須だからこそ、参加者たちは無理に明るく振る舞っているのだろう。
配信の冒頭、適当な雰囲気でワタルが謝罪した後、ガラシャもまた自身の醜態についてリスナーたちへと謝罪の言葉を述べた。
実はあの日は朝から体調が悪かったのだが、それを報告せずに無理にコラボ配信に参加してしまったことと、ピエロに追い回されてパニックになっていたように見えたのも演技で、騒ぎ過ぎたせいで気分が一気に悪くなってしまった結果、ああなってしまったこと。
その二つを謝罪したガラシャであったが、リスナーたちにはそれが方便であることに気が付いている。
実際に配信を見た時に感じた空気の悪さや、演技とは思えないガラシャの叫び。
そしてそういった事情を説明せずに今日まで無言を貫いていたことが、今の謝罪がワタルへの非難の声をガラシャ側に向けるための嘘であることを物語っている。
結局、何も変わってはいないのだ。VSPと【ぷりんすっ!】との間にあるパワーバランスも、配信に臨む態度も変わっていない。
ワタルも自分が失敗をしたとは思っているのだろうが、悪いことをしたとは思っていないからこそガラシャに責任の大半を押し付けるような謝罪のやり方をしたのだろうなと大半のリスナーたちが思う中、わざとらしい仲良し配信が続いていく。
「トーリ、お前次のマッチ、爆弾持ってこいよ! 面白そうじゃん!」
「え~っ! あれ、設置してから爆発まで時間がかかる産廃アイテムじゃないっすか~! 使っても当たりませんよ~!」
「でも、それを当てられたら格好いいかもな~! トーリさんの、ちょっといいとこ見てみたい~!」
「あはははははは……」
前回と変わらぬ雰囲気。王様がワタルで他のメンバーは彼をヨイショする駒。
ただ、今回はガラシャもトーリとすあまと共にその持ち上げの輪に加わっている。
これでいい、これでいいのだ。このコラボさえ問題なく成功させれば、VSPは救われる。
自分はファンたちから叩かれるだろうし、そんな姿を見たくなかったと幻滅されるだろうし、すあまやクレア共々【ぷりんすっ!】のハーレム入りした女として見られ続けるかもしれないが、事務所は多大なる恩恵を得られるはずだ。
それに……こんなふうに他人に媚びを売る自分の姿を見れば、琥太郎だって自分から離れようと思ってくれるだろう。
自分を捨て、心配しているのに連絡も返さず、あまつさえ数字欲しさに放送事故を起こした相手と再びコラボするプライドの欠片もない姫に今後も仕えようだなんて思わないはずだ。
これでいい。自分が少し我慢をすれば、それで万事上手くいく。
真澄も心を落ち着かせられるだろうし、これで何もかもが解決する……と、自分自身に言い聞かせていたガラシャは、配信には乗らない裏画面でワタルからのメッセージを受け取り、目を細めた。
『次、ピエロいくぞ。今度はヒスって発狂なんかするなよ?』
『はい、わかりました』
ゾクッと、胃が震えるような感覚に襲われた。
だが、これを乗り越えないと真の意味で前回のマイナスイメージを払拭することはできないと言い聞かせながら、ガラシャは呼吸を整えていく。
(適度に叫んで、適度に怖がる。イメージはジェットコースターに乗ってる気分、ビビってても楽しそうにする感じで……)
自分が見せるべき演技の確認。発狂せず、パニックにならず、感情を押し殺して程良く怖がる女の子を演じろというワタルからの命令を思い返しながら、心を暗い海へと沈めていくガラシャ。
配信画面に映る自分の表情を笑顔で固定しながら、そうまでして機嫌を取らなければならない自分自身の情けなさに一瞬だけ虚しさが去来するも、それを押し殺して彼女は演技を続ける。
「次のマッチも楽しみだな~! 今度こそ、ワタルさんから逃げてみせるぞ~!」
「はっはっは! そう簡単にいくと思うなよ~!? 絶対に吊ってやるからな~!」
……馬鹿みたいだ。大根芝居もいいところだと、普段の彼女ならば言っていただろう。
だが、ここに普段の茶緑ガラシャはいない。今の彼女は上からの命令に従って人柱になっている、ただの人形だ。
すあまもコラボを回すために持ち上げ役を担っているし、クレアも口数こそ少ないながらも自分を押し殺している。
みんな、事務所のために必死なのだと……その中で自分が何もかもをぶち壊すわけにはいかないと思いながらマップを歩いていたガラシャは、予定通りピエロのキラーを使うワタルと遭遇すると悲鳴を上げながら逃げまどい始めた。
「きゃーっ! 見つかった~! 逃げろや逃げろ~っ!」
「ははっ! 逃がさないぞ~っ! 待て待て~っ!」
本当は怖い。恐怖で胃が震えている。涙だって浮かんでいるし、手だって小刻みに震え続けていた。
それでも、笑顔を見せなくちゃ。画面に映る自分の姿は笑顔でいなくちゃと、現実世界の明智環の泣き顔と相反する茶緑ガラシャの笑顔を確認しながら、彼女はゲームをプレイし続ける。
「わ~っ! やっばっ! 一発殴られちゃった! もう一回攻撃されたら死んじゃうよ~!」
(嫌だ。怖い。来ないで。近付かないで。なんでこんなことしてるんだろう? なんでこんなに我慢してるんだろう?)
表面と内面で、バーチャルと現実で、相反するものを抱えている。
出さなくてはならない偽りと、隠さなければならない真実が自分の中で混在してしまっている。
本当は逃げたかった、泣きたかった、助けてほしかった。
だけど、それは許されない。これが自分の役目で、自分には救いを求める権利なんてないのだから。
「よし、捕まえた! これでトドメだ!」
「っっ……!」
ワタルの攻撃が自分の迫る。あとはこれを食らって、ダウンして、そのまま処刑されて……その様をまざまざと見せつけられて、自分の仕事は終わりだ。
これからもそうすればいい。泣くことを我慢して笑い続けていれば、それで……と、ガラシャが思ったその時だった。
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