僕はお前を超えていく

「……これで、終わりでござるな。その首、頂戴するでござる。お覚悟を」


「クソッ! クソクソクソクソ……ッ!!」


 ダウン状態のワタルにトドメを刺すべく近付く琥太郎。

 言葉では言い表せないほどの屈辱に全身を震わせ、憎々し気に琥太郎を睨むワタルが最後の抵抗とばかりに唸るようにして叫ぶ。


「こんなことして、タダで済むと思ってんのか? 関係のない配信に乗り込んできて、全部ぶっ壊して、人に恥掻かせやがって……! 終わりだよ! お前も、お前のお姫様も、お互いの事務所もな! 絶対に許さねえぞ! この配信が終わった後、どうなるか覚悟しておけよ!?」


 この配信ではいい様にやられたが、借りは必ず返す。

 数字も、コネも、知名度も……全て自分の方が上であると自負するワタルがそれを盾にした恫喝を行う中、ぴたりと動きを止めた琥太郎が彼を睨み、口を開いた。


「……だ」


「あ? なんだよ?」


「あんたのチャンネル登録者の数、三十万人だったよな? その数字……今日から一年の間に超えてやるよ」


「は……? ははははははっ! 急に何を言い出すかと思えば、馬鹿じゃねえの? ちょっとバズってようやく一万を超えたようなVtuberが、一年で三十万まで登録者を伸ばすだって!? んなことできるわけねえだろ!」


「やってみせるさ。できなかったら腹を切るつもりで、全力でやってやる。無力だなんだって落ち込んで立ち止まるのは、もう二度と御免だから……!」


 たった一年で、三十倍。それだけのバズりを経験するのがどれだけ大変かなんて、明影にだってわかっている。

 それでも、これまでの自分との決別ともう二度と環を泣かせないという決意を抱きながら、彼は目の前のワタルではなく、この場にいる全員に向かって叫んだ。


「数字や知名度に振り回されるのなんて絶対に御免だ。でも、それを武器として振りかざすあんたのような人間がいるっていうのなら……そいつらからみんなを守れるような男に、僕がなってやる。もう二度と、彼女を曇らせない。もう二度と、彼女を泣かせたりなんかしない。姫も、その周囲の人も、応援してくれるリスナーたちも……全員を笑顔にできるようなVtuberに、僕はなる。三十万人あんたなんて通過点だ。僕は彼女やみんなと一緒に、もっと先に、上に行く! だから――」


 画面に表示された通りに、キーボードを押し込む。

 ゲージが最大になると共に挿入されたムービーの中、ワタルが操るピエロの巨大な鼻に、その顔面に自身の足の裏をぶつけるような前蹴りを繰り出した琥太郎は、そのままピエロの顔を思いきり踏みつけながら、彼へと言った。


「――あんたはそこで、黙って見てろ。僕たちは、僕たちの道を行く」


 ぐしゃっ、という音と共にピエロの後頭部が地面にめり込み、完全に息の根が止まる。

 切り替わった画面に表示された勝利の文字を見つめながら、マウスから離した手が小刻みに震えている様子を見ながら、琥太郎と明影、二つの人物の両方の心を持ちながら……深く息を吸って吐いた彼は、ボイスチャットで繋がっている彼女へと言う。


「……勝ったでござるよ、姫。これで、この配信は終わりでござる」


「こたりょ~……!」


 ワタルはいつの間にか、通話から抜けていた。

 既にマッチを退出し、ゲームを落としている彼が完全にこの場から逃亡したことを見て取ったガラシャは、一度ならず二度までも自分を救ってくれた忍の言葉に涙を浮かべる。


「本当に、無茶なことしやがって。後で怒られても知らないからな……!」


「その時はその時でござるよ。姫が笑ってくださるのなら、拙者はそれで十分でござる」


 後のことも、自分の立場も、全て関係ない。

 ただ泣いている自分を助けるためだけにこんな無茶な行動をした愛すべき忍者の望みに応えるように笑みを浮かべたガラシャは、久々に弾んだ心を表すかのような明るい声で彼へと言う。


「……よくやったぞ、こたりょ~。流石はぼくのだめ忍者だ。本当に……ありがとう」


「勿体なきお言葉、感謝いたします。身に余る光栄です、姫」


 その明るい声に、PCの前に座るガラシャが……環が笑顔を浮かべてくれていることを想像した明影が温かな声で呟く。

 この笑顔のためならばきっと、自分はどんな無茶でもできるのだろうなと思いながら、彼は自分が取り戻した大切な笑顔を噛み締めるように、拳を握り締めるのだった。

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