二度目のコラボが決まってしまった……
「……真澄ちゃん、それ本気で言ってるの?」
――【ぷりんすっ!】とのコラボ配信、そこで起きてしまった配信事故による炎上の発生から数日後のVSP事務所。
そこで真澄と対面していた春香が、信じられないと言わんばかりの乾いた呆れ笑いを漏らしながら彼女を問い詰める。
表情は笑っていても目は一切笑っていない春香の様子に言葉を詰まらせながらも、真澄は俯きがちに彼女へと同じ言葉を繰り返し告げた。
「本気、だよ……数日後、また一之森さんたちとコラボすることが決まったから、そこで今回の失敗を挽回して――」
「なんで? どうしてそんな話になってんの? そもそもどうして、当事者である私たちを抜きにしてそんな大事なことを決めたの!?」
自分と彼女との間にある机を強く叩きながら、真澄に詰め寄る春香。
その表情からは笑みが消え去り、自分たちの代表に対する明らかな怒りと失望の色が浮かび上がっている。
そんな春香の叫びを受けた真澄は肩を震わせながら、消え入るような声でこう答えた。
「だって、しょうがないじゃん……このまま何もしなかったら、ただマイナスになっただけの配信になっちゃうじゃん……一之森さんたちから悪いイメージを払拭するためのコラボをしようって誘われたら、引き受けるしかないじゃん……!」
「自分から傷口広げに行ってどうすんのさ!? それに、たまちゃんの気持ちも考えなよ! こんなことになって、たまちゃんが凹んでないとでも思ってんの!?」
「わかってる! だからこうして失敗を帳消しにするための機会を作ったんじゃない!」
「わかってない! 真澄ちゃんは全然わかってない! 【ぷりんすっ!】とのコラボが決まって、そのために前々から決まってた明影くんとのコラボを無理に中止させて、そのせいであの子が強いられてたのか、全然わかってないじゃん! たまちゃんが吐いたのも、自責の念やファンたちから叩かれたことからくるストレスのせいだよ! それなのにどうして、またあの子に重荷を背負わせようとするの!? どうして私たちに何も言わず、またこんなコラボをするって決めちゃったの!?」
「だって、それは――」
泣きそうになりながら言い訳を続ける真澄もまた、かなり追い詰められて弱り切った表情を浮かべていた。
それでも、彼女を許すことができずにいる春香が声を荒げる中、二人の言い争いを仲裁するように第三の人物が話に割って入る。
「大丈夫だよ、春香。ぼくは大丈夫。だから、真澄ちゃんを責めないであげて」
「たまちゃん……!」
いつから話を聞いていたのだろう? 不自然なくらいに静かな態度で自分のことを落ち着かせようとする環の声に、春香が声を詰まらせる。
事件から数日、久々に顔を合わせた彼女の瞳は……光がない、真っ暗な色をしていた。
「たまちゃん……私は、私はね……!」
「わかってるよ、真澄ちゃんも色々大変なんだもんね。ぼくが上手くやれなかったから、事務所にも迷惑かけちゃったね。今度は大丈夫だから、上手くやるから……大丈夫だよ、真澄ちゃん」
「………」
どちらが炎上した人間で、どちらがその人物を抱える事務所の代表なのか、真澄にもよくわからなくなっていた。
ただ、彼女にも今の環が普通ではないことだけは理解できていて、押しつぶされている心をどうにか奮い立たせて周囲の人々を気遣うその姿からは、言葉にし難い痛々しさが感じられる。
「春香も、心配させちゃってごめんね。今度は上手くやるよ。もう、あんなことにはならないようにするから……一緒に頑張ろうね」
「たまちゃんっ!」
弱々しく微笑み、どこか危うさを感じさせる足取りで立ち去ろうとする環の背中に声をかける春香。
振り返った彼女の顔を見つめながら、その姿に胸が締め付けられるような痛みを感じながら、こう尋ねる。
「……明影くんとは、話をした? 彼から、連絡はきてる?」
「炎上した次の日、いっぱい着信があったよ。全部無視してるけどさ」
「話をしなよ! 明影くんならたまちゃんの力になってくれる! 愚痴を聞いてもらうだけでも、気持ちが楽に――!」
「だめだよ……そんな資格、ぼくにはない。あいつを裏切って、燃えて、いっぱい迷惑かけて……そんなぼくが今更あいつに頼れるわけないじゃん。ぼくにはもう、あいつのお姫様でいる権利なんてないんだよ……」
「たまちゃんっ!」
今度はもう、春香の声に立ち止まってくれなかった。
それだけを言い残して、環は静かに立ち去ってしまう。
誰にも縋ることなく一人で様々な重圧を背負い続けているその姿を目の当たりにした春香が拳を震わせて込み上げる悔しさに歯を食いしばる中、崩れ落ちるように椅子に腰を下ろした真澄がか細い声で呻くようにして呟く。
「こんなつもりじゃなかったの……事務所が有名になれば仕事も入ってくる。そうすれば、みんなの生活が豊かになるし、色んなことができるようになる……そうなれば、みんなで幸せになれるって思ってたんだよ……私は、たまちゃんにあんな顔させるつもりなんて……」
「……わかってるよ。真澄ちゃんも真澄ちゃんなりに色々と私たちのことを考えて、ああしたっていうのはさ。でも、でも……」
真澄は小心者で予想外の事態に弱い人間だ。この炎上でパニックになってしまって、今もいっぱいいっぱいな状況なのだろう。
好きなことをするために、我慢をしなければならないということは理解している。【ぷりんすっ!】とコラボ配信をするという彼女の判断は、そういう考えの下にくだされたものだったこともわかっている。
だけれども……それが正しいことだとは、今の春香には思えない。
さりとてこれ以上真澄を責めることもできない彼女は、伏し目がちになりながらぼそりと小さな声でこう呟いた。
「いいじゃん、無理にバズろうだなんて思わなくったってさ……今まで通り、楽しく配信しようよ。そっちの方が、きっと――」
「………」
ガラシャがバズってしまったことで欲が出た。もっともっと注目されて、これを機に業界の第一線にまで到達したいと思ってしまった。
その欲望のままに行動した結果がこれだと、心の中でそれぞれの後悔を抱える春香と真澄はお互いに何も言えずに黙りこくったまま、無言の時間を過ごすのであった。
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