自分の無力さが、歯痒くて……

「明影、お前もわかっているだろう。今、茶緑ガラシャと絡むことは危険な炎上地帯に突っ込むようなものだ。現にお前も面白半分でからかいに来た連中から心無い暴言を浴びせ掛けられているじゃないか」


「僕はそんなこと気にしません。それに、考え方を変えればこれもチャンスじゃないですか! ここで僕が上手く彼女をフォローできたら、嵐魔琥太郎や【戦極Voyz】のイメージアップに繋がる! VSPさんも助かるし、それなら――」


「駄目なんだよ、明影。事はそう単純じゃあないんだ……!」


 炎上している人間と絡むことで損害が生まれるという斧田の意見は尤もだ。だが、それをチャンスと捉えることだってできる。

 これまで茶緑ガラシャに振り回されてきた嵐魔琥太郎がこの炎上に際しても彼女のフォローに回って、無事に鎮火に貢献したならば、ファンだって喝采を送ってくれるはずだ。


 そうすれば何もかもが上手くいく。全てが元通りになる。環だって助けられる。

 その方法を一緒に考えてほしいと続けようとした明影であったが、沈痛な声の斧田がその発言に待ったをかけた。


「確かにお前の言い分にも一理ある。お前が彼女をフォローすることができれば、状況は好転するだろう。しかし……そんな状況を【ぷりんすっ!】のワタルが黙って見ていると思うか?」


「どういう意味ですか?」


「相手の立場になって考えてみろ。半ば寝取るような形で強引にコラボ相手を奪い取り、周囲から叩かれながらも実行した配信で自分の行動が原因となって配信事故を起こし、炎上する羽目になった。そこに吹けば飛んでしまうような弱小事務所のタレントがのこのこやって来て問題を解決し、流石だなんだとファンたちから賞賛される事態になったとして……事務所の代表でありプライドの高いワタルが、その状況を受け入れると思うか?」


「それは……」


「厄介なのは、相手がなまじ力がある一国一城の主だということだ。向こうには大勢のファンがいる。業界内に伝手もある。影響力も我々とは比べものにならないくらいのものを持っている。そして何より、この炎上も致命的な打撃にはなっていない。まだ奴らは十分立て直せる。この失敗を払拭するためにもう一度茶緑ガラシャたちとコラボして、今度こそ問題なく配信を終えることができれば、この事件も風化していくだろう。だからこそ、お前がその間に入ってはいけないんだ、明影」


 斧田の言っていることが、明影にも理解できてしまった。

 ここで自分が下手に環を助けたりすれば、それは航の不興を買う。そうなれば彼は【戦極Voyz】やVSPに対して何らかの圧力や嫌がらせを仕掛けてくる危険性がある。

 その可能性を排除するためにガラシャとの接触は避けろと、そう斧田は言っているのだ。


「もう一度コラボするって……そんなこと、甘原社長が認めると思ってるんですか? こんな事態になっているのに、その原因である【ぷりんすっ!】とまたコラボするだなんて、そんなの――!!」 


「するさ、ほぼ間違いなくな。【ぷりんすっ!】側もイメージの回復を求めている。まだ発足して間もない事務所だ、早い段階で悪いイメージが付くのは困るだろう。故に、彼らもVSPと距離を取ることは選ばず、早い段階での事態の収拾を第一として動く。そのために必要なのが円満なVSP側とのコラボ……茶緑ガラシャとワタルが和解し、今後も絡んでいくという表明だ」


「誰が、誰がそんなことを望むんです? ファンだって好きなタレントが生贄になるような配信なんて見たくない! 環だって、つらいに決まってる! そんなコラボを望んでる人間が、どこにいるって言うんですか!?」


「【ぷりんすっ!】側の人間と、VSPの上層部だ。ワタルは傷付いた事務所のイメージを回復させ、VSP側は彼の機嫌を損なわずに済む。だからこそ、やる価値があるんだよ」


「そんな、そんなの……! そんなことって……!!」


 言葉が出てこなかった。ただただ、自分の無力さを突き付けられているような気がしてならなかった。

 政略結婚でも、人質ですらない。力ある者たちにまるで捨て駒のように扱われる環のことを思い、拳を握り締めていた明影であったが、空虚な感覚の去来と共に全身から力が抜けていってしまう。


「……友達、なんです。とても大切な、友達なんです……見捨てたくなんかない。何もできないなんて、そんなふうになんかなりたくない……」


「わかっている。わかっているさ、明影……。お前はいつも、私の言うことに素直に従ってくれた。そんなお前がここまで食い下がるんだ、彼女がお前にとって相当特別な人間だということくらい、私にもわかる。だが……私にはお前以外にも守らなくてはならない人たちがいるんだ。情けない奴だと思ってくれていい、軽蔑してくれて構わない。だからどうか、私の言うことに従ってくれ……頼む……!!」


「………」


 明影が何も言えなくなっている内に、いつの間にか電話は切れていた。

 最後まで自分の想いを汲み取ってくれようとしながらも、それでも苦渋の決断としてああ言うしかなかったであろう斧田の気持ちを考えると、どうしても反抗できなくなってしまう。


 言われたことだけは完璧にこなせる、それが自分の唯一にして最大の長所。

 今、この瞬間だけは死ぬほどその長所が恨めしいと思いながら、明影はただただその場に立ち尽くし続けるのであった。

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