僕が覚悟を決めるまでの話

事件から、一夜明けて……

『この電話は、現在電源が入っていないか電波が届かない場所にあります。ご用の方は、ピーッという音の後にメッセージをどうぞ』


「あの、明影です! このメッセージを聞いたら連絡ください! その、待ってるから……!」


 明影が全てを知ったのは事件の翌日、その昼過ぎのことだった。


 前日は普段よりも少し早めに配信を切り上げ、ガラシャたちのコラボ配信が始まる前に布団に潜り、今朝も少しだけ覚えた気怠さに身を任せて二度寝をして……そうやって珍しく怠惰な時間の過ごし方をしたせいで、ネットに出回っている情報を知るのが遅くなってしまった。


 姫と忍者のコラボ配信を中止したいと報告を受けた時には快く環を送り出すような態度を取ってみせたが、やはり心のどこかでは納得できていない自分がいたのだろう。

 それがいい形であれ、悪い形であれ、VSPと【ぷりんすっ!】とのコラボ配信についてのファンたちの反応を見たくないと無意識下で思って、そうしてしまっていた。


 そのことを今、彼は猛烈に後悔している。


 配信事故が起きてすぐに環に連絡を取っていれば、少しは彼女の心の傷を癒せたかもしれない。

 彼女が自分の連絡に応えてくれずとも、誰かが心配してくれているという思いは凹んだ環を勇気づけてくれたはずだ。

 SNSに出回る昨日の配信で彼女が晒した醜態に関する情報を見る度に、明影はここまで事態が広がるまで環に連絡を取らなかった自分のことを強く責めていた。

 

「頼む、出てくれ……! 少しでいいから、話をさせてくれ……!!」


 今、環はどんな気持ちでいるのだろうか?

 大手の誘いを受け、一世一代の好機に飛びついて、叩かれたり批判されたりしながらも仲間のため、事務所のためと臨んだコラボで配信事故を起こした彼女の心境が如何なるものなのか、明影には想像すらできない。


 だが、いくら不思議ちゃんな環といえどもこの失敗に傷付いていないはずがないだろう。

 春香や真澄たちがそのケアをしてくれていればいいのだが……と思いつつも、こうして朝から何度もかけている自分からの電話に出ないことが今の彼女の状態を物語っていることもまた理解している明影は、椅子にへたり込みながら自分自身への叱責の言葉を呟いた。


「どうしてもっと話を聞いてあげなかったんだ。きっと不安を抱えていただろうに、それを聞くことすら放置したからこうなったんじゃないのか……?」


 自分にコラボ中止の連絡をしてきた時、環は何度も謝罪の言葉を繰り返していた。

 きっと言葉にできないほどの罪悪感を抱えていたのだろう。大手事務所の人気タレントとコラボすることへのプレッシャーや不安も感じていたに違いない。


 せめて、それを聞いてあげることができれば……こんな事態には陥らなかったかもしれないのに。

 コラボ中止の話と、その理由が他のタレントとのコラボを優先することだと聞かされたショックで自分が環と向き合うことから逃げてしまったから、彼女は誰にも弱音を吐くことができなくなってしまったのではないだろうか。

 もっと自分が強くて度量のある男で、自分のことで手一杯になんかならずに環の弱さも受け入れられるような人間だったならば……こうはならなかったのかもしれない。


 こんな事件が起きてからそう思っても遅いのかもしれない。だが、遅過ぎるということはない。

 環に連絡を取り、自分が心配していることを伝え、少しでいいから話をして、彼女のことを励ましてあげたかった。


 どうか環がメッセージに反応してくれますようにと願いながら強くスマートフォンを握っていた明影は、真っ暗だった画面にぱっと明かりが点く様を目にして息を飲む。

 着信……しかし、その相手が自分が望んでいた相手ではないことに僅かに表情を歪めながらも、彼は気持ちを落ち着かせてから通話のボタンをタップし、会話を始める。


「もしもし、風祭です」


「明影……私だ、斧田だ。茶緑ガラシャの放送事故の件は知っているな?」


「はい……今、明智さんに連絡を取ろうとしているところです。でも、何の反応もなくって……」


 【戦極Voyz】の代表である斧田からの連絡に、歯がゆさを覚えながら状況を報告する明影。

 どうにか彼の方から真澄にコンタクトを取って環と連絡が取れないかと尋ねようとした明影であったが、その言葉を遮った斧田がこう言う。


「そうか……すまない、明影。私は今から、お前に酷なことを言う」


「え……?」


 重々しい雰囲気でそう告げてきた斧田の声に、明影は目を見開いて言葉を失った。

 その直後、彼は自分の所属事務所の代表からの信じられない命令に愕然とする。


「明影……もう、


「……なにを、言っているんですか? どうして彼女と、環と縁を切る必要があるんです?」


「……お前の気持ちはわかる。だが、これはどうしようもないんだ。納得して――」


「僕はどうしてそんなことをする必要があるのかって聞いているんです! 理由も聞かずに納得なんかできるわけがない! どうしてですか、社長!?」


「明影……」


 信頼している社長が発した信じられない命令に大声を出して明影が怒鳴る。

 そんな彼の心境に理解を示しながら、苦し気な声を漏らしながら……斧田は、命令の理由を語っていった。

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