配信が、全然盛り上がらなかった

「よっしゃ~! 脱出成功~! みんな悪いね~、助けらんなくってさ~!」


「いやいや、サバイバー側は誰か一人でも脱出できれば勝ちみたいなところありますし、無理に救助に行って全滅するよりかはいいですよ!」


「ワタルさん、強いな~! 全然追いつけませんでしたよ~!」


 そうして迎えた【Virtual Sweet Production】と【ぷりんすっ!】とのコラボ当日、それぞれの枠に大勢のリスナーたちが詰めかける中、五人はゲーム配信を行っていた。


 五人という大人数でのコラボということもあってか、ガラシャと琥太郎のコラボ配信よりもずっと多いリスナーたちが配信を見にやってきてくれている。

 ……の、だが、その数に反して高評価数は伸び悩んでおり、コメントも左程送られてきていないという、双方の数が反比例している状況だった。


 その理由は単純で、からだ。

 では、どうして配信がつまらなくなっているのかというと、それは【ぷりんすっ!】側……もっと言うならば一之森航こと、ワタルに原因があった。


 今、ガラシャたちがプレイしているゲームの名前は『ヴァーサス・スタント』。

 よくある非対称型対戦ゲームで、プレイヤーは一人のキラー(鬼)と四人のサバイバー(逃走者)の二陣営に分かれ、それぞれサバイバーの確保とフィールドからの逃走という目的を達成するために行動するというゲームだ。


 これだけだと普通の鬼ごっこゲームだが、このヴァサスタには他にない特徴的なシステムが搭載されている。

 なんとこのゲーム、サバイバー側がキラーを倒すことが可能なのだ。


 特定のアイテム及びスキルでキラーの体力ゲージを削り、それをゼロにすることによってダウン状態にした後でトドメ攻撃を行えば、その時点で生き残っているサバイバー全員が勝利となるという中々に面白いこのシステムによってヴァサスタはゲーマーたちからの注目を集め、結構な人気を誇るゲームへと成長を果たした。

 その人気の後押しをしたのがVtuberを含む配信者たちで、キラーを倒せはせずとも反撃してやり返すことができるというシステムは配信上で行うプロレスにうってつけだったわけだ。


 まあ、キラー討伐システムに関しては初期にチームを組んだサバイバー側のプレイヤーたちがリンチのような真似をしてキラーを狩る行為が散見されたため、難易度は高くなってしまったが……先に述べた通り、このゲームはプロレスをするという意味では最適なゲームだったわけである。

 故に、『姫と忍者』のコラボが中止になって凹んでいた抹茶兵たちも、ガラシャやすあま、そしてクレアといったヤベー女たちが【ぷりんすっ!】の二人を相手に大暴れすることを期待していたのだが……その期待は、現在進行形で裏切られ続けていた。


 最初はガラシャたちもキラーに攻撃を仕掛け、プロレスじみたやり取りを行おうとしてはいた。

 それで楽しくゲームをプレイしていたわけだが、ワタルがキラーになった際に事件が起きる。


 普通に、今まで通りに、ガラシャはスキルを使ってキラーであるワタルに攻撃を仕掛けたわけだが……その瞬間、彼の機嫌が明らかに悪くなった。

 口数は減り、ほぼ無言でそのまま攻撃をしてきたガラシャに反撃してダウンさせると、問答無用で吊った上でケバブ(吊られている最中のサバイバーを攻撃する煽り行為。野良でやるのは完全にマナー違反)までしてみせたのだ。


 そこまでやってようやく機嫌を回復させたワタルは「さっきの攻撃のお返しだ~」などと明るい声で言ってきたが、その頃にはリスナーも共演者たちも彼の行動にドン引きしてしまっていた。

 確かに仲のいい配信者同士ならばこういった煽り行為を行っても許される風潮はあるが、これは双方にとって初コラボであり、しかもその前の態度があからさまにアレ過ぎたために、ただ鬱憤を晴らしたようにしか見えなかったのである。


 というより、実際にそうだったのだろう。サバイバー側でもワタルはキラーに攻撃されたら不機嫌さを露わにしていたし、配信を見ているリスナーたちにも彼の不満がはっきりと伝わっていた。

 おそらくワタルは、この場にいる自分以外の全員を見下しているのだ。


 二藤桃李ことトーリは部下であり、VSPの三人は自分がお情けをかけてコラボしてやった弱小事務所のタレント、この場で一番偉いのは自分だという想いが、ワタルの頭の中にはある。

 だから格下の存在である彼らに攻撃されるのが不満だし、そうされると苛立ちを覚えてしまうのだ。


 だったらなんでこんなゲームを選んだのかと聞かれれば、これもまたワタルのプライドのためだ。

 サバイバー側でキラーを攻撃できるというシステムを利用して、彼は鬼になった共演者たちを攻撃することを楽しんでいた。


 だからといって反撃をしてもそれをプロレスにすることもせず、不機嫌になってしまうワタルには立場の違いもあってか誰も手を出すことができず、腫れ物に触るかのようにご機嫌を取りながら一同はゲームをプレイしている。


 接待プレイ……部下とかわいい女の子たちに囲まれながらちやほやされる彼を揶揄したコメントを送った者は、即座にブロックされた。

 そういう自分にとって居心地のいい空間を作り上げて楽しむワタルであったが、それ以外の面々の気分は最悪としか言いようがない状況だ。


(だる……やりにくいことこの上ないし、何もできないじゃん……)


 ガラシャもまたそんな空気に辟易しつつ、一生懸命にワタルの機嫌を取っているすあまとトーリの苦労を偲び、小さく息を吐いていた。

 口を開いたら余計なことを言ってしまいそうな自分は無言でいた方がいいだろうと思いつつ、同じく直情的なクレアも不満を吐露しないように口を閉ざしている様を目にしながら、ぼんやりと彼女が考える。


(こたりょ~と一緒だったらな……きっとぼくを楽しませるために色んな仕込みをして、笑わせてくれてたんだろうなぁ……)


 事務所の命令や同僚たちのためだということはわかっている。

 だけど、楽しみにしていた琥太郎とのコラボを中止してまでこんな接待プレイをしていると思うと、どうしても気が滅入ってしまう。


 本当ならば今頃は……と頭をよぎる考えをどうにか振り払った彼女がコラボ配信に再度集中していけば、ちょうどリザルト画面を見終えたワタルの声が聞こえてきた。


「よし! じゃあ次は俺がキラーだな! 全員捕まえてやるから覚悟しとけよ! 特にガラシャちゃん! 君は絶対に逃がさないからな~!」


「あ、あははははは……! お手柔らかにお願いします」


 またこの地獄の時間がやってきたと、ワタルに急に名指しされたガラシャは曖昧に返事をしながらそう思った。

 やり返してもワタルは不機嫌になるだけだし、だったらいっそさっさと掴まって仲間たちの応援をしている方が楽かもしれないなと思いながらゲームを開始した彼女は、ヘッドホンから聞こえる彼の声に嫌悪感を募らせていく。


「ガラシャちゃん、どこにいるのかな~? すぐに見つけてあげるよ~! ふっふっふっふっふ……!」


 キモイ、と素直に言えたらどれだけ楽だろう。

 それをプロレスに昇華できる相手ならいいが、ワタルがそうでないことはわかっているガラシャは懸命にその言葉を飲み込みつつ、探索を続けていく。


 琥太郎ならサンドバッグにしても許してくれる。琥太郎ならプロレスじみたやり取りにも付き合ってくれるし、いいタイミングでやり返してくれる。

 琥太郎ならきっと……と、信頼している相方ならばこの配信中にどうするかばかり考えていたガラシャであったが……コントローラーを握るその手の、指の動きが、ふとした瞬間にピタリと止まった。

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