ファンのみんなにも、怒られてしまった


「――大丈夫、たまちゃん? 平気?」


「別に平気だよ。そんなに心配することないって」


 自分を心配して声をかけてきた春香にそう返事をする環であったが、明らかに顔色は良くない。

 いや、良くないのは顔色だけでなく、彼女を包む雰囲気そのものが最悪に近いように思えた。


 急遽人気事務所である【ぷりんすっ!】とのコラボが決まり、その告知が発表され、双方の事務所のファンたちの間に知れ渡って……それからの流れは、の一言だ。

 VSP、【ぷりんすっ!】共々、若干炎上気味という有様である。


 その最たる理由は茶緑ガラシャが嵐魔琥太郎とのコラボを中止して【ぷりんすっ!】とのコラボに参加することを選んだから。

 本当に単純で、見えていた地雷を踏んで、大爆発が起きたといっても過言ではないだろう。


 ただ、予想外だったのはその反発が想像を遥かに超えて大きかったということ。

 せいぜい不満の声が少し上がるくらいだと思っていた真澄たちであったが、コラボを発表した途端に信じられない勢いでそれに対して物言いがついたのである。


【この日は元々、姫と忍者の一か月記念コラボ配信が予定されてましたよね? それを中止してまで他の事務所とのコラボを突っ込んだのは何故ですか?】

【普通にこたりょ~が可哀想だわ。楽しみにしてただろうに、それを急に取りやめにするとかどんだけ振り回してるんだよ】

【結局、数字を選んだってこと? こたりょ~とも数字が稼げるからコラボしてただけで、他の男ができたらポイするんだ。最悪じゃん】


 これがVSPのSNSアカウントに寄せられた抗議の声の、ほんの一部。

 こういったコメントは公式アカウントだけでなく、コラボに参加する演者たちの下へも数多く寄せられている。

 特に騒動の元凶となっている茶緑ガラシャ……つまりは環の下には他を圧倒する数の批判が寄せられており、それが彼女の精神を摩耗させていることは見て明らかだった。


「はははっ。見てよ、このコメント。政略結婚、乙! だってさ……上手く言ったもんだよなぁ~……」


「もう見るの止めなよ。そういうの、良くないって」


 戦国時代の姫である自分が、強者に庇護を求めて絡みに行く様を皮肉ったその表現に力ない笑みを浮かべる環の手からスマートフォンを奪い取った春香が心の底から彼女を心配しながら言う。

 多少の批判は覚悟していたが、ここまで叩かれるだなんてのは予想外だと思っていた春香であったが、そんな自分の考えを否定するように首を振りながら苦い表情を浮かべる。


(違う、今だからこそだ。一番注目されている状況で、絶対にやったらいけないことをやっちゃったんだ……)


 これまで自分たちはせいぜい中堅チョイ下くらいの事務所で、そこまで界隈から注目されているという自覚がなかった。

 その感覚のまま、好き勝手に動いても別にそこまで叩かれることなどないという意識のまま、今回も行動してしまったが……今は古参のVSPファンよりも姫と忍者でガラシャを知って新規で入ったファンの方が多い状態なのだ。


 いうなれば、今の自分たちは熱した風鈴に空気を吹き込んで大きく膨らませている真っ只中だった。

 ファンたちはここからどこまでVSPという作品が大きくなり、どんな形に作られていくのかを楽しみに見守っていた状況だったのである。


 【ぷりんすっ!】とのコラボを優先したことは、そのファンの期待を裏切るどころかここまで作り上げてきたイメージをぶち壊すという最悪の行いだった。

 勢いのある人気事務所からのコラボの誘いに浮ついていたせいでわかり切ったその危険性に気付けなかった自分の軽薄さを後悔する春香であったが、今さらその事実に気が付いたところで全てはもう後の祭りだ。


 ただ、何よりも不安なのは最も叩かれている環のことで、炎上の真っ只中にいる彼女が精神のバランスを崩さないかという部分を心配する春香に対して、ソファーに座ったまま天井を見上げる環が言う。


「……明影に、悪いことしちゃったな」


「えっ……?」


「明影もさ、ちょっと叩かれてたんだよね。姫を守れなかったとか、NTR被害者とか言われててさ。悪いのはぼくたちなのに、こんな炎上に巻き込んじゃって……本当に申し訳ないや」


 気の抜けた、心ここにあらずといった様子で呟く環であったが、その声は震えていた。

 自分の馬鹿な行動の影響が明影にも及んでしまったことへの申し訳なさが、彼を裏切ったことへの罪悪感を加速させているのだろう。


 ほんの数日前まで、明影とのコラボ企画を考えては楽しそうに笑っていたというのに……その彼女の姿は、もうどこにもない。

 苦しそうに、つらそうにしている環のことを見ていられなくなった春香は、彼女を強く抱き締めると優しくその頭を撫でた。


「なに、春香? 急にどったの?」


「……このコラボが終わったらさ、すぐに明影くんに連絡しよう。それで、一か月記念コラボをすぐにやり直そう。そうしようよ」


「なんだよぉ、ぶぉくの予定を勝手に決めるなよな~。安心しろって、ぼくもそのつもりだしさ……それより、前に買った胃薬のあまりとかない? なんか、胃が痛くってさ~……」


 どれだけ魅力的なチャンスに見えようとも、真澄が何を言おうとも、自分が反対すべきだった。

 年上として、自分の意見をはっきりと伝えることをしなかった結果がまだ少女である環の身に重圧が襲い掛かっているこの状況だと、自分の判断の誤ちを痛いくらいに自覚した春香は、環と一緒に自分自身のことも励ます。


 もうコラボが上手くいかなくたっていい。次の仕事に繋がらなくったって構わない。

 最低の考えかもしれないが、一日でも早く環が元の彼女に戻れるようになればそれでいいと、春香はそれだけを強く思う。


 ……そう、それだけだった。彼女が望んでいたのは本当にそれだけのことだった。

 だが……崩れた歯車は元通りになんてなりはしない。一度崩壊したら、後は壊れていく一方なのだ。


 そのことを、彼女は【ぷりんすっ!】とのコラボ当日に知ることとなる。

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