激闘!忍者VS激辛焼きそば!

「んぐっ!? ぐふぅっ!!」


 一口目からわかる、この食べ物の異常性。

 確かに焼きそばとして分類されている物のはずなのに、食感は間違いなくそれであるはずなのに、体が受け入れることを拒否している。


 咳と共に口の中から焼きそばを吐き出しそうになった琥太郎であったが、なんとかそれを堪えて咀嚼もそこそこに飲み込むことに成功したわけだが……それで事は終わらない。

 灼熱の温度を誇るそれが食道から胃まで落ちていく感触が伝わり、その熱が琥太郎の体を内側から燃やすような感覚を味わわせ、辛さとはまた別の苦しみを与えてくるのだ。


(じ、地獄でござる! 想像の遥か上をいくレベルでござるって!!)


 心の中で忍者口調が出てしまうくらいに動揺しながら、たった一口食べただけでヒリヒリと痛んでいる口の中に冷たい空気を吸い込みながら、背中に冷や汗を流す琥太郎。

 どうしてこんな勝負を受けてしまったのだろうと後悔しても後の祭り、もうこうなってしまった以上はどうにかして食べきるしかないのだ。


 攻略法はただ一つ。無謀かもしれないが、一息に食べ尽くすしかない。

 じわじわゆっくりと食べていては逆にダメージを受け続けるだけ。勝負を速攻で決めるために、無我夢中にドカ食いすることこそがこの焼きそばを攻略する最善策だ。


(忍者の忍は耐え忍ぶの忍! 根性見せてやるでござる!)


 震える右手に箸を掴み、目に染みる刺激臭を放つ焼きそばを睨んで……覚悟を決めた琥太郎が大きく口を開ける。

 あまりの辛さにこれが配信だということを失念してしまっていた彼であったが、ここでそのことをようやく思い出すと共に、この戦いを見守っているリスナーたちへと自分の覚悟を見せつけるかのように叫んだ。


「速攻で片を付けるでござる! 『激辛焼きそばオブジエンド』、いざ勝負っ!!」


【うおおおおっ!! やる気か、こたりょ~!?】

【最適解だが本気でつらいぞ!?】

【負けるな~! 頑張れ~!!】


 一口目より大量の焼きそばを箸で取り、それを口の中へ。

 最初よりも激しい爆発が目の奥で光を散らしたが、それを無視した琥太郎がズルズルと音を立てながら次々と麺を啜っていく。


 最初は辛さによって口の中が痛くて痛くて堪らなかったが、三口目あたりでその痛みも限界を超えたお陰か麻痺してきた。

 これ幸いにと一心不乱に焼きそばを放り込んでいく琥太郎であったが、次なる関門が彼を襲う。


「あっ!? ぐあっ!! か、辛さがっ! 辛さが電流にっ!! うっそ!? 辛さのせいで体が痺れるとかあるんでござるか!?」


【そ、そこに辿り着いてしまったか……!】

【どんなに辛くても忍者のRPを崩さないこたりょ~、流石です】

【めっちゃのたうち回ってて草。明日がつらいぞ、こたりょ~】


 一定の許容量を超えた辛さは痛みではなく痺れに変換されるのだと、琥太郎は今日という日にそれを学んだ。

 配信画面に映し出されている彼のモデルは小刻みに痙攣しており、苦し気にのたうち回る動きと相まって琥太郎が味わっている痛みと痺れをリスナーたちへと伝え続けている。


 もう限界が近い。箸を置いて楽になりたい。諦めてしまいたい。

 だが……ここで手を止めることだけはしたくないと自分を奮い立たせた琥太郎は、最後の力を振り絞ると共に大声で叫んだ。


「ここが正念場っ! こんなところで諦める嵐魔琥太郎ではないでござる! うおおおおっ!!」


 虚勢でも何でもよかった。心を強く持つためだけに琥太郎は叫び、随分と軽くなった容器を手に取るとその中身を一気に口へと流し込む。

 最後の爆発。最後の痙攣。食事という行為では絶対に味わうことのない感覚を存分に堪能させられた彼は、灼熱のマグマのような熱が食道を通って胃まで落ちていくことを感じ、そして――。


「完食! 大変美味でござった!!」


【うおおおっ! やるじゃん、こたりょ~!!】

【結構タイム早かったぞ! 実写で計測してれば、ランクインできたかもな!】

【お疲れ様、頑張ったね! これ、お駄賃です¥5000】『むかで大名さん、から』


「ありがとう! ありがとうでござる! これは厳しい戦いでござったが、勝利した今は達成感がすごいでござるね!」


 自身の奮闘を讃えるコメントや投げ銭へと笑顔で応え、リスナーたちへと感謝の言葉を返す琥太郎。

 未だに胃の中で煮えたぎるような熱を放っている焼きそばの感触に怯えながらも、それでも一応はこの戦いを制した彼は、そういえばこれは早食い勝負だったということを思い出し、対戦相手であるガラシャの方を見やる。


 一応、自分は相当な速度で焼きそばを食べ終わったはずだ。ガラシャの方が早く食べ終わっているなんてことはまずないだろう。

 そう思いながら彼女の方へと視線を向けた琥太郎が目にしたのは、想像を絶する光景であった。


「……あの、姫? なんか、その~……箸が全然進んでないように見えるんでござるけど?」


「………」


 予想通り、ガラシャはまだ焼きそばを食べ終わっていなかった。

 いや、それどころか容器の中身はほとんど減っておらず、彼女も俯いたまま動きを止めている。

 箸の汚れを見るに、一口くらいは食べたのであろうが……琥太郎が悪戦苦闘している間に彼女が食べたのは、その一口だけのようだ。


 嫌な予感がする、途轍もなく嫌な予感が。

 激辛焼きそばを食べていた時よりも大量の冷や汗が背中を流れ始めたことを感じた琥太郎が不吉な予感を覚え始めたその瞬間、俯いていたガラシャが顔を上げると、半泣きの様子でこう呟いた。


「た、食べらんない……こんなの無理ぃ……!」

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