これほど嬉しくないあ~んがあるだろうか?
「えっ、ええええええっ!? 食べらんないって、さっきまであんなに余裕綽々だったじゃないですか! 拙者のことを煽りに煽ってたのに、たった一口でギブアップって、ええええっ!?」
「だってこんなに辛いと思わなかったんだもん! こんなの人の食べるもんじゃあねえよ! 開発者、頭いかれてんだろ!?」
ひーひーと舌を出して口の中を冷ましながら、涙目のヤケクソ状態になりながら、堂々とギブアップ宣言をするガラシャ。
だったらあの自信満々な態度はなんだったんだと思いながらツッコミを入れた琥太郎は、引き攣った表情を浮かべながら彼女へと質問を投げかける。
「姫? 質問なのでござるが、姫は辛い物が得意とか好きなんじゃないんでござるか?」
「は? ぼくは別に辛い物なんか好きじゃねえぞ? カレーも甘口だし、激辛の食べ物なんて滅多に食べないが?」
「じゃあなんでこんな勝負仕掛けてきたんでござるか!? こうなることは目に見えてたじゃないですか!!」
「だって一回くらい激辛焼きそば食べてみたかったんだもん! まさかここまで辛いだなんて、想像してなかったんだよ~!」
要するに、完全なるノリと勢いで立てた企画なのかと、心の中でガラシャへとツッコミを入れる琥太郎。
もう完全に早食い勝負としての体は成していなかったが、ここで残してしまったら食べ物を粗末にしたと炎上することが目に見えているため、琥太郎は必死に彼女を励まして食べることを勧めていく。
「ひ、姫。もう勝負とかそういうのはいいでござるから、とりあえず食べてしまいましょう。公式ルールとかも無視して、牛乳も飲むヨーグルトもガンガン使っていいでござるから……」
「やだやだやだ! 食べたくない食べたくない食べたくない!! こんなの無理して食べたら救急車で運ばれるどころか死んじゃうだろ! さてはこたりょ~、この機会のぶぉくをひどい目に遭わせようとしてるんだな!? お前なんか嫌いだ~っ!!」
「で、でも、食べきれなかったら炎上しちゃうかもでござるよ!? 姫のことを思っているからこそ、拙者はこうして進言しているのでござる!」
「そんなのわかってるよぉ! でも、こんなの無理だって! 食べたら食べたでお腹もお尻もヤバいことになるって! こたりょ~はぼくがけつあな確定してもいいっていうのか!?」
「可哀想でござるけど、これはそもそも姫が持ち掛けた勝負ではござらぬか! その責任を取るためにも、腹を切るつもりで挑むでござるよ!」
「うぅぅぅぅぅ……! 無理、無理ぃ……。でも食べきれなかったら炎上……食べ物を粗末にするわけには――!!」
ガラシャが演技などではなく、本気で限界なことはわかっていた。
しかし、ここで甘やかしてしまっては彼女のためにならないと、っていうかこれ以上は自分にできることは何もないと思いながら励ましの言葉を贈り続けていた琥太郎であったが……涙を浮かべたガラシャの瞳に真っ直ぐに見つめられた瞬間、この先の展開を予想して彼女とは逆に目を閉じる。
カサッ、という彼女が焼きそばの容器を手に取った音を耳にして目を開けた琥太郎は、ガラシャが箸と容器を手に立ち上がり、こちらへとそれを突き出している様を見た。
スパイシーな香りを放つそれを一掬いしながら、縋るような目で自分のことを見つめながら……そうやってガラシャは、琥太郎へと命令と懇願が半々になった言葉を発する。
「こたりょ~、あ~ん……!」
「……姫? あ~ん、ってなんでござるか?」
「口を開けてって意味。ほら、あ~ん……」
「いや、あの、それは姫の分の焼きそばでござるよね? どうして拙者が食べる流れになってるんでござるか?」
「うううううぅっ! うううぅっ! ううう~っ!!」
意味不明な鳴き声をあげながら、ぶんぶんと首を振ってそれは言うなと行動で伝えてくるガラシャ。
自分の分の焼きそばを食べることに体力を使い果たした琥太郎は当たり前ながら彼女の無茶振りを拒もうとしたのだが――
「こたりょ~、お願いだよぉ……! こたりょ~の言い分はわかるけど、ぼく本当にこれ以上は食べられないんだって。無理したら本当に病院に担ぎ込まれちゃうし、そうじゃなくってもぶぉくのかわいいお尻が大変なことになっちゃうからさぁ……! お願いだからぼくの分も食べてよぉ……!」
「い、いや、でも拙者も結構限界で……」
「わかってる! わかってるけど、ぼくにはこたりょ~しか頼れる人がいないんだよぉ! 辛さを中和する乳製品も飲んでいいし、休憩もたっぷり取っていいから! ぼくがあ~んで食べさせてあげるし、お礼もご褒美もあげるからさぁ! だからお願いこたりょ~、ぼくを助けて。お前はぼくを守ってくれる、ぼくの忍者だろ……?」
「うっ、ぐぅ……」
普段の強引な雰囲気とは違う、弱々しい姿を見せながらの懇願。
泣き落としという方策に出たガラシャの行動は、お人好しな琥太郎に実に効いてしまった。
これ以上無理強いしてもガラシャを追い詰めるだけだし、このままでは彼女が本気で泣いてしまうかもしれない。
それは回避すべき事態だよなと思いつつ、ちらりとコメント欄を確認してみると……?
【これほど嬉しくないあ~んの提案は初めてかもしれない】
【バラエティでいう、熱々おでんを口に押し込まれるあれみたいなやつだよな】
【こたりょ~、その、えっと……ガンバ!!】
……どうやら、リスナーたちもこの流れを忌避している雰囲気はなさそうだ。
ならばあとは自分の心次第。ガラシャを助けるか否かの決定権を握る琥太郎の気持ち次第ではあるが、お人好しな彼がどうするかなんてのは目に見えているだろう。
「……わかったでござるよ。これも忍の務めでござる。姫のことをお助けいたしましょう」
「わ~い! ありがとう、こたりょ~! やっぱお前は頼りになる忍者だな~! 大好きだぞ~! じゃあ早速、あ~ん……!!」
「うっ……! あ、あ~ん……」
後々振り返って思ったことだが、わざわざここでガラシャに食べさせてもらう必要はなかった。
ついうっかりこの流れに乗っかってしまった琥太郎は、口の中に焼きそばを押し込まれると共に、再び襲ってきた猛烈な刺激と辛味の爆発にくぐもった悲鳴を上げる。
「おぐっ! ぐふっ……!!」
「大丈夫か? 牛乳注いであるから、遠慮せずに飲めよ? 休憩も好きなだけ取っていいからな? 余裕ができたら口を開けろ、ぼくがあ~んしてやるから!」
「うぐぅ……お、お気遣い、痛み入ります……」
どうにかこうにか焼きそばを飲み込んで一息つけば、ガラシャが次の一口を眼前に差し出してくる。
もうこれは彼女に奉仕されてるのか拷問を受けてるのかわからないな、と思いながら無心で出される焼きそばを頬張っていた琥太郎であったが、ふとあることに気が付いてしまった。
(あれ……? この箸、姫が一口食べるのに使った箸だったはず……ということはつまり、これって……かかか、間接キス!?)
完全なる不意打ちでその事実に気付いてしまった琥太郎が思わずむせる。
それが辛さのせいではなく、動揺が原因であることを知っているのは彼本人だけであり、リスナーやガラシャたちは彼が限界を迎えつつあると誤解してくれたお陰で真実まで辿り着くことはなかったが、琥太郎の動揺はそう簡単に収まる様子はなかった。
「こ、こたりょ~! 大丈夫か!? ちょっと休むか? 牛乳飲む?」
「だ、大丈夫でござる。拙者のことは気にせず、御身を第一に……!!」
自分でも何を言っているんだろうと思うが、この言動も全て辛さで心身に異常をきたしてしまったが故のものだと思ってもらえるから助かる。
再び無心で差し出される激辛焼きそばを頬張るだけの人形に戻る琥太郎であったが、どうしてだか口の中に放り込まれるそれが、先ほどまでより随分と甘く感じられるようになり、それが彼の心を揺さぶっていた。
きっと味覚が麻痺しているからそうなっているだけだ……と、自分に言い聞かせながら焼きそばを咀嚼し、飲み干していく琥太郎。
これが幸せなのか、不幸せなのか、それを判断することも忘れてただただ姫を守るために戦う今の彼の姿は、間違いなく忍の鑑であった。
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