『ぼくがだめ忍者を激辛焼きそば早食い対決でわからせる配信』

準備中、ちょっとだけ忍者が優位に立つ

「よっしゃ~! 配信準備かんりょ~! あとは焼きそばを作るだけだな!」


「そうだね。お湯は用意してあるから、配信を始める少し前に入れようか」


「うん!」


 買い物から数日後の夜、【Virtual Sweet Production】の事務所にて、配信の準備をしている者が二人。

 スタジオというには憚られる小さめの部屋の中に机を並べ、そこにノートのPCやらなんやらの配信器具と一緒に自分たちの分の激辛焼きそばを並べた明影と環は、予定時刻に準備を終わらせられたことに安堵していた。


 今日は嵐魔琥太郎と茶緑ガラシャが初めてオフコラボを行う日。

 配信の内容は前々から告知していた、激辛焼きそば早食い勝負だ。


「……改めて思うんだけど、これが初オフコラボの企画で本当にいいの? 身を削り過ぎじゃない?」


「いいんだよ~! ぼくらにてぇてぇ路線を求めてる人なんてごく少数なんだし、こういう馬鹿っぽいことをやったり、こたりょ~が悶え苦しむ姿を見たい人が大半なんだからさ~!」


「……言っておくけど、今日は環も焼きそばを食べるんだからね? 悶え苦しむのは僕だけじゃあないんだよ?」


「にゃっはっはっはっは! ぶぉくを舐めんなよ~! こんなの大したことないない! よゆ~で食べ終わってやるって~!」


 自信満々な環の様子に、逆に不安になる明影。

 本番でこの余裕綽々の態度が崩れなければいいが……と思いつつ、時間を確認した彼は、そろそろお湯を入れるのにちょうどいい頃合いだと判断すると彼女へと言う。


「そろそろ時間だし、お湯を入れておこうか。ソースは配信中に絡めるから、湯切りまでやっちゃおう」


「お~け~! んじゃ、早速――」


「ごめ~ん、ちょっとお邪魔しま~す!」


 包装を剥き、蓋を開けて焼きそばにお湯を注ごうとしたところで、スタジオの中に第三者が入ってくる。

 その声を聞いて入り口の方を見た明影が目にしたのは、見覚えのある女性の姿だった。


「ごめんね、配信の準備中に。風祭くん、私のことは覚えてる?」


「えっと、確か……代表の甘原真澄さん、でしたよね?」


「そうそう! 大体二か月ぶり、かな? 折角事務所まで来てくれたんだし、挨拶しておこうと思ってさ。今日はありがとうね」


 どこか幼さの残る、華奢な女性からの挨拶に会釈で応える明影。

 環を助けて入院した際、病室にやってきた事務所の代表である人間がわざわざ自分に会いに来てくれたことに恐縮する彼へと、ご機嫌な真澄が言う。


「たまちゃんが責任を取ってあなたとコラボするって言った時はどうなるかと思ったけど、全部がいい方向に働いてくれて本当に嬉しいよ! お陰で色んなところから注目してもらって、仕事のオファーも来てるし……本当にありがとうね!!」


「いえ、僕の方こそ明智さんに拾い上げてもらったようなものなので、感謝するとしたらこっちの方ですよ」


「いや~、そうでもないって! たまちゃんってばあなたとどんな配信するかを考えたりして、ずっとご機嫌でさ~! 今日のオフコラボも楽しみにしてたんだもんね~!?」


「よ、余計なこと言わないでよ、真澄ちゃん! ほら、挨拶が終わったなら、出てった出てった!」


「ああっ! もう、ちょっと! 他にも話したいことがあったのに……」


 珍しく狼狽した環がぐいぐいと真澄の背中を押し、強引に配信スタジオから彼女を追い出す。

 ばたん、と音を響かせて扉が閉じた後で振り返った彼女は、僅かに赤く染まった顔を見せながら明影を睨み付けながら言った。


「……違うからね? 配信を楽しみにしてたんじゃあなくって、明影が辛さに悶える姿を見るのが楽しみだっただけだから! そもそも別にコラボの企画を考えてご機嫌になんてなってないし! ぼくはいつでもクールでカッコいい感じだし!」


「ああ、はいはい。わかってるって」


「あ~!? んだよ、そのにやけ面は~!? 明影のくせに生意気だぞ~!」


 げしげしと照れ隠しで明影のすねを蹴りながら悪態をつく環。

 そんな彼女の反応と、真澄の話を思い返した明影は、一週間前に春香から言われたことを振り返っていた。


(僕と出会ってから、環はずっと楽しそうにしてる、か……)


 同僚だけでなく事務所の代表までもがそう言うのだから、嘘や冗談でそう言っているわけではないのだろう。

 どうやら環は、本当に自分とのコラボを楽しんでくれているようだ。


 素直に嬉しいと、そう思う。

 チャンネル登録者や同接という目に見える数字という形で利益をくれている彼女に対して、目には見えないながらも自分にも返せる何かがあったのだと思うと、少なくはない喜びが明影の胸を満たしてくれた。


 環と絡むことで知名度を上げようだとか、リスナーたちの覚えを良くしようだとか、そういう打算めいた考えがあることは否定しない。

 だけれども、今の自分はそれ以上に彼女ともっと親しくなって、わかり合って、良き友人として仲良くなりつつ、一緒にバズっていきたいと強く思っている。


 環が笑ってくれるのならば、彼女の無茶振りに応えるのも苦ではないと……そう思いながら折檻を受け続けた明影は、ふくれっ面の環からこう言われて返事をした。


「ほら! もう三分経ったぞ! 焼きそばの湯切りをしてこい! ぼくはそれまでに配信の最終確認をしておいてやるから、急げよな! あっ、でも転ぶんじゃないぞ! わかってるな!?」


「はいはい、わかってますよ。それじゃあ、そっちはよろしくね」


「むぅぅ……! 余裕たっぷりなのがムカつく~! ぼくのしもべのくせに~!」


 悔しそうに地団駄を踏む環の声を背に、スタジオを出てシンクへと向かっていく明影。

 初めて主に対して優位に立てた彼の口元には、楽し気な笑みが浮かんでいた。

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