スク水かブルマか選べってさ

「見ろよ明影! ゾンビのマスクだぞ! めっちゃ作り込まれててグロテスクでいいわ~!」


「環さん? これから食べ物を買いに行くのに、食欲が失せるようなグッズを嬉々として手に取らないでもらえるかな?」


「おいおいおい! こっちにはパイ投げ用のホイップがあるぞ! うわ、欲しいな~!」


「それを僕にぶつける未来が見えるんだけど、気のせいじゃないよね? そんなにいい笑顔を向けても僕の気持ちは変わらないよ?」


「うおっ!? 見ろ、明影! あっち、R18コーナーだって!! ちょっ、行ってみようよ! 一緒にエログッズ見て盛り上がろうぜ!」


「慎み!! 慎みを大事にして!! ほら、さっさと焼きそば買って帰るよ!!」


 それから十数分後、明影は半ば環に引き摺り回されるようにして大型量販店の中を見て回っていた。

 何でも揃う便利なお店というテーマソングの歌詞通り、この店には食料やら服やらパーティーグッズやらが揃いまくっているのだが、それが環の好奇心を刺激しているせいで本来の目的である激辛焼きそばの確保が未だにできていない状況だ。


 傍から見れば、飛び切りの美少女に腕を絡められ、楽しく買い物をしているように思えるだろうが……心の中では明影も結構疲弊している。

 ……まあ、別にこの状況を嫌に思っているわけでもないし、むしろ楽しみさえ感じているのだが、それを言ってしまうと環の更なる暴走を招くだろうから黙っておくことにした。


「ちぇ~、なんだよ~。明影はケチだな~……もっとぶぉくを楽しませてくれれば、無意識の内に腕を抱き締めて、おっぱいが強く当たるかもしんないのにさ~」


「だから慎み! っていうか、前に胸を見るなって言ってなかったっけ? 言ってることとやってることが矛盾してない!?」


「勝手にちらちら見られるのとぼくが自分から見せたり触らせたりするのを同じに考えるなよな~! まったく、明影は本当に女心ってもんをわかってなくて困るわ~


 それは多分一般的な女性の価値観ではない気がする……と、独特な環の考え方に心の中でツッコミを入れる明影。

 そもそも女の子というのはかわいいぬいぐるみだったり美味しそうなクレープなんかを喜ぶものであって、グロテスクなゾンビマスクや人にぶつけるためのパイ投げ用ホイップクリームなんかにあそこまで興味を示すのは環くらいのものだと思うが、それも黙っておくことにした。


「ほら! 先に焼きそばを買うよ! 店を見て回るのはその後! それと、そろそろ腕を放して! 右腕が使えないと色々不便だから!」


「は~い……本当に良かったの? 明影ももうちょっとぼくのおっぱいを堪能したかったんじゃない?」


「……まあ、そうだけど。でもいいの! 先に買い物!」


 なんだかんだで嘘がつけない明影がそう答えれば、環はにゃははといつも通りに笑って彼の顔を覗き込んできた。

 その視線に耐えられなくなった明影はくるりと背を向けると、近くのインスタント麺コーナーへと先陣を切って歩いていく。


「え~っと、激辛焼きそばは……あった! 予備用で三つ買えばいいよね? ……あれ?」


 お目当ての物を見つけ、ぽいぽいと籠の中に放り込みながら環へと声をかける明影であったが、そこで彼女の姿が何処にもないことに気が付いた。

 まさか、買い物を放棄して十八禁コーナーに行ったんじゃあるまいなと、大慌てで立ち上がった明影が彼女を探して店内を見回していると……?


「うぉ~い、明影~! こっちだぞ、こっち~!」


「環! ちょっと、そこで何してるの!?」


 ぶんぶんと手を振って自分を呼ぶ環の姿に、安堵しつつも何をしているんだと当然のツッコミを入れる明影。

 自分の下に歩み寄ってきた彼に対して、環は愉快気にニヤつきながら手にしている物を見せつける。


「いや~、面白い物を見つけてさ~! 明影的にはどっちが好みなのか、聞かせてもらえる?」


 そう言いながら彼女が差し出してきたのは二着の衣装。

 右と左、それぞれの手に握られているハンガーには、別々の衣装が掛かっている。


 右手には学生時代にプールの授業の際に女子が着ているところを何度も見た、紺色のスクール水着。

 左手には同じく体育の授業で使いそうではあるが、下半身の衣装が一昔前のブルマとなっている体操服。

 胸に無記名のゼッケンが貼られているそれは、運動は運動でもの際に使われるコスプレ衣装というやつだ。


 いったいいつの間にこんな物を見つけ出したのかと、というよりなんでこれを自分に見せつけてくるんだと動揺する明影の前で、ニヤニヤと笑う環がそれぞれの衣装を自分の体に重ねるようにしながら彼の妄想を掻き立てていく。


「ねえ、どっちがいい? 露出的にはそんなに変わんないと思うから、やっぱフェチ的な感じになるのかな~? 同じ太腿でもスク水とブルマとじゃあ雰囲気が違うし、脇も剥き出しと体操服の袖口から覗くのとじゃあ趣が違うんだ~、ってすあまんも言ってたしさ~!」


「い、いや、どっちがいいって聞かれても――」


「……答えなよ、こたりょ~。姫様の命令だぞ?」


 周囲に人の姿がないことを確認した環が僅かに熱を帯びた囁きを明影の耳元へと放つ。

 ドクンッ、と心臓が脈打つと同時に全身の血が沸騰するかのような熱に襲われた明影が息を飲む中、彼を翻弄する環が意地悪く言う。


「ぼくと仲良くなりたいんだろ? なら、お前の趣味を教えろって……! 明影はどっちの服が……どっちのコスプレをしたぼくが好みなんだ~?」


 言えるわけがないだろうと、心の中で大声で叫ぶ。

 だけれども、その叫びが実際に口から飛び出すことはなくって、明影はただ視線を泳がせているだけだ。


 ちらりと、多大なるスケベ心を持ったまま、こちらを覗き込む環を見つめ返した明影が交互に二着の衣装へと視線を向ける。

 ぶっちゃけた話、どちらも見たいといえば見たいがどちらか片方を選ばなくてはならないとなったら、自分が選ぶのは――


「……スク水か。なるほどね~」


「!?!?!?」


 明影がその答えを口にする前に彼の思考を読み取った環がにししと笑う。

 どうしてわかったのだと驚きながら目を見開く彼に対して、彼女はこう答えた。


「わかりやすいんだよ、明影は~! 視線がスク水の方に吸い寄せられてるの、よ~くわかっちゃったぞ~!」


「うぐぐ、ぐふっ……」


 正直といえば聞こえはいいが、ただスケベな心を相手に見抜かれただけじゃないかと凹んだ明影がその場にがくりと跪く。

 そんな彼の前にしゃがみ込んだ環は、よしよしと頭を撫でながら罵倒とからかいの意味が混じり合った言葉を投げかけていった。


「このスケベ忍者。童貞。スク水フェチ。頭の中でぼくのえっちな姿を想像してたんだろ~? 言ってみろよ~!」


「ぐふっ……す、すいません……」


「あははははっ! 正直者め~! なるほどね~、明影の趣味はよ~くわかったよ。これでぼくたち、また仲良くなれたな~!」


 仲良くなれたのだろうか? 自分的にはただ恥をさらしただけのような気がしてならないのだが、やはり環の感性は独特だ。

 とにかく今は自分のスケベ心を見抜かれたショックが大きいと凹み続ける明影へと、ニヤリと笑った環が歌うような口調で言う。


「ほら、会計行くぞ? 今日は焼きそばを買うのが目的なんだからな~! いつまでもそうして項垂れてんなよ、にゃっはっはっはっは!」


 どこまでも自分を振り回す自由人であり、何を考えているのかわからない不思議ちゃんである環の笑い声を聞きながら、明影はただただ未だに収まる気配のない自分の心臓の鼓動を落ち着かせることだけに注力し続けるのであった。

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