明影と環の仲良し大作戦その弐・名前で呼び合えるようになろう!
「んぐっ……!?」
不意に名前を呼ばれたことにわかりやすく動揺した明影が視線を逸らす。
そんな彼の面白い反応にニヤ~ッと笑みを浮かべた環は、その先に回り込みながら名前を連呼し始めた。
「ん~? どうしたの、明影? 明影って呼び方じゃあ不服だった? じゃあ、明影以外にどう呼べばいいのか教えてよ。あ♡き♡か♡げ♡」
「別に、不服とかじゃあないけど……ただちょっと、距離が近過ぎるんじゃない?」
「にゃははっ! 回りくどい言い方しないで、ぼくに名前を呼ばれて照れてるって言えよ~! このこの~!」
つんつんと脇腹を突かれながら、同時に図星も突かれた明影が苦々しい表情を浮かべる。
記憶上、家族を含む親戚以外の女性に名前で呼ばれたことなどない彼は、急に距離を詰められたことに戸惑いと羞恥を隠しきれないでいた。
ただ、決して不快なわけではなく、単純に女の子から名前呼びされていることを恥ずかしく思っているだけの明影に対して、満面の笑みを浮かべた環が言う。
「さあ、次は明影の番だぞ? ぼくの名前を言ってみろ~!」
「えっ? はっ!?」
その言葉に驚いた明影が彼女の方を向けば、試すような表情を浮かべている環の姿が目に映った。
唐突な命令に戸惑いながら視線を泳がせる彼に対して、環がからかいの色を弱めた声で言う。
「ぼくと仲良くなるんだろ? じゃあ、呼んでよ。ぼくとの仲良し計画・第二弾は、名前で呼び合えるようになること……できるでしょ?」
先の自分の発言を引き合いにしつつ、自身の要求を伝えてくる環の言葉に明影が緩く拳を握る。
自分を見つめる彼女の瞳の中に、期待と楽しみと……若干の不安の色を見て取った瞬間、彼は口を開いて震える声を喉から発していた。
「た、たま、き……」
「ん~? 聞こえな~い! もう一回、はっきりとした声で! さん、はい!」
「環! ……これでいい?」
彼女の目を真っ直ぐに見つめながら、その中に潜む不安の感情を吹き飛ばすような大きな声で名前を呼ぶ明影。
そうすれば、嬉しそうに笑みを浮かべた環がぶんぶんと頷くと共に大きく飛び跳ねて感激を表してみせる。
「よくできました! 偉いぞ~! 褒めてやるぞ~!」
「は、恥ずかしいから止めてよ、もう……!」
「ふふふ……! 童貞の明影にしてはよくやったじゃん。そんじゃ、ご褒美ね」
「うえっ……!?」
明影の真正面に立っていた環はそう言うや否や、彼の右腕に自身の両腕を絡めてみせた。
嬉しそうに微笑みながら自分の右腕を抱き、ついでに立派な胸を押し当ててきた彼女の行動に明影が思い切り慌てる中、いたずらっぽく笑った環が彼の耳元で囁く。
「ふふっ、嬉しいだろ~? 普段、ぶぉくの無茶振りについてきてくれるご褒美として、甘々なデート気分を味わわせてやんよ~!」
「いやっ、あのっ、そのっ! あ、明智さん、流石に距離が――」
「た・ま・き! ついさっきできた名前呼びがもうできなくなってるぞ~? こりゃあ、おしおきとしてもっと恥ずかしい目に遭わせる必要がありそうですね~……!」
「うぐぐぐぐぐぐぐ……!?」
ぎゅううっと、明影の腕を強く抱き締めた環がその位置を調節していく。
焦らすように、あるいは脅すように胸の側面に押し当てていた腕をずらし、徐々に谷間へと移動させていく彼女が何を考えているのかを理解した明影は、慌てながらも必死に環へと声をかけた。
「わかった! わかったから! ご褒美ありがとう、環!」
「んっふっふ~! わかったならよし! んじゃ、行きますか!」
「……この状態のまま?」
「うん、このまま。何か文句でもあるのか~? こういうの、好きなんだろ~?」
好きかどうかなんてわからない。なにせ、こんな経験初めてだから。
という感想を口にすればまたからかわれることがわかっていた明影は、諦めると共に環の歩幅に合わせてゆっくりと歩き始める。
腕に押し当てられる柔らかい感触と、伝わってくる温もりに心臓の鼓動を逸らせる彼は、自分の寿命が猛スピードで消費されていることを感じていた。
「……あの、ついでみたいで悪いんだけどさ、一人称もできるだけ意識して変えてもらえるかな? 環……は、特徴的な声と活舌してるから、そっちも身バレに繋がる危険性があるし……」
「ん、おっけ~! ふふふっ……! なんかこうしてるとさ、身分を隠したお姫様がお供と一緒に下町を散策してるみたいだって思わない?」
Vtuberとしての自分たちのキャラを引き合いに出しての環の言葉に、明影が同意するように小さく頷く。
その反応に微笑んだ彼女は、少し背伸びをすると彼の耳元に唇を寄せ、他の誰にも聞こえないような囁き声で命令してみせた。
「しっかりぼくを護衛しろよ、明影。お前はぼくの忍者なんだからな」
「は、はい……!」
これ、無料で聞いていいんだろうか? 有料のASMR動画レベルに甘くないか?
そう思いながら、耳に残る甘い環の囁きにまたしても心臓の鼓動を早めながら、明影は必死に動揺を隠しつつ、彼女と共に買い物へと出向くのであった。
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