姫と忍者が買い物デートに行く話

激辛焼きそばを買いに行くぞ!

「うぉ~い! お待たせ、待っちゃ~? 略してお抹茶! ……にゃははっ、これだといつもの配信と同じになっちゃうね~!」


「あ、いや、大丈夫。僕も今来たところだから……」


 人が多いわけでも少ないわけでもない、平日の昼前。明影は駅で待ち合わせた環を迎えながら小さく会釈をする。

 最初に会った時と同じ、黒のアウターに白のインナー、ブラウンチェックのミニスカートに大きめの眼鏡をかけた出で立ちで現れた彼女は、いたずらっぽく笑うと明影の顔を覗き込みながらこう問いかけてきた。


「ど~よ~? 今日のぶぉくのコーディネートは?」


「あ、えっと……すごくかわいい、です……!」


「そ~だろ~!? もっと褒めていいんだぞ~! にゃっはっはっは~!」


 女性を褒めるという慣れない行為に顔を赤くする明影と、彼からの褒め言葉に嬉しそうに大笑いする環。

 傍から見れば初々しいカップルのやり取りにしか見えないそれであるが、どうして二人はリアルで待ち合わせてデートまがいのことをしているのだろうか?


 その答えは単純で、今日は数日後に控えた初のオフコラボに必要な物を買いに行くことになっているからだ。

 それでもわざわざ二人で出掛けず、個別で用意すればいいのでは……? と思わなくもないが、逆にいえば断る必要もないということでもある。


 本人が言う通り、環は自他ともに認める美少女。そんな彼女と買い出しとはいえ、二人きりで出掛けられるだなんてのは役得以外のなにものでもない。

 それに……そういった下心を抜きにしても、明影にとってはこのお出掛けは彼女のことをよく知るいい機会になるはずだ。


 春香から頼まれたというのもあるが、明影もまた自分のことをよき友人として見てくれている環とはいい関係を築きたいと思っている。

 バズるための相手としてコラボするのではなく、これからも二人で楽しく配信ができるような、そんな関係性を作っていきたいと願う明影は、ここで少しでも不思議ちゃんで自由人な彼女のことを知ろうと気合を入れていた。


「とりあえず、目的の品は激辛焼きそばだよね? 念のための予備用に追加で一つか二つ買うとして、他に何か配信のネタになるようなものがあったら買っておこうか」


「ふふふっ、いいね~! こたりょ~もぼくとのオフコラボに意欲を見せつつ、しっかりタメ口使って話してくれてるじゃん」 


「そりゃあ、ね……いつまでも明智さんにおんぶにだっこってわけにはいかないし、僕も君とは仲良くなりたいって思ってるからさ」


 慣れてない、似合っていないとは思いつつも、正直に自分の想いを環へと伝える明影。

 相手のことを知るのならば、まずは自分のことを知ってもらうことが大切だと……自分はあなたと仲良くなりたいという意思を見せることが大事だと理解している彼の言葉に、環は少し驚いた表情を浮かべた後でバシバシとその背中を叩き始めた。


「にゃっはっはっはっは! に、似合わね~っ! でも、童貞のこたりょ~にしては頑張った方かな~? んん~?」


「んぐっ……! か、からかわないでよ。正直、敬語を使わずに話すだけでも緊張してるんだからさ……」


 これまでの人生でデートなんてしたことがないし、知り合って間もない相手とタメ口で話すことも慣れていない。

 それでも、距離を縮めるために一生懸命な彼の努力を感じ取った環は嬉しそうに笑うと、愉快気な表情を浮かべながら口を開いた。


「よく頑張ってるじゃあないか、こたりょ~! 流石はぼくのだめ忍者、まだまだだけどその努力は認めてやるじょ~!」


「……ありがたき幸せです、姫」


 普段の配信のようなやり取りを繰り広げながら、苦笑を浮かべる明影。

 やっぱりちょっとリードされるというか、彼女の後ろに控えるくらいの関係性が自分には合っているのかもなと考える彼をよそに、これまた楽しそうに笑う環が腕を振り上げながら言う。


「よ~し、それじゃあ早速買い物にいくぞ~! ぶぉくについてこい、こたりょ~!」


「あっ! ちょ、ちょっと待って! その前に一つ、お願いが……」


「ふぇ? なぁに?」


 堂々と出陣を宣言し、配下の忍者を従えて目的地へと向かおうとした環であったが、その一歩目を踏み出す前に他でもない忍者から待ったをかけられた。

 お願いがあると言う彼へと訝し気な視線を向けてみせれば、やや落ち着かない様子を見せる明影は真面目な雰囲気でこう述べる。


「その、って名前をリアルで使うのは止めてもらえないかな……?」


「あ、そっか。身バレの危険があるし、そう呼ぶのはおかしいか。ごめん」


「い、いやいや、僕も慣れてた部分があるし、もっと早くに言うべきだったよ」


 明影のことをVtuberとしての名前である琥太郎をもじったあだ名で呼んでいては、彼の正体がバレてしまう。

 下手をせずと自分がVtuberであることが露見しかねないその呼び名を改めてほしいという明影の要求は当然のもので、普通にそのことを失念していた環は素直にそれを受け入れると共に、彼へと首を傾げながら尋ねた。


「で、さあ……ぼくは君のことをなんて呼べばいいわけ? 要望ある?」


「いや、特には。身バレの危険性さえなければ、好きに呼んでくれて大丈夫だよ」


「ふ~ん、あっそ。じゃあ、そうだなぁ……」


 別に呼び名に拘らないという明影の言葉に、少しだけ彼をどう呼ぶか悩む環。

 ほんの五秒程度考えるふりをした彼女は、瞳にからかいの光を宿しながら親し気に彼のことをこう呼んでみせる。


「それじゃあ普通に……って呼ばせてもらおうかな!」

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