配信が終わった後、ヤバい人からお願いされたでござる

「あ、どうもっす。わざわざ個チャの方に来てもらっちゃってすいませんね~」


「いえ、大丈夫です。今日はその、お疲れ様でした」


 (圧迫)面接配信が終わってすぐ、すあまから声をかけられた明影は彼女が作った個人通話チャンネルへと移動して話をしていた。

 まだ一対一で話したことのない相手に呼び出された彼はいったい何を話されるんだろうかと緊張でガチガチになっているが、そんな明影に対してすあまは実にリラックスした様子で口を開く。


「風祭明影くん、で合ってるよね? 名前、たまちゃんから聞いてるよ。私の方も自己紹介させてもらうね。名前は須天春香すあま はるか。年齢は……聞かないでくれよな! きゃはっ!!」


「えっ!? ほとんど本名じゃないですか!」


「あはは、そうなんだよ~! 結構変わった名前してるし、お陰で友人たちからの身バレが頻発しててさぁ……って、そういうのは置いておいて、本題本題っと」


 あっさりと自分の本名を伝えてきたすあま……いや、春香のカミングアウトに驚きつつ、彼女からの話に身構える明影。

 先の配信でぶっ飛んだ発言を繰り返していた彼女の姿を思い返しながら、何を言われるのかと戦々恐々としている彼に対して、松子がこう告げる。


ね、たまちゃんと仲良くしてくれてさ」


「えっ……?」


 思っていたより普通な春香の言葉に、明影は色々な意味で驚いていた。

 配信中の下ネタ連発魔王状態の彼女とは打って変わったその発言もそうだが、ガラシャこと環に引き上げてもらった側の自分がどうしてお礼を言われているのかと戸惑う彼に対して、春香がこう続ける。


「明影くんも聞いたことあるかもだけど、たまちゃんって結構独特な感性と性格してる……所謂不思議ちゃんなんだよね。私もぶっちゃけ言動に驚かされることもあるし、配信中にどう捌けばいいのかわからないこととかもあってさ、VSPのメンバーもそんな感じで手を焼いてたんだ」


 ぶっ飛んでる私が言うのも変な話だけどさ、と軽く笑いながら環について語る春香。

 彼女の話にどう反応すればいいのかわからないでいる明影は、ただ黙ってその話を聞き続けた。


「……たまちゃん、あれはあれで人見知りなところがあるし、元がダウナー寄りの性格だからさ、その差も激しいんだよね。一対一のコラボは無理! って言ってるVtuberさんも結構いて、なんかちょっと敬遠されてたっぽいんだ」


「そう、なんですか……?」


「……でも、そんな時に明影くんが現れた。たまちゃんがたまちゃんらしく振る舞えて、それに嫌な顔一つせずに付き合ってくれる忍者くんがね。あなたのお陰でたまちゃん、ずっとご機嫌なんだよ? あれをしたい、これをしたいって配信でやる企画について色々話してくれててさ、すごく楽しそうなの」


 思っていたよりもハードだった環の環境と、それが自分の登場によって変わったことを春香から聞かされた明影が戸惑いと共に僅かな罪悪感を覚える。

 自分は決して、純粋な気持ちで彼女に接していたわけではない。事務所の社長の命令もあって、伸びるために環と、ガラシャと絡んでいるという部分もある。


 そんな自分と一緒に配信ができて嬉しいと、そう語る環の気持ちを踏みにじっているような気がした明影が口を閉ざすも、彼の複雑な胸中など知る由もない春香は、明るい声でこう言葉を続けた。


「だから、ありがとう。それで、あの子の同期としてお願いします。これからもたまちゃんと仲良くしてあげてください。嫌な思いをしたり、振り回されることもあるだろうけれど……明影くんならきっと、あの子を笑顔にし続けられる。勝手なお願いだけどさ、頼むよ」


「……はい。僕にできることであれば、これからも明智さんと色んなことをやっていきたいと思います」


「……ありがとうね。本当にありがとう」


 安心したように笑う春香の声を聞きながら、明影は思う。

 少しでいいから、彼女の期待に応えられるようにしたい、と。


 春香もきっと、明影が打算的な意味合いを多分に含んで環と絡んでいることはわかっているのだろう。

 純粋に友人として一緒に配信をしていると思っているのなら、わざわざこんな話をする必要はない。ただ黙って見守っていればいいだけなのだから。


 どうやら、本当に環は自分と絡むようになってから充実した姿を春香たちに見せているようだ。

 その日々をどうか守ってほしいと、そう願う彼女の想いに応えられるような人間になりたいと思いながら、言われたことだけはしっかりとできる自分自身らしくやれることをやろうと明影は決意した。


「ごめんね、わざわざこんな暗めな話を聞かせちゃってさ」


「いえ、明智さんが愛されていることもわかりましたし、同期の方々もいい人たちだとわかって嬉しかったです。その、こちらこそよろしくお願いします」


「うん。これからも末永くよろしくね。じゃあ、そろそろ戻ろっか? あんまり長話してるとロマンスが発生してるって思われちゃうかもだしさ!」


 おどけたような春香の発言を最後に、二人の会話は終わった。

 そのまま元の四人通話チャンネルに戻った二人であったが、そこで環とクレアの話を耳にして顔を顰める。


「んでさ~、激辛焼きそばを思いっきり食わせてやりたいんだよね! んで、飲み物はセンブリ茶にして、辛さと苦さのダブルパンチで仕留める、みたいな!」


「おお、いいじゃん。どうせならそこにすっぺーのも合わせてやろうぜ」


「にゃははははっ! 悪魔的~っ! よっしゃこうなったら甘いのも追加して全制覇させて……はにゃ? こたりょ~とすあまん、戻ってきてんじゃん」


「あ、あの~……明智さん? いったい今、何をお話してたんでしょうか?」


「次の配信企画! 一週間後にオフコラボすっから、ウチの事務所来いよ! そこで激辛焼きそばと激苦お茶と激すっぱと激甘の何かを食べさせてやるから!」


 とてもとても楽しそうな声でそう答えた環は、にゃははと無邪気に笑い続けている。

 またとんでもない企画を考えてくれるじゃないかと、流石にこれはついていけないぞと固まる明影を放置して、彼女は独り言のように話を続けていった。


「いや~、こたりょ~の反応が楽しみだな~! あ、安心しろ! ぼくも一緒に激辛焼きそばは食べてやるから! 一度食べてみたかったんだよな~! どんくらい辛いのかも楽しみだわ~!」


「……あの、須天さん? もしかしてなんですけど、明智さんが楽しそうな理由って……新しい玩具が手に入ったから、とかじゃないですよね?」


「ち、違うと思うよ? 多分、きっと、メイビー……」


 明らかに明影に負担がかかるであろう企画を発案する環と、彼への憎しみを込めてその企画を更に過激なものにしていくクレアのやり取りを聞きながらそう春香へと問いかければ、彼女は自信なさ気に画面から顔を背けながら答えを返してくる。


 やっぱりさっきの約束はなかったことにならないかな……と思いつつ、今は自分の身を守ることが先決だと考え直した明影は必死に彼女たちを説得し、どうにか激辛焼きそばの早食い競争まで企画を軟化させることに成功させ、安堵しながらも全く大丈夫じゃないと自分自身にツッコミを入れるのであった。

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