『同僚たちにぼくのだめ忍者を(圧迫)面接してもらう配信』

まともな姫が一人もいないでござる

 茶緑ガラシャとのコラボ配信から一週間後、琥太郎はこの日、予定通りに彼女と三度目のコラボ配信を行おうとしていた。


 ぶっ飛んだ配信を二度も経験した以上、流石に彼も多少は度胸や慣れというものがついてきてはいたのだが……今回はこれまでとちょっとばかり事情が違う。

 ……訂正、ちょっとではない。かなり事情が違う、が正確な表現だ。


 ここ三回のコラボ配信の中で最も落ち着かない気分を抱えながら、何度も咳払いを繰り返している琥太郎の表情は険しさが募っている。

 緊張と不安に苛まれながらも懸命に気持ちを静めようとしている彼は、不意に声をかけられると共に飛び上がるように返事をした。

 

「こたりょ~! 入っていいよ~!」


「は、はいっ!」


 既に始まっている配信に自分の声が乗り、同時に画面に自分の立ち絵が表示される。

 共有してもらっているその画面を確認した彼は、自身の立ち絵と向かい合うように並んでいる三人の女性たちの姿を目にして、ごくりと息を飲んだ。


「おいっす~! 今日もよろしくな~! あと、適当にがんばえ~!」


 そう、無邪気に自分にエールを送ってくれるガラシャの左右に立つ、女性たちの影。

 楽しそうな雰囲気の彼女とは真逆の険しさしか感じさせない二人の女性たちが、順番に口を開く。


「おう。とりあえず自己紹介しろや」


「はっ、はいっ! 【戦極Voyz】所属、嵐魔琥太郎と申します! 本日はよろしくお願いするでござる!」


「てめえ、アタシらに向かってなに舐めた口叩いてんだ!? ござるとかふざけてんじゃねえぞ!?」


「も、申し訳ありません! 以後、気を付けます!」


「そこはござるって言えや! 一回や二回怒鳴られただけで自分のキャラを捨ててんじゃねえ!」


「ええ~……?」


 そんな理不尽極まりない形で琥太郎へと罵声を浴びせ掛けるのは、ガラシャの左側に立つ女性。

 薄く日に焼けた褐色の肌と体中に巻かれたマミーを思わせる包帯やサラシ、そして全身を彩る黄金のアクセサリー類が特徴な彼女の名前は紅尾くれおクレア、ガラシャと同じ【Virtual Sweet Production】のメンバーである。


 名前とどこかファラオっぽさを感じさせる様子から察するに、エジプトの女王であるクレオパトラがモチーフなのだろうが……どこからどう考えてもその振る舞いは姫というよりヤンキーそのものだ。

 唸りを上げて自分を威嚇する狂犬のような彼女の態度に怯える琥太郎であったが、そんなクレアを宥めるようにしてもう一人の女性が声をかける。


「こらこら、クレア。いきなり相手を威嚇するんじゃあないよ。そんなんじゃあ緊張して、琥太郎くんがまともに話せないじゃあないか」


「ちっ……!」


 大人しく、その女性の注意を聞いて黙るクレア。

 小さく鳴らした舌打ちが聞こえはしたが、それでも彼女を落ち着かせてくれた女性へと琥太郎が感謝を述べる。


「ありがとうございます。お陰で少し落ち着けました」


「ああ、いいのいいの! 緊張してちゃあ琥太郎君のも縮み上がっちゃうしね! リラックスして、ナニをナニしてもらわなくっちゃ!」


「……は?」


 ……一瞬、伏字が必要なワードが飛び出してきたような気がしたのだが、気のせいだろうか?

 いいえ、気のせいではないです。彼女は今、確かに、配信上でド下ネタを何の前触れもなくぶちかましました。


「いや~、今日は楽しみにしてたよ~! なにせどんな下ネタを吹っかけても大丈夫な男の子がいるって聞いてたからね! その代わりと言っちゃなんだけど、妄想の中で私たちに権利をあげるから、おあいこってことにしようや! がはははは!」


 大口を開けて、発言にも負けない下品な笑い声をあげるその女性のことを、琥太郎は逆に冷めきった目で見つめていた。

 緑髪ショートボブのガラシャ、赤髪ポニーテールのクレアときて、三人目の彼女は黒色の長い髪を編み込んでお団子状にしており、着ている和服も落ち蒼色をしている比較的落ち着いたものだ。

 シンプルを突き詰めた、大人な雰囲気を持つ彼女であったが……その口から飛び出す単語だけでなく、立ち振る舞い全てが完全におっさんそのものであるというのはどういった罠なんだろうと、遠い目で虚空を見つめる琥太郎が考える。


 彼女の名前は前松まえまつすあま。前者二人と同じく、VSPに所属しているタレントにして、ファンたちからは下ネタ魔王と呼ばれる存在。

 あまり大きいとはいえない事務所の面子の中で随一の知名度を誇るヤベー奴である彼女は、エンジンをフルスロットルにしながら琥太郎へとセクハラを仕掛けてくる。


「いやいや、今日はこちらこそよろしくね! この配信中に性癖とか好きなおっぱいの大きさとか女性遍歴……はまあ置いておいて、最終的にはちんぽの大きさと形状と気持ち良過ぎるかどうかを聞き出すつもりでいるから、そのつもりで! いやホント、何してもいいって助かるな~!」


「ああ、本当だね。忍者型のサンドバッグだなんてアタシも初めてぶん殴るから、胸の高鳴りが止まりそうにないよ……!!」


「いや~! 良かったな、こたりょ~! 初対面のお姫様たちにここまで興味を持ってもらえるだなんて、お前は本当に幸せ者だな! じゃあ、お前がぼくのしもべに相応しい男かどうかを確かめるためのあっぱ……ごほん、面接をこれから始めるから、気張っていけよ~!」


「うっ、うぐっ、ふぐぅ……」


 絶対に圧迫面接って言おうとしたよね? というツッコミを口にする余裕は琥太郎にはなかった。

 リスナーたちからも同情や憐憫のコメントが寄せられる中、嗚咽した彼は心からの言葉を泣き声交じりにぼやく。


「この事務所、まともな姫様が一人もいないでござる……! スイーツなのに全く甘くもないし、絶対に改名した方がいいでござるよ……!」


 それはもう同意しかない、琥太郎の発言に対してそんなコメントが大量に寄せられる。

 三対一という完全なるアウェーな状況の中、本日の玩具こと何をしても許されるサンドバッグ嵐魔琥太郎に対するVSP三人娘の圧迫面接は、こうして幕を開けるのであった。

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