第14話 聖なるメッセンジャー

 冬休みに入ってクラスの喧騒は聞こえることなく、自室で悠々自適に過ごせている日々を堪能していた。


「平和って素晴らしいなぁ」


 ここ最近のトラブルを考えると思わずにいられない。


「にーに!」


 そんな快適な空気を窓ガラスが割れるような勢いで扉を開けて入ってきたのは、沙羅に憑りついた少女、さやだった。

 思えばさやが憑りついてから頻繁に事件が起こっている。

 絶対になにか関係はあるんだろうけど。


「メリークリスマス! 遊びに行こー!」


 絶対にさやはなにも知らないんだろうな。

 さやの頭の中には日々をいかに全力投球で楽しむかしかなさそうだから。


「えぇ……」

「なんで露骨に嫌そうな顔するの! こんなにかわいい女の子がデートに誘ってるのに!」

「お前の体は沙羅なんだから史実一かわいいに決まってるだろ」

「史実レベルなんだ……でもだったらいいじゃん!」


 でも中身が沙羅じゃないしなぁ、と。

 そりゃここ最近はそれにも慣れてきた部分はある。未だに沙羅を感じる想いもあるけど。

 なにせさやの性格は沙羅に似ているし、ふとした仕草が沙羅と同じなこともよくあるし、もしかしたら沙羅なんじゃないか? と思ったことだってある。

 けど、沙羅だったとして別人の振りをする理由がどう頑張ってもおもいつかない上、さやとして過ごすために両親に未だまともに甘えられてない。

 甘えん坊の沙羅がそんな芸当できるとは思えないから、やっぱり中身は別人なんだろう。


 そう考えると沙羅に誘われることに比べればノータイムで誘いを受ける、ということもなかった。


「んん……」


 そもそも僕は外出が好きじゃない。

 家でのんびり過ごすのが好きだ。

 幼少から幽霊を視ていた僕は視ないようにと思案した結果、インドア派になっていった。

 沙羅に誘われたり家族旅行でもしない限り外出はしない。


「ねえにーに! あそびにいこーよー!」

「んん……」


 そう言いながら僕の腕を引っ張って動かそうとするさやを見ていると次第に頬がにやけてしまい、実は妹に無理やり誘われているこの時間が至福のひと時でもあると僕の体が物語っていた。

 だって兄ちゃん抗えないよ、中身が違っても外見は沙羅なんだから。


「でもなぁ」

「にーにーぃぃぃぃ!」


 ぐいぐいと一生懸命引っ張るさやの姿を眺めていたい。

 そんな理由で重い腰をあげないわけじゃないんだと、僕は脳内の善悪である善を司る沙羅の概念に言い訳していた。



   ☆★☆★☆



 街に出て、さやに連れられてクリスマス限定のケーキを喫茶店に食べに行った。

 目覚めて二カ月程度なのに既に僕よりも街に詳しいさやに畏怖の念を抱いたりする。

 大方友達と遊んだりしているんだろうけど、コミュ力の化身だ。


「ここの雑貨屋でさ、内緒でクリスマスプレゼント買おうよ!」

「内緒で?」

「そー! それでね、あとで交換しよー!」


 ……この女子中高生が蔓延はびこるファンシー雑貨屋で、ぼっち男子高校生の僕に一人で店内を回れと?

 なんの拷問だろうか。


「いや、でも」

「じゃあ私は右から回るから、にーには左からね!」


 そう言ってさやは雑貨屋に入ってしまった。

 置いてきぼりにされた男子高校生に成す術はなく。

 入れるわけもなく。

 だけど入ってなにか買わなきゃこの後にさやが激怒するのは確実だ。

 恥を捨てるか、さやに怒られることを選ぶか。




「にーに! なんでお店入ってないの!」

「いや、すまん、流石にちょっと一人では入れん……」


 勇気が出ずに店先で立ち尽くしていた僕は、案の定さやに怒られた。


「だから彼女できないんだよ!」


 冗談交じりに怒っているかと思いきや、さやの不機嫌は治ってくれなくて、つかつかと僕を置いて歩き始めてしまった。

 これが仮に沙羅に言われたとして入れるかと言われれば、正直なんとも言えない。

 沙羅のためならなんでもできると豪語したいところだが、逆にこの程度のことなら羞恥心が上回る可能性がある。

 不思議なもんだ。

 命は投げ出せるのにファンシーショップには入れないなんて。


「さや……許してくれよ」

「ふんっ」


 事実、過去に沙羅を怒らしたことは何度かある。

 事故前は沙羅が小学生だったからそんなにはないけど、僕の煮え切られない行動のせいで怒らせたことはあるにはある。


 不機嫌なさやの後ろを付いて回るのが精一杯だった。

 こういう時、どうすれば機嫌を直してもらえるのかよくわからない。沙羅の時はどうだったっけ。


「そちらのお嬢さん、少しよろしいですか?」


 そんなさやを引き留めたのはスーツを着た女性だった。

 手にはボードを持っているから、なにかのアンケートだろうか?


「なんですか!」

「あらあら、折角の聖なる日にご機嫌斜めですね。そんな貴女にこそ特別な体験をプレゼントしたいのです」


 胡散という臭いがあれば全身から匂い立っていた。


「さや。行くぞ」

「ふんっ」


 さやの手を引いて場を離れようとすると手を突き放されてしまった。

 普段のさやならこんな怪しい人についていくことはないだろうけど。


「じゃあプレゼントしてもらおうかなー。にーにはプレゼントくれないし!」


 僕への反骨心が原因で冷静な判断はできていないようだった。


「はい、プレゼント致しましょう。こちらへどうぞ」


 女性がさやをビルの階段へと誘っている。

 さやは僕を一瞥して、ふんっ、と鼻を鳴らして中に入っていってしまった。


 こんな危なっかしいのを放っておけるわけがない。

 幸い、女性は僕が同行することを許してくれているようなので、さやに続いてビルの階段を登っていった。



   ☆★☆★☆



 縦に細長いビルを五階まで登っていき、女性に一室の扉を開かれる。


「どうぞ」


 さやに続いて中に入る。

 壁一面の大きな祭壇があった。中央には顔が三つあって腕が八本ある、不気味な石造が供えられている。

 それに向かって一心不乱に拝む白装束の人達が数十人といた。

 なにかの宗教なんだろう。


「さや、流石にまずい、帰ろう」


 声をかけるとさやは肩を震わせていた。

 明らかに異様な雰囲気を前にして、ようやく状況を理解してくれたんだろう。


「にーに、私……また」


 僕の袖を掴んで涙声で謝ろうとしている。

 つい溜息が漏れてしまった。

 本当にアホの子だよなぁ。

 自分のせいで僕に迷惑をかけようとしていることに気づいて、申し訳なさで泣きそうになっているさやを見てると、仕方ないなぁ、で片付いてしまう。


「今はそんなのいいから」


 ガチャリ、と。

 扉の鍵が閉まる音がした。

 振り返ると先ほどのスーツの女性はもういなくて、扉を開けようにも開かない。

 そしてその扉は内側に手で回せる鍵がなかった。


 悪魔のおじさんの力を使ったの早計だったかな、なんて考えてしまうけど、終わってしまったことを悔やんでも仕方ない。

 もしかしたらあいつは、せめてさやだけは助けてくれるだろうかと、いつぞやの神様を思い出すけど、絶対に助けてくれると確証がない以上、頼るわけにはいかない。


「に、にーに……」

「大丈夫、大丈夫だから」


 巨大な祭壇に白装束で祈りを捧げ続ける空気が気持ち悪いのだろう。 僕はエンダのライブでこれより酷いものを体験済みだけど、あの時さやに意識はないようだったし。


 扉を壊して逃げるか。

 そんな考えがよぎった頃、坊主のお爺さんが立ち上がり、僕達の方へ歩いてきた。

 震えるさやを僕の背後へ回す。


「貴方達が伝達者でございますかな?」

「伝達者? 僕達はただ連れてこられただけで、あの、もう帰りたいんですけど」

「そうですかそうですか。では伝達者に違いない。ご心配なさらないでください。時が来ればちゃんと帰ることができますから」

「帰れる? 絶対にですか?」

「もちろんです。寧ろ、帰ってもらわなければ困ります。貴方達にはわし等の儀式を見送る義務がありますから」


 帰れるならまぁいいか。

 そう思ってしまったのは間違いだった。


 僕は知ってはいけないことを知ってしまうのだから。




 儀式は数十分後には始まった。

 白装束のその人達はおかしなお面を被り、奇妙な笛の音と太鼓の音に合わせて踊り始めた。

 ドジョウ掬いのような、阿波踊りのような、踊りに詳しくない僕にはわからないけど、きっとこの人達の伝統の踊りなんだろう。

 いや、伝統なんて確かな物があるのか怪しい団体ではあるんだけど。


 そうして汗を掻いたかと思えば、体を清めるように桶に入った水を浴びていく。

 クリスマスな冬真っ盛り。

 空調も効いていないビルの一室で、それだけで凍え死ぬんじゃないかと思ったけど、そんなものは杞憂に過ぎない。


「ささ、大変お待たせ致しました。こちらへどうぞ」


 僕とさやが集団の前に連れていかれる。

 しっかりと僕の腕を掴んでいるさやを身に寄せる。

 この爺さんの言葉を信じたのは馬鹿だったかもしれない、なんて考えていた。


「大変お待たせ致しました。皆準備が整いましたので、どうぞ見送りお伝えください。そちらの道具を使って構いませんので」


 坊主の爺さんが祭壇の手前にある白いシーツを巻き取ると、長方形の大きな木箱が一つ、あった。

 笛と太鼓の音はずっと鳴り続いている。

 爺さんが木箱の蓋をぱかりと開ける。


 木箱の中には、およそ平和とは無縁な道具で溢れていた。

 包丁、剣、ナイフ、斧、槍、大鋏おおばさみ、鎌、ハンマー、クロスボウ、チェーンソー、等々。


「ひぃっ」


 それを目にしてさやの悲鳴が上擦る。


 なるほど。

 伝達者、ってそういうことか。

 どこに伝えるのかは知らないけど。


「に、にーに、逃げようっ……」


 腕を小さく引いて耳打ちしてきたさやの頭にぽんっと手を置いた。


「別にやるのは僕一人でいいんだろ?」

「はい、それは構いません」

「にーに!」


 正直、これらの武器を使えば逃げれるかもしれない。

 ただ、問題は逃げきれたとして、その後どうなるかわからないという点がある。

 この先こいつらが付き纏ってくる可能性の方がよっぽど危険なわけだ。

 四六時中さやの傍にいてあげられないんだし。


「僕が逮捕されることは?」

「ございません。お任せください」


 まぁ、それは念のための確認に過ぎなかった。

 なにせこの信者達はこれから死ぬ儀式が行われるというのに、待ち望んでいた時が来たと言わんばかりに晴れやかに、目が澄んでいる。

 その盲目な信心が恐い。

 軒並み狂ってる。

 だからこれもきっと超常的な異常なんだろう。これまでのことを考えたら警察には捕まらないんだと、なんとなく思った。


「さや」


 屈んでさやの目線に合わせる。

 泣きながら僕の心配をしているさやに、小さく微笑みかけた。


「目、瞑っとけ」


 これまでも何度かさやが切っ掛けで巻き込まれたことがあるけど、別にそれはさやが原因じゃないんだろう。

 なにか別の理由が起因で、どう足掻いたって巻き込まれる気がする。

 まぁそれをさやに話したところで納得してくれるかわからないけど、僕としてはありがたい話でもある。

 だって、さやが間接的に関わっていれば、少なくともそのトラブルからさやを守ることができているんだから。


 奇妙な笛と太鼓の音が強く重く響き始める。

 服が汚れたら帰れなくなることを伝えると、それは用意されていたのか、白装束を渡された。




 僕は先ず包丁を手に取った。

 どう考えてもこの中で一番手に馴染むものだったから。

 

 沙羅を救うために百万人が死ぬとやらのスイッチを押したことがある。

 沙羅を救うために金属バットで殺し合わせたことがある。

 僕の意思じゃないとはいえ、間接的に人を食べたことがある。


 けど、一度だって僕はこの手で人を殺したことはない。


 沙羅のために人を殺さなければいけない状況になったら、殺せると僕は断言する。

 けど、そんなものは結局言葉でしかない。


 君のためなら世界を敵に回してもいい、とか。

 貴方のためならこの命を捨てられる、とか。


 そんなことは誰だって言える。

 ただの言葉に過ぎないんだから。

 実際それが訪れることなんて基本的にはないし、だからこそ想像の世界で愛情を例え話にして、物騒に愛情を伝えることができる。


 それは僕だって同じだ。


 きっと沙羅が化物になったって愛せる。

 きっと沙羅が僕を殺したって愛せる。

 きっと沙羅が誰か別の人を愛したって、沙羅が幸せなら、相手側には数多くのテストを受け入れてもらうかもしれないけど、まぁ、許せる。


 でもこれは全部言葉に過ぎない。

 だから実際はどうなるかわからない。


 そんなうちの一つが来たわけだ。


 座って手を組んで涙を流し覚悟を受け入れた信者の前に立つ。


 心臓の音は? 静かだ。

 手は震えているか? いない。

 足は竦んでいるか? いない。


 人を殺すことに躊躇いはあるか?


 ない。

 だから僕は包丁を死にたがっている信者の胸に突き刺した。


「ありがとうございますぅぅぅう!」


 痛みを叫ぶ代わりに信者は感謝を叫んだ。

 涙を流して恍惚な表情を浮かべるその様は、確かに喜んでいるようだった。

 かといって、僕がなにかを感じることはなかったんだけど。

 だってこれでなにかを感じたらおかしいだろ?

 僕は殺人が好きな変態じゃないんだから。


 剣で首を切ろうと思ったが切れなくて、それでも刃は頸動脈には届いたらしく、勢いよく鮮血が噴き出して信者は喜んでいた。

 ナイフは包丁と同じように胸へ突き刺した。バリエーションに富む必要はないだろう。

 斧は首を切り落とすのが楽にできたから、三人ほど斧で見送った。首が胴と別れたその手は、神に祈るように両手を組んでいた。

 槍では胸のあたりを突き刺した。だけど包丁やナイフと違って突き刺した感覚が手に残らなくて、これでは死なないんじゃないかと心配になって、念のため数回突き刺した。

 大鋏はやっぱりその形状から首を切り落とそうとしたけど、人の首は頑丈でそんなことはできなかった。それでも大量の出血が両側から零れたから、いつか死ぬんだろう。

 鎌も同じように首を狙ったけど無理だった。そもそも草とかを刈るものなんだから、剛力でもない限り首は切れないんだろう。胸に突き刺しておいた。

 ハンマーともなればどうにもならない。頭蓋を砕いた時の音はスイカ割りに少し似ていたけど、笛と太鼓の音はそれをかき消したように思えた。

 クロスボウがたくさん使えればよかったけど、矢は一つしか装填されてないから、近距離で頭に放っておいた。矢を生やした顔はとても嬉しそうだった。

 ここまで来ると運動不足な体が限界に近づいていて、チェーンソーのエンジンを拭いて一気に首を跳ねていった。だけどその行為すら体力を大きく使い、息を切らした頃には刃に血と油がついたせいか、チェーンソーは動きを悪くして使い物にならなくなった。


 あとの数人も同じように、残された道具で命を見送っていく。

 皆それぞれに感謝の言葉を口にして、だから罪悪感がないんだろうか。

 いや、きっと関係ないな、と僕は思う。


「わしで最後です。お伝えくださり皆の者も感謝しかありません」


 奇妙な笛と太鼓の音はまだ聞こえている。

 そういえばこれはどこかから流れているんだろうか。


 さやを見るとちゃんと目を瞑ってくれていた。

 僕も見られたいものでもなかったし、さやを怖がらせたくなかったしよかった。


「ありがとうございます。ありがとうございます」


 最後のお爺さんを殺す道具がもうなかった。

 どうすればいいかと考えて、頭を床につけてもらった。

 お爺さんだからこれで大丈夫だろう。


 僕はお爺さんの首を足で全体重をかけて踏み砕いた。

 血を喉から溢れさせてごぽごぽとなにか言いたげだったけど、きっとありがとうございますと言っているだけだろう。


 笛と太鼓の音が止む。

 静寂な一室には死体が三十三と、血で真っ赤に染まった白装束を着た僕と震えたさや。

 今の僕の姿は、そうか、赤いのか。

 悪質な冗談だと苦笑した。


 そして僕は知らなくていいことを知ってしまったことを自覚していた。

 色々な体験をして沙羅のためならなんでもできると思ってはいたけれど、どうやら人を殺すことは僕に何の意味も与えないレベルの些細な出来事だということを。

 

 室内の奥にあった水道で血に塗れた手と顔を洗った。ちゃんと落ちているのかわからないけど、鏡はなくてどうしようもない。

 着た時の服に着替えて一息つく。

 思った以上に時間を取られたなぁ。


「さや」

「……にーに」


 長時間こんなところで待たされてさやも参ったろう。

 ただ、今はとにかく外に出してあげたい。

 そんな僕の意思を察したのか、出入り口の扉は独りでに開いた。


 いや、そういえばもう一人いたな、スーツの女性。

 と、中に入ってきた人を見て思い出した。


「素敵な体験をプレゼントできましたか?」


 女性は大きな二個のポリタンクを両手に持って室内の中央へ歩いていく。


「二度と僕達に関わるなよ」

「ええ、もちろんです。貴方達は大事な伝達者なのですから」


 にこにこと微笑みながら女性はポリタンクの中身をぶちまけていく。

 そして二個目のポリタンクの中身を全身に浴びていく。


「ありがとうございました」


 ガソリン臭い部屋からさやを連れだして、ビルの外へ急いだ。

 あの量のガソリンに火が点いたらきっと――。


 丁度外に出れた頃に、ごうんと大きな爆発音がした。

 急いだことは無駄じゃなかったようだ。




「にーに……っ」


 緊張の糸が切れたのかさやが声をあげて泣き出した。

 僕の服を掴んで、ごめんなさい、と泣きじゃくっていた。


「さやはなにも悪くないよ」


 小さな体を抱きしめて囁く。

 でもきっとそれは事実だから受け入れてもらうしかない。


「でも、私のせいで、にーにがっ……」

「それも気にしなくていいんだよ」


 殺人ついてはあまり話すことができなかった。

 だって、沙羅のために人を殺すことに自分でも驚くほどに躊躇いがなくて、人を殺すってこんなに簡単なんだ、って感想しかないから。

 それを伝えたらもしかしたらさやが怯えてしまうかもしれない。

 妹に嫌われたら僕は生きていけない。


 ……?


 その場合僕はさやに嫌われるんじゃないのか?

 いや、沙羅の体に憑りついたさやに、だけど。

 沙羅の体を持ったさやに嫌われるのは、辛い。

 じゃあ、さやに嫌われるのは?


 ……即答できない。

 僕にとってさやってなんなんだろう。

 でも、少なくとも、さやに嫌われるのは……嫌な気がする。


「さや、少しいいか?」

「……?」


 ぐしぐしと擦るさやの目は真っ赤に腫れてしまっていて、かわいい顔がもったいないな、なんて笑んでしまう。

 数時間前は入れなかった雑貨屋まで付いてきてもらって、さやを店先に置いて中に入った。

 店内を軽く物色して、黒くて包帯を巻いたウサギのようなキャラクターがいたから、それのキーホルダーを買った。


「ごめんな、さっきは買ってあげれなくて」

「にーにぃ……」

「メリークリスマス、さや」


 そう言ってさやにキーホルダーを渡すと、感情が整理しきれないのかまた泣き出してしまった。

 まぁ、さっきの後だし仕方ない。

 でもさやは泣きながらも、僕に買ったプレゼントを鞄から取り出した。


「にーにも、メリークリスマス、ぐすっ」

「ははっ、ありがと」


 渡された袋を開けると十字架のチャームがついたブレスレットだった。

 正直な話、アクセサリーをつける趣味がないから嬉しいプレゼントかどうかと言えば別なんだけど、さやが僕のために選んでくれたことを思うと、これ以上なく嬉しくて。


「似合うか?」

 さやの目の前でつけて手首を見せる。


 泣き虫なさやが涙を堪えて、精一杯の笑顔でうんっと頷く頃には、街はクリスマスのイルミネーションで彩られ始めていた。





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