第6話 神様の造り方

「ねえねえ知ってる?」

「なになに~」

「神様アプリの話」

「なにそれ~」

「最近でたアプリでね、みんなで神様を作ろうってアプリなんだけど~」


 クラスの喧騒は右から左へ。

 いつも通りぼっちな僕の朝は相も変わらずぼうっとしているだけ。

 だと思っていたけど。


「おはよう」

「……おはよ」


 日課に一つ加わって、睦月エンダが挨拶をしてくるようになった。


「……誰あいつ」

「しらなーい」


 そんな睦月の取り巻きAとBが僕を敵視している。

 睦月曰く、全校生徒の洗脳は解いたとのこと。

 ということは、今いる取り巻きは純粋に睦月が好きな人なんだろう。


 睦月エンダと友達になった僕だけど、かといって日常が大きく変わったりしない。

 一緒に登下校もしないし、放課後遊んだりもしないし。

 幸いなことに睦月エンダは僕に挨拶をしてくるだけだった。

 まぁ、どちらかといえば。

 のんびりと、僕を観察することにしたような、そんな気がするけど。


 時折目が合うと馴れたようにウインクをしてくるのは困りものだ。

 睦月の性別はさておいて、顔はやたらといいから、顔が茹ってしまう。



   ☆★☆★☆



 それは下校時に起きた、あまりにも突然で、そして的確に素早かったから一息に説明するしかない。

 下校途中、口になにか布をあてられ眠らされて、車で拉致られた。


 目を覚ますと真っ白なライトが目の前にあって眩しかった。

 両手両足が拘束されていて、歯医者にあるような台に寝転がらされているようだった。


「やーやー、起きたみたいね」

「なに、これ」

「おはよう。ご機嫌はいかが?」

「……いい、っていうやついないでしょ」

「そりゃそうだね」


 にへらにへらと笑う白衣の女性。

 一体ここはなんなんだ。


「誤解しないでほしい、危害を加えるつもりはないんだよ」

「拉致された時点で大分害なんですけど……」

「それは申し訳ない。言っても来てくれるとは思ってないからね」


 それはそうだろうけど。


「なんの用なんですか? いっとくけどうち、お金ないですよ?」

「身代金は必要じゃないさ。なんなら私達はお金持ちだ」

「じゃあなんで」

「ふふん、よく聞いておくれ。私達はとある霊的研究機関なんだけれどね、いま国の一大プロジェクトを行っていて、それがなななんと」

 ばばん、と口で彼女は言う。

「神様を作ろうとしているのさ!」

 じゃじゃーん、と口で彼女は言う。


 なんだかもう、最近色んなことが起こりすぎて、厄年ってこういうことかな、なんて思い始めた。


「それと僕になんの関係が?」

「いやぁ、神様を作るには山ほどの思念と特別な力が必要でね。君は霊感があるだろう? だから協力してほしいんだ。お金は弾むよ」

「拒否権は?」

「ないよ」


 にへらにへら、と彼女は言い放つ。

 そういえば神様アプリとか、今朝そんな声が聞こえてきたな。

 まさか現実と連動しているだなんて思わなかった。


「まぁなに、心配しないでくれよ。なにも君一人にやらせるわけじゃないさ。特別な力を持つ人を今日は集めているから、ささーっと神様を作っておくれ」


 そんなカップラーメン感覚で神様作っていいんだろうか。


 開放された僕は研究員?かわからないけど、白衣の女性に案内されて、カードキーで施錠された一室に案内される。

 中に入ると十数人の老若男女がそこにいた。

 袈裟を着た坊さんとか、メガネをかけたがり勉さんとか、手首に包帯巻いた女の子とか、人間動物園かなってくらいにいろんな人が。


 そして部屋は途中でガラスのようなもので遮られていて、その向こう側は室内ではなく、小さなやしろが一つ置いてあり、その中央には蠢くナニカが視える。


 ああ、あれは、いけないものだ。

 神様を作ろうって話は本当なんだろうか。

 そりゃ僕には、神様と化物の違いなんてわからないけど。

 見るだけで忌避したくなるそれは、確かに人智を超えた存在のようだから。


『さあ皆様!』

 天井のスピーカーから研究員の声が流れる。

『先ほど渡した資料の通り、呪文を唱えてくだされば大丈夫です! 神様への祈りをどうかよろしくお願いします!』


 それは般若心経のような文字の羅列。

 どういう意味が書いてあるかなんて、専門の人しかわからなさそうだ。

 あとでやらなかった、と言われて金払いを渋られるのも嫌だから、仕方なく言うことを聞いた。


「蛇羅破観陀具流亜天卦……」


 ただ、確かにこの呪文を唱えることには意味があるらしい。

 読めば読むほど体が怠くなっていって、力がどこかに吸い取られてしまっているようだった。


 すると祈りとやらがガラスの向こうのソレに届いているのか、ずるずるとソレは近づいてきた。

 全体的に柔らかそうな、台形のフォルムのソレは、体から何十本も触手が生えていて、数本の触手でばんばんっとガラスを叩いている。

 世の中色々な神様がいるんだな、と苦笑する余裕はもうないけど。


『皆様ご安心ください。そちらのガラスは対霊的強化ガラスです。割れることはございません!』


 渡された資料の呪文を唱えていく。

 気怠く感じられる全身と、いつのまにか垂れていた鼻血。

 気づけば周りの人達は全員座り込んでいた。

 真面目にやってる人からエネルギーもよく吸われているんだろうか。


 ばんばんっ、と触手はガラスを叩き続けていて、気のせいじゃなければ段々と体が大きくなっていっている。


 そして、ビキッと。


 一本の触手がガラスに亀裂を入れた。


「お、おい。どういうことだ!」

「割れそうだぞ! おい! 答えろ!」


 研究員のアナウンスは流れない。


 叩き続ける触手、罅割れていくガラス。


「……蛇羅破観陀具流亜天卦……」

「おい君! 唱えてる場合じゃないぞ!」


 違う、違う。

 唱えたくて唱えていない。

 得体の知れない意思に唱えることを強制されているだけだ。

 口が、身体が、言うことを聞かない。


「おい! 開けろ! 開けてくれ!」

「君! やめろ! やめるんだ!」


 扉は開かれない。

 呪文を読む口は止まらない。

 垂れ続ける鼻血が口を伝って、ぽたぽたと零れ落ちている。



 バリィンッとガラスが砕け、

「キィィィィィィィイイイイイイイッ!」

 同時に化物の叫び声が部屋を揺らす。



「……蛇羅破観陀具流亜天卦……」


「助けて! 開けてくれえ!」


 化物の触手が一本伸びて、触手の先に穴が開く。

 あれは口だ。

 あの一本一本が、口だ。


「……恨蘇吏南聖弩羅智加……」


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁああぁぁぁあっ!」


 触手が人間を丸呑みして、息を吸うように、ゆっくり、ゆっくりと化物の方へ吸い込まれていく。


「……錬唐津具陀蛇天魔逆楼……」


「嫌だ! 死にたくない! 嫌だ!」


 這ってでも逃げようとする女性を足から吸い上げ、ゆっくり、ゆっくりと飲み込んでいく。

 じたばたと必死にもがいても、口内に夥(おびただ)しい量の歯が、しゃくりしゃくりと嚙み砕いていく。


「……蛇羅破観陀具流亜天卦……」


「うぇぇぇぇええん! ままぁぁあああ!」


 化物に子供も大人も男も女も関係ない。

 そこにあるのは食料であり、供物でしかない。

 ただ、強いていえば、大人よりも子供の方が、不純物が少なくて味が濃い。


 って、あれ?

 どうして僕は、部屋の様子がわかるんだ?


「……恨蘇吏南聖弩羅智加……」


「唱えれば、唱えればいいんだろう! 蛇羅破観陀具流ああぁああああああ!」


 僕の後ろの目の届かないところまで、その隅々まで、視える、感じる、解る、触れる。

 ああ、あそこの壁の向こうには、僕をさらった研究員がいる。


「……錬唐津具陀蛇天魔逆楼……」


「は、話が違う! 逃げるぞ! うわ! うわぁぁぁぁぁああ!」


 そうしてまた一人飲み込んで。


「……蛇羅破観陀具流亜天卦……」


「あははははっ! 神様が! 神様が誕生するわぁ!」


 白衣の女性は笑いながら飲まれていって。


 そうして残ったのは僕一人。

 僕と、化物が残るだけ。


 僕僕はハ化化物物をヲ視視てテいイたタ。

 化化物物もモ僕僕をヲ視視てテいイたタ。


 そっか。

 そうだったんだ。

 今、僕と化物は一つになっている。

 化物は僕で、僕は化物になっている。

 だから、化物が飲み込んでいた人間は、僕が飲み込んでいた人間は。

 供物で、食料で、餌で、栄養で。



「キィィィィィィィイイイイイイイッ……」



 それは。

 それはどこか、寂しそうで、悲しそうで、苦しそうで、切なくて、怖くて、不安で、泣きそうで。

 そんな風に感じ取れたのは、きっと僕がお前で、お前が僕だから。


 だから。

 だから僕は教えてあげた。


 意味もわからず生み出されて、理不尽に顕現させられて、正義も悪も一辺倒に、あらゆる思念で紡がれた、無垢で無知なる神様に。


 僕が世界でたった一つ、この世で一番大切なものを。



   ☆★☆★☆



 目覚めると自分の部屋のベッドの上だった。

 夢、だったんだろうか。

 それにしては生々しく、やけにリアルに感じられるけど。


「にーにー、ご飯だよーってうわっ、どうしたのそれ!」

「……なにが?」

「鼻血! 凄い出てるよ!」

「え、あぁ」


 鼻の下を拭うとまだ乾ききっていない鼻血が手にべっとりとつく。

 

「にーに、えっちな夢見てたんでしょ」

「み、見てないわ!」

「えぇー、怪しいなぁー」


 からかうようにじろじろ見てくるさやの頭を小突く。


「ほら、ご飯いくぞ」

「その前に顔洗いなよー、あははっ」


 確かに、鼻血垂らした姿を両親に見られたくはない。


「そういえば今日学校帰りに不思議なことがあってさー」

「……どうした?」


 意識が朦朧として精神的に不安定な状態であったとはいえ、アレに僕が話したことがどう伝わったのかは少し不安でもあった。


「友達と四人で帰ってたんだけど、私が自販機でジュース買ったら全員分当たってさ! 凄くない?」

「……ははっ。そりゃ凄い」

「ねー。でも友達に運を使い果たしたって笑われてさー」

「まぁ」


 ほっと胸を撫で下ろす。


「そうでもないと思うよ」


 窓から空を見上げてそっと祈る。

 あんまりやりすぎないようにな、って。

 きっと祈りは届くだろう。

 僅かながらでも、一つになった僕達だから。




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