第閑話 骨皮堂骨董店

 じめじめと湿気と埃とカビが蔓延した、一歩踏み入れただけで体調を崩してしまいそうな木造の骨董店。

 そのカウンターに座る骨と皮だけのような瘦せこけた老人がいた。


 ひょひょひょ。


 独特な笑い声が店内に響く。

 骨董店に眠る様々なお宝が――或いは悪夢が、老人の好奇心を突いては冷めやらない。


 本日のお客様はどんな方かのう。


 結果から言ってしまえば、稀に見る盛況だった。

 なんと三人の客が各々店内に踏み込んだ。

 無論、客は来たくて来たわけじゃないのだけれど。



   □一人目□


「……不思議な場所だね、ここは」

「ひょひょひょ。いらっしゃい、お客さん」

「君が店主か。こんな陰湿な場所に私を閉じ込めて、いい度胸しているね」

「いえいえそんな、閉じ込めておりません。この店には導かれた人しか来ることができないのですぞ。ただ、わしと一度だけ遊んでもらえれば、すぐに帰ることができますから」

「ふぅん。さっさとしてよ、君には興味ないから」


「ではでは、こちらでいかがですかな」

「なにこの天秤」

「これは嘘の天秤と申しましてな、貴方の心の声に反応して傾く不思議な品物ですぞ。右に傾けば嘘、左に傾けば本当、といった具合ですな。ただし、嘘をついてはいけませんぞ。嘘をついたら、貴方が食われてしまいますのでな」

「食われ……全く、面倒くさい代物を。さっさと終わらせてよ」



「それじゃあ一つ目。人を殺すことに躊躇いがない」

「イエス」

 天秤は左に傾く。

「では二つ目。世界の地獄を望んでいる」

「んー、イエス?」

 天秤は左に傾く。

「ひょひょひょ。迷いがあるようですな。それでは最後、三つ目」


「いま、気になっている人がいる」

「は、はぁ!? ちょっと待ちなよ、さっきまでそんなくだらない質問しなかったじゃないか!」

「ひょひょひょ。貴方様にとっては二つ目までの質問の方がよほどくだらない質問でしたであろうに」

「気になってるとか、気になってないとか、そんな低俗なっ……」

「ほらほら、お答えせぬと天秤が困って右に傾いてしまいますよ」


「ああもう! はいはいそうですね! ふんっ」


 そういうと、白髪の少年、或いは少女は、逃げるように店を出て行った。

 天秤は、左に傾いていた。


「ひょひょひょ。あのお方が……いやはや、青春、ですな」



   □二人目□



「あのー、こんにちわー」

「これはこれは、かわいらしいお嬢さん。いらっしゃい」

「あのー、ここ、なんなんですか? 出れないし」

「それはもちろん、不思議なお店ですぞ」

「んー、確かに不思議だなー」

「少しこの爺と遊んでくだされば、すぐに帰れるようになりますぞ」

「仕方ないなぁ……なにして遊ぶの?」


「ひょひょひょ。それではこのとっても簡単な、ババ抜きをしましょうかね」

「ババ抜きね。いいよー」

「ただしこのババ抜き、最後にババを持っていた方は、トランプの代わりにババにならなくちゃいけないから、お気をつけなされ」

「ははっ、なにそれー」


 二人だけのババ抜きは淡々と進み、すぐにカードは残りワンペアずつとなった。


「むむむっ」

「ほれほれ、こっちですぞお嬢さん」

「いや、そう見せかけてーこっちだー!」

「ひょひょひょ」

「あー、ババだぁ。じゃあおじーさん、どっちかわかるかなぁ?」

「ひょひょひょ」

「ああー! はぁ、負けたぁ」

「あらあらあら。負けてしまいましたね、お嬢さん」


 トランプに描かれた道化の絵が次第に浮き上がんでいく。

 きゃははははっ、と小人のように甲高く笑い、刹那、大鎌を少女に振り下ろす。


「ひょひょ?」


 しかし、その大鎌が少女に届くことはなかった。

 いつの間にか、少女の背後から触手が数十本伸びていて、そのうちの一本が道化をすっぽりと吸い込んでしまったのだから。


「あれー? ピエロさんの絵が消えてる?」

「ひょっひょっひょ。お嬢さん、本日は面白いものを見せてもらいましたぞ」

「あ、もういいの? もう、おじーさん。また遊んであげてもいいけど、ちょっとはお店掃除しないと、嫌だよ?」

「考えておきますぞ」


 少女は元気にばいばーいと手を振って、店の外へと出て行った。


「ひょひょひょ。まさかあそこまで強力な守護がついてるとは……現世に干渉はしないようですが、たまげましたなぁ。危うく私まで」

 と、店主は自分に向かって伸びて切り取った触手が、うねうねと蠢くのを鑑賞していた。



   □三人目□


「なんだ、ここ……出れないんだけど」

「ひょひょひょ。いらっしゃい、お客さん」

「はぁ」

「ここは導かれた人のみが招かれるお店ですぞ。なに、この爺とすこし遊んでくださるだけでいいので」


 少年はため息を吐きながら、面倒くさそうにカウンターの前に進む。


「ではではこちらで遊びましょうかの」

「なんです、その二つのスイッチ」

「これは審判のスイッチと申しましての、今からわたくしが質問しますから、それに答えてくださるだけでいいのですぞ」

「はぁ」

「ただし、その質問はスイッチを押した時、現実になりますから、お気を付けなされ」

「……はぁ」


「それではいきますぞ。一つ目ですな。左のスイッチを押すと百人が死にます。右のスイッチを押すと貴方の大切な人が死にます。どうしますかの」


 少年は躊躇せずに左のスイッチを押した。


「ひょ……ひょひょひょ。いま、迷いませんでしたな?」

「そりゃそうでしょ」

「でもいま、百人が死にましたぞ?」

「そうなんでしょうね」


 で、それがなにか、と少年は言わんばかりに店主を見る。


「ひょひょひょ。では、左のスイッチが百万人、右のスイッチが大切な人。どち」


 少年は店主が言い終えるより早く左のスイッチを押していた。


「ひょっひょっひょ! 少年、いま、百万人死にましたぞ!」

「そうですか」

「嘘だと思っておりますか?」

「別に」


 店主は少年の瞳から、ただ面倒臭がっているだけで、スイッチの効果を信じていることを感じとる。


「あの、僕はやく帰りたいんですよ。それに、別に人口なんて僕の家族と二十億人程度生き残ってればいいですから」

「ほう、二十億人というのは?」

「世界の総人口が八十億ぐらいでしょ? 三分の一ぐらい生きてないと、生活に困りそうじゃないですか」

「ひょっひょっひょ!」

「大体押さないと返してくれないならどうしようもないでしょう」

「そうですのう。それじゃあ最後は、スイッチを押さないで聞いて貰えればいいのですが」


「大切な人と大切な人。どちらか一人しか救えないなら、選べますかの?」

「大切な人は一人しかいないので」

「ひょひょひょ。本当ですかのう?」

「……もう遊んだんで、いいですよね。帰ります」


 そうして、少年は軽蔑するような視線を店主に投げかけ、店の外へと出て行った。





「ひょひょひょ。現世が面白いことになっておりますのう。まさかあそこまで逸脱した人間がいるとは。過去に五人試し、全員が押しましたが、あそこまで即答する人間はおりませんでしたな」


 店主は顎を柔く揉みながら思案に耽る。


「なにより面白いのは……あれだけの者達が、小さな街に集まっていることですかな」


 本日の来店客を思い返しながら、ぽつりと店主は呟く。


「なにかの力、ですかのう」


 ひょひょひょ。

 ひょひょひょ。と、老人の奇怪な笑い声は鬱々として店内に染み渡るばかり。



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