第6話 (7月15日 曇りのち大雨)

 ミコトがいつものように学校へ行こうと家を出ると、空はどんよりとした灰色の分厚い雲に覆われていた。

 奥から出てきたおばあちゃんが「今日は大雨になるからね」と黄色のレインコートを着せて手に傘を持たせてくれた。

 おばあちゃんが言った通りいつものあぜ道につく頃にはかなりの量の雨が降り始め、田んぼのあちこちからゲコゲコとカエルの合唱が聞こえてくる。

 灰色の景色に赤色の傘が見える。

 ミコトはこちらを振り向く人影に向かってパシャパシャと駆け出した。



 雨の日の学校はいつものように電気がついているにもかかわらず薄暗く、空気も淀んでいるように感じる。

 教室にいる生徒の数も大雨のせいなのか、いつもより少なかったが、朝の会の五分前には全員がそろっていた。

 昼休みになると雷が鳴り始めたため、体育教師が午後の水泳の授業の中止を知らせに来た。

 水泳の授業を楽しみにしていた生徒たちはその知らせに気落ちしてしまい、午後からの教室の空気はさらに淀んでしまったが、泳げないミコトは内心とても安心していた。

 水泳の授業がなくなり機嫌の悪くなった大和たちは授業中でも先生の目を盗んでゴミを投げてきたり、椅子をガンガン蹴ってきたりと様々な嫌がらせをしてきたが、その度に零が怒りながら大和たちに注意をしてくれたのでミコトは何とか一日を乗り切ることができた。



 大雨のせいなのか授業が終わると他の生徒たちはあっという間に帰宅してしまい、教室には零とミコトの二人だけが残された。

 誰もいない教室は静かで居心地が良いが、窓をたたく雨の音と薄暗い廊下がなんとなく不安な気持ちを掻き立てる。

 キュッキュッと濡れた廊下を歩く音が近づいてくる。

 「待たせてごめんね」

 トイレから戻ってきた零が教室の戸を閉める。

 「いいよ。それより狐の窓について何か分かった?」

 「うん!ちゃんとおじさんに聞いてきたよ」

 そう言うと零はプリントファイルから一枚の紙を取り出して机に置いた。

 ミコトは興味津々にその紙を覗き込む。

 紙の一番上には『お化けの見方』と書いてあり、その下には両手を様々な形に組んだ絵がいくつか描かれている。

 「狐の窓っていうのはこの紙に書いている通り、お化けを見るための術のことらしいよ。この順番で絵と同じように手を組んでこの窓みたいになっているところから景色を見たらお化けとかを見ることができるんだって」

 窓じゃなかったね、と二人は顔を見合わせて笑う。

 「でもお化けを見ることができるようになる術なんてあるんだね」

 しかも思っていたよりも簡単な方法で見ることができることが分かり、これからいろいろなお化けや妖怪に出会うことを想像してミコトはわくわくした。

 「でもこの狐の窓にはいくつか注意点があるんだ」

 ミコトの心の内を察したのか零が瞳を覗き込んできた。

 「まず一つ目、狐の窓で人間を覗かないこと。二つ目、むやみやたらに覗かないこと。三つ目、僕と一緒にいるときにしかしないこと。この三つは絶対に守ってね」

 約束だよ、と少し不安そうな表情をする零にミコトは絶対に守ると約束をした。

 零は安心したように微笑む。

 「それじゃあ、早速試してみよう!」

 零に教わりながら手順通りに手を組むと、二人は試しに校庭を見てみることにした。

 雨がひどいためはっきりとは見えないが誰かが校庭を走っているようだ。

 その人影は大雨にもかかわらず傘も差さずに走っているように見える。

 「誰だろう」

 人影がこちら側に方向転換をして走ってくる。

 こちらに近づいてくる人影は全体が銅色に鈍く光っているように見える。

 ミコトがもっとよく見てみようと目を凝らすと、突然目の前が暗くなった。

 何事かと思い零の方を見てみると、零がひきつったような笑顔でミコトの狐の窓を手で遮っていた。

 「あれ、見た?」

 ミコトは零にもあの人影が見えていたことが分かり少しほっとした。

 「うん。誰かが運動場を走ってたように見えたけど…」

 窓の外へ目を向けると先ほどまでそこを走っていたはずの人影はいなくなっていた。

 それどころか人がいた形跡さえ見当たらない。

 ミコトはハッとして零の方を見る。

 「もしかして、あれがお化け⁉」

 零がこくこくと頷く。

 「あれ、正面玄関のところにある二宮金次郎の銅像だよ」

 零の言葉を聞いてもう一度狐の窓で外を確認しようとするが止められてしまった。

 「こっちに気が付かれたらまずいよ!」

 「そ、そうだよね。ごめんね」

 零の焦った様子に動揺しながらも手をおろすが、なんとなく気まずい雰囲気になり二人とも黙り込んでしまう。

 「にしてもほんとに見えるなんて…。おじさんの冗談じゃなかったんだ」

 零が雰囲気を変えようして明るい声色でそう言った。

 「僕もびっくりしたよ。お化けって意外と身近にいるんだね」

 そう言ってミコトも笑顔で零の方を見る。

 気まずくなってしまった雰囲気が元に戻り、先ほどまで感じていた二人の緊張が解ける。

 「そうだね。学校には七不思議以外のお化けもいるのか…。七つ全部見つけられるかな」

 少し不安そうにそう言う零にミコトは「そこは任せて」と引き出しから本を取り出して見せた。

 七不思議について調べなくてはいけないと思って昼休みのうちに図書室で関連のありそうな本をいくつか借りてきていたのだ。

 「『学校の怪談全集』…。こんな本あるんだ」

 手に取った本を零がパラパラとめくる。

 「意外とたくさんあるんだね」

 零が本の目次を見ながら苦笑いを浮かべる。

 「大丈夫だよ。この学校の七不思議がどれなのかは分かるから」

 そう言うとミコトは自身の自由帳を開いて見せた。

 自由帳には昨日のうちにまとめておいたこの学校に伝わる七不思議の名前と出現場所が書いてある。

 その自由帳を見た零はわあっと嬉しそうな声を上げた。

 「調べておいてくれたの⁉ありがとう!」

 「零くんには狐の窓について調べてもらったし、もとは僕が始めたことだからね」

 ミコトが照れながらもそう言うと零もつられたように、にこっと笑った。

 「ミコトくんがお化けとかそういうのに興味を持ってくれて僕も嬉しいよ」

 嬉しそうに笑う零を見てミコトも何だかわくわくしてきた。

 ミコトは「よしっ!」と自分にやる気を入れると筆箱から鉛筆を取り出した。

 「じゃあさっそく七不思議について調べよう。僕は『トイレの花子さん』、『プールのお化け』、『体育館のお化け』について調べるから零くんはその下をお願い」

 そう言って自由帳に書かれた『踊り場の大鏡』『無いはずの四階』『パソコン室のパソコン』という文字を指さす。

 「残り一つの『北校舎』っていうのはどうする?」

 零が一番下に書いてある文字を指さす。

 「北校舎の七不思議はあとで手分けして調べよう。北校舎にはいくつか幽霊の話があってそれを全部まとめて七不思議の一つの『北校舎』っていうことになっているから」

 「なるほど。てことは七不思議は実際には七つじゃないってことか」

 「ちょっと大変かもしれないけど僕たちならできるよ!」

 少し不安げな様子の零を励まそうとするミコトを見て零はニッと笑う。

 「そうだね。ミコトくんと一緒ならできないことなんてないよ。頑張って七不思議の鍵を手に入れよう!」

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