第57話 貴族予備総会

 貴族予備総会が始まる。

 謁見の間では、各貴族や士族に任意の招集が出され、多くの人たちが集まってくれた。

 遠方の者は、予備総会には間に合わないが、後日、城に顔を出すので、謁見して欲しいとの嬉しい報せも多く届いている。

 しかし、僕たちに反感を抱いているだろう、エトムントに組する者たちは、本人も含め欠席していた。

 普段、この手の会議は、臣下たちが立ったまま行われるらしいが、今回は椅子を用意して、楽な体勢で参加できるようにした。

 こうすれば、僕たちの話しを集中して聞いてもらえるし、欠席した者たちの割合と、エトムントに組する者……貴族主義派閥の連中のことだが、彼ら貴族主義派閥の参加者で見過ごしている者たちを席で判別できると思ったからだ。


 遠方の者を除くと、貴族主義派閥の総数は、全体の三分の一に満たなかったが、親が出席し、貴族主義派閥に属する子息が欠席という、少々複雑な状況になっていた。

 出席している一族の席の並びに、空席ががポツポツと見られるのだ。

 親が皇族派閥、子が貴族主義派閥となると、その一族を排除する訳にもいかない。

 これを考えた奴は、余程の策士だと思う。

 エトムントではないことだけは確かだな。それにしても面倒くさいことをしてくれる。

 僕は、端に控えながら謁見の間を見渡して、何か策はないかと考え込むが、良い案は浮かばないので、今は諦め、保留しておく。


 なにせ、今の状況は、用意された玉座にシャルが座り、僕は、ミリヤさん、ケイト、マイさんと共にメイド服姿で、アンさんとオルガさんが控えている位置に並んでいるのだ。

 これが、シャルの言っていた恥ずかしい罰だそうだ。

 確かに、恥ずかしい。

 だけど、リンスバックに同行したイーリスさんとヒーちゃんが、除外されているのは納得がいかない。

 そして、ヒーちゃんが戦闘服ではなく、赤い袴の巫女姿なのだ。

 こんなにも落ち着かない状態では、考えなんて浮かばないし、まとまらない。


 「何で、私まで罰を受けているんでしょうか?」


 僕の耳元で、ケイトがささやく。


 「僕に聞かれても……」


 「ミリヤ様とマイ様は分かります。ですが、今回、私は何も関与してませんよ」


 彼女はしつこくささやいてくる。


 「シャルの勘違い? 思い込み? もしくは……とばっちり?」


 「そ、そんな……」


 彼女はうなだれてしまった。

 確かに、今回、ケイトは関係ないんだよね。

 たぶん、いつも何かしらしでかすから、以下同文にされている可能性が高い。




 シャルが立ち上がると、会場の人たちも一斉に立ち上がった。

 そして、イーリスさんが、一歩、前に出る。


 「これより、貴族予備総会を始めます。今回は異例ですが、ご出席いただいた方々に、貴族総会前にシャルティナ・ユナハ・カーディア皇女殿下から重要かつ内密なご報告があり、予備と言う形で招集させていただきました。よろしくお願いいたします」


 イーリスさんが深く頭を下げると、シャルやエンシオさんたち上段にいる面々が頭を下げた。

 その光景に広間は少しざわつくが、すぐにことの重要性を察したのか、落ち着きを取り戻し、静かになる。

 シャルが頭を上げ、玉座に座ると、イーリスさんが合図を出し、貴族たちも席に座る。


 シャルは深呼吸をしてから口を開く。

 その内容は、全てではないが知らされていた者やうすうす感じていた者をも驚かせた。

 シャルではない聖王が現れ、シャルと婚約し、ユナハ伯爵自治領を独立、ユナハ国建国をするのだから当然だ。

 知らされていた者たちは、シャルが女王として立つと思っていたに違いない。

 なにせ、僕だって、シャルを女王にするつもりだたのだから。


 謁見の間は、まだ見ぬ聖王の存在に不安を感じ、ざわつく。

 だが、シャルは毅然とし、その者が、これから建国されるユナハ国とウルス聖教国、エルフ領プレスディア王朝、ドワーフ領ガイハンク国との締結を約束させたこと、リンスバック港湾都市国が領地として傘下に加わると約束させたこと、ビルヴァイス魔王国の侯爵家長女、オルガ・ラ・アルテアンとの婚約を決め、第一〇一特戦群と呼ばれるビルヴァイス魔王国の魔王か魔皇帝の権限がなければ動かせぬ特殊部隊までもを、ユナハ国に加わえ、ビルヴァイス魔王国との同盟締結も、ほぼ約束されていること、さらに、グリュード竜王国の六古竜ろくこりゅうが青の一族当主、アスール・エランとの婚約をも決めたことでで、グリュード竜王国との同盟も締結できるかもしれないことなどを矢継ぎ早に話していく。

 貴族たちは、一度に聞かされた衝撃で、ポカーンと呆けてしまっている。

 「コホン」と、イーリスさんが咳ばらいをすると、シャルは話しを止めて小休止をとる。




 何故か、僕はワゴンを押して、貴族たちに飲み物を配っている。

 メイド姿なのだから仕方がないけど、ここまでさせられるとは思っても見なかった。

 恥ずかしい……。

 一方で、さっきまでうなだれていたケイトは、意気揚々と飲み物を配ってまわっている。


 「このジュースは、コンビニ『カプ』で販売されます。是非、足をお運び下さい」


 彼女は一人一人に笑顔を見せては、宣伝をしまくっていた。

 他のところでは、配膳をするメイドがマイさんだと気付くと、驚きのあまり固まっている人や、ミリヤさんに配膳されて、戸惑いながら祈りだす人もいた。

 そして、もともと有名なアンさんと、さきほど、ビルヴァイス魔王国の侯爵家長女と紹介されたオルガさんも配膳しているため、飲み物を受け取る側が緊張しまくっている。

 これ、小休止になっているのだろうか?

 逆に精神的疲労を蓄積しているように見える。




 貴族予備総会が再開される。

 貴族たちはキリッと姿勢を正すが、前よりも疲れているように見える。


 シャルは立ち上がり玉座を離れると、シリウスとアルバンが玉座を持って端に置く。

 そして、シャルは、再び、その玉座に座る。

 玉座のあった上段の壁には、大きな白い布が下げられていた。

 謁見の間の明かり窓を兵士がふさいでいき、薄暗くなっていく。

 ヒーちゃんがシャルの横で、何やらゴソゴソ動くと、白い布に光が照らされ、画像が映し出された。

 プ、プロジェクター?

 小型の物だから、ヒーちゃんが持ってきた物だろう。って、問題はそこではない。

 シャルたちは、僕の知らないところで近代的な家電に親しみすぎだ。

 一方で、貴族たちからは、驚嘆の声が上がった。

 そりゃあ、そうだ……。


 シャルは、プロジェクターで映し出されたユナハ国の領地を別けた地図を、レーザーポインターを使い、赤い点で各領地を指し示しながら説明をしていく。

 再び、貴族たちからは、驚嘆の声が上がっている。

 イーリスさんから聞かされた時に領主未定だったプレス領はザニーニ家、ミッテ領はワイマーク家、そして、ルース領はクーネ家、レイリアの実家が領主となった。

 レイリアを見ると、彼女も驚いていたので、聞かされていなかったのだろう。

 ザニーニ家とワイマーク家は、ユナハ聖王国時代から伯爵の古参貴族で領主としても申し分なったのだが、領主を断っていたそうだが、イーリスさんが泣き落としで、了承させたとマイさんが自慢げに話す。

 何故、マイさんが自慢げなのかは分からない。

 両家に貴族主義派閥に関わる者は誰もいなかったと、アンさんが捕捉してくれる。


 一通りの説明が終わると、線の細い黒髪の三〇代くらいの男性が、手を上げる。


 「カディス男爵」


 シャルが手を上げた男性を差す。


 「カディス家の爵位は男爵ですし、表に名を出せる家系でもありません。他の高位の爵位を持つ方々の面子もあります。考え直されたほうがよろしいのではないでしょうか」

 

 「それを言ったら、フルスヴィント家は名誉貴族、クーネ家は士族ですから爵位はありませんよ。それに、ユナハ国建国後、カディス男爵を侯爵に陞爵しょうしゃくしますから大丈夫です」

 

 シャルの言葉に、歓声が上がる。

 カディス男爵は相当な人物らしく、彼を祝う声は聞こえても、蔑む声は聞こえなかった。

 カディス男爵も聞かされていなかったのか、彼は驚く。

 そして、受け入れる姿勢として、深く頭を下げてから着席すると、沈黙した。




 「フーカ様、レイリアの家族が来てるんですから、予備総会が終わったら、後で挨拶をして下さいね。逃げちゃダメですよ」


 唐突に、ケイトが耳元でささやく。

 振り返ると、ケイトとマイさんがニンマリと、悪そうな笑みを浮かべていた。

 二人は僕で楽しむ気だ……。


 シャルは、建国後の各省や役目、その長官になる者のを報告する。

 彼女が読み上げるのに合わせて画像が変わり、役職と氏名が映し出される。

 国王、……。

 副王、シャルティナ・ユナハ・カーディア。

 宰相、イーリス・フォン・ラート。

 首相、エンシオ・フォン・ユナハ。

 副首相、クリフ・フォン・ラート。

 国防情報省長官、アーネット・トート・フルスヴィント。

 宮内省長官、ミリヤ・エテレイン。

 軍務省長官、ヘルゲ・フォン・ゲーテバック。

 警察省長官、マイ・フォン・ユナハ。

 陸軍大将、シリウス・フォン・シュバルゼ。

 近衛軍大将、レイリア・クーネ。

 王立研究開発局局長、ケイト・テネル。

 その後も読み上げられていくが、途中からは知らない名前が増えていく。

 見知った名前の中に、ヒーちゃんとオルガさんがいない。


 僕は隣にいるケイトの袖を引っ張る。


 「ヒーちゃんとオルガさんの名前がないね」


 「二人は、フーカ様と結婚しないと国籍が違いますから。だから、リンスバック家の名前もありません」


 「なるほど。そういうことか」


 ケイトに教えられ、僕は納得した。


 「ですが、あれはいいんでしょうか?」


 「あれ?」


 「警察省長官です」


 彼女は指を差す。


 「えっ、別に……。マ、マイさんがやるの?」


 見知った人の名前を探すのに夢中で、役職まで気にしていなかった。

 驚いて、ケイトに質問で返す。


 「私に聞かれても……。警察って、法の番人ですよね? たぶん、マイ様はルールなんて守りませよ」


 彼女の顔は引きつる。


 「だから、警察省長官にしたみたいです。お堅い役職をつければ、大人しくしてくれるかもしれないと言う希望を込めて……」


 ミリヤさんが、任命された理由を教えてくれたが、希望を込めて任命って大丈夫なのだろうか?

 僕とケイトが苦笑すると、ミリヤさんも苦笑している。

 彼女だけではなかった。

 アンさんとオルガさんも苦笑していた。

 僕たちの会話は、彼女たちのところまで聞こえてしまったようだ。

 ……という事は……僕は恐る恐る後ろにいるマイさんを見る。

 彼女は頬をプクーと膨らませて、腕を組んでいた。


 「失礼ね! 私だってやればできるわ! そうだわ! 建国したらすぐに、フーカ君を……えーと……、国家騒乱罪で逮捕するわ!」


 マイさんはビシッと僕を指差す。


 「マイ様は就任早々、冤罪えんざいを作る気ですか!? ……うっ、フーカ様だとあながち冤罪とも言えません! どうしましょう?」


 ケイトが困った表情で僕を見る。


 「ケイト……。庇うなら諦めないでよ! それに、騒乱罪って群衆で暴行や脅迫をする罪だよね。僕の場合、威力業務妨害とか安全阻害行為になるのかな?」


 「「うーん?」」


 僕は何を言っているんだ。自分の行為を罪状で例えちゃダメじゃないか! そして、二人も悩まないで欲しい……。


 「フ、フーカ様。マイ様とケイトも声が大きいです。周りを見て下さい」


 ミリヤさんが小声で注意をしてくる。

 僕たち三人が周囲を見渡すと、シャルたちも貴族たちもこちらに注目していた。 

 や、やってしまった……。

 僕たちはうつむいて、何事もなかったかのようにジッとする。


 「コホン」


 シャルが咳ばらいをすると、貴族たちは彼女に視線を戻す。

 助かった。




 謁見の間が明るくなり、玉座はもとの位置に戻された。

 シャルは玉座につくと、貴族総会で建国を宣言し、七月一日にユナハ国建国式典を行うことを告げ、その準備は当日に間に合うよう進められていることも告げる。

 貴族たちはざわつき質問なども飛ぶが、シャルの的確な回答を聞き、納得すると、すぐに静かになった。

 カーディア帝国の議会と比べて、貴族たちが真面目に行く末を考えていることが分かる。


 予備集会に終わりの雰囲気が漂いだすと、シャルは玉座から立ち、一歩前に出た。

 そして、貴族主義派閥のことを伝えると、貴族たちは動揺し、今日一番のざわめきが起こる。

 貴族たちが落ち着きだした頃合いを見計らって、彼女は曇った表情で、ことによっては相応の処罰を課さなければならないことも告げた。

 一度おさまったざわめきが再び起こるが、さっきよりも騒がしくなるこはなく、いくつかの質問が飛んだ。

 しかし、その内容は、貴族主義派閥に関わる者の家族や一族に対しての処遇の件が多く、貴族主義派閥に関わる者を庇うような意見はなかった。

 彼女が、家族や一族に対してのお咎めは一切無いことを告げると、彼らは安堵したかのように静かになる。

 ここにいる貴族たちは、いつかはけりをつけねばと思っていたのではと、僕は感じた。


 最後に、シャルから建国すればカーディア帝国との戦火が開かれる可能性を告げるが、それに対しての反応は薄かった。

 むしろ、それは仕方がないことと言う意見が多く聞かれた。


 「では、皆さん、よろしくお願いします」


 彼女が貴族たちに深く頭を下げると、拍手が起こり、涙を拭っている者もいた。

 シャルの人気をまじまじと痛感させられる。




 貴族予備総会は閉会され、イーリスさんが広間に簡単な食事を用意していることを告げると、貴族たちはぞろぞろと退室していく。


 ガタン。


 ふらついて、並べてある椅子にぶつかるほど、体調の悪そうな人を、僕は見つけた。

 歳は四〇代っぽいが、杖で身体を支えているせいなのか、もっと年上にも見える。 

 彼は金髪に優しそうな顔つきだが、病気なのか頬は痩せこけ、顔色は異様に白い。


 「大丈夫ですか?」


 そばに近付き、肩を貸すと、服に白い粉が付く。

 おしろいを塗っている。

 貴族は、男でも化粧をするのだろうか?


 「お嬢さん、ありがとう」


 彼は僕にニコッと笑顔を向ける。


 「父上、大丈夫ですか?」


 短くさらさらとした金髪に、細い目をした優しそうな顔つきの青年が駆け寄って来た。


 「父が申し訳ありません。後は私が付き添いますので、大丈夫です。ありがとうございます」


 青年が僕に頭を下げる。


 「どこか別室で、休ませた方がいいですね。ケイト!」


 僕がケイトを呼ぶと、彼女と一緒にアンさんたちまでもが駆け寄ってきた。

 ケイトは僕のそばに来ると、杖の男性の脈を測ったりして、彼の身体を調べる。


 「アン様、ストレッチャーを持ってきて下さい」


 ケイトの言葉に、アンさんは頷き、オルガさんを連れて行く。


 「ス、ストレッチャーって……。いつ作ったの?」


 「最近ですよ。パソコンで色々と勉強して、医療系器具の開発も進めています」


 「僕は何も聞かされてないんでけど」


 「言ってませんもん」


 彼女は澄ました顔で僕を見つめる。


 「……もんって……。何で教えてくれないの? 今の様子だとアンさんは知ってるよね?」


 僕は疎外感を感じがして、少しむくれた。


 「大掛かりなことは相談しますが、細かいことまで相談されたら、フーカ様の身が持たないですよ」


 「それでも、何が開発されているかくらいは、教えてよ!」


 「えー、そんなことしたら、フーカ様を驚かす楽しみがなくなっちゃいます」


 彼女が不満を漏らす。

 そっちが本音じゃないのか……?


 アンさんとオルガさんが、カラカラと音をたてながら、ストレッチャーを押してきた。

 ケイトは、ストレッチャーについているレバーを握ると、ストレッチャーは男性が腰を下ろせる高さまで下がる。

 アンさんとオルガさんは、男性をストレッチャーに腰掛けさせると、横になれるように手助けをした。

 彼は横になるのも苦しそうだった。

 訳の分からない物に乗せられる父を、不安そうに見つめていた青年は、少し戸惑っていたが、父を運ぶ道具だと知ると、僕たちに頭を下げ、感謝を示した。




 僕たちは、ストレッチャーで男性を医務室まで運び、診察用のベッドへと移す。

 彼の傍らでは青年が不安そうに佇んでいる。


 「アレックスちゃん、そんな顔をして突っ立てないの! 今は、ケイトにシュナ卿の診察をしてもらいましょう」


 「はい。マイ様、テネル様、よろしくお願いします」


 彼らはマイさんの知り合いのようだ。

 ん? シュナ卿? それってもしかして……。


 「マイさん、もしかして、二人はエロムントの家族だったりする?」


 「ブフォッ」


 「フ、フーカ君……クフフ。エ、エロムントじゃなくて、エトムントよ……プププ。二人は彼の父親と弟よ」


 マイさんは、吹き出した後、笑いを堪えながら僕の間違いを指摘した。

 その場にいたケイト、アンさん、ミリヤさん、オルガさんもクスクスと笑い声を漏らしながら耐えている。

 家族の前で、名前を間違えた……気まずい。


 「この青年がアレックス・フォン・シュナ、エトムントの弟よ。そして、そちらはダーフィット・フォン・シュナ、エトムントの父親よ。見ての通り、病を患ったから当主をエトムントに譲ったのよ」


 マイさんに紹介されたアレックスさんは、僕に頭を下げる。


 「フーカ・モリです。よろしくお願いします」


 僕は名乗ると、彼に頭を下げた。




 ケイトは、ダーフィットさんのシャツの前をはだけて診察を始めている。

 僕も近くで彼を観察すると、襟で隠れるところまで化粧がされて白くなっていた。


 「貴族って、男でも化粧をするの?」


 「違います。顔色の悪さを隠すためです。特に、今日のような集まりに、病を押してやむを得なく出る時は化粧をしたりしますね」


 ケイトは診察を続けながら、教えてくれる。


 「今までに、どんな症状を起こしたのかを教えてくれますか?」


 ケイトはアレックスさんに尋ねる。


 「最初の頃は疲労や睡眠不足でした。その後、病が進むにつれて体の震えや腹痛、最近は体が痛むのか歩くのもやっとでした。兄が帝都の宮廷医師の一人に診せて、薬を処方してもらっているのですが、治る気配はなく、困っている状態です」


 彼は険しい表情でケイトに話す。

 話しを聞きながら、彼女はダーフィットさんの口の中を覗く。

 僕も彼女の肩越しに覗くと、歯茎に青い線条が見える。


 「うーん? この症状って、公害かなんかで聞いたことがあるような……」


 僕は、少し悩んだ後に顔を上げると、皆の視線が僕に集中していた。


 「こうがい? それって何ですか?」


 ケイトが飛びついてくる。


 「ちょ、ちょっと待って! 僕もうろ覚えだから。アンさん、ヒーちゃんに言って、パソコンを持ってきてもらって」


 「はい」


 アンさんは返事をするとすぐに、部屋を出って行ってしまった。




 しばらくして、アンさんがヒーちゃんを連れて戻ってきた。

 その腕にはパソコンが抱えられている。

 ヒーちゃんに症状を言って、調べてもらおうとしたのだが、彼女はパソコンで調べずに答える。


 「それって、鉛中毒です。一応、調べてみます」


 彼女はカチャカチャとキーボードを鳴らすと、画面をこちらに向けた。

 鉛中毒の症状と同じだった。


 「ケイト、おしろいに鉛は入ってるの?」


 「植物を加工したものだけですから、鉛は入っていないはずです」


 彼女は眉をひそめながら答える。


 「アレックスさん、宮廷医師から処方された薬を全部渡して! そして、これからは、乳製品、小魚、野菜、果物を中心にして肉類は脂を抜いた食事に切り替えて!」


 僕は画面を見ながら伝える。


 「はい、分かりました。では、薬を取りに行ってきますので、少しお待ち下さい」


 アレックスさんは、そう言って部屋を出て行った。


 そして、あまり時間を掛けずに、アレックスさんが木箱を抱えて戻って来た。


 「これが医者から渡された薬です」


 彼はそう言って、僕に木箱を渡す。

 少し息が切れてるので走ってきたのだろう。

 木箱を開けると、粉薬とおしろいが入っていた。

 僕はそれを確認すると、ケイトに渡す。


 「ケイト、この粉薬とおしろいの成分を調べて! 鉛が入っていれば医者が原因、入っていなければ、アレックスさんの家や周辺を調べないといけないから」


 「分かりました」


 ケイトはそう言って、木箱を受け取る。


 僕は、アレックスさんに今までの経緯を、再度、詳しく聞く。

 体調を崩したダーフィットさんが咳き込み、発熱すると、エトムントが友人のクレーメンスに頼み、帝都の宮廷医師に診てもらい、薬を処方してもらったのだそうだ。 

 そして、その甲斐あって、咳や発熱がおさまり、回復していったのだが、途中から再び体調を崩しだしたので、また、薬を飲みだしたと話してくれた。


 昔の化粧品に鉛が混じっていたり、薬として使われていた話しを聞いたことがあったので、ケイトと話しをしてみると、化粧品や薬は薬草などの植物が主流で、混ぜるとしても、ある種の動物を乾燥させて粉にした物などだった。

 話しを聞く限り漢方薬だ。

 もし、医者の処方した薬とおしろいから鉛が出たら、暗殺? 毒殺? になるのでは……。

 僕はゾッとする。


 その場は、ダーフィットさんにケイトの治癒魔法をかけて落ち着かせ、こちらで用意した客室で、しばらくの間、過ごしてもらうことにした。

 入院? というかたちをとれば、鉛に触れることもないだろう。

 しかし、きな臭いというか、何か胸のあたりがモヤモヤする感じが残る。

 それは、そこにいた者すべてが感じていたと、その表情から見受けられた。

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