第55話 建国に向かって

 朝から外が騒がしい。

 僕はベッドから出て、窓を開けると、城壁から城へと続く大通りを、騎馬と兵士たちが行軍していた。

 双眼鏡を取り出して確認すると、先頭に見覚えのある大柄な人物を見つける。

 ヘルゲさんだ。

 辺境討伐軍が到着したんだ。

 アンさんとオルガさんは、まだ部屋に来ていない。

 きっと、忙しいのだろう。

 僕は勝手に理由をつけて、彼女たちが訪れるのを待たずに、着替え始める。


 支度を終えて部屋を出ると、アンさんとオルガさんに鉢合わせをした。

 二人は僕を見て、溜息をつく。


 「いや、これは、ヘルゲさんたちが来ているのを見たから、出迎えに行かないとかなと思って……」


 「言い訳はいいです。それに、こちらが出向いてどうするんですか。ヘルゲ様のほうから面会の申し入れがきますから、ウロチョロしないで下さい」


 「ご、ごめんなさい」


 アンさんに叱られてしまった。


 そして、アンさんから、イーリスさんが僕を呼んでいると告げられ、そのまま、三人で彼女のもとへと向かう。

 イーリスさんの執務室へ入ると、机で仕事をしていた彼女がこちらを見てほほ笑む。

 その部屋は僕の執務室と同じ間取りだったが、調度品などは女性らしい物が多く、壁は薄い水色に塗られ、僕の部屋よりもおしゃれに感じる。


 「国旗は飾らないの?」


 「えっ? ま、まあ、そのうち……」


 イーリスさんの返事は曖昧だ。

 僕の部屋には勝手に飾られているのにズルい。


 「アンさん、どう思う?」


 「飾るべきです! すぐに手配しましょう!」


 「……」


 イーリスさんは言葉を失い、うなだれた。


 「それで、僕に用事って?」


 「そうでした。エルフ領プレスディア王朝から技術者が到着したので、ケイトに任せました。それで、エルヴィーラ女王からこんな書簡も届いていまして……」


 イーリスさんは苦笑してから、僕に書簡を差し出す。

 それは、エルフ領プレスディア王朝の刻印がされていて、重要な書簡だと分かる。 

 何かあったのだろうか?

 僕は、すぐに中を確認する。


 『ズルい! サンナにだけズルい! 私も欲しい! ということで、技術者を送ったのだから、シャンプーとリンスの早期的開発を要求します。私もサラサラツヤツヤになりたい。フーカ君のエルヴィーラ・プレスディアより 追伸、何? あの国旗! むっちゃ笑えるんだけど、ワハハハハ』


 これって……。 こんなものを重々しい書簡で送ってくるな!


 「ケイトに、このどうしようもない手紙を見せて、シャンプーとリンスの開発を優先してもらって」


 「は、はい……」


 僕も彼女も手紙の内容が、あまりにもお粗末なものだったので、この件での会話はそれ以上続かなかった。




 彼女からは他にも、ウルス聖教国からユナハの神鏡しんきょうと新しく三枚の神鏡が届いたこと、奥宮おくみやはユナハ市の北端に位置する城から先を拡張して造り、その周囲に新設される設備を配置していくことを報告された。

 奥宮などの建設に関する簡単な図面も見せられると、新設される物の中には、神殿、空港、国軍基地、各省の建物、帝都から逃げてきた者たちの居住区なども含まれていた。


 「この奥宮の手前にある神殿って?」


 「それですか。それは、城内に神鏡を入れると、マイ様が勝手なことをするので、神殿を造って、そこにユナハの神鏡をまつります。そして、ミリヤを神殿長にしたいと思います」

 

 「う、うん」


 「ユナハの神鏡でもツバキ様方と交信できるかもしれないので、マイ様に余計な知識を与えないための対策です。ミリヤとも相談して決めたので、抜かりはありません」


 イーリスさんがドヤ顔をする。

 相当自信があるみたいだけど、そもそもマイさんへの対策って……。

 気持ちは分からなくもないので、少々困惑してしまう。


 他には、領軍の話しが上がった。

 第一〇一特戦群が三人一組で、領軍を鍛えなおすための教官をしてくれ、また、新設される部隊に必要とされる知識や技術を、シリウスとヒーちゃんに相談しつつ、叩き込んでくれるそうだ。

 ヒーちゃんの名前が上がった時には驚いたが、彼女の役割はパソコンを使ってのアドバイスだった。

 そして、僕の横では、オルガさんがドヤ顔を浮かべていた。


 内政面では、三権分立とまではいかないが、権力が一か所に集中しないように、現時点では王族と貴族などが内閣、国会は貴族や士族などが貴族議院、平民や商人たちが普通議院として行い、司法は裁判所が機能できるようになるまで、ウルス聖教で代行するが、宗教観が入らないように、こちらからも権限を持った者を送って、法に基づいた裁定かを確認することとなった。

 宗教を絡めたくはなかったが、民衆からの信頼度から考えると、ウルス聖教に頼るしかなかった。

 イーリスさんには、宗教裁判にならないようにと、アミアーノさんとオルランドさんにも念入りにお願いして欲しいと頼んだ。


 その後、僕はイーリスさんに、『開発した商品を一般に販売できるお店』を出してもらえるのかを尋ねると、街側に面した城の城壁を改装して、いくつかの店舗を造ってくれているとのことだった。

 この件ではケイトからも要望があったそうだ。

 さすがケイト!

 僕が自然とニンマリしてしまうと、彼女から怪訝そうに見られた。


 「これで全部?」


 「ええ。あっ、ちょっと待って下さい」


 彼女は棚から大きな紙を持ってくる。

 そして、テーブルのほうに行き、その紙を広げた。


 「領地の分割ですが、このようにしました。以前の統治を任せていた貴族をそのままに、その上位に統治されている場所をまとめるように領主を置いたので、問題はないと思います」


 彼女から見せられた物はユナハ領の地図だった。

 そこには、アルセ領(ラース家)、その北には西からゲーテ領(ゲーテバック家)、ミッテ領、ウルシュナ領(シュバルゼ家)があり、ゲーテ領の北東にプレス領、ウルシュナ領の北東にルース領。

 そして、ユナハ市のある王室領。

 その北には、西からクレント領(カディス家)、フルス領(フルスヴィント家)、王室領の東にリンスバック自治領(リンスバック家)と一〇の領地に分割され、領主の家名が記されていた。


 「この、シュバルゼ家とカディス家とフルスヴィント家って言うのは誰?」


 「……」


 イーリスさんが呆れた顔をする。


 「私が、フルスヴィント家です!」


 アンさんは、僕の肩を強く抑えた。


 「ヒィッ!」


 僕は、身体中の鳥肌が立つ。


 「そして、シュバルゼ家はシリウスの家名です!」


 「そうでした。ごめんなさい!」


 「これからは、家臣の家名は忘れないようにしてください」


 「はい、心がけます」


 思いもよらぬジャブをくらってしまった。


 「あれ? カディス家は聞き覚えがないよ」


 「カディス家は、元カーディア家です。王印がなくなった後、家名を変えてユナハでかくまっています」


 イーリスさんが答えてくれる。

 なんか、深く聞くのが怖いのでスルーしよう。


 「あと、家名の入っていない領地があるけど」


 「それは、まだ、決めかねていますので、保留しています」


 彼女の表情が曇る。


 「領地とかになると、難しそうだね」


 「そうなんです。貴族たちが納得するような家系が足りないんです。古参の貴族にめぼしい家系はあるのですが、そういった家に限って、断るんです」


 彼女はうなだれてしまった。

 領主なんて厄介そうだもんね。

 苦悩している彼女には悪いが、要件は終わったようなので、僕はアンさんとオルガさんを連れて、退散することにした。




 ケイトと商品開発の話しをしておきたいので、王立研究開発局へ向かう。

 自分で名付けておいてなんだが、略式名称を考えておいたほうがいいな。

 なんか言いづらいし、敷居が高そうなんだよね。国立開発研究法人理化学研究所が理研だから王研でいいかな。

 ……おうけんって、王の権力に捉えられるかもしれない。

 それに、そんな名称のソフト会社のCMが頭に浮かぶ。

 うん、ダメだ! 普通に前を省いて開発局でいいや。


 ふと、城の上空を何かが飛び回っていることに気付く。

 ペスたちだ。

 急上昇、急降下、きりもみをしたりている。


 「凄いなー!」


 「ペスたちですね。式典で披露するために、曲技飛行の猛特訓を始めたんですね」


 アンさんが答える。

 皆は頑張っているのに、僕だけがのほほんとしているような気がする。

 これは、皆が驚くようなことを考えないといけないかも。


 「何か良からぬことを考えてませんか? 時期が時期なので、あまり余計なことはしないで下さい」


 まだ、何も思いついていないし、言ってもいないのに、アンさんに釘を刺されてしまった。




 開発局に向かっている途中で、ヒーちゃんが庭先にいるのを見かける。


 「ヒサメ様ですね。ケイトの所へ向かう途中なのかもしれません。声を掛けてきます」

 

 僕は、アンさんが彼女に向かうのを止めた。


 「今、電話中みたいだから、終わるまで待とう」


 「電話中?」


 アンさんが首を傾げる。


 「ヒーちゃんが、スマホを耳に当てているでしょう。ああいう時は、電話中と言って、スマホを使って誰かと話しているんだよ。だから、それが終わるまで声を掛けないのが、僕の居た世界のマナーなんだ」


 「そうなんですか。勉強になります」


 アンさんは、彼女の電話が終わるのを待つ。

 僕とオルガさんも同様に待つ。


 「結構長いですね。誰と話しているんでしょう」


 オルガさんが尋ねてくる。


 「仕方ないよ。僕たちからすれば別の世界で生活しているんだから、話すことも多いんだと思うよ」


 「「そうですね」」


 オルガさんとアンさんは声を揃えて納得した。


 ヒーちゃんが話し終えるのを見て、アンさんは彼女に声を掛け、二人でこちらに戻って来る。


 「ケイトのところに行く途中で、電話が来たそうです」


 「じゃあ、一緒に行こうよ」


 「はい」


 四人でケイトのところに向かう。

 ん? んんん? 何だろう? 何か引っかかる。


 ……。


 「ヒ、ヒーちゃん……?」


 「はい、何ですか?」


 「今、何してたの?」


 「雫姉様と電話をしてました」


 「へー。そうなんだ。って、ちがーう! 何で、電話をしてるの?」


 「……? 電波が入るようになったからです」


 ヒーちゃんは少し驚き、首を傾げるた。

 僕は自分のスマホを確認する。

 だが、圏外だった。


 「??? ヒーちゃんのスマホを見せてもらってもいいかな?」


 「はい、どうぞ」


 彼女は僕にスマホを渡す。

 その画面を見ると、アンテナが二本になったり三本になったりと、電波の状況は良くないが拾っていた。

 僕は庭に出て、上を見上げる。だが、城にも付属する建物にもアンテナらしきものは見当たらない。


 「んー、分からん。ヒーちゃんのスマホは何で通じるの?」


 「えっ? 椿様が作ったシムカードとアプリが入っているのだからだと思います。こちらへ来る前に、私のスマホを異世界対応に切り替えると言って、シムカードとアプリを私に見せて、自信作だと自慢げに入れてくれました。最近、繋がるようになったのですが、どうして繋がるようになったのかは分からないです」


 「そうなんだ。……椿ちゃんも一応神様だし、そう言うのうを作れちゃうんだ」


 「神様とかは関係ないと思います」


 「へっ? どうして?」


 「椿様は……あんなのですけど、東京の有名大学の工学部を卒業しています」


 「……」


 何から突っ込んでいいのやら、何も言葉が出てこない。

 そして、スキル高すぎ!

 異世界と通話できるなんて、夢のスマホだ……、もしかしてネットも?


 「ヒーちゃん、ネットは繋がるの?」


 「残念ながら、ダメでした。電話も通話のみで、テレビ電話もダメでした」


 「そうなんだ。そんなに都合よくはいかないね。今度、連絡を取りたい時は、スマホを貸してもらえるかな?」


 何故かヒーちゃんはキョトンとし、徐々に後ろめたそうな表情に変わっていく。

 どうしたのだろう?


 「あのー。フー君の分のシムカードとフラッシュメモリに入れたアプリを預かってました……」


 彼女は僕から視線を逸らす。

 今まで、忘れていたんだ……。


 「そ、そうなんだ。後で頂戴ね」


 「はい……」


 「今は、ケイトのところへ行こう」


 「はい……」


 再び四人で、ケイトのところへ向かう。

 僕とヒーちゃんの会話を聞いていたアンさんとオルガさんは、会話の内容についていけなかったのか、ポカーンとした感じで僕たちの後をついてくる。




 開発局に着くと、ケイトが出迎えてくれた。

 室内では、ドワーフとエルフの姿もあり、彼らは忙しく動き回っていた。


 「やることが増えすぎて、人手が足りません……ぴえん」


 ケイトは、会った途端に泣き言を言い出してくる。

 ……ぴえんって、また誰かが教えたな、最近だろうからヒーちゃんか?

 僕が彼女を見ると、パソコンを指差して首を横に振った。

 ケイトが自分で調べたのか……、ギャル語辞典まで用意しなくても良かったのでは……。

 面白がって用意している椿ちゃんの姿が、目に浮かぶ。


 ケイトは、エルさんからの手紙のことをまだ、聞かされておらず、僕がそのことを伝えると涙目になった。

 以前から石鹸、シャンプー、リンスは作る予定だったので、こっちにある物で作れそうな方法を探し、その製造方法をパソコンを使って彼女に教えた。

 その結果、石鹸は、植物油、精油、木の灰、水で作り、シャンプーは、ぬるま湯、はちみつ、植物油、精油、石鹸を細かく刻んだ物で作り、リンスは、レモン汁、水、精油で作ることとなった。

 ただ、精油が問題となった。

 ケイトが精油を知らなかったからだ。

 精油は植物が産出する揮発性の油で、その植物の香り成分が凝縮された物だと、ケイトに説明し、その作り方も数種類見せる。

 そして、精油の製造方法は、こっちの世界でも出来そうな、原理も作業も単純な水蒸気蒸留法が選ばれた。

 彼女は今までの内容を紙に記すと、技術者たちのところへと行ってしまう。




 彼女が戻って来ると、今度は僕の『嗜好品を異世界で流行らせてザックザク計画』を話す。

 醤油はすでに開発を始めていて、炭酸飲料とジュース、石鹸とシャンプーにリンスも済んだので、他に考えていたケーキ、お酒のことをケイトに説明する。

 お酒に関しては、リキュールのことも説明した。

 さらに、調味料として、マヨネーズ、味噌、トマトケチャップ、ソースを提案。

 玩具ではリバーシ、トランプ、かるたを提案。

 最後に漢方薬と抗生物質などの薬も提案した。


 トランプとかるたは、こちらの紙質が悪いので、かるただけを木札で作ることとなり、味噌とお酒と抗生物質は、醤油開発を担っている醸造関係に強い担当者たちから適当な人数を回してくれることとなった。

 マヨネーズ、トマトケチャップ、ソース、リバーシはすぐに作れそうなので、製造場所の確保に動いてくれるそうだ。

 その商品は、城の城壁に造られる店舗で販売し、商会に卸すのは生産が安定してからにしたいと告げると、彼女は笑顔でウンウンと頷き賛成してくれた。


 「それで、これらの商品の価格はどうしますか?」


 ケイトは真剣なまなざしを僕に向けてくる。


 「僕は、こっちの相場が分からないから、ケイトに任せたいんだけど、一般の人が買える価格設定でお願い。貴族とか金持ち向けには、高価な材料を使ったり、外見を贅沢にして、普通の商品よりもランクを上げた高価な商品も用意して欲しいな」


 「フーカ様もなかなかやりますね」


 「「ハハハハハ!」」


 二人で高笑いをすると、ヒーちゃん、アンさん、オルガさんから何とも言えぬ視線を送られる。


 「あっ、そうでした。ワイバーンに装備するスモーク発生装置の試作品が完成し、テストも合格しました。魔石の調整が難しかったんですけど、上手くいって助かりました。ペスたちに怪我をさせるわけにはいきませんからね」


 「これで、飛竜曲技隊が結成できるね」


 「はい。それと、音響設備もヒサメ様のおかげでうまくいきそうです。ツバキ様が開発した、魔石の粉を粘土状にして魔法陣を刻んでから圧縮して結晶化させる技術を、ヒサメ様が教えてくれなければ難しかったです。この技術があれば、魔道具の性能が上がるどころか多様性も可能になりますから、様々な分野が飛躍的に向上します」


 ケイトは少し興奮気味に話す。

 椿ちゃんは、魔道具の産業革命を起こしちゃったみたい。

 この話しを聞かされると、自信満々だった僕の『ザックザク計画』が大したことではないみたいで悔しい。


 「それにしても、建国にむかって、目まぐるしく変化していきますね」


 ケイトが独り言のようにつぶやくと、皆も黙って頷く。

 そして、窓から見える青い国旗を見つめる。 

 国旗が変わることは、望んでいなかったんだけどね……。

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