第53話 第一〇一特戦群

 朝起きると、シャル、アンさん、レイリア、イーリスさんからのお説教が頭にこびりついていた。

 アンさんとレイリアは、自分たちの知らぬところで一騎打ちをした僕のことを、心配してのことだし、シャルも僕がやらかしているので仕方がない。

 だが、イーリスさんは僕と一緒に行動していたのに、なんかズルい。


 そんな愚痴を頭に浮かべながら、ベッドから起き上がると、伸びをした。

 ちょうど、アンさんとオルガさんが「「おはようございます」」と部屋に入ってくる。


 「おはよう……。あぁー!」


 「どうしました?」

 「何ですか?」


 僕は、アンさんとオルガさんを驚かせてしまった。


 「驚かせて、ごめん。ただ、昨日、僕だけがお説教を……。マイさんがスルーされてる」


 「それは、フーカ様のしでかしたことのインパクトが強過ぎましたから」


 アンさんは苦笑し、オルガさんはその言葉に黙って頷き、僕の肩を優しく叩く。

 僕はうなだれ、彼女たちにされるがまま着替えさせられる。


 「今日は、これから第一〇一特戦群を紹介しますから、期待していて下さい!」


 オルガさんは僕に気を遣ったのか、ただ、自慢したいだけなのか、元気よく話す。


 「うん、楽しみだよ」


 だが、アンさんの引きつる表情が視線の端に飛び込む。

 本当に、楽しみにして大丈夫なのだろうか?




 アンさんとオルガさんに連れられ、訓練場へ来ると、そこにはシャルたちも揃っていた。

 そして、三〇人ほどの異様な部隊が三つの隊列を組んで待機している。

 訓練場には他の兵士たちもおり、その部隊を遠巻きに見ている。


 僕はオルガさんに引っ張られ、彼らの正面に立たされた。

 彼らは黒っぽい緑色の迷彩服と帽子、鼻まで隠れたマスクに身を包み、手袋までしている。

 見えているのは目元だけだ。いや、違った……帽子に穴が開けられ、そこから角やら獣耳が出ていた。

 尾っぽの生えている者もいる。

 色々な種族がいるようだが、ベストを着ているせいで、性別までは判断できなかった。

 そして、隊員たちの武器は、コンバットナイフと拳銃だけのようだ。

 今は軽装なのだろうか?


 「……」

 「…………」


 ん? け、拳銃? いや待て、コンバットナイフもこっちでは見たことがない。

 僕が困惑していると、隣にいたオルガさんが、突然、声を張りあげる。


 「気をつけ!」


 バッ!


 「フーカ様に敬礼!」


 バッ!


 端にいる人は、こっちに顔を向け、額に手を掲げ敬礼する。

 これは……こっちの敬礼じゃない。

 僕は、さらに困惑する。


 「なおれ!」


 バッ!


 「整列休め!」


 バッ!


 「彼らが第一〇一特戦群、総勢三〇名です。フーカ様、彼らに声を掛けてあげて下さい」


 オルガさんは、僕を見て自慢げに微笑む。


 「えー、皆さん、僕はフーカ・モリです。この度は、遠路はるばるユナハまで来ていただき、誠にありがとうございます。僕はまだ若輩者です。皆さんに頼ることが多々あると思います。その時は、皆さんのお力を貸して下さい。よろしくお願いします。そして、ユナハを楽しんで下さい」


 僕は彼らに頭を下げる。


 バッ!


 僕が頭を上げると、彼らは敬礼をしていた。

 規律の取れた軍隊そのものだ。

 ビルヴァイス魔王国の軍事力はヤバいんじゃないかと思う。


 「そのー。一つ聞きたいんだけど、それって拳銃だよね?」


 僕は近くにいる兵士の拳銃を指差した。


 「はっ! どうぞ、ご確認下さい」


 彼はホルスターの留め具を外し、鈍い黒色の拳銃を抜くと、グリップ側を僕に突き出す。

 僕はそれを手に持つと、適度な重量感があった。……おそらく、本物だ。

 ヒーちゃんを呼んで、彼女に銃を渡して確認してもらう。


 「これは、ベレッタ92です。М9と呼ばれる映画とかにもよく出てくる有名な銃です」


 「や、やっぱり。ん? ……ヒ、ヒーちゃんって、銃に詳しいんだね」


 「いえ、椿様が……」


 「あー、なるほど……。それで、これ本物だよね?」


 彼女は慣れた手つきでマガジンを抜き、装填された弾を確認する。


 「本物です」


 「きっと、姉ちゃんの仕業だよね?」


 「おそらく……」


 彼女はマガジンを挿すと、困り顔で頷いた。


 「ありがとうございます」


 ヒーちゃんは、拳銃を兵士に返した。


 「お二人とも、この銃をご存じなんですね。ただ、差し出がましいですが、この銃の名前は『ベレッタッポイ92』です」


 彼がそう告げると、僕とヒーちゃんは目を合わせて困惑する。

 そして、二人で頭を抱え、うずくまる。

 この銃を作ったのは姉ちゃんで間違いない。

 でも、っぽいって……。他にも作りまくっている気がする。

 僕は他の兵士のホルスターを順に目で追っていく。……あった!

 端にいた兵士のそばに近付いた僕は、銃を見せてもらう。


 「どうぞ」


 女性の声だった。

 彼女から渡された拳銃は、グロック17だ。


 「これ、グロック17だよね?」


 「いえ、『グロックッポイ17』です」


 僕はうなだれる。

 一緒について来たヒーちゃんは額を押さえていた。

 おそらく、作った物に『ッポイ』をつけているに違いない……。

 彼女に銃を返し、もとの位置に戻る。


 「オルガさん、姉ちゃんは他にも作ってるよね?」


 「はい! かなり作ってました。ただ、特戦群に配備している物と予備を残して、多くは封印して、お帰りになりました」


 「そうなんだ。ここにある物以外はしまってあるんだね。良かった」


 「ええ、ですから、魔王陛下に頼んで、カザネ様の宝物庫の封印を解いて、一部を特戦群と共に、ユナハへ持ち込んでもらいました」


 「「……」」


 僕とヒーちゃんは絶句する。

 こんな物騒な物を持ち込んじゃったよ……。

 これからカーディア帝国と戦うかもしれないことを考えると、良かったのか悪かったのか、悩ましい。


 「オルガさん、この銃の部品って、誰が作ったの?」


 「ビルヴァイスに住んでいるドワーフたちです。カザネ様が、彼らに何やら難しいことを教えて作ってもらっていました」


 「その技術は、今も残っているの?」


 「はい、残ってはいますが、その技術は、再び宝物庫が開けられる時まで無暗むやみに使用することを禁じられています」


 一応、姉ちゃんも後のことを考えてから帰ったんだ。


 「それも、今回、解禁されました!」


 彼女は嬉しそうにする。

 僕とヒーちゃんは、頭を抱える。

 止まっていた針を動かしたことで、世界大戦に向かって、時を刻みだした気分だ……。


 「この銃を使うのに、火薬が必要ですよね。ビルヴァイスは火薬の技術を持っているのですか?」


 ヒーちゃんがオルガさんに質問をする。


 「火薬の技術はありますが、銃の弾を撃ち出す爆発力の火薬はできませんでした。そこで、薬莢やっきょうの底に魔石を埋め込み、魔法陣を刻印しました。撃鉄につけられている魔石が魔法陣にぶつかると、薬莢内で爆発が起こり、その衝撃で弾が打ち出されます」


 「待って下さい。薬莢は再利用できるのですか?」


 ヒーちゃんの顔に、焦りの表情が浮かぶ。


 「はい、魔石が割れるなりして、破損するまで使いまわせます。なので、撃った後の薬莢は必ず回収します」


 僕とヒーちゃんは、天を仰いだ。

 火薬を使うよりも効率が良いとしか思えない。魔法って、反則だ……。


 「あれ? ベレッタもグロックも9パラだよね? 薬莢を統一してるの?」


 「はい、その通りです。サブマシンガンにも使えますから。他にもアサルトライフルとスナイパーライフルに使う薬莢もあるので、三種類の薬莢が用意されています」


 オルガさんは自慢げに語り、とても嬉しそうにする。

 アサルトライフルとスナイパーライフルまであるの……。もう、知りたくない。

 ヒーちゃんはを見ると、いつの間にかシャルのところで、彼女にしがみつき顔をうずめていた。

 そこはシャルじゃなくて、僕のところへ来て欲しかった。

 羨ましい。




 「フーカ様、実演をさせますね。リン中尉!」


 「はっ!」


 オルガさんが名前を呼ぶと、『グロックッポイ17』を携帯していた女性が前に出てきた。

 彼女は、剣の訓練に使う人に似せた木杭の標的を銃で狙って構える。


 パンッ、パンッ、パンッ。


 三発の高い破裂音が訓練場に響く。

 そして、標的の頭部と胸部に穴が開き、木片が散らばった。

 彼女は薬莢を拾いあげ、ポケットにしまうと、もとの位置に戻る。

 僕とヒーちゃんはいいが、他の皆とこちらを見学していた兵士たちは、その音と破壊力に青ざめていた。


 「フーカ様、どうでしたか? 他にも徒手やナイフを使った模擬戦も見ますか?」


 「想像がつくから大丈夫だよ。オルガさんと、えーと、リン中尉、ありがとう」


 オルガさんは、残念そうな表情を浮かべた。

 そう言えば、特戦群の話しが出ると、シャルたちは恐れていた気がする。

 もしかして、僕がいない間に、彼らの実力を見せられていたのでは?


 「オルガさん。シャルたちには、彼らの実力を見せたの?」


 「はい、実演、模擬戦、訓練の様子を見せました。皆さん、驚かれていましたよ」


 そりゃあ、驚くよ。

 戦い方が根本的に違うし、軍オタの姉ちゃんが結成した特殊部隊なんだから、次元の違いを見せつけられたに違いない。

 それに、二度目なのに青ざめてたしな……。

 パソコンで動画を見せるのと、生で見るのでは、やっぱり違うか……。

 しかし、こんな部隊と装備があるだけでチートだ。

 使ってしまっていいのだろうか。


 「皆さんの実力は良く分かりました。ありがとうございます。今度は、皆さんから、僕に聞きたいことはありますか?」


 数人がサッと手を挙げた。


 「それでは、一番前の人」


 僕は手を差し伸べるように向ける。


 「はっ! ここにいる者の多くは魔皇帝様に仕えていました。フーカ様が魔皇帝様の弟君おとうとぎみというのは本当ですか?」


 「本当です。皆さんには、姉がお世話になりました。ありがとうございます」


 彼らから驚嘆の声が上がった。


 「他にありますか?」


 また、数人が手を挙げる。


 「では、そちらの方」


 「はっ! フーカ様とオルガ様の挙式はいつ頃行う予定ですか? そして、私たちもお二人にお祝いを述べることは出来ますか?」


 今度は女性からの質問だった。


 ……。

 ………。


 その場の空気が止まった。


 「「「「「!!!」」」」」


 僕だけでなく、シャルたちも頭を整理するのに時間がかかった。

 そして、驚き、オルガさんを見ると、彼女は気まずそうに顔を逸らす。


 「ちょっと、待っていて下さい」


 僕はオルガさんを引っ張って、シャルたちのもとへと行く。


 「オルガさん、どういうこと?」


 「そうです。挙式って、なんで、そんなことになっているんですか?」


 僕とシャルは彼女に詰め寄り、小声で尋ねる。


 「こ、これは、その……。弾みと言うか、カザネ様にも応援されてますし、私はサラシを胸に巻いてるんです。私だってお年頃です。フーカ様はこっちにいる男性と違って魅力的です。だから、フーカ様を好きな気持ちに偽りはありません」


 彼女は顔を真っ赤にし、慌てたように意味不明な言い訳をし、僕にコクって話しをまとめた。

 言っていることはよく分からないけど、コクられたことはとても嬉しい。

 でも、面と向かって言われると恥ずかしくもある。

 僕たちを囲むように集まったヒーちゃんたちが、僕に呆れた目を向けている。

 い、いつの間に……。

 シャルは僕をジッと見つめてくる。


 「フーカさんのそのニヤケ面は……満更でもないみたいですね……」


 「でも、シャル様。フーカ様はサラシにも反応してましたよ。オルガと結婚する理由がサラシを巻いていたからと言うのは、彼女が可哀そうです」


 「ケイトは何を言い出すんだ! 興味はあってもそれだけじゃない。それも含んで嬉しかっただけだ!」と声に出したかったが、今は我慢。


 「ケイトは反対なの?」


 シャルは首を傾げる。


 「賛成に決まってるじゃないですか! ただ、フーカ様はスケベですから、何かボロを出すと思って言ったんですけど……残念です」


 今度は、ケイトが皆から呆れた目で見られる。


 「皆は、オルガがフーカさんの妻になっても問題はない?」


 「フーカ様ですから」


 シャルの問いにイーリスさんが答え、皆はその答えを聞いて頷く。

 その答えで納得されるのは、何か違う気がする。


 「オルガ、フーカさんとの結婚を認めます。これからもよろしくね」


 「ありがとうございます。魔王陛下にも見栄を張った手前、断られたら立場がありませんでした」


 オルガさんはシャルの手を握りしめ、皆にも頭を下げて安堵するが、皆の顔はひきつっていた。

 ん? あれ? 僕の意見は?

 それに、僕だけ蚊帳の外なんだけど……。


 「皆さーん。フーカ様とオルガの式の日取りは、ユナハ国建国の発表と関わることなので、すぐには答えられませんが、建国の発表後になると思います。皆さんで二人を祝ってあげて下さい!」


 ケイトは特戦群の皆の前に立って、威勢よく発表する。 


 「「「「「おぉぉー!!!」」」」」


 彼らが腕を上げて吠えた。


 「言い忘れましたが、スケベなフーカ様には他にも婚約者がわんさかいます!」


 ケイトの言葉に、彼らは腕を上げたまま困惑する。


 「シャル様、ヒサメ様、アスール様、イーリス様、ミリヤ様、アン様、レイリアとフーカ様の結婚も祝ってあげて下さい!」


 「「「「「お、……おー!」」」」」


 「声が小さい!」


 「「「「「おぉぉー!!!」」」」」


 ケイトは満足そうな顔をして戻って来るが、特戦群の皆は困惑していた。


 「いやー。気持ちよかったです」


 「「「「「ケ、ケイト……」」」」」


 僕たちは彼女に何か言ってやりたかったが、言葉が見つからなかった。

 特戦群は、オルガさんの号令で解散すると、シリウスが特戦群用に用意してくれた兵舎へと戻っていく。


 「あっ……。特戦群に角や獣耳とかが生えた人たちもいたけど、皆、魔族なの?」


 「違いますよ。丸まった羊の様な角を生やしていた者たちが魔人族で、尖った角が鬼人族で、この二種族は魔族です。他は獣耳を生やしたのが獣人族。それと、ダークエルフもいます。今は魔人族、鬼人族、獣人族、ダークエルフで構成されていますが、特戦群に入るのに種族の特定はなく、ビルヴァイス魔王国の国民であれば入れます。ただ、厳しく苦しい訓練を受けた後、入隊試験に受かった者だけに限ります」


 オルガさんは説明をするけど、顔がニヤケててふざけているように見えてしまう。


 「魔族は魔人族と鬼人族だけなの?」


 「いえ、夢魔族、吸血族、人魚族、ハーピー族など、他にも数種族がいます。それと、人族を襲ったり、食べたりするというのは、呼人よびびとが広めた嘘ですから、真に受けないで下さい」


 「う、うん。そんなこと、思わないよ」


 呼人がゲームとかの設定を持ち込まなければ、平和な世界だったのではと思う節が多すぎる……。


 「ちょっとー。私も混ぜてー!」


 マイさんが叫びながら走ってきた。


 「あら? 騒ぎは終わっちゃったの?」


 「「「「「……」」」」」


 「歓声が聞こえてたから、フーカ君が何か面白いことをやらかしたんだと思ったのに……。残念だわ!」


 マイさんがあの場にいなくて良かったと思う。

 彼女は絶対に、拳銃を使いたがるに決まっている。

 僕たちは、どこかホッとした表情で彼女を見つめた。


 「ところで、何をしてたの?」


 こ、この人は……。


 「第一〇一特戦群の皆さんを紹介してもらっていたんです」


 「えー。私にも紹介して欲しかったわ! ブー、ブー!」


 マイさんはブーイングを言ってから、頬を膨らませて拗ねる。

 面倒くさい……。

 僕たちはマイさんを連れて、訓練場を後にすることにした。

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