第52話 ユナハへの帰還、そして……

 朝、少し寝坊はしたが、レオさんのおもてなしは行き届いており、僕たちの疲労は十分に取れた。

 今は、ユナハに帰るための準備に、忙しく動き回っている。


 レオさんは、ガイハンク国で採れる鉱石のサンプルと、すぐに派遣できる技術者を四人も用意してくれた。

 いたれり尽くせりの対応に、僕たちは頭が上がらず、感謝するばかりだ。

 若干一名、「お土産はこれだけ?」とレオさんに絡むマイさんを、僕はハリセンで叩き、皆のところへと連れて行く。

 そして、ペスにマイさんを託すと、彼女の襟首を咥えて動き回れないようにしてくれた。

 ありがたい。


 出発の準備も終わり、レオさんとカーヤさんにお礼を言い、別れの挨拶をする。

 カーヤさんが、「ここに掲げられる旗は、我が国の同盟国と友好国です」と言って、城の正面を指差す。

 一番目立つところに各国の旗がはためき、その中には、青い恥ずかしい旗もはためいていた。

 今になって、空洞に造られた都市に風が吹いていることに気付くと、この国の高度な技術を再確認し、感心してしまう。


 僕はペスに乗る。

 僕の後ろには、ヒーちゃんとマイさんが乗った。

 技術者四名を乗せる二頭のワイバーンが加わり、四頭が順に飛び立つ。

 ペスは飛び立つと、レオさんとカーヤさんの上空を旋回する。


 「レオちゃん! また来るわ!」


 「お前は来んでいい!」


 マイさんの掛け声に、レオさんが返事をする。

 別れが締まらない……。

 僕は二人に大きく手を振ると、カーヤさんが白いハンカチを振りだした。

 ここでもか!

 僕は、サッと振り返り、マイさんを睨む。

 彼女はサッと顔を逸らし、目を合わせようとしない。

 なんか、悔しい。




 ペスは、王都ガバルの上空を旋回し、空洞の亀裂から外へ出る。

 外では、ペガサスに乗った三人のドワーフが待機していた。

 僕が彼らに手を振ると、彼らは敬礼をして、僕たちを見送る。


 「聖王効果ね! 何だか偉くなった気分だわ!」


 「別に、マイ様が偉くなったわけではないです」


 ヒーちゃんがマイさんに反論した。

 珍しい気がする。


 「そんな生意気なことを言うのは、この胸か!」


 「ヒャッ! 何で、胸を揉むんですか!?」


 「生意気な態度を取るのは、胸が成長したからだと思って」


 「そんなわけないです!」


 「あら、手にしっくりときて、揉み心地がいいわね!」


 「やめて下さい!」


 「フーカ君も揉みたいんでしょう!」


 「断じて違う!」


 僕は顔を真っ赤にして振り返る。

 マイさんは、ヒーちゃんの胸を鷲掴みにし、円を描くように回していた。

 その光景に、僕は唖然としてしまう。


 「三人とも、はしゃがないで下さい! 振り落としますよ!」


 ジーナさんの怒声が飛ぶ。


 「「「ごめんなさい」」」


 何で、僕まで叱られるんだ……。

 ジーナさんとペスに呆れた視線を注がれつつ、僕たちはリンスバックに向かうのだった。



 ◇◇◇◇◇



 リンスバックの城に着くと、ベンさん、イツキさん、ネネさんが出迎えてくれた。

 すぐに、ガイハンクでのマイさんを三人に報告すると、イツキさんの怒声がマイさんに飛び、彼女はイツキさんに耳を引っ張られ、涙目で連れて行かれてしまう。

 それをベンさんとネネさんが、苦笑で見送る。

 そして、僕たちは何故か安堵する。




 ベンさんたちと彼の執務室へ行くと、カイが待っていた。

 彼は僕を目にすると跪き、己に課せられた処罰について、感謝をしてくる。

 僕は感謝の代わりとして、ネネさんに変な連中がまとわりつかないよう、目を光らせることを頼むと、彼はすぐに快諾する。

 そして、僕のそばに近付くと、「困った時には必ず駆けつけます」と宣言し、僕の手の甲に額を当てた。

 皆から驚きの声があがり、僕は困惑してしまう。

 ベンさんからカイのとった行為は、忠誠の証だと聞かされ、さらに困惑してしまう。


 「忠誠を誓う者が現れることは、とても貴重で大切なのですよ。困惑しないで下さい。分かりましたね!」


 「はい」


 イーリスさんから、諭されるが、何故かお説教に聞こえる。




 その後、げっそりとしたマイさんを引きずって、イツキさんが執務室に来たので、ガイハンクでのことをベンさんたちに話し出す。

 彼らは真剣な表情で話しを聞いていたが、トンネルを直す話しが出ると、あまりいい顔をしなかった。

 僕は、カーディア帝国とことをかまえる時に、リンスバックにはタイミングを見計らって、帝都に進軍してもらうためだと説明し、帝都側からは、修復されていることが分からないように偽装してもらうことも付け加えると、納得はしてくれた。

 ユナハ市とリンスバック市を繋ぐ街道を設置するために、他にもトンネルを造る予定を伝えると、そちらは喜んで賛成してくれる。


 そこで、僕はタブレットに地図を写し、新しく造るトンネルと街道の予定位置を相談した。

 そして、タッチペンを使って予定位置を書き込んでいく。

 ベンさんたちは見慣れているのか、驚きもしなかった。

 これはこれで、少し寂しい。


 イーリスさんとベンさんが仕切るように話しを進めていくようになると、僕は彼女たちの話しを聞いては、重要そうなことをメモっていく。

 横でカチャカチャとヒーちゃんがパソコンに打ち込んでいるのを見ると、羨ましく思う。

 僕はそんなに速く打てない……。


 リンスバックの国土を領地にする話題になると、話し進まなくなった。

 問題は、リンスバックは国として確立されているので、ユナハで決めたことを無理矢理入れ込むと、混乱するかもしれないということだった。

 それに、お互いの民の価値観もズレている可能性があるのだ。

 皆は難しい表情になる。


 「それなら、リンスバックを自治領にして、今の環境を壊さないように、ユナハと共存をしていけるようにすればいいんじゃないの?」


 皆が驚いた顔で僕を見る。

 何故だろう? 何かとても失礼なことを思われている気がする。


 「そうですね。私たちはリンスバックをユナハに取り込むことへ固執していたようです」

 

 「私も自分の国でありながら、条件の良い取り込まれ方ばかりを気にしていた……」


 イーリスさんとベンさんは苦笑する。


 話し合うこともほとんど終わると、僕たちは一息をつく。

 勝手に決めてしまっているけど、イーリスさんがいるのだから大丈夫だよね。

 シャルの顔を思い浮かべると、何故か、彼女の怒りと呆れる表情が入り乱れる形相が浮かんでくる。

 本当に大丈夫なのだろうか……。



 ◇◇◇◇◇



 リンスバックに一泊し、翌朝、毎度のごとく準備に追われていた。

 ワイバーンに積む荷物が、時間を費やすのだ。

 僕は、その作業を見つめながら、考え込んだ。

 ワイバーンは生き物なので、毎回、荷物の積み下ろしをしてあげねばならない。

 僕たちも面倒くさいが、ワイバーンたちにとっても負担は大きいと思う。

 もっと簡単に取り外しできる物を何か考えてあげるべきだろう。

 ワイバーン用のベストを作って、そこにフックで荷物を取り付けられる物があれば良さそうだ。

 ユナハに戻ったら、ケイトに研究開発局で考えてもらうように頼んでみよう。


 準備が終わった頃に、ベンさん、イツキさん、ネネさんが、マイさんが見送りに現れた。

 カイは、一応、謹慎処分中なので現れなかった。って、マイさんは違うだろ! 僕は、帰りたくないと駄々をこねるマイさんの腕をつかんで、連れ戻す。

 ベンさんたちは呆れた顔で彼女を見た後、僕に謝る。

 マイさんがいると余計なことに気を遣ってばかりだ……。


 凄く嫌そうな顔をしているマイさんを、ペスに乗せると、僕たちは飛び立つ。

 イツキさんとネネさんは、すでに白いハンカチを握りしめていた。

 ペスが旋回しながら高度を上げていく。

 下では、案の定、白いハンカチが振られている。

 もう、定着してしまったな……。




 僕たちはユナハに向けて、北西の空を目指す。


 「フーカ君、一緒にシャルちゃんから怒られてね」


 「ヤダよ! 一人で怒られてよ」


 僕はニンマリとした顔をマイさんに見せると、彼女はムッとする。


 「でも、フー君は別件で、シャルちゃんにいっぱい怒られると思います」


 「……」


 ヒーちゃんに言われて、僕は色々と思い出し、困惑する。

 マイさんを見ると、ニンマリを返された。

 そして、二人で肩を落とす。


 シュナ山脈を越えると、ウル湖が左に見え、ウル村が下方に見えてくる。

 見知った景色を見ると、少しホッとする。


 ペスは、さらに北西を目指す。

 アスールさんがいる時のような速さは出せないので、のんびりと帰宅する感覚にとらわれる。

 家族旅行で、行きは高速を使って目的地に到着、帰りは下道で寄り道をしながら、のんびりと帰っていたことを思い出し、家を離れて一か月そこらだというのに、懐かしく感じている自分に驚く。

 こっちでの生活が、慌ただしすぎるのだ……。


 ユナハ市の城壁が見え、ユナハ城も見えてくる。

 何本も掲げられた青い恥ずかしい旗もはためいていた。

 大通りでは、工事が順調に進められている様子も見える。

 ここにガイハンク国の技術者が加われば、作業効率も上がるだろう。

 後ろを振り返り、技術者たちを見ると彼らはすでに下を覗き込み、工事の様子を見ていた。

 レオさんは、仕事熱心な人たちを貸してくれたようだ。


 ペスがユナハ城の離着陸場に着地すると、シャルが腕を組んで仁王立ちしている姿が見えた。

 これはヤバいと、ジーナさんに緊急離陸を要請するが、断られた。

 渋々とペスから降りると、シャルが指をクイクイと曲げ、僕を呼んでいる。

 彼女は笑顔を浮かべているが、覆っているオーラは怒っている様にしか見えない。 

 こ、怖い……。


 「シャ、シャル、ただいま」


 「えー、お帰りなさい。色々と報告が上がってます。詳しく話しを聞かせて下さいね!」


 パチン。


 彼女は笑顔を絶やさずに、指を鳴らした。


 ガシッ。


 いつの間にか、アンさんとレイリアが僕の両腕に腕を絡める。

 そして、僕は連行されていく。




 僕は、新しく用意された部屋へと連れていかれた。

 これから、ここが僕の執務室として使われることになる。

 豪華な調度品も用意されてはいたが、全体的には、落ち着いた感じに仕上げられていた。

 賓客ひんきゃくを迎えることも想定して、用意したそうだ。

 ただ、僕の仕事机の背後の壁に、額縁がくぶちに入れられ、飾られている青い国旗をは、どうにかして欲しい……。


 今、その部屋の会議テーブルに、シャル、イーリスさん、ミリヤさん、アンさん、レイリア、ケイト、シリウス、オルガさん、ヒーちゃん、クリフさん、マイさん、エンシオさん、ジーナさんと主要なメンバーが着席していた。

 ジーナさんは、「何故、自分がこの場に座らせられているのでしょうか?」と顔を青くしている。

 そして、ヨン君がお茶を用意したりと動き回っていた。


 皆の視線は僕に集中する。


 「フーカさん。……今、カーディア帝国では、大きな問題が起きています。知っていますか?」


 「知りません」


 シャルは、僕に疑念の目を向ける。


 「本当に?」


 「本当に知らない」


 僕の返事に、彼女は少し困惑する。


 「そうですか。それならいいのです。実は、帝都、レクラム領首都カールエンド、ボイテルロック領首都ファストがドラゴンの襲撃を受けたそうです。被害状況などは書かれていませんでしたが、宰相から緊急を報せる使者が送られてきました」

 

 「「「「「!!!」」」」」


 シャルは、僕たちリンスバックに向かったメンバーの動揺を見逃さなかった。


 「さっき、知らないと言いませんでしたか?」


 彼女の目が鋭く光る。


 「襲撃はしてないはずだよ。ちょっと、脅かしてくると言ってたし……。そうだ! ペスをここに呼んでよ! 彼女がアスールさんを焚きつけたんだから!」


 「呼べるわけないでしょ!!!」


 ビクッ。


 彼女の大声に、僕たちは身体を強張らせる。

 そんな中、ジーナさんは立ち上がり、窓を開いて指笛を鳴らした。

 少し経つと、ペスが窓の外に現れ、ホバリングをしながら室内を覗き込む。


 「……ペ、ペス? えーと、あなたがアスール様を、その、焚きつけて、カーディアを襲わせたのですか?」


 シャルは、何とも言えぬ表情で、ぎこちなくペスに尋ねる。


 「ガル?」


 ペスは首を右に傾げ、左に傾げ悩みだす。

 そして、横に首を振ると、飛び去ってしまった。


 「「「「「裏切り者ー!!!」」」」」


 僕たちリンスバックに向かったメンバーは、叫ぶ。


 バンッ。


 シャルは机を強く叩き、僕たちを睨む。


 「詳しい話しを聞かせてもらいましょうか!?」


 僕は生唾を飲み込むと、ことの顛末を彼女に話した。


 「そうですか。ペスとアスール様の仲違いの原因を作ったカーディアに八つ当たりを……。何で、止めないんですか!?」


 「「「「「ごめんなさい!!!」」」」」


 僕たちは彼女に頭を下げる。

 シャルは落ち着きを取り戻そうと、お茶を飲んで時間を費やす。

 僕たちはうつむき、ジッと時間の経過を待つ。

 生き地獄だ。


 「まあ、相手はアスール様ですし、当の本人もここにいないので、今回は大目に見ましょう」


 シャルはそう言って、深く息を吐く。

 僕たちはホッとする。




 「では、イーリス。報告をお願い」


 「はい!」


 イーリスさんは、シャルにドワーフ領ガイハンク国との書状を渡し、レオさんと話した内容を報告する。

 シャルは報告を聞きながら、数回、マイさんを睨んでは、再び報告を聞く。

 その間、マイさんが逃げ出さないように、アンさんが彼女の肩に両手を当て、椅子に押し付けていた。

 シャルに睨まれる度、彼女は青ざめ、額に汗をにじませる。


 イーリスさんが僕を悲しげな目で見た。

 そして、軽く頭を下げると、リンスバックでの報告を始めてしまう。

 報告が進むにつれて、シャルの頬がひくつき、片眉が吊り上がっていく。

 皆の視線が僕に固定され、その表情は戸惑いや困惑から徐々に何かを諦めたものへと変わっていった。

 レイリアは立ち上がると、僕の背後に回り両肩を押さえつける。

 これはさっきのマイさんと同じ状況だ。

 何故、僕まで……? 僕は逃げ出さない……と言うよりも、僕の実力では逃げ出せないのに……。


 「フ、フーカさん……。ほ、本当に……リンスバックの王子であるカイ殿に……。カプをした挙句……彼をひと、人質に取ったのですか?」


 シャルは今にも卒倒しそうな表情で尋ねてくる。


 「し、仕方なく……」


 ゴツン。


 彼女はテーブルに額を打ち付け、崩れ落ちた。

 皆はテーブルに肘をつき、頭を抱えうなだれる。

 レイリアとアンさんは、僕とマイさんの肩に手を乗せたまま、へたり込んだ。

 ケイトとヨン君だけが目に涙をにじませ、口と腹を押さえて笑うのを堪えていた。


 「フーカさんのせいで、私たちが悪者みたいじゃないですか……。次からは、行動を起こす前に誰かと相談して下さい。……いえ、相談しなさい! 分かりましたか!?」

 

 「はい」


 シャルはお願いから、命令に訂正した。

 僕は被害者のはずなのに、加害者にされている……。


 「叔母様を叱るはずが、アスール様とフーカさんがそれ以上のことをしてくれたせいで、滅茶苦茶です。叔母様、フーカさん、アスール様には……アスール様は今はいないので、彼女が帰国したら、三人には恥ずかしい罰を受けてもらいます。反論は受け付けません! いいですね!」


 「「はい」」


 有無を言わさぬ口調で言われ、僕とマイさんは受け入れるしかなかった。

 しかし、恥ずかしい罰って何……。

 僕はマイさんを見ると、彼女も首を傾げ、悩んでいた。


 報告を一通り終えると、ドワーフの技術者たちが部屋に呼ばれ、シャルたちとの挨拶を済ませる。

 今後、任期を終えるまで、彼らは王立研究開発局の常駐技術者として扱われることとなった。




 彼らが立ち去ると、今後のことを話し合うことになった。

 シャルは、宰相からのアスールさんの件に対して、被害報告を受けたことのみの返事を送ると告げ、皆も同意する。

 次に、イーリスさんが、貴族や士族を集めた貴族総会と呼ばれる議会を行い、そこで建国をすること、リンスバックを自治領として迎えること、大きく領地を別け、各領主を決めたこと、同盟と友好国を提示することなどを、貴族たちに告知しなければならないと話す。

 これには、皆が悩みだす。

 ユナハ領内の貴族に、告知しなければならないことは分かっているが、そのタイミングが難しい。

 早すぎても遅すぎても反感を招く。

 古参こさんの貴族と大役を任せられている貴族は、すぐにでも了承してくれるだろうが、一部の貴族、特に子息たちが暴走気味の貴族は、何をしでかすか分からない。


 皆が自然とケイトに視線を送ってしまう。

 彼女が悪い話ではない、彼女に絡む貴族の子息連中のグループは、必ず何か企むであろうと推測できてしまうからだ。

 ケイトは自分が悪いわけでもないのに、申し訳なさそうにうなだれてしまった。

 以前にも見せた彼女の曇った表情、僕はそんな彼女を見るのが苦手だ。

 そして、チャドとマシュー、二人の貴族の顔が脳裏に浮かぶ。

 その顔と名前は忘れられない、思い出しただけでイラついてくる。


 「エンシオさん、チャドとマシューの調査は終わっているの?」


 「終わっている。彼らの身辺調査で浮かび上がった貴族も、全て調査し終えた。どうやら、あの二人は貴族の三男から下の者たちで構成された派閥を作っていた。長兄たちがいて威張れないので、貴族主義を掲げて身分の低い者にあたる幼稚な集団のようだ。調べれば調べるほど、こっちが情けなくなってしまったよ……」


 「「「「「……」」」」」


 エンシオさんさんは苦笑するが、その目は決して優しいものではなかった。

 僕たちも、彼の話しに言葉を失うほど呆れたが、放置する気も許す気もない。


 「身元が判明しているのなら、その貴族総会の時に、全員を吊るし上げたりできないかな?」


 僕の提案に彼だけでなく、シャルたちの反応も薄い。

 また、やってしまったのか?


 「彼らを吊るし上げることはかまわないのですが、その背後で彼らを先導している者が少し厄介でして、そして、その者はカーディア帝国貴族とも関わり合いがあるようなのです」


 クリフさんが、話しにくそうにしていたエンシオさんの代弁をする。


 「その人とカーディアの貴族の身元は分かっていないの?」


 「分かってます。先導者はエトムント・フォン・シュナ。カーディア帝国貴族はクレーメンス・フォン・シュミットです」


 シュナ?

 なんか嫌な予感がする。


 「シュナって、凄く嫌な予感がする家名なんだけど……」


 皆が曇った表情をする。


 「シュナ伯爵家はシュナ山脈沿いの統治を任せている古参の貴族で、ユナハ家の遠縁です。エトムントは現当主となります。そして、クレーメンスは、彼と旧知の仲でシュミット伯爵領の次期当主、つまり長男です。今は第二騎士団団長をしています」


 ユナハ家の遠縁で古参貴族って……。嫌な予感は当たってしまった。

 当主ということはカイよりも厄介な気がする。

 だが、クリフさんの表情は、まだ何かを隠している感じだ。


 「まだ、あるんでしょ?」


 「ええ、じ、実は……エトムントは自称……レイリア殿の婚約者です」


 彼は難しい顔をした。


 「ん? レイリアの婚約者? 自称……? それって、レイリアと何の関係もないよね?」


 僕の肩を押さえているレイリアを見上げると、彼女はは大きくコクコクと縦に首を振る。


 「はい、その通りなんですが……。彼は思い込みの激しいタイプで、幼少の頃に両家で許婚の話しが出たことがあり、その話しは流れたのですが……」


 「なるほどね。幼少の頃に耳にした話しを今も鵜呑うのみにして、レイリアが婚約者だと言いふらしているってところかな?」


 「その通りです……」


 「カイの爪の垢を煎じて、飲ませてやりたいバカだ」


 「ブフォッ」


 マイさん、イーリスさん、ミリヤさん、ヒーちゃん、ジーナさんが一斉に吹き出した。

 そして、お腹を抱えて笑いだす。

 彼女たちのツボに入ってしまったらしい。


 シャルたちは驚いた表情で、彼女たちを見つめる。

 カイを良く知らないから、何がおかしいのかが分からないのだと思う。

 以前の彼のバカっぷりを知れば、シャルたちも受けたに違いない。

 だが、今もなお笑っているマイさんたちを見ると、彼に対して心苦しくなってくる。

 ここまでウケるとは思わなかった。カイ、ごめん。

 僕は心の中で、彼に謝るのだった。


 シャルたちは、何か妙案はないかと、曇った表情で悩み続ける。


 「皆の表情が曇るのも無理はないね。エトムントの家柄を考えると、面倒くさい……。どうするかな?」


 「後で紹介しますけど、第一〇一特戦群が来てますから、彼らに任せてはどうですか? 奇麗に処理してくれると思います」


 オルガさんは僕を見て、自慢げに微笑む。


 「到着したんだ。ん? ……奇麗に処理?」


 僕が首を傾げると、シャルたちがブンブンと大きく首を横に振った。

 シリウスとケイトは指で小さくバツを作っている。

 ちょっと怖くなり、上を見上げ、レイリアの表情を見ると、彼女も顔を引きつらせて小さく首を横に振る。

 『奇麗に処理』の意味が分かってしまった。


 「えーと、紹介はしてもらうけど、今回は遠慮しておくよ。一応、シャルの親戚だしね」


 「そうでした。すみません、あまりにも失礼な人物だったので、失念していました。ユナハ家、シャル様の親戚でレイリアの自称婚約でした」


 オルガさんは残念そうにする。


 「あんなの婚約者ではない!」

 「あんな親戚はいりません!」

 「あんなのポイよ!」


 レイリア、シャル、マイさんが大きな声で否定する。

 凄く嫌われてるな。


 「ん? 失礼な人物? オルガさんは会ったことがあるの?」


 「はい。……廊下ですれ違いに、口説かれました」


 「「「「「!!!」」」」」


 僕たちは仰天する。


 「どう口説かれたのかを、聞いてもいいかな?」


 「はい。彼は「褐色の肌もいいな。レイリアとは違う味も試してみるか。女、品定めしてやるから、この場で脱げ!」と言われました。今は揉め事を避けたいので、無視して逃げましたけど」


 彼女が処理したい理由が分かった気が……い、痛い!


 「レ、レイリア、痛い! 肩が砕ける!」


 「ご、ごめんなさい! 私はあんなのに味を……ゴニョゴニョ……ません!」


 途中をか細い声で誤魔化してたけど、レイリアの言いたいことは分かる。

 部屋にいた者は全員、嫌悪が表情に出ていた。

 特に子供のヨン君は、大好きなオルガさんを辱められたことに激怒している。

 ユナハの貴族はまともで皇族派だと聞いていたのに、変なのも多いんじゃないだろうか……。


 「この件は、僕も少し時間を掛けて考えてみるから、結論は待ってね。それと、皆も何か提案があれば、まとめておいて」


 「「「「「はい」」」」」


 皆から気持ちの良い返事がくる。


 「では、フーカさん! 私について来て下さい。これから、じっくりとお説教をしますから!」


 「へっ?」


 パチン! ガシッ。


 シャルが指を鳴らすと、アンさんとレイリアが僕を捕獲する。

 僕は彼女たちに連行されていく。

 そして……。

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