第46話 ユナハ国の旗

 僕たちは朝にアルセ市を発ち、ユナハ市に向かっている。

 もちろん、アスールさんの背中に乗っての移動だ。

 ウルシュナ城からでは、ドラゴンに変わったアスールさんは大きすぎるので、僕たちは、街の城壁の外から飛び立っていた。


 先にウルシュナ城から飛び立ったアルセの飛竜部隊であるジーナ隊とは、途中で合流し、今はアスールさんの後ろに続いている。

 アルセでは、ジーナさんとペスには会っていなかった。

 少し彼女たちのことが気になり、振り返ると、ペスの様子が、どこかいじけているように見える。

 ユナハ城に着いたら謝りに行こう。




 ユナハ市の城壁が見えてきた。

 近付くにつれて違和感を感じる。

 やはり、アルセに向かう時に気になったことは正解で、掲げられている旗が違った。

 以前は灰色の生地に、一本の穂と狐の姿が金色で描かれていたはずだ。

 なのに、城壁には複数の青い旗が並び、風になびいている。


 「やっぱり、旗の色が違うね」


 「「はい!」」


 ケイトとオルガさんが返事をする。

 僕たちが疑問を抱いていると、シャル、イーリスさん、アンさんの三人が不可解な面持ちで顔を寄せてくる。


 「何かあったんですか?」


 シャルが尋ねてきた。


 「うん。城壁の旗の色が違うんだよ」


 彼女たちは目を凝らす様に城壁を見る。


 「確かに、青い旗に変わっていますね。何だかとても嫌な予感がするんですけど……」

 

 シャルたちの表情が見る見るうちに困惑していく。


 そして、旗を目視できる距離まで近付くと、僕たちは驚愕する。


 「なっ、何ですか!? あの旗は!」


 シャルは動揺を隠せないでいた。

 僕たちも彼女の気持ちが良く分かる。

 アスールさんまでもがこちらに頭を向けて、旗のことを心配するくらいだ。

 僕たちが目にした旗は、青い生地に可愛い金色の狐のイラストを穂と羽ペンが円を作るように囲んでいるのだ。

 その旗が城壁に多数掲げられ、ユナハの正式な旗と言わんばかりの扱いをされていた。


 「か、可愛い!!! なんて素敵な旗でしょう!」


 「「「「「……」」」」」


 一人、アンさんだけが歓喜の声を上げ、目をウルウルさせて感動している。

 僕たちは、そんな彼女を見て、何も言葉が出てこない。

 彼女には悪いが、いくら可愛くても、こんな、ふざけているともとれる旗を掲げられては恥ずかしい。


 ユナハ城が近付く、城までもが青い旗を掲げまくっていた。


 「おい。下を見てみろ」


 アスールさんに言われて下を見る。


 「「「「「!!!」」」」」


 ユナハ市の大通りを兵士が工事する姿が見える。

 そして、その大通りの両側に立ち並ぶお店には、小さな青い旗が掲げられ、まるでお祭りのようだ。

 僕たちの顔は、旗の色のように青ざめていく。


 「アスール様、早く城へ!」


 シャルは焦るように、アスールさんを急かした。


 「うむ。分かっておる。わしも何となく嫌な予感がする」


 彼女はシャルの期待に応えるように、ワイバーンの離着陸場に向かって急ぐ。

 後続のジーナさんたちがついてきているかを見ると、彼女たちも街の異変に気付いてキョロキョロとしていた。

 たぶん、あの旗に気付いたよね。

 ……は、恥ずかしい。




 アスールさんが離着陸場に降りると、タラップが彼女に横付けされた。

 そして、ミリヤさんとレイリアがこちらに向かって走って来る。

 やっぱり、旗のことだよね……。

 二人は、タラップの下で僕たちが降り終えるのを待っている。


 「シャル様、フーカ様、大変です!」


 僕たちが地面に足をつけるや否や、ミリヤさんが迫ってきた。

 彼女の後ろでは、レイリアが真っ青な顔をしてコクコクと頷いている。 

 二人を見て、僕は不安よりも焦りを感じた。

 すでに取り返しのつかないことが起きているのでは? ……考えたくない。


 「マイ様が……マイ様が、やってくれました……」


 「たぶん、旗のことでしょう?」


 僕は、ミリヤさんに聞き返した。


 「はい、そうです。私たちが炭酸水の探索、シャル様たちがアルセへ打ち合わせに行っている隙を突かれました。もう止められないかと……」


 彼女はエルフの耳を萎えさせて答える。


 「そんなにも大量に、あの旗を作っちゃったの?」


 「???」


 僕の質問に彼女が疑問を抱いている? どうして?


 「大量も何も……。私たちが気付いた時には、この旗を建国後のユナハ国国旗として隣国に発表し、送った後でした……」


 彼女の言葉に合わせて、レイリアが、可愛い狐の描かれた青い旗を広げる。

 アンさんは、「キャッ」と可愛らしく叫び、喜ぶ。

 僕たちはというと、あまりの衝撃に放心状態だ。


 「クリフは? クリフは気付かなかったのですか? エンシオ様も気付けば止めたでしょう?」


 いち早く立ち直ったイーリスさんが、ミリヤさんに詰め寄る。


 「イーリス、落ち着いて。クリフもエンシオ様も気付かぬうちにことを進められてしまったのよ。それに、フーカ様がドランゴンの姿のアスール様と一緒に現れたものだから、マイ様も城壁や城に旗を掲げて驚かせる予定が、失敗したらしいから……。私たちがユナハを空ける時には、ある程度の準備は終わっていたと思うわ」


 ミリヤさんの言葉にイーリスさんがうなだれた。


 「とにかく、マイさんを問い詰めよう!」


 「「「「おぉぉぉー!!!」」」」」


 僕が声を掛けると、皆は拳を振り上げた。

 いやいや、気合の入れ方が違う。やっつけに行くんじゃないから……。




 僕たちは、執務室へとなだれ込んだ。

 そこには、エンシオさんとクリフさんがいた。


 「あのー、マイさんは、いますか?」


 「逃げられた!」


 エンシオさんがガクッと首を垂れる。

 一足遅かったようだ……と言っても、最終的には捕まって、説教かお仕置きをされるんだろうけどね。


 「探し回っても無駄だから、ここで事情を整理しよう」


 「そうですね」


 シャルは僕の意見に賛成してくれたが、表情はいまだ諦めていない。

 マイさんが現れれば、即、確保されるな。


 エンシオさんとクリフさんから事情を聴くと、少し前からマイさんは、ユナハ国の国旗を勝手にデザインして、大量発注していた。

 そして、旗が出来上がると、エルフ領プレスディア王朝、ウルス聖教国、リンスバック港湾都市国には、出来上がった物を我が国の国旗として、すでに送っており、領民には、領旗を新しいデザインに変えたと言って、店舗を中心に配布したそうだ。

 こういうところでは、抜け目のない行動をとるマイさんが小憎らしい。

 そして、事情を聴き終えた僕たちからは、溜息しか出てこなかった。


 「他国にも領民にも広められてしまったからには……もう、この国旗で行くしかないんだね……」


 僕は、レイリアが手に持つ青い旗を見つめる。

 アンさん以外は、渋い表情を見せて、うなだれた。

 アスールさんとヒーちゃんも、さすがに苦笑している。


 「今頃、エル様は爆笑して、サンナ様とハンネ様は困惑してますね。ウルス聖教国にも送ったということは、ダミアーノ様とオルランド様も困惑してますかね」


 ケイトの言葉は、僕たちにはとどめの一言のように感じられた。


 「ん? エルさんのところに送られたってことは、プレスディア王朝の友好国にも、サンナさんとハンネさんが止めるのを無視して、エルさんが面白そうだからと、あれをユナハ国国旗として宣伝してそうだね……」


 青い国旗を見つめながら僕が捕捉したことで、室内がお通夜のような雰囲気になってしまった。


 「ちょっと待て! プレスディア王朝の友好国と言ったか?」


 アスールさんが何かを思い出したように尋ねてきた。

 僕は黙って頷く。


 「なっ! それでは、グリュード竜王国にもこの旗が……。わしの婚約先がこの旗を掲げていると女王が知ったら、絶対に大笑いをしながら馬鹿にしてくるではないか!」


 彼女の顔が見る見るうちに青ざめていく。

 そして、この世の終わりの様に、その場に崩れ落ちた。


 少し経つと、アスールさんがポンと手を叩く。


 「そうだ! フーカ! わしとの婚約を考え直さんか!」


 「「「「ダメです!!!」」」」」


 僕の婚約者たちが、一斉に彼女の提案を却下した。


 「何故、お主らが断る!」


 「当たり前です。同じ婚約者として、一人だけ逃げるのは許しません!」


 シャルが強く答える。


 「そうです。ドラゴンのくせに、往生際が悪いです!」


 レイリアが続く。


 「ドラゴンは関係ないだろ!」


 アスールさんも引き下がらない。


 「竜族の誇りはどうしたのですか? ワイバーンたちに、散々、お説教をしていましたよね?」


 「うぐっ……」


 ミリヤさんがさらに続くと、彼女は言葉を失った。


 コンコン。


 扉が叩かれ、ヨン君とシリウスが入ってきた。

 ヨン君は何処となく訴えたいことがあるような顔をしている。

 きっと、マイさんから言伝を託されるかして、困っているのだろう。


 「あのー。マイ様から伝言を預かっています」


 やっぱり……。

 皆の視線がヨン君に集まる。


 「ヨン君、その伝言を教えてくれますか?」


 彼はシャルに向かって頷くと、ポケットから粗悪な紙切れを取り出し、読み上げる。


 「今、皆は私を探していることでしょう。国旗は私が丹精を込めて面白く作ったので謝りません……」


 「「「「「……!」」」」」


 ヨン君が書かれている内容に戸惑って読むのを中断すると、皆は眉間にしわを寄せる。

 彼は戸惑いながらも、恐る恐る続きを読む。


 「国を興すのですから、他国が驚くような印象の残る国旗が必要です。そして、こんなふざけた国に喧嘩を売って負ける国々を蔑むことを思うと興奮がおさまりません……」


 彼は再び、内容に戸惑って読むのを中断する。

 僕たちは飛んでもないことを考えていたマイさんに、言葉も出ず、開いた口が塞がらなかった。


 「だけど、皆に叱られるのは嫌なので、ほとぼりが冷めるまで身を隠します。ドロン。……このドロンって何?」


 読み終えたヨン君は、最後の言葉の意味が分からず、首を傾げた。


 「ドロンは、姿をくらますことを表す擬音です」


 ヒーちゃんが答えてあげると、ヨン君は「なるほど」と言って、紙切れをまとめた帳面をポケットから取り出すと、机に会ったペンでメモを取る。

 そして、彼はマイさんの伝言が書かれた紙切れを、シャルに渡す。

 彼女はその紙切れを受け取ると、グシャっと握りつぶした。


 「ヨン君、叔母様は何処かに行くようなことを言ってませんでしたか?」


 「えーと……。リンスバック港湾都市で、のんびりしてくると言ってました」


 シャルに聞かれて素直に答えるヨン君。


 「叔母様の行き先が分かりました。それにしても、詰めが甘いというかバカと言うか、叔母様らしいというか……」


 シャルは、少し呆れていた。


 「それで、国旗はこれにするしかないとして、マイさんはどうする? このまま黙っているのも悔しいんだけど」


 僕は、マイさんをギャフンと言わせる何かがないかと考えるが思いつかない。

 それは、シャルたちも同じようで、難しい顔をして唸っているだけであった。

 アンさんにマイさんをお仕置きしてもらいたくても、今回は困ったことに、彼女はマイさんのしたことを喜んでいる。


 「ちょうど、リンスバックにいるのですから、楓乃かえの様に頼んで、お仕置きをしてもらうのはどうですか?」


 ヒーちゃんの提案に、僕たちの顔がパアッと明るくなる。


 「うん。それがいい! 賛成の人!」


 僕が確認をとると、皆は勢いよく挙手する。

 アンさんとヨン君以外は賛成ということで、マイさんのことは、楓乃お婆ちゃんに頼むことで決定した。


 リンスバック港湾都市国に行くメンバーは、楓乃お婆ちゃんと会うということもあって、僕とヒーちゃんはすぐに決まり、同行する者をかなり悩んだ結果、イーリスさんとミリヤさんとなった。

 アスールさんは、グリュード竜王国へ戻って、女王たちに今回の話しをする必要があり、オルガさんは、ビルヴァイス魔王国から来る第一〇一特戦群を、ユナハに残って迎えなければならなかった。

 ケイトも炭酸泉などの調査結果をまとめたり、今後、開発予定の品々に取り組むために残らねばならなかった。

 何だか少し寂しいと思ったが、皆にもやらなかればならない役割があるので我慢するしかなかった。


 そして、リンスバック港湾都市国に向かうのは二日後となった。



 ◇◇◇◇◇



 僕はリンスバック港湾都市国に向かう日までの間、今までに思いついたことを実現するため、動き出すことにした。

 さっそく、ヒーちゃんを呼んで、王立研究開発局へ向かう。

 そこへ着くと、ケイトが出迎えてくれる。

 中へはいると、その部屋は事務所と研究室の二つに分かれていた。


 僕たちは、事務所で炭酸飲料を生産販売するため、炭酸水を使ったジュースのレシピを考える。

 そして、ヒーちゃんが披露したレモネードの他にも、果汁とシロップを入れたジュースを数種類ほど作って試飲すると、その部屋にいた局員にはどれも好評で、合格点をもらえた。

 ただ、持ち帰った炭酸水のガスは、密閉した容器に入れたにもかかわらず、少し抜けていた。

 適した容器を考えないとならない。


 ファルマティスにもガラスの技術はあったが、城の窓に使われていたガラスは、手延べガラスなので、歪んでおり、透明度が低かった。

 そして、ケイトが調査の時に持っていたガラス瓶も、不純物の入った珪砂で作られているためか緑色をしていた。

 また、蓋がコルクではなく、木を削った物に布を巻いていた。

 この蓋では密閉してもガスが抜けてしまっても、仕方がないのかもしれない。

 ケイトとヒーちゃんの二人と試行錯誤した結果、容器は、緑色のガラス瓶をこのまま使うこととなったが、蓋は布を巻いたものでは、不衛生であるのとガスが抜けてしまうため、コルクやゴムに似た性質の物を見つけることとなった。

 ケイトが炭酸飲料開発の目途が立つと、あとのことは王立研究開発局の局員に任せて経験を積ませたいと言い出したので、彼女に任せることにして、その場をあとにした。




 僕はヒーちゃんをそのまま連れて、ワイバーンの厩舎へと向かう。

 到着すると、近くにいた飛竜兵にジーナさんを呼んでもらった。

 すると、僕たちは厩舎の横にある飛竜兵の兵舎の一室に通され、そこで彼女が来るのを待つ。

 しばらくして、ジーナさんが姿を現す。

 僕は彼女に、ワイバーンを使った曲技飛行の部隊を作ることを提案した。

 少しの間、彼女は考え込んだ。

 そして、イーリスさんとシリウスにも話しをして欲しいと言うので、二人も呼んでもらう。


 イーリスさんとシリウスが部屋へ来ると、僕はパソコンを開いて、航空ショーの動画をジーナさんも含めた三人に見せ、ワイバーンの曲技飛行部隊を作ることを提案した。

 三人は、他国に飛竜部隊の実力を教える行為になるのではと難色を示したが、ヒーちゃんから国内外への示威目的も担うことを説明されると悩みだす。

 彼女はさらに、建国式典で飛ばせば来賓を喜ばせることもでき、我が国を印象付けることも出来ると捕捉すると、三人は賛成してくれた。

 その後、五人で話しを詰めていく。

 音響設備とスモークの発生装置はケイトに頼むこととなり、演技はジーナさんが中心となって決め、それに合わせた訓練をして行くこととなった。

 そして、部隊設立に関る予算などは、イーリスさんとシリウスが尽力すると約束してくれた。




 まだまだ、製品化したい物も整えておきたい物もたくさんある。

 建国したらすぐにカーディア帝国と戦争になるかもしれないと思うと、建国はもう少し先に延ばしたい。

 でも、相手がそれを待ってはくれない……。

 今は時間のかからない物を優先していくしかないことに、僕は苛立ちを覚える。

 ふと、日本での学生生活で少しでもうまくいかないと、世間は自分に冷たいとか、社会が悪いからいけないなどと言い訳をしていた自分の姿が頭に浮かんできた。

 今まで甘ったれていたんだと実感し、恥ずかしさと自己嫌悪に陥る。


 「フー君、顔色が悪いですけど、大丈夫ですか? あれもこれも準備したいと思っていますか? 正直なところ、私も、フー君と一緒に飛ばされていれば、もっとできることがあったのではないかと考えてしまいます。でも、今は焦って行動を起こしたり、欲張ってはダメです。地道に少しずつ進まないと、皆さんもついていけません」


 ヒーちゃんは僕の様子から、考えを見抜いていた。

 そして、彼女の言う通りだ。

 同年代では女の子のほうが精神的に成長しているというが、まさしくその通りだと思う。

 僕は彼女に比べて思考が、まだまだ子供なのかもと感じてしまう。


 「ヒーちゃん、ありがとう! 建国まで一か月を切っていることにとらわれ過ぎていたみたい」


 僕が恥ずかしそうに笑うと、彼女は、ニッコリと微笑んだ。

 か、可愛い!

 何だかスーっとした僕は、ジーナさんたちに頭を下げてから、ヒーちゃんと自室に戻った。


 何かとイベントが発生して、おおごとに巻き込まれるから、少し臆病になっていたのかもしれない。

 僕は、もう少し堂々としていられるように頑張ろうと思うのだった。

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