第45話 辺境討伐軍と新人士官

 僕は、朝から悶々としている。

 そして、どことなく寝不足だ。

 昨日は、オルガさんに『第一〇一特戦群』の事を聞き出そうとあれやこれやと手を尽くしたのだが、全くダメだった。

 それは、皆も同じで、オルガさんに近付いては、うなだれて離れていく姿を何度も見た。

 そのせいで、僕たちの顔には疲労が見える。

 その事に興味をしめさなかったヒーちゃんとアスールさんだけは、元気だった。


 僕たちは執務室に集合しているのだが、グテーとしていた。

 これから、ゲーテバック辺境伯が訪れるというのに、こんな状況でいいのだろうか? でも、シャル、イーリスさん、リネットさんの三人もだらけているように見えるので、大丈夫だということにしておこう。


 コンコン。


 扉が叩かれると、ごついおっさんが入ってきた。

 赤髪の短髪をした大柄で筋肉質、その身体には多くの傷がある。

 そして、いかつい強面こわもての顔で、頬にも傷があり、怖い顔をさらに強調していた。

 その姿に外国人の悪役レスラーを連想してしまう。

 彼の紺色の軍服には、数個の勲章がつけられていることから、この人が、ヘルゲ・フォン・ゲーテバック辺境伯なのは間違いない。


 「殿下、ヘルゲ・フォン・ゲーテバック参りました」


 「ヘルゲ、その殿下というのはやめて、これからは国のあるじが変わるのだから」


 「おお、そうでしたな。では、シャル様、私への要件とは何でしょうか?」


 彼は、シャルを愛娘でも見るような視線で見つめると、ニッコリと微笑む。

 シャルとゲーテバック辺境伯は気兼ねのいらない仲のようだ。


 「今度、王になるフーカさんとの顔合わせと……。その他諸々……」


 少し悩むようにシャルが言う。


 「アハハハハ! フーカ様は何かとやらかしてしまう方と聞かされていましたが、その他諸々ですか。アハハハハ!」


 ゲーテバック辺境伯は豪快に笑っている。

 見た目は怖いけど、親しみやすそうな人だ。


 僕は彼の前に出る。


 「ゲーテバック辺境伯、僕がフーカ・モリです。人を頼ることしかできない若輩者ですが、よろしくお願いします」


 「これは失礼しました。私は、ヘルゲ・フォン・ゲーテバックと申します。ヘルゲとお呼びください」


 彼は僕に跪いて、頭を下げる。


 「そんなにかしこまらないで、立って下さい。僕はそう言うのが苦手なんです」


 僕は跪かれたことが恥ずかしくて、立つようにお願いした。

 すると、彼は顔を上げ、優しそうな笑みを浮かべてから立ち上がる。


 そして、彼とは初対面であるヒーちゃん、アスールさん、オルガさんが順番に、自己紹介を交わしていく。

 彼女たちとの自己紹介が終わった頃には、彼の顔は少し青ざめ、こわばった表情をしていた。


 「フーカ様、シャル様。こちらのお三方かただけで、かなりの軍事力を保持することになる思うのですが……」


 ヘルゲさんはとても困惑している。

 神使にドラゴンに魔皇帝の側近、確かのその通りだと思った僕とシャルは、彼に苦笑を向けることしかできなかった。


 「彼女たちに頼っていては、敵国からの脅威に打ち勝つことはできないのです。ヘルゲもそれは分かるでしょ」


 彼はシャルの言葉に黙って頷く。




 そして、ヘルゲさんを交えて、昨日の続きが話される。

 アルセ市に、辺境討伐軍、七千のうち四千を残し、三千はヘルゲさんと共にユナハ市に向かうこととなった。

 もちろん、ヘルゲさんには領軍の再教育を手伝ってもらうことになる。

 シャルたちと話した結果、彼には、主に指揮官の再教育してもらうことにした。

 シリウスたち相手では、どこかなめてかかる貴族の子息たちも、ヘルゲさんが相手では、従わざるをえまい。

 僕たちが顔を合わせてニンマリしてしまうと、ヘルゲさんにドン引きされてしまった。


 とうとう、オルガさんが立ち上がり、話し出そうとする。

 僕たちは昨日から気になって、悶々とした状態から解放されると思いホッとした。

 彼女は、ビルヴァイス魔王国軍、第一〇一特戦群が、魔王と魔皇帝直属の特殊部隊であることを話しだす。

 その部隊は、オルガさんの権限だけでは動かせない部隊だが、ヒーちゃんが姉ちゃんから預かったオルガさん宛の袋の中に、ナイフなどと一緒に第一〇一特戦群の権限の委任状が入っていたらしく、彼女は、すでに本国へ委任状と第一〇一特戦群のユナハ市への派遣を求める手紙を送ったことを付け加えた。

 僕たちは唖然とする。

 そして、彼女の話しは、まだ続いた。

 特戦群とは、第一〇一から第一〇九までの部隊があり、姉ちゃんが近現代の特殊戦を中心に叩き込んだ部隊で、その中でも第一〇一特戦群はエリート集団なのだそうだ。

 彼女は、姉ちゃんに鍛え上げられた部隊なら、軍の改革にも役立つと思って呼んだそうだ。

 僕たちはスッキリとする。

 そして、彼女が勝手に呼んだことには目をつぶり、すでに仕上がっている部隊を呼んでくれたことに感謝をするのだった。


 よく考えてみると、僕は、レクラム領軍がアルセ市に進軍してきた理由を聞かされていないことに気が付いた。


 「何で、レクラム領軍がアルセ市に進軍してきたの?」


 「原因は、辺境討伐軍が任務を放棄し、アルセ市に入ったことが知られ、不信を抱かれたからだと思われます」


 ヘルゲさんが答えた。


 「大まかにですが、シャル様の行動も知られていて、そのことを明確に報告させるための脅しでもありました」


 イーリスさんが捕捉する。


 「マイさんが、こちらの動きをリークしているユナハ市の貴族がいるかもと、調査を始めていたから、それと関係があるかもね」


 「そうですね。若い貴族は帝都貴族に憧れを抱きますから、仕方がありません」


 シャルはそう言って、イーリスさんたちと渋い表情をする。


 その後も僕たちは話し続け、お互いに共有すべき情報は出し尽くした……と思う。

 皆はお茶をすすって、一息入れようとする。


 「ちょっと言いですか? 城壁の外にできた凍結地帯はいつになったら溶けるのでしょうか?」


 リネットさんが心配そうに尋ねた。


 「一週間くらいだ」


 「「「「「……」」」」」


 アスールさんはあっけらかんと答えるが、僕たちは絶句する。

 そして、リネットさんは頬をひくつかせながら僕を睨み、皆はいつものことだと言わんばかりのすました顔で、お茶を楽しみだす。

 僕だけのせいじゃないよね……理不尽だ。




 「レクラムは、これで引き下がりますかね?」


 ケイトは不安そうな顔で、皆に問いかける。

 そこにいた者は、一斉に首を横に振った。


 「ハァー。やっぱり……」


 彼女は大きく息を吐いて、嫌そうな顔をする。


 「しかし、ドラゴンに仕掛けてしまったことは、報告されるでしょうから、しばらくの間は、こちらよりもグリュード竜王国を警戒することになるでしょう」


 イーリスさんは、推測を述べると、皆は何処かやる背ない感じの表情で頷く。


 「このあたりが頃合いですね。今まで建国の準備を水面下で進めてきましたが、そろそろ建国日を決めてもいいでしょう」


 シャルが皆を見て、決意したように発言すると、室内には緊張が走った。

 僕は少し迷ったが、彼女に向かって頷く。

 まだ、準備は不十分だろうが、あまりのんびりしていては、カーディア帝国に巣くっている連中に寝首をかかれるかもしれない。

 皆も少し間を置いてから、彼女に向かって頷いた。


 「ミリヤたちはいないですが、私の意見としては、七月一日にユナハ国建国を発表したい思います。宰相たち、帝国にいる連中から騙し通せるのも、そのあたりが限界だと思います」


 シャルは少し緊張気味に発言する。

 僕たちは、各々、少し時間を取って考えてから、彼女に向かって頷く。

 彼女は僕たちを見渡す。

 そして、意を決したように声量を上げる。 


 「七月一日にユナハ国建国を発表します! 各々、そのつもりで動いて下さい」 


 「「「「「はい」」」」」

 「はっ!」


 皆が一斉に返事をすると、僕は映画のワンシーンを見ているようで、感動してグッときてしまう。

 そして、建国発表まで一か月を切ってしまったが、この期間で何ができるかによって、今後が左右されると思うと、焦りと不安も感じた。


 「やっと、大掛かりな準備に取り掛かれます!」


 ケイトは満面の笑みを浮かべて、もの凄く嬉しそうだ。


 「大掛かりな準備?」


 「そうです! 通信技術の導入や大型照明の設置など、他にもいっぱいあります。この一か月は忙しくなりますよ!」


 彼女はやる気満々だ。


 「フーカ様とヒサメ様もこき使いますから、覚悟しておいてくださいね!」


 その言葉に僕とヒーちゃんは、顔を引きつらせる。

 彼女はこの一か月で、ユナハ領を近代化するつもりのようだ。

 すごく嫌な予感がする。




 ユナハ国の建国日が決まったことは、他の人たちにとっても思うところがあるのだろう。

 僕、ヒーちゃん、アスールさん、オルガさんを除いて、紙に何かを書いてみたり、話し合いをしだしたりと、忙しく行動している。


 そんな中、ヘルゲさんが僕のところへと来る。

 彼はシリウスから自衛隊の事などを伝えられ、ここ、アルセに来てからは、シャルたちに自衛隊だけでなく地球の軍隊についても聞かされ、大変興味を持ったたと、僕に話した。

 そして、その軍隊について、詳しい話しを聞きかせて欲しいとヘルゲさんに頼まれる。


 僕がどう話したらいいのかと困惑していると、ヒーちゃんとオルガさんがパソコンを持って現れた。

 オルガさんが彼に自衛隊のドキュメンタリーなどの動画を見せては一時停止し、ヒーちゃんが動画の解説を始める。

 二人の行動は、研究発表などのプレゼンのようだった。

 僕といつの間にか横にいたアスールさんは、ヘルゲさんと共に、彼女たちのプレゼンに夢中となる。

 そして、プレゼンが終わると、僕たち三人は、そろって彼女たちに拍手を送った。


 プレゼンを聞いたヘルゲさんは、自衛隊の訓練や、彼らが国の平和と国民の生命と財産を守るという志を持っていることに感動したと、真剣なまなざしで僕に話す。

 そして、彼は僕がシリウスに語った、ユナハ国軍には自衛隊を手本とする軍隊になって欲しいという意見に、賛同してくれた。

 ヘルゲさんは少し考え込むと、「辺境討伐軍にも改革が必要だ」と言い出し、ヒーちゃんとオルガさんに、副官たちにも今のプレゼンをして欲しいと頼み込む。

 二人は少し悩んだ後、ヘルゲさんが信頼する者のみという条件で、彼の頼みを受け入れた。

 二人が悩んだのは、情報漏洩を警戒してのことだったのだろう。


 その後も彼と話しをすると、色々な話しが聞けた。

 彼は、以前の辺境討伐軍は、ブレイギル聖王国とハウゼリア新教国を牽制していたが、カーディア新帝国とカーディア正統帝国が建国されてからは、この二国の牽制が主な任務となったこと。

 ヘルゲさんの領地だったゲーテバック辺境伯領は、ブレイギル聖王国と隣接する領地だったため、常に隣国といざこざがあったこともあり、そんなゲーテバック領を欲しがる者はいないと高をくくっていたところ、カーディア正統帝国に占領されたことなどを話してくれた。

 幸い、家族や領民の多くはプレスディア王朝とユナハ領へと避難出来たそうだ。

 ヘルゲさんたちが、家族や領民を人質に、正統帝国へ取りこまれていたかもしれないと思うと、ゾッとしてしまう。




 コンコン。


 皆が扉へと視線を注ぐ。

 部屋に入ってきた人物を見て、僕は驚く。

 少しカールのかかった黄色のショートヘアーに、優しい顔つきの好青年。

 彼はアノンの副官をしていたアルバンだった。


 「「「えっ! 何で?!」」」


 僕とケイト、オルガさんは、困惑する。


 「アルバンはラート家で引き取りましたわ。あのまま戻っていたら、今回の失態の責任をとらされ処刑でしょうから、向こうがいらないなら、こっちで貰っても文句はないでしょう。それに、フーカ様が優秀だと気にかけていた人材なら尚更ですわ」


 リネットさんは、シレっと話す。


 「そんな勝手な言い分が通用するの?」


 「知りませんわ!」


 「……」


 この場合、豪胆と言うべきなのだろうか、彼女の強引さに言葉が出てこない。


 「もしかして、彼の引き渡しも、レクラム領軍が進軍してきた理由なのでは?」


 「いらないものを引き渡せだなんて、ちゃんちゃらおかしな話ですわ」


 「……引き渡しを断ったの?」


 「断ってませんわ! 彼を処刑するから引き渡せと横柄な態度をとるので、捕虜を無条件で簡単に引き渡す馬鹿が何処にいるかと、説教してやりましたわ!」


 「それって、断ってるよね?」


 「フーカ様は何を言っているんですの? 賠償がのなら、引き渡しも何も成立しませんわ!」


 「確かに……」


 リネットさんの言うことは正論だ。

 捕虜を引き渡すなら賠償や身代金など、条件を出すのが当たり前なのだ。

 僕は、そんなことにも気づけなかった自分が恥ずかしい。

 ん? アノンたちと戦争をしたわけでもないのに捕虜って……。

 僕にとばっちりがくるのも嫌なので、ここは細かいことを気にするのはやめよう。


 「では、改めて紹介いたしますわ。彼は、アルバン・フォン・プロイスです。今はヘルゲ様のもとで新人士官として教育を受けています」


 リネットさんはそう言って、彼を手招きする。


 「ご紹介にあずかりましたアルバン・フォン・プロイスです。以前は敵側にいましたので、不審に思われると思いますが、それを払拭できるように努力いたしますので、よろしくお願いいたします」


 彼は敬礼した後、深く頭を下げた。


 「彼には、ヘルゲ様の従者として、共にユナハ市に行ってもらい、フーカ様のそばで見識を広めてもらいますわ」


 リネットさんは満足そうな顔をしているが、僕のそばにいると、見識が偏る気がする。

 僕はいつも一緒にいる面々を見回した。


 「フーカ様。今、こちらを見て、失礼なことを思っていましたよね?」


 ケイトの感が鋭い。


 「そ、そんなことはないよ」


 「本当ですかー?」


 彼女の目は疑いを抱いたままだ。

 それどころか、皆からも鋭い視線が飛んでくる。


 「本当だって! ケイトにだけは疑われたくない!」


 「なっ!」


 彼女は顔を真っ赤にして、頬を膨らませた。

 周りからは、クスクスと笑い声が聞こえてくる。


 「ところで、ユナハにはいつ戻るの?」


 「明日、アルセを発ちたいと思います。ヘルゲたちは、準備が整い次第でかまいません。それとリネット、また進軍してくるようでしたら、すぐに連絡をして下さい」


 シャルはそう言ってから、今度は皆にもテキパキと指示を出していくと、彼女に呼ばれた者たちは、返事をした。


 あの試合で優秀だと思っていたアルバンが新人士官となって、仲間になってくれたことはとても嬉しい。

 ましてや、ヘルゲさん率いる辺境討伐軍までもが味方になってくれたことは、予定されていたとしても、こんなに心強いことはない。

 このままいけば、ユナハ国が建国される時には、チート国となっているんじゃないかと、先走った妄想をしてドキドキしてしまう。

 捕らぬ狸の皮算用とならないように、僕も頑張らねば!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る