第42話 ドラゴンとの婚約

 僕が目を覚ますと、服を着せられた姿で、寝袋に寝かされていた。

 昨夜、湯船でのぼせて気を失ったことを思い出すと、僕は着せられている服を確認する。

 パンツまで履かされているということは、皆に全部を見られたということだ。

 以前とは違い、今回は人数も多いし、ヒーちゃんやミリヤさんまでいると思うと、とてつもなく恥ずかしくなってきた。

 僕は恥ずかしさのあまり、寝袋の中で顔を手で覆うとゴロゴロと転がり、のたうち回る。


 ある程度して落ち着くと、こうしていても仕方がないと、僕は起き上がった。

 外はすでに明るくなっており、テントの中には誰もいない。

 テントの外へ出ると、ちょうどアスールさんがいた。


 「ア、アスールさん、おはよう」


 「お、おはよう」


 彼女は僕を見るなり、お腹に手を当てて顔を真っ赤にした。

 何やら様子がおかしいと思っていると、彼女は逃げるように去ってしまう。

 僕は、昨夜、彼女に何かしたのではないかと思い出すが、ぶつかったこと以外は何も思い出せない。

 このまま気まずい状態が続くかもしれないと思うと、不安になってくる。


 「フーカ様、おはようございます。もうじき、朝食が出来ますから、それを食べたら、城へ帰りますよ!」


 「うん。わかった」


 レイリアには変わった様子はなく、元気だった。


 「レイリア、昨夜のことなんだけど」


 「えっ! えーと、その、フーカ様も私の……その……あれを見たことがあるんですから、お相子あいこです」


 彼女は顔を真っ赤にしながらテーブルの方へと逃げてしまう。

 彼女の態度で、見られたことは確定した。

 レイリアも逃げ出したので、アスールさんの反応も、同じような物だろう。




 僕がテーブルに着くと、料理は並べ終わっていて、皆は、すでに着席していた。 


 「「「「いただきます!」」」」」


 僕たちは食事を始めるのだが、どうにも口数が少ない。


 「昨夜のことなんだけど」


 「フー君、これ、飲んでみて下さい!」


 ヒーちゃんが、僕の話しを避けるように言葉をさえぎって、コップを渡してきた。


 「う、うん。じゃあ、いただくね」


 ゴクッ。


 僕は一口飲んで驚く。

 それは冷えたレモネードで、とても美味しかった。


 「ヒーちゃんが作ったの?」


 「はい、炭酸水だけでは味気ないので、レモンの果汁とシロップを加えてみました」

 

 「美味しいよ! 僕は炭酸水を見つけることばかりに目がいっていたから、ジュースのレシピに関しては、忘れていたよ」


 「そうですか。役に立ってよかったです」


 彼女は満面の笑みで喜ぶ。


 「ところで、昨夜のことなんだけど」


 「フーカ様、この飲み物は何ていうんですか?」


 「えっ、これは『レモネード』だよ」


 「レモネードですか。甘いのに酸味が効いていておいしいですね。私は炭酸水よりもこっちが好きです」


 今度はレイリアに言葉をさえぎられてしまった。

 皆は、昨夜のことに触れられたくないのだろうか?


 「フーカ様、フーカ様。昨夜のことは触れない方がいいですよ」


 ケイトは僕の隣に来ると、皆に聞こえないような小声で話しかけてくる。


 「どうして?」


 僕も小声で返した。


 「えーとですね。昨夜、フーカ様を運ぶ時に、皆はフーカ様の衝撃的な物を見てしまったんです」


 やっぱり、見られたんだ。


 「のぼせた僕が悪いんだから仕方がないけど、以前、シャルたちに運ばれた時とは反応が違う気がするんだけど」


 「それはですね……。普通のフーカ様だったら、皆もタオルを巻いて運べばいいだけだったんですけど……」


 彼女も少し顔を赤らめる。


 「何かあったの?」


 「そ、それが……。フーカ様の下半身にタオルをかぶせたのですが、タオルを押し上げていまして……。立派なことはいいことです」


 彼女はフォローのつもりなのか、ニカッと笑って親指を立てた。


 ガンッ。


 僕はテーブルに頭を叩きつけた。

 恥ずかしい! 恥ずかしすぎる……。

 さっきまで寝袋でのたうち回っていた自分が可愛く思える。

 僕が顔を上げると、皆は察してくれたのか、こちらを見ないように脇を向いて、顔を逸らしていた。

 しかし、その優しさが、僕の恥ずかしさを倍増させる。

 この場にいたくない……。逃げ出したい。




 「ところで、何で、フーカ様は昨夜のことにこだわるんですか?」


 ケイトは、再び小声で話しかけてきた。


 「そ、そうだった。さっき、アスールさんの様子が変だったから、昨夜、ぶつかった時に何かあったのかと思って」


 「なるほど。ですが、ぶつかって、二人で湯船に転んだようにしか見えませんでしたよ」


 「そうなんだ」


 「はい。もしかしたら、ぶつかった後に、フーカ様が鼻血を噴いたので、怪我を負わせたと思たんでしょうか……?」


 彼女は首をかしげる。


 「そうなのかな? 僕と顔を会わせた途端、お腹に手を当てていたから、ぶつかった時に痛めてるかもしれないと思うんだけど」


 「なるほど。もしかして、転んだ拍子にはらませたとか?」


 「そんなことが、あってたまるか!」


 彼女のふざけた発言に、つい、声を張ってしまった。

 周りを見ると、皆が驚いた顔でこちらを見ている。


 「ごめん。何でもないんだ。ハハハ」


 僕は笑って誤魔化し、ケイトを睨みつける。

 彼女は手を合わせて、謝罪のジェスチャーをしていた。


 「フーカ様、後で本人に聞いた方がいいですよ。もし、妊娠……じゃなかった、お腹を痛めているようでしたら、私が診ますから」


 「う、うん。その時はよろしく」


 彼女の余計な言葉は無視するとして、アスールさんに聞くのが最善だろうと僕も思う。




 僕は、視線をケイトから皆の方へと向けると、彼女たちはこちらを怪しげに見ていた。

 ケイトと何か悪だくみを企てていると、思われているのだろうか……。

 ここは素知らぬふりをして、アスールさんに目を向けた。

 彼女は僕と目が合うと、顔を赤く染めて、お腹に手をあてる。


 「やっぱり、孕ませたんじゃないですか?」


 ケイトがその様子を見て、耳打ちしてくる。


 「だから、そんなわけないじゃないか」


 僕は小声で返す。


 「ドラゴンって、お腹にぶつかると妊娠するんですよ」


 「ふざけてるでしょ。それにお腹にあたったくらいで妊娠したら、この世界はドラゴンだらけだよ」


 「ですね……」


 彼女はお手上げのジェスチャーをすると、食事に集中しだしてしまったので、僕も料理に手を伸ばす。

 後でアスールさんとは、しっかりと話しをしなければいけないが、どう切り出したものかと考えてしまって、食事に集中できなかった。



 ◇◇◇◇◇



 食事も終えて、帰還のために僕たちは馬車へと乗り込む。

 アスールさんも一緒に乗り込んだので、付いてくるのだろうが、今の関係性を解決しないと、気まずいまま城に戻ることになってしまう。

 僕は、あえてアスールさんの隣に座ると、彼女はこちらを見て顔を赤くし、お腹を触りながらうつむいてしまった。

 先日までの彼女と違い、しおらしい彼女にドキッとてしまう。


 馬車が動き出し、車内は車輪の音だけが響いていた。

 誰も声を発することはなく、何だか気まずい……。

 アスールさんとは反対側の隣に座っていたケイトが、僕の脇腹をつついてくる。


 「何ですか、この雰囲気。フーカ様が原因なんですから、何とかしてくださいよ」


 彼女が耳元でささやく。

 僕だけが原因とは思えないんだけど、強く否定もできない。


 「あのー。アスールさん、僕が何か失礼なことをしちゃったのかな? もし、そうなら、ハッキリと言って」


 僕は勇気を出してアスールさんに話しかけた。


 「ひゃい。いや、違う。ちょっと心の準備が欲しいのだ」


 彼女はたどたどしくだが、答えてくれる。


 「心の準備?」


 うっ、重い。

 ケイトが聞き耳を立てて僕に寄りかかってきた。


 「わしもこんなことは初めてで、どうしていいものか……」


 「こんなこと? 初めて? 事情を聴いてもいいかな? 話したくないなら、断って」

 

 「話してもかまわんが、後悔しないか?」


 えっ? 何? そんなにヤバい話なの? 僕が聞いてもいいのだろうか? ドラゴンがらみのおおごとに巻き込まれたりしないよね? すごく怖いんだけど……。

 ぐっ、痛っ。

 ケイトが早く聞けと言わんばかりに、肘で脇腹をグリグリしてきた。


 「う、うん。お手柔らか、ぐふっ……」


 ケイトが脇腹に肘打ちをする。

 彼女は僕を睨みつけ、顎をクイクイと上げ、さっさと聞けと指図してくる。

 何故、彼女にこんな扱いをされなけらばならないのだろう……。

 やるせない気持ちと悔しさが込み上げてくる。


 「フーカ? どうした?」


 「いや、何でもないよ。僕は後悔しないから、話して!」


 アスールさんは、僕をジッと見てから深く息を吐いた。


 「昨夜、フーカとぶつかった時に……」


 彼女がためらうように言葉を切る。

 妊娠したって言わないよね。

 違うと分かっていても、ここは異世界、何が起こるかは分からない。

 僕はドキドキしてしまう。

 そして、ケイトが重い。

 そんなに寄りかかって来るなと、文句を言いたい。


 「……ぶつかった時に……フーカがわしの逆鱗に口付けをしたのだ」


 アスールさんは顔を真っ赤にして、お腹をさすった。

 さすっていたところは逆鱗のようだ。

 昨夜、彼女とぶつかった時に、何かひんやりとしたものが唇に触れた気がしたが、それは逆鱗に唇を当ててしまったからだったようだ。


 「えーと、逆鱗に口付けをすると、何かあるの?」


 彼女は耳まで真っ赤になり、沸騰しそうな勢いだ。


 「そ、その、逆鱗に口付けをする行為は……その行為が許されるのは……将来を誓った恋人か……夫だけなのだ。キャッ!」


 彼女は手で顔を覆って、恥ずかしがる。


 「「「「「……えっ? えぇぇぇー!!!」」」」」


 僕とハモる叫び声がする。

 いつの間にか僕たちの周りに皆が集まり、盗み聞きをしていたのだ。

 アスールさんの話しだと、僕は彼女と誓いのキスのような行為を先に済ませてしまったようだ……。

 僕の脳裏に、ここにいないシャルたちの顔が脳裏に浮かび、血の気が引いていく。


 「これは、アスール様と婚姻の約束をするしかないですね」


 ケイトが面白そうに言い出した。


 「でも、あれは事故だったんだし、無効じゃないかな?」


 アスールさんは、衝撃を受けた顔をすると、涙を浮かべる。


 「ドラゴンを泣かせるなんて、さすがフーカ様です。これがモリ家の凄さなんですね。ですが、私も女性ですから、その立場から言うと、今のは酷いと思います」


 レイリアが明後日の方向から責め立ててくる。

 ヒーちゃんとミリヤさんは何も言わないが、アスールさんが可哀そうという目で僕を見つめている。

 そして、オルガさんだけが、何かと葛藤している微妙な顔になっていた。


 「分かったよ。アスールさんと婚約する! でも、すぐに結婚は無理だし、他の婚約者たちと相談して時期を決めることになると思うけどいいかな?」


 「うむ。それでかまわん! うーん。何だかスッキリしたぞ!」


 しおらしいアスールさんは、見る影もなく消え失せてしまった。

 少し残念……。


 「あおっておいて、こんなことを言うのもなんですが、勝手に婚約者を増やして、それも相手がドラゴンでグリュード竜王国の幹部と言ったら、シャル様たちは卒倒するか激怒しそうですね」


 ケイトがぽつりと他人事のように言う。


 「「「「「……」」」」」


 車内の空気が凍りつく。


 「ど、どうしよう? 絶対、僕が矢面に立つよね?」


 「それは当事者ですから、諦めて下さい」


 ミリヤさんから冷たい言葉が返ってくると、皆は黙って頷く。


 「誰か、僕をフォローしようと思う人はいないの?」


 皆は一斉に顔をそむける。

 残ったのは、こちらを向いて首をかしげるアスールさんだけだった。

 ダメだこりゃぁー!




 僕が車内で、シャルたちの言い訳を考えている間に、ウル村へと着いてしまった。 

 僕はまだ、これといった言い訳を思いついていないのに、時間だけは刻々と過ぎていく。


 「ここで一泊しない?」


 「しません。諦めて下さい!」


 ミリヤさんから、ビシッと否定された。


 ポンポン。


 ケイトが僕の肩を軽く叩く。

 そして、黙ったまま首を横に振ると、待機しているワイバーンたちのほうへと行ってしまう。

 何故か地味にむかつく。


 馬車からワイバーンに荷物を積みかえると、飛竜兵が馬車と馬を村に返しに行き、戻ってくる。

 そろそろ出発なのだが、ワイバーンたちの様子がおかしな気がした。

 ワイバーンたちは、アスールさんが近付くと、ギョッと目を見開いて後ずさりしているのだ。

 ワイバーンでもドラゴンは怖いらしい。


 「お主ら、何をビビっておる! それでも竜族の端くれか! 相手が強かろうと、のまれてどうする。しっかりせんか!」


 アスールさんは、ワイバーンたちの態度に喝を入れた。

 そして、彼女はワイバーンたちを並べると、長々とした説教を始める。

 ワイバーンたちは、その説教を受けるうちに、身を縮めていき、しょんぼりとしだしてしまう。

 その脇では、飛竜兵たちが説教を受けて落ち込む相棒を見て、頭を掻いて困惑していた。


 「お主ら! この程度の説教で気落ちするとは何事だ! それでも竜族なのか、竜族の誇りはどうした! 恥を知れ!」


 再び、彼女の喝が入る。

 すると、ワイバーンたちが、「グルグル」や「グルルルル」と唸りながら、一斉にこちらを睨みつけてきた。

 僕がその場からずれると、ワイバーンたちの視線は僕を追ってくる。

 やっぱり、僕を睨んでいるようだ。


 「誰だ! フーカに「余計な事をしてくれるな」「何で、このかたを連れてきたんだ」と言った者は、一歩前に出ろ!」


 二頭のワイバーンが、恐る恐る前に出た。

 アスールさんって、ワイバーンと会話ができるんだ。

 これには、飛竜兵たちだけでなく、他の者たちも驚いていた。


 「ふむ。この状況で文句を言えるとはいい度胸だ。誉めてやろう。しかーし、フーカに文句を言うのは筋違いだ! 不満があるのなら、わしに言え! フーカはわしの旦那様になる方だ。無礼は許さんぞ!」


 「「「「!!!」」」」


 ワイバーンたちが目を見開いて僕を見る。

 そして、彼女に向かって、「ガルル」や「グルルグル」などと声を掛けた。

 何を言っているのか、さっぱり分からん。


 「そうかそうか、お主らの祝福、ありがたく頂く。ん? 誰だー! 他の者に紛れて、行き遅れ解消、万歳! と言ったヤツは! 貴様かー!」


 ゴツーン。


 彼女は、一歩、前に出ていたワイバーンに拳骨を落とした。

 ワイバーンにも、ケイトみたいのがいるようだ。


 そして、説教を終えたアスールさんはブ、ツブツと何かを言いながらこちらに来るが、その顔に不満は見られず、嬉しそうな表情をしていた。




 「よし! お主らは、わしの背に乗るがよい!」


 唐突に叫んだアスールさんは、僕たちの返事も待たずに、ドラゴンへと変わってしまった。

 デカすぎて、どうやって乗るのかを悩んでいると、彼女は伏せるようにして首を下げてくれる。

 そして、前足を首の脇に出して足場を作ってくれたので、僕たちはそこからよじ登り、彼女の背に座る。

 僕、ヒーちゃん、ミリヤさん、オルガさん、ケイト、レイリアの六人が背に乗ったことを、彼女は首を向けて確認すると、羽をはばたかせた。

 そして、飛び立つ。

 彼女の後ろを、飛竜兵とメイドさんたちを乗せたワイバーンたちがついてくる。


 ワイバーンと違って、ドラゴンは六人乗ってもまだ余裕があるし、乗り心地もとても良い。

 僕がドラゴンに乗れて興奮していると、皆も背中の端から下を覗き込んだり、大きな羽の動きを様々な角度から見たりと、興奮していた。


 ケイトとミリヤさんが僕のそばへと来る。


 「フーカ様、このままアスール様に乗って帰って、大丈夫ですか?」


 ミリヤさんがおかしな質問をしてくる。


 「そうですよ。ドラゴンが向かってきたら、おおごとになると思うんですけど」


 「……」


 そこまで考えていなかった……。


 「どうしよう?」


 「「シャル様に怒られてください!」」


 二人が声を揃える。

 アスールさんは、僕の不安など無視して、加速していく。

 僕は、おおごとに巻き込まれる体質なのだろうか……。

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