第37話 僕の部屋

 コンコン。


 扉が叩かれ、夕食の準備ができたことを知らされた僕たちはサロンへと向かう。

 サロンに入ると、そこにはヨン君が貴族の子息みたいな格好で待っていた。


 「ヨン君、久しぶり!」


 「兄ちゃんたち、お帰り!」


 彼はそう言って、両手を広げてこちらに走って来る。

 僕は両手を広げて、彼を受け止める……? 彼は僕を通り過ぎ、シャルに抱き着いた。

 あれ? す、凄く恥ずかしい……。


 背後からは、クスクスと笑い声が聞こえる。

 僕の顔が熱く火照り、耳にまで血が脈打つ感覚を感じられた。

 後ろを振り向きたいが、恥ずかしくて振り向けない。


 「ヨン君、何で、フーカさんじゃなくて私なの?」


 シャルは彼に質問をする。


 「マイ様が、こういう時は一番強そうな人に飛びつくのが礼儀で、最初に両手を広げた人の横を通り抜けるのが『お約束』という礼儀だって教わりました」


 おおー! 数日の間に、ヨン君の言葉遣いが良くなっている。って、そうじゃない!  

 マイさんはヨン君に何を教えているんだ!

 シャルから言われた「甘やかすと、後で後悔しますよ」という言葉が頭をよぎり、マイさんを睨むと、彼女は素知らぬ顔でスタスタとエンシオさんのそばへと逃げてしまう。

 そして、こちらを見てニマニマしている彼女に為す術がなかった僕は、うなだれるしかなかった。




 「ヨン君、こちらは僕の同郷で、僕を護るために来てくれたヒサメさんだよ」


 シャルに抱き着いているヨン君を呼び、ヒーちゃんを紹介した。


 「ヒサメお姉ちゃん、よろしくお願いします」


 「ヒサメです。こちらこそよろしくお願いします」


 彼が顔を真っ赤にして挨拶をすると、ヒーちゃんは身体をフルフルと震わせて喜んでいた。

 彼女は、ヨン君にお姉ちゃんと呼ばれたことが、とても嬉しかったようだ。

 僕も下に兄弟がいないから、その気持ちは良く分かる。

 結局、僕はヨン君と大した話しもできずに席に着くこととなってしまう。

 ちょっと、寂しい。


 そして、皆がそれぞれの席に着くと、食事が始まった。

 僕が皆との食事を楽しんでいると、マイさんが料理を手にしながら、唐突に僕へ話しかけてきた。

 

 「そういえば、フーカ君がくれたあの飴を舐めてて思い出したんだけど、あのシュワシュワするのと同じ感じの湧き水がユナハにもあるわよ!」


 「本当ですか!?」


 僕は興奮してしまう。

 彼女は飲んだようだが、飲める炭酸泉かを調べなくてはならない。

 もし、飲める物だったら炭酸飲料水の生産が可能となる。

 他にも炭酸水を作る方法は知っているが、今はできるだけ材料費を使わず、簡単に作りたい。

 それに、こっちの世界で炭酸飲料水を見かけていないことから、受け入れられるか不安な物に多くの費用はかけられない。


 「何処にあるんですか?」


 マイさんがニンマリとする。

 嫌な予感しかしない。


 「知りたい?」


 「はい」


 「うーん。どうしようかな」


 ここは彼女の気を引く物を出した方がいいな。


 「そのシュワシュワを使えば、変わった飲み物が作れますよ」


 彼女の目が輝く。


 「いいわ。教えてあげる。ここから南東に行くとウル湖があるのだけど、その湖の東側には『死の領域』と呼ばれる場所があって、その湖畔を探せば見つかるはずよ」


 「ありがとうございます」


 「教えてあげたんだから、その飲み物を飲ませてね」


 「はい。それはもちろん!」


 後はどうやって行くかなんだけど……。

 僕はシャルを見た。

 僕の視線を感じた彼女の眉間に皴が寄っていく。

 そして、うなだれた。


 「分かりました。ウル湖へは、フーカさんとヒーちゃん、それと、レイリア、オルガ、ケイト、うーん、ミリヤもお願い。その六人で行って下さい」


 「シャルは一緒に行かないの?」


 「私はアルセでリネットと話し合うことがあるので行けません。それと、アンには私と一緒に来てもらいます」


 「シャルとアンさんがいないのは寂しいな」


 「そう言ってもらえるのは嬉しいですけど、私はフーカさんから目を離すのがとっても不安です。ミリヤの言うことを聞いて、絶対に勝手な行動をとらないで下さいね」


 レイリアとオルガさん、ケイトが僕を見て笑っている。


 「レイリア、オルガ、ケイト。あなたたちにも言っているんですからね!」


 「「「「……」」」」


 僕たちは誰も言い返せない。

 そして、ミリヤさんだけが笑っていた。


 「フーカさんたちは、明日、出発するつもりですか?」


 「うん。出来るだけ早く済ませた方がいいし、湧水を見つけたら、飲んでも無害かを調べる必要があるからね。それに、無害な時は、その場所に炭酸飲料水の生産工場を造れるかも調べないと」


 「なるほど。分かりました」


 僕とシャルは話を進める。


 「ちょっと待って下さい。フーカ様、できれば、明後日の出発にしてくれませんか? イーリス様が研究開発部門を立ち上げてくれていたので、その技術者たちに、これからおこなっていくことの説明をしなければなりませんし、私がいない間の指示も出しておきたいので、お願いします」


 とうとう、ケイトの研究開発部門が動き出すのか。

 これで、ユナハ国の技術が向上していける。


 「それなら……」

 「ケイトちゃんの代わりに私が行くわ!」


 僕の言葉をマイさんが手を挙げてさえぎった。


 「絶対にダメです! 叔母様が行ったら、不安要素が増えるだけじゃないですか!」 


 シャルに否定され、彼女は頬を膨らませる。


 「もし、ついて行ったら、建国後はアン直属の部下に配置しますからね!」


 「うーん。アンちゃんの部下になるリスクを考えると、我慢するしかないじゃない!」

 

 彼女は再び頬を膨らませた。

 僕は、諦めてくれて良かったと心底思う。


 「えーと、出発はケイトに合わせて明後日にするけど、ケイトは仕事が長引くようだったら言ってね! 出発する日を延ばすから」


 「ありがとうございます。でも、明日一日あれば大丈夫です。イーリス様が技術者に、私の部下だった者たちを集めてくれましたから」


 ケイトはとっても嬉しそうだった。

 彼女にとって研究開発部門は、やりがいのある仕事なのだろう。

 研究開発部門ではしっくりこないので、何か別の名称を考えたほうがいいな。




 その後、僕たちは食事を終えた後も、今後のことについて話し合う。

 ちょうど、皆が揃っているので、僕は建国後に必要だと思う各省を発表しようと思った。

 しかし、皆に受け入れられるかは自信がない。

 何故なら、ファルマティスは日本と違って文化水準が遅れており、さらに、魔法があるファンタジーの世界だからだ。

 僕は、各省を決めるのに、多くの時間をパソコンとのにらめっこに費やした苦労が報われることを祈る。


 「皆に、僕が考えた建国後の行政機関である各省とその大まかな役割を発表しようと思うんだけどいいかな?」


 「ちょっと、待って下さい! クリフがいないので、呼んできます」


 イーリスさんが部屋を飛び出していった。

 クリフさんのことを忘れていた……。


 しばらくして、イーリスさんがクリフさんを連れて戻って来る。

 二人は席に着くと、メモの用意を始めた。

 イーリスさんが僕のあげたメモ帳とペンを取り出すと、皆がにやけて僕を見る。


 「コホン。では、建国後の行政機関である各省とその大まかな役割を発表します」


 僕は、パソコンを開いて、メモしておいた一覧を読み上げる。


 ・農林水産省

  農業、畜産業、林業、水産業などの支援、振興と管理など――。


 ・食品管理省

  国内の飢餓地域の撲滅。飲食店などの衛生指導。輸入食品の検疫など――。


 ・国土資源省

  国内資源の調査とその把握や管理。新エネルギーの開発など――。


 ・運輸交通省

  インフラの整備や管理など――。


 ・外務省

  外国との交渉や段取り。国際問題への取り組みなど――。


 ・軍務省

  陸海空軍の統括や管理。国外への運送業務。国防に関る戦闘や災害救助での軍への指示など――。


 ・警察省

  国内の治安維持。犯罪の検挙や防犯。交通などの管理。災害救助。国内の運送業務など――。


 ・文部科学省

  学校、図書館、美術館など学問に関る施設の建設や管理。研究開発や新技法の公表や調査など――。


 ・法務省

  法の整備。裁判所や刑務所の管理。戸籍の管理。国民や外国人の国内外の出入りの管理など――。


 ・財務省

  国庫の管理や税収の管理。各省への予算の分配など――。


 ・厚生省

  病院や薬屋などの管理。健康保険制度などの管理。福祉や医療に関る事の支援など――。


 ・労働省

  国民の就活斡旋。職場環境の指導など――。


 ・経済省

  産業貿易の管理。商業の管理。観光などの管理など――。


 ・魔法省

  魔法関連の把握や管理など――。


 ・消防省

  火災の消火活動。急病人の搬送。災害救助など――。


 ・国防情報省

  国内外の情報の収集や各省などへの情報の供給など――。


 ・宮内省

  王宮の管理。儀式や祭典の管理。国教であるウルス聖教関連の管理など――。


 「以上です。日本の行政機関を参考にして、僕なりに調べて考えたのだけど、これが限界でした」


 パチパチパチパチ。


 何故か拍手されてしまった。


 「役割に少し手を加えるかもしれませんが、十分だと思います。問題は各行政機関の代表を務める人材が足りないことですね」


 「最初は、信頼がおけて、能力のある貴族や士族たちに内密に声を掛けるしかないでしょう。これだけの行政機関を考えていただいたのですから、あとは私と姉さんたちで実現に近づけます」


 イーリスさんとクリフさんが満足そうに答えてくれたことで、僕はホッとした。

 シャルたちもこちらに微笑んでいる。


 「なんか、フーカ君が認められるのはしゃくに障るわね。どこか揚げ足の取れるところはないかしら?」


 「「「「「……」」」」」


 マイさんの一言に皆が絶句する。

 彼女のせいで台無しにされた気分だ。


 「そうだ! 今、思いついたんだけど、研究開発部門は『王立研究開発局』という名称にしようと思うんだけど、いいかな?」


 「ええ、いいと思います」


 イーリスさんが賛成してくれると、シャルたちもウンウンと頷く。


 「でも、なんで国立じゃなくて王立なんですか?」


 シャルは頷いていたのに質問をしてくる。


 「それは、王立じゃないと、僕の知っていること……。今は、僕とヒーちゃんが知っていることだけど、それを誰彼かまわずに教えるのを避けた方がいいと思ったからなんだ」


 「なるほど。納得しました。確かに、国立よりも王立にして王家直属の部署にしたほうがいいですね。その方が私たちも、やらかさないように監視できますしね」


 シャルは納得してくれたのだが、その方向が少し違う気がする。


 「それで、局長はケイトね! ケイト、頑張ってね!」


 「はい、わかってます。前から言われているので、感動がないですね。それと、何故でしょう? フーカ様から言われると、押し付けられている様で素直に喜べない自分がいます」


 ケイトは喜びながらも眉間に皴を寄せるという器用な顔を作っていた。


 話しは尽きなかったが、エンシオさんに旅の疲れを癒したほうがよいと促され、僕たちは解散することとなった。



 ◇◇◇◇◇



 僕は、アンさんに連れられて、ある広い部屋へと案内された。

 その部屋には、大きなベッドが一つと小さな簡易ベッドが二つ、ソファーにテーブル、仕事机に書類棚と本棚までもが揃っていた。


 「今日から、ここがフーカ様の私室となります」


 アンさんの言葉に僕は感動する。


 「こんなにいい部屋を、僕が自由に使っていいの?」


 「はい。フーカ様の部屋ですから。それと、何か必要なものがあれば言って下さい。用意させます」


 「ありがとう。これだけで十分だよ」


 「お礼は、イーリスにも言ってあげて下さい」


 「うん。そうする」


 コンコン。


 部屋の奥にある扉がノックされる。

 そこから入ってきたのは、シャルとヒーちゃんだった。


 「フーカさん、忘れていないですよね?! 約束を果たして下さい!」


 そうだった! シャルにマッサージをする約束があったんだ……。

 でも、何故、ヒーちゃんも一緒にいるのだろう? まさか……。


 「えーと、忘れていないよ。でも、なんでヒーちゃんが一緒にいるの?」


 僕は頭を掻きながら答えると、シャルは疑いの目を向けてくる。


 「その顔は忘れてましたね……。まあいいです。それと、ヒーちゃんもマッサージを受けるそうです」


 やっぱり……。

 僕は二人をソファーに促すと、アンさんがテーブルに、僕たちのお茶を用意した。

 ヒーちゃんはテーブルに鞄を置くと、中からノートパソコン、タブレット、カメラ、三脚、自撮り棒などを取り出す。


 「ヒーちゃん、それって、撮影するの……?」


 「はい、椿様たちに頼まれましたから。シャルちゃんのマッサージ前の撮影は済みましたので、後はマッサージの撮影とマッサージ後の撮影をするだけです」


 だけですって……。


 「撮影しないとダメなの?」


 「フー君の魔法を詳しく調べるためらしいです。本当なら、風音お義姉ちゃんたちみたいに自由に魔法を使えるはずが、女性限定の治癒魔法だけというのは、かなり異質らしいです」


 「もしかして、僕の魔法って、おおごとになってる?」


 「詳しくは分かりません」


 彼女はそう言うと、一冊の大学ノートを僕へ差し出した。


 「中を見てもいいの?」


 「はい、どうぞ。そのノートは、私の私物に勝手に入れられていて、こっちに来てから気付いたので、フー君にみせるなと言われていないです。それに、その内容は私にして欲しいことが書かれているだけですから」


 「そうなんだ。じゃあ、見せてもらうね」


 僕はノートを開いて中に書かれている内容を読んだ。

 ノートには、風和の治癒魔法の調査と記録、被験者が現われた場合は、その者への効果の記録をすること。

 これは、風和が女性限定の治癒魔法しか使えないことが、風音・音羽と比べてかなり異質であり、私の加護が原因で、本来の私と雫の加護を変異した形で風和が授かった可能性があるため。

 他には、ユナハ地域の鉱物資源の調査。

 特に地球と同質の鉱物の有無を調べること。

 ファルマティスに存在する他の神の加護の状況調査。

 ビルヴァイス魔王国の状況調査。ブリュンデ聖王国の状況調査など――。

 その内容は、ノートの半分くらいまで使って書き記されていた。

 おそらく、椿ちゃんだけでなく、雫姉ちゃんや姉ちゃんたちの依頼まで書かれているみたいだ。

 ヒーちゃんに全部調べさせるつもりなのだろうか? 潤守神社はブラック決定だな……。


 「ありがとう。これを全部調べるのは大変だから、僕も手伝うよ」


 ヒーちゃんにノートを返す。


 「フー君、ありがとう」


 彼女が嬉しそうに微笑む。

 やっぱり可愛い!

 それにしても、ノートの内容から考えると、僕の魔法だけでなく、僕に付いている椿ちゃんたちの加護までもが美容魔法としてしか使えないのは、おおごとな気がする。


 「そろそろ、始めてもらってもいいですか?」


 シャルが寝間着を脱いで下着姿になる。


 「シャル様、こちらへ。それと、下着を脱いで、こちらに着替えて下さい」


 アンさんはそう言って、真っ白の薄い布地に紐を付けた下着っぽい物を渡した。

 それは、エステで使う紙の下着に似ていた。


 「これは?」


 「マッサージの時にこういった物があれば便利かと思い、私が作りました」


 「アン。ありがとう!」


 「ヒサメ様の分もあります」


 彼女はヒーちゃんにも同じものを渡す。


 「アンさん。ありがとうございます」


 シャルがその下着っぽい物に着替えている間に、アンさんは簡易ベッドにシーツと大きめのタオルを敷いていた。

 そして、その近くではヒーちゃんが撮影のセッティングをしている。

 僕もマッサージオイルとタオルをベッドのそばへと用意しておく。




 シャルが着替えを終えて現れる。

 胸と下半身にスケスケの薄い布が紐で結んで固定されていた。

 下着姿よりもエロいのではないかと思う。

 そして、彼女がベッドにうつぶせになると、僕は彼女に近付き、ヒーちゃんの方を見る。

 ヒーちゃんとアンさんが親指を立てて、撮影の開始を告げた。

 アンさんは彼女の撮影の補佐をするようだ。

 僕がシャルの背中に魔力を込めた手で触れると、彼女はビクッとする。

 撮影されていることもあって、緊張と気恥ずかしさが僕を襲ってくる。

 僕はそのまま手を滑らせると、シャルの背中全体にオイルを広げるようにマッサージをする。

 彼女から「ん。ん」と声が漏れるたびに、いけないことをしているような気がしてくる。 

 背中、両足のマッサージを終えて、お尻に触れる。

 彼女が「んはっ」と声を上げると、僕の心拍数が跳ね上がった。

 アンさんの時に少しは慣れてきたのかと思ったが、あれは錯覚だったようだ。

 それは、シャルに触れたことで気付かされた。

 アンさんが大人な対応をしてくれていたからであって、僕は、それを緊張と気恥ずかしさが薄れたと誤解していたのだ。


 シャルの背中側のマッサージが終わると、彼女は仰向けになる。

 僕とシャルの目が合うと、僕たちの顔はみるみると赤くなっていく。

 僕は近くにあったタオルを彼女の目にそっと被せてから、大きく深呼吸をした。

 クスクスっとアンさんの小さく笑う声が聞こえる。

 今度から、マッサージをする相手と目を合わせないように気を付けよう。


 シャルの仰向けの姿と向き合うと、僕より年下でも、女性なのだと気付かされるには十分なスタイルだった。

 歳が近いせいか、アンさんやレイリアの時よりも緊張する。


 「シャル様もフーカ様も何を緊張しているのですか? そんな調子では建国後の子作りが思いやられます」


 「「!!!」」」


 プシュー。


 アンさんの一言で、僕とシャルは恥ずかしさで頭から湯気を出して卒倒しそうになった。


 「アンさん、そういうことを言うとマッサージの続きがぎこちなくなってしまいます」 


 ヒーちゃんは、顔を真っ赤にしながら助け舟を出してくれた。


 「申し訳ありません。ですが、ヒサメ様にも言えることですから、心に留めておいて下さい」


 「!!!」


 プシュー。


 今度はヒーちゃんも、恥ずかしさで頭から湯気を出して卒倒しそうになる。


 しばらくして間を開けて心を落ち着かせた僕は、何とか復活ができた。

 そして、さっさと終わらせてしまおうとマッサージの続きを始める。

 シャルのお腹に両手を乗せると、彼女は「んはっ」と言ってビクッとする。

 いきなり始めたので彼女を驚かせてしまった。


 「ごめん」


 「いえ、大丈夫です」


 僕は一度止めたマッサージを再開する。

 お腹、両足、両肩、両腕と気まずいところを残して終わらせていく。

 いつの間にか、ヒーちゃんは自撮り棒を使って、上部からの映像を撮っており、アンさんはタブレットを使って僕の近くにまで寄って撮っていた。


 僕にとっての最後の難所、胸とその周辺のマッサージをしようとすると、アンさんとヒーちゃんが寄って来る。

 ヒーちゃんに至っては、自撮り棒からカメラへと機材を代えている。

 さっきから思わないようにしていたのだが、途中でカメラのフラッシュが何度も光ったりして、エッチなビデオや写真集の撮影をする現場みたいだ。

 椿ちゃんにこの撮影データを渡したら売り出しそうで怖い……。


 「ヒーちゃん、この撮影データは椿ちゃんに渡すの?」


 「はい、そうです」


 「この撮影データを編集して、売り出したりしないよね?」


 「……」


 えっ? 何で黙っちゃうの?


 「……。この撮影データは雫姉様に渡すことにします」


 「うん。そうした方がいいと思う」


 もしかしたら、危なかったかもしれない。

 こんなことをしているのを売り出されたら、学校に行けないどころか、表を歩けなくなるところだった。


 僕は最後の難所を攻める。

 シャルの膨らみはレイリアやアンさんに比べたら小ぶりだが、手に吸い付く感じや柔らかさは一番だった。


 「はん。んー。はあん」


 触り心地が良すぎて、ついつい長めにマッサージをしてしまった。

 以前は服の上からっだったからなのか、触り心地が全然違う。

 そう言えば、レイリアも服の上からだと触り心地はいまいちだった……って僕は何を考えているんだ……。




 マッサージが終わると、シャルは静かに寝息を立てている。

 今のところ、何故かマッサージを受けた人は寝入ってしまう。

 アンさんですら熟睡してしまったと言っていた。

 これも美容魔法の効果なのだろうか? もし、そうだった場合は、安全の確保が出来ている場所以外でのマッサージは、頼まれても強く断った方がいいのかもしれない。


 しかし、シャルのマッサージは、今までで一番疲れた。

 僕の精神は、もう、へとへとだ。


 「ヒーちゃんのマッサージは、また、今度でもいいかな? 何だかいつもよりも疲れた気がして……」


 「そうですか。残念ですけど、フー君の身体の方が大事ですから、次の機会にします」

 

 ヒーちゃんは、一度シャルを見た後、どこかホッとしたように答える。


 「シャル様は、このままここに寝かせます。私がもう一つの簡易ベッドを使いますので、ヒサメ様はフーカ様と寝て下さい」


 「「……」」


 アンさんの言葉に僕たちは絶句した。


 「あっ! 申し訳ありません。同じベッドを使って下さいという意味です。さすがに私でも、その……横でアレをされると居づらいというか気まずいというか……。それに、ちょっと、嫉妬してしまいそうなので、普通に睡眠をとっていただけると助かります」


 彼女の言葉を聞いて、僕はより一層、ヒーちゃんを意識してしまい、今夜は寝付けるのか不安になってしまう。


 「普通に寝るから、安心して! ねっ、ヒーちゃん」


 「はひっ。そうです。寝ますから普通に大丈夫です」


 ヒーちゃんの文法がおかしくなっていた。

 せっかく、私室をもらっても、誰かが同じ部屋で寝ていたら、今までと何も変わっていない気がする……。

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