第36話 我が家
今日は、帝国宰相に告げていた首都ユナハ到着予定日だ。
アノンの件もあるから、宰相たちは数日遅れて到着すると思っていることだろう。
そして、これからが正念場になっていくのだと思う。
僕は目覚めると、すぐには起き上がらず、そんなことを考えていた。
「お目覚めですか?」
アンさんが僕が目を覚ましたことに気付いて、声をかけてくる。
「アンさん、おはよう」
「おはようございます」
彼女は微笑むと、僕の支度を手伝う。
昨夜は、シャルが気を使って、部屋割りを同郷同士にしてくれたのだが、僕とヒーちゃんは、同じ部屋では恥ずかしいと二人で断ったのだ。
若い男女が二人っきりという状況は、日本での感覚を持ち合わせている者同士ではきつすぎた。
その結果、いつもの様に僕はアンさんと同室。
ヒーちゃんはシャルたちと同室となった。
その部屋割りにも、ヒーちゃんは驚いていたが、シャルからアンさんがメイド兼護衛だと聞かされると、何も言わずに受け入れていた。
僕が支度を終えると、アンさんと二人で軽い朝食を摂る。
これから皆と合流をするのだが、ヒーちゃんと顔を合わせることに少し気まずさを感じる。
「ヒサメ様のことを気にしているのですか?」
「うん。僕とアンさんが同室になることに驚いていたみたいだから」
「大丈夫ですよ。それに、シャル様たちと同室ですから、ヒサメ様の疑問にシャル様たちが納得のいく説明をしてくれていますよ」
「そうだね」
アンさんの言葉で、僕は少しホッとする。
「では、行きましょう」
彼女に僕は頷くと、彼女の後ろをついて行く。
僕とアンさんが厩舎に到着すると、既にジーナさんとペスが準備を済ませて、待機していた。
僕は彼女たちに挨拶をしてから、見送りに来ていたダミアーノさんとオルランドさんのところへと向かう。
「大変お世話になりました。神鏡のことをよろしくお願いします」
「お任せ下さい。新しく送る神鏡だけでなく、ユナハの神鏡をお戻しする手配も済ませ、今日中には出発する予定ですので、ご安心下さい」
僕は、ダミアーノさんの言葉に驚いてしまう。
昨日の今日で、送れるように手配してくれたダミアーノさんとオルランドさんには、頭が上がらない。
「急な話だったのに、そこまでしていただいて、本当にありがとうございます」
「いえいえ、フーカ様たちは、これからが大変になるというのに、今はこれぐらいのことしかできなくて申し訳ありません」
「そんなことはありません。とても助かります。ありがとうございます」
「そう言っていただけるだけで、ありがたいことです。では、道中お気をつけて下さい」
僕はダミアーノさんとオルランドさんの二人と握手をすると、シーナさんたちのところへと戻る。
すると、エルさんとハンネさんがやって来た。
「私はフーカ君がしでかすところを見守りたいのに、残念だわ。何かやらかす時は言ってね。必ず駆けつけるわ!」
「……は、はい。エルさんこそやらかさないで下さいね。サンナさんとハンネさんが可哀そうですから」
エルさんと僕は皮肉を言い合って笑みを浮かべ合う。
近くに来ていたシャルたちは、僕たちを見て、顔をひくつかせていた。
「フーカ様、何か困ったことがあればご連絡を下さい。私とサンナ様はフーカ様の味方だということを忘れないで下さい」
「ハンネさん、ありがとうございます。僕たちだけではどうしようもない時は、お力を頼らせてもらいます。それと、エルさんのことで困った時はすぐに言って下さいね」
「ありがとうございます。その時はよろしくお願いします」
僕はハンネさんと握手をする。
その横ではエルさんがプクーと頬を膨らませていた。
ハンネさんたちとの別れを惜しみつつ、僕たちはワイバーンへ乗る。
今回は、ヒーちゃんとミリヤさんが僕と一緒にペスに乗っている。
ジーナさんに三人だけど、ペスは大丈夫なのかを尋ねると、荷物を他のワイバーンに分散しているので問題ないとのことだった。
そして、僕たちは首都ユナハへ向けて、ウルス聖教国を旅立つ。
上空を少し旋回して、他のワイバーンが合流すると、ペスはユナハの方向へと向かう。
僕が後ろを振り返ると、エルさんたちのワイバーンは、プレスディア王朝の方向へと転進していた。
彼女たちは、こちらに気付いて大きく手を振っていたので、僕も大きく手を振り返す。
その後、彼女たちは点の様に小さくなっていき、見えなくなった。
僕は、ちょっと切なさを感じる。
僕たちはユナハに向けて、速度を上げていく。
◇◇◇◇◇
前方にユナハ城が見え出す。
ここまでの道中、ヒーちゃんからは色々と教えてもらった。
僕の家族が僕のことを心配はしていたが、結構、気楽にしていたことや、学校は父の仕事に駆り出されているということで欠席にされてはいないこと。
他にも、椿ちゃんたちが姉ちゃんたちの冒険譚を知っていたのは、守り刀である伊織さんたちを通して見ていたことや、守り刀を通して見たことを鏡に録画できるからだということ。
つまり、僕の行動は彼女を通して見られ、録画されている。
僕はその話しを聞かされると、しばらく、フリーズしてしまい、彼女がその間も話してくれた内容は全く頭に入ってこなかった。
首都ユナハに入ると、城は徐々に大きくなっていく。
城の付近では、城から街の城壁へと続く大通りに人だかりができている。
そこには大きな穴があけられ、多くの兵士が道路工事? をしていた。
イーリスさんとクリフさんが、シリウスに僕の提案を教えたのだと分かった。
しかし、こんなに早く始めるとは、僕も思っていなかった。
その間に、ペスは着陸態勢を整え、高度を下げていく。
そして、見えてきた草むらへ静かに着地した。
すると、こちらへと向かってくる兵士と使用人に混じって、マイさんとイーリスさんの姿を見つけると、何だか、ちょっと嬉しくなった。
ジーナさんは、僕たちがペスから降りるのを手伝う。
後方では、シャルたちのワイバーンが次々と着地していく。
いつの間にか、マイさんとイーリスさんが僕の近くまで駆け寄ってきていた。
「フーカ君!」
「フーカ様!」
二人は小走りでこちらに向かいながら、僕を呼ぶ。
ちょっと照れ臭い。
しかし、次の瞬間、マイさんがイーリスさんを着き飛ばした。
ドン。ドサッ。
イーリスさんが僕の目前で転び、マイさんが僕に飛びつくように抱きついてくる。
こ、これは、どう反応すればいいのか分からない……。
「えーと、無事、戻りました。これからは、ここでお世話になることが多くなるのでよろしくお願いします。それよりも、イーリスさんが……」
「ん? イーリスは勝手に転んだのだから、放っておいていいのよ! そんなことよりも、お世話になるとか、お願いしますとかは言わなくていいわ! ここは、フーカ君のこっちでの我が家なのよ。遠慮しないの!」
前半の言葉がなければ、感動できたのに台無しだ。
「あ、ありがとうございます」
「そうじゃないでしょ!」
彼女はジーっと僕を見つめる。
「ただいま」
「はい、お帰りなさい!」
照れ臭く、嬉しくもあるのだが、彼女の後ろで仁王立ちしているイーリスさんが気になって、素直に喜べない。
「マイ様、私に何か言うことがあると思うのですが」
「えっ? 何のこと? 何もないわよ」
ピキッ。
イーリスさんの額に青筋が見える。
「マイ様、私を突き飛ばしましたよね?」
「知らない」
ピキピキッ。
彼女の眉間に皴が寄り、額の青筋が増えた。
「マイ様は、私に喧嘩を売っているのですか?」
二人の間にいる僕は、生きた心地がしない。
すると、背後からゴクッと生唾を飲む音がする。
僕の後ろに控えていたヒーちゃんとミリヤさんも同じようだ。
マイさんとイーリスさんの背後にシャルたちが姿を見せた……のだが、状況を察したのか、彼女たちは気まずそうな表情を浮かべて後ろへと下がり、距離を取った。
逃げたな……。
「それで、どうなんですか?」
黙って考え込んでいるマイさんに、イーリスさんが迫る。
マイさんは手をポンと叩く。
「そうだわ! こうしましょう。ペスちゃん、カプ!」
彼女はイーリスさんを指差す。
解決策を見つけたのだと思ったら、この人はなんてことを……。
ペスはイーリスさんに向かって口を開いたが、イーリスさんは落ち着いた表情で、ペスをキッと鋭い視線で睨む。
ペスは口を開けたまま動きを止め、目をキョロキョロさせてイーリスさんとマイさんを見定める様な仕草を取った。
ペスがとばっちりを受けて、可哀そうだ。
そして、ペスは意を決してカプった!
カプッ。
カプられたのはマイさんだった。
ペスは
空気を呼んだ行動がとれるペスに、僕は感心する。
「ぎゃぁぁぁー!」
マイさんのこもった悲鳴が響く。
モニュモニュモニュ。
……。
モニュモニュモニュ……。
何だかモニュが長い気がする。
モニュモニュモニュ。
さらに、モニュるペスの口の中で、マイさんがグテーンとしだした。
「あっ、ペス! ペッ!」
ペスはペッと彼女を吐き出す。
吐き出されたマイさんは、体をヒクヒクさせてのびていた。
「イーリスさんが『ペッ!』の号令を出さなかったから、ペスは吐き出していいのか分からなかったみたいだね」
「えっ? ペス、ごめんなさいね。あなたは悪くないですよ。よしよし」
イーリスさんは、しょんぼりしているように見えるペスの顔を撫でながら謝る。
「これ、どうしましょうか?」
シャルがマイさんを指差して、冷たい言葉を浴びせた。
「放っておきましょう。これを心配するだけ時間の無駄です」
アンさんからも冷たい言葉が浴びせられた。
「放っておくのは可哀そうじゃないかな?」
「フーカさん優しすぎます。叔母様を甘やかすと、後で後悔しますよ」
シャルはそう言うと、皆を引き連れてスタスタと歩き始めてしまう。
後で後悔って……。
仕方なく、彼女たちの後を追う。
僕の後ろでは、ミリヤさんがヒーちゃんに、詳細やいきさつを話しながらついてくる。
気になって、後ろを振り返ると、マイさんはまだのびていた。
こんな我が家は、ちょっと嫌だなと思ってしまう。
◇◇◇◇◇
エンシオさんの執務室で、僕たちはヒーちゃんの紹介をした。
エンシオさん、イーリスさん、シリウスとは何の問題もなく、ヒーちゃんとのお互いの紹介が終わる。
しかし、ヨン君の姿が見えない。
「ヨン君は、どうしたの?」
「彼は頑張ってますよ。フーカ様たちに会うのを我慢して、今も家庭教師のもとで勉強しています。夕食は彼も一緒ですから、その時に会えますよ」
イーリスさんは嬉しそうにヨン君のことを教えてくれる。
バタン。
執務室の扉が勢いよく開かれ、マイさんが仁王立ちしていた。
その姿は服装が変わり、髪も奇麗になっていた。
ただ、彼女の表情は膨れている。
「何で、誰も心配してくれないの! あんなところに放置なんて酷い!」
「フーカさんは、最後まで心配していましたよ」
マイさんの言葉にシャルが返事をすると、彼女は目をキラキラさせて満面の笑みを浮かべる。
「そうなの。フーカ君が。あらあら。フーカ君に後で何かしてあげないと」
彼女は嬉しそうに
その様子にシャルたちが嫌そうな顔をする。
「そうそう、新入りがいるのでしょう!」
し、新入りって……。
彼女はウキウキしながら僕たちを見回す。
「見つけた……けど、その格好は何?」
ヒーちゃんは、緑の迷彩柄をした戦闘服を着ているのだから、彼女が不思議に思うのも仕方がない。
彼女の服装に興味を持ったのは、シリウス、アンさん、レイリアの三人くらいで、他の人たちは、どこか受け入れられない様子だった。
ただ、オルガさんだけは、その服は便利ですよと感想を述べて澄ましていたけどね。
「初めまして、ヒサメと申します。よろしくお願いします」
彼女は頭を下げる。
「そう、あなたがフーカ君の守り刀なのね。ここを我が家だと思って自由にしてね」
「はい。ありがとうございます。お母さん!」
ヒーちゃんがマイさんにヒシっと抱き着いた。
「あらあら、この子は……」
「「「「「えっ? えぇぇぇー!!!」」」」」
マイさんと僕たちは、驚きの声をあげる。
「何で、マイさんも一緒になって驚いてるの!?」
「だって、私たちには子供が授からなかったのよ!」
「お母さん、酷いです。やっと会えたというのに……クスン」
マイさんも僕たちも何が何だか分からない。
エンシオさんなんか、石化している。
「えーと、ヒサメちゃん。私があなたの母だというのは、何かの間違いだと思うの」
「酷い! 二〇〇年前に私を産み落として、逃げたというのは本当のことだったのですね!」
「「「「「えぇぇぇー!!!」」」」」
マイさんと僕たちは、再び驚きの声をあげる。
「だから、何で、マイさんも驚いてるの!?」
「だって、身に覚えがないんだもの。……私って二〇〇年以上生きてるの? 私、お母様が生まれる前に生まれてるの?」
「そんな訳ないじゃないですか! ヒーちゃん、どういうこと?」
「お母さんが前世で狐だった時に、産み落とされたのが私です」
「えっ? 私の前世って狐なの……。ところで、その時の夫は狐だったの? イケメンの狐だった?」
……当時の夫を気にするところは、さすがはマイさんだと思う。
「ごめんなさい。私は産まれてすぐに、雫姉様が引き取ってくださったので詳しくは知りませんが、お父さんは狸だったそうです」
「「「「「……」」」」」
僕たちは絶句した。
マイさんも一緒になって絶句している。
ヒラヒラ。
ヒーちゃんから紙切れが落ちた。
僕はその紙切れを拾い上げると、指令書と書かれていたので読んでみる。
その紙には、マイさんがユナハの神鏡を移動させた犯人だった時、彼女を困らせる方法が書かれていた。
それは、今、ヒーちゃんがマイさんに話したセリフがそのまま書かれており、この一連の騒ぎが椿ちゃんによるものだと判明した。
「ヒーちゃん、もういいよ!」
僕は彼女に紙切れを見せる。
「あっ。バレてしまいましたか。椿様からの命令とはいえ、皆さんまで巻き込んでしまって申し訳ないです。ごめんなさい」
彼女が唐突に頭を下げて謝るので、皆は理解が追い付かずにキョトンとしていた。
僕は皆に紙切れを見せて、この騒ぎが椿ちゃんによるマイさんへのお仕置きだったことを説明する。
僕の横では、ヒーちゃんがシュンと申し訳なさそうにしていた。
そして、説明を聞いた皆の反応はというと、椿ちゃんと面識を持った面々は、多少は顔を引きつらせながらも納得し、面識のない面々は、少し困惑した感じだった。
ただ、
「ヒサメちゃんを養女にすればいいのよ! そうすれば何も悩む必要はないのです!」
彼女は僕の説明を何一つ聞いておらず、暴走していた。
それを見かねた皆が、彼女を止める。
ヒーちゃんもこの展開は予想外だったらしく、困惑していた。
その後、騒ぎが落ち着いてから、僕はエンシオさんたちに、プレスディア王朝とウルス聖教国での事を報告すると、彼らは悩みだしてしまった。
そして、
「軽率すぎます。と文句を言いたいところですが、相手が相手ですから仕方ないですね。すでに神鏡がこちらに送られているのですから、何とかします」
彼女はそう言ったが、その顔には苦悩の表情が浮かんでいた。
そんな彼女に、僕とシャルはひたすら謝る。
何故かヒーちゃんも一緒になって謝ってくれる。
僕たちからの報告も終わり、一段落すると、イーリスさんからも報告があった。
「これから、フーカ様はここに住むことになります。そこで、フーカ様の居室と皆の分の居室を用意しました。ただ、ヒサメ様の居室はこれから用意しますので、その間は、シャル様の居室をお二人で使って下さい。申し訳ありません」
「いえ、急に押し掛けたのはこちらです。ご迷惑をお掛けして申し訳ありません。シャルちゃんが良ければ、私はかまわないです」
「私は、ヒーちゃんと一緒でいいわよ」
シャルとヒーちゃんは、お互いの腕をからませた。
「そうですか、ありがとうございます。フーカ様、ヒサメ様だけでなく皆も、これからはここが我が家です。そのつもりで行動して下さい」
イーリスさんがいい感じに締めくくった。
僕は我が家が出来たことで、自分の居場所と帰る場所を同時に手に入れられて、とても嬉しかった。
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