第35話 新しい仲間

 椿ちゃんたちとの会談? も終わり、後は氷雨さんがこちらに来るのを待つだけなのだが、いつ、どの神鏡から来るのかまでは言われていなかった。

 どうしたものか? 

 この教会には、神鏡の置いてある部屋が二つある。

 どちらの神鏡から出てくるのだろう。


 すると、目の前の神鏡に波紋が浮かんだ。

 こちらの神鏡から出てくるようだ。

 しかし、神鏡から出てきたものは、人というよりもモコモコの生物だった。

 茶色と焦げ茶色のまだら模様のそれは、近くで見るとモコモコよりもモサモサといった感じだった。

 そして、その得体の知れないものは、まっすぐ僕へと向かってくる。


 「「「「「ぎゃー!」」」」」


 シャルたちの悲鳴がこだまする。


 「フー君!」


 その生物からは女の子の声が発せられ、突進してきた。

 僕は驚いたが、その生物を受け止める。

 しかし、その生物は重すぎた。

 僕は、その生物を支えきれなくて、そのまま、押し倒されてしまった。

 重すぎる……。重量に身体が圧迫されて苦しい。

 だが、僕の力ではどかすことも出来ず、ジタバタとするしかなかった。


 息苦しくて気が遠くなりかけた寸前に、新鮮な空気が肺に入ってくる。

 アンさんとレイリアが、二人がかりでその生物を引きはがしてくれたからだった。




 「あのー、この装備を外すのを手伝ってもらえませんか? お願いします」


 その生物から可愛らしい女の子の声が発せられる。


 「分かりました」


 僕は、そばによって確認すると、その生物の正体が分かった。それは、大きなリュックを前後に背負い、ギリースーツを着こんだ女の子だった。

 僕たちは総出で彼女の装備を外していく。


 「何ですか! この荷物、重すぎです」


 ケイトはリュックの重みに音を上げ、それを見かねたオルガさんとエルさんがケイトを手伝う。

 これじゃあ、まるで自衛隊の空挺部隊だ。

 さらに、隠密行動用の装備まで装着させられている。

 この重装備を着けさせたのが姉ちゃんの仕業だということは、僕には明白だった。 

 僕は、彼女に対して、とても申し訳なく思う。

 そして、ギリースーツとヘルメットが脱がされると、白く、きめ細やかな肌に、細身から標準くらいのスタイルで、ショートの黒髪をした少し幼さが残る面立ちの美少女が現れた。

 その姿を見たシャルたちは驚きを隠せないでいる。


 「初めまして。氷雨ひさめ 継守つぐもりと申します。どうぞ、ヒサメとお呼び下さい。皆さん、よろしくお願いいたします」


 彼女は姿勢を正して挨拶をする。


 「初めまして。私はシャルティナ・ユナハ・カーディアと申します。どうぞ、シャルとお呼び下さい。ヒサメ様にお会いできて光栄です。よろしくお願いいたします」


 シャルはいつになく緊張している様に見える。

 周りを見ると、エルさんは軽くひざを曲げて頭を下げ、他の皆はひざまずいていた。


 「えっ? 皆、何してるの?」


 「「「「「……」」」」」


 誰も返事をしてくれない。


 「フーカさん、ヒサメ様は神使しんしなのですよ。それは、ツバキ様とシズク様の眷属けんぞくということなんです!」


 シャルが説明をしてくれたのだが、ピンとこない。


 「うん。それは分かっているけど、それがどうしたの?」


 シャルを筆頭に皆がその場に崩れ落ちた。


 「シャル様。フーカ様は、そのあたりの常識が欠けているから、言っても無駄ですよ。今のフーカ様の頭の中は、可愛い女の子、ゲットだぜー! としか思っていないですよ!」


 ケイトは、手にボールを掴んだ仕草で、その手を前に突き出して、彼女へ助言をする。 

 何で、そこまで言われなければいけないんだ! それに、その仕草と「ゲットだぜー!」って言葉をどこで覚えた!

 僕は気になる人物を見る。

 すると、オルガさんは顔をそむける。

 やっぱり彼女だった。


 「あのー、フー君。氷雨です。これからよろしくお願いします」


 「あっ、は、はい! 氷雨さん、こちらこそよろしくお願いします」


 本当なら、彼女を椿ちゃんから紹介されて、今頃は満たされた学生生活を送っていたかもしれないのに、こんな状況で顔を合わせることになって悔しい。


 「フー君、私のことは氷雨と呼び捨てでいいです」


 彼女がニッコリと微笑むと、その可愛さにドキドキしてしまう。

 小さかった頃に、彼女を遠縁の男の子だと思い込んでいた自分が恥ずかしい。


 「えーと、女の子の名前を呼び捨てにするのは恥ずかしいので、昔みたいにヒー君……いや、ヒーちゃんと呼ぶことにします。いいですか?」


 「はい、かまいません」


 何だかもの凄く照れ臭い。


 「私とレイリアは、呼び捨てにしても恥ずかしくないんですね!」


 「うっ……」


 ケイトから思いもよらぬツッコミが入れられた。

 二人を見ると、ケイトはニンマリしていたが、レイリアはシュンとしてしまっている。

 二人を呼び捨てで呼ぶようにした理由が頭をよぎった。

 あまりにもふざけた行動を取る二人には敬称なんていらないと思ったなんて言えない。

 どうしよう、掛ける言葉が何も見つからない。


 「お二人は、呼び捨てで呼ばれているのですか?」


 「はい! 申し遅れました。私はケイト・テネルと申します。ヒサメ様よろしくお願いいたします」


 「レイリア・クーネと申します。ヒサメ様よろしくお願いいたします」


 ヒーちゃんが言葉を掛けると、二人は緊張した面持ちで自己紹介をする。


 「そうなんですか。呼び捨てで呼んでもらえるなんて、ケイト様とレイリア様は、フー君から親しみを持たれているのですね。羨ましいです」


 彼女の言葉にケイトは困って黙ってしまい、レイリアは満面の笑みで喜んでいる。

 そして、彼女は僕に向けて、ウィンクして見せた。

 僕が困っていることを察して、助けてくれたのが分かって、とても嬉しい。




 その後、自己紹介がまだだった人たちが順番に、ヒーちゃんと挨拶を交わしていく。

 ここである問題が発生する。

 彼女と皆は、名前の呼び方で悩み始めたのだ。

 皆は、彼女に様と敬称をつけて呼ばれる事に抵抗があり、それは、ヒーちゃんも同じだった。

 結果、ヒーちゃんは、皆のことをさん付けかちゃん付けで呼ぶこととなり、皆は、基本、ヒーちゃんのことを様付で呼ぶが、私的には自由な敬称で呼ぶこととなった。 

 僕も様付けで呼ばれているので変更を要求したが、却下された。

 話しがまとまったところを見計らって、ダミアーノさんが場所を移すことを提案した。


 そして、僕たちは客間へと案内される。

 客間はダミアーノさんの執務室よりも広く、調度品がそろっていて、ゆったりとできるスペースになっていた。


 その部屋で、僕はヒーちゃんから、ハリセンと醤油のペットボトルを渡される。

 シャルたちは、ハリセンをとても気にしていたので使い方を教えた。

 その時、ハンネさんに「これでなら、上司を叩いても許される」と冗談を言ったら、彼女は信じてしまい、譲ってほしいとせがまれてしまった。

 そして、ハリセンの使い方を知ったシャルたちは、エルさんとケイトをじっと見つめる。

 二人が何かしでかすのを待っている様にしか見えなかった……。


 その後は、ヒーちゃんの荷物を確認をしていく。

 彼女も自分の持ち物以外は、何を入れられているのかを知らなかったからだ。

 その中身は、無線機、クロスボウ、暗視スコープなどから日用品まで様々な物が詰め込まれていた。

 変わった物では、『オルガちゃんへ』と書かれた袋があった。

 ヒーちゃんはその袋をオルガさんに渡す。

 彼女が袋から中身を取り出すと、衣類と四本のナイフが入っており、そのナイフには、柄の部分にナイフホルダーから伸ばせるワイヤーがフックで取り付けられるようになっていた。

 オルガさんは喜んでいたが、僕はそのマニアックなナイフに、姉ちゃんらしいと顔を引きつらせる。


 皆は、取り出されるヒーちゃんの荷物に興味が尽きない感じだったが、アンさんとレイリアだけは他の物にも興味を抱いてた。

 それは、ヒーちゃんが持っている刀だった。


 「ヒサメ様、その刀を見せてもらえますか?」


 切り出したのはアンさんだった。


 「いいですよ。どうぞ」


 そう言って、彼女はアンさんに刀を渡す。

 そして、アンさんが鞘から刀を抜くと、見事な刀身が現れる。

 皆はそれを見て息をのむ。

 アンさんは色々な角度から刀を見ると、鞘に納めた。

 すると、皆が息を吐いた。


 「見事な刀ですね。銘は何と言うんですか?」


 レイリアが尋ねると、何故か彼女は顔を赤らめる。


 「この刀の銘は『ぽい』です」


 彼女は下を向いてしまう。


 「……。ぽい?」


 レイリアは首をかしげる。


 「はい、私も聞かされた時は冗談かと思いましたが、椿様が『ぽい』と名付けたそうです」


 「そ、そうですか。『ぽい』ですか」


 さすがにレイリアもどう反応していいのか困っていた。

 他の人たちも呆然としているだけで、反応する者はいない。

 椿ちゃんは、どうしていつも当の本人がいないところで、しでかすのだろう……。

 この空気を何とかして欲しい。


 コン、コン。


 扉が叩かれて、夕食の用意ができたことを告げられる。

 おかげで、室内の雰囲気が変わり、時間が動き出したような錯覚がする。



 ◇◇◇◇◇



 夕食は客間で摂ることになった。

 食事をしながらの楽しい会話は、ヒーちゃんと皆が打ち解けるのに、良い方向へと運んでくれた。

 特に、シャルとヒーちゃんは、年の近い女の子同士ということもあって、お互いをシャルちゃん、ヒーちゃんと呼び合うまでに仲良くなっている。

 僕は、ヒーちゃんと皆のあいだにあった神様と人の垣根のようなものがなくなって安堵する。


 そんな皆の姿を眺めていると、ミリヤさんが僕のそばへと来る。


 「どうしたの?」


 「ヒサメ様もフーカ様の婚約者なのですよね」


 「勝手に決めらたことだけど、そうなるね」


 「では、正室は、ヒサメ様とシャル様のどちらになるのでしょうか?」


 「うーん。どうしよう?」


 「私に聞かれても……。ただ、ヒサメ様を側室というわけにもいきません。かといって、シャル様を側室にするわけにもいきません。どうしましょう」


 僕たちは悩みまくったが、答えを出せないでいた。

 すると、エルさんがこちらへと来る。


 「二人で難しい顔をして、どうしたの?」


 僕はミリヤさんと悩んでいたことを彼女に話した。


 「なるほどね。そんなの二人とも正室でいいじゃないの!」


 「「へっ?」」


 僕たちは拍子抜けな顔をしてしまう。


 「何、その顔は? ヒーちゃんが向こうの奥さんで、シャルちゃんがこっちの奥さんでいいじゃないの。もっと面白そうなことで悩んでいるかと思ったのに、つまらないわ」


 僕とミリヤさんの悩みはあっさりと解決してしまった。

 しかし、彼女に対して何とも言えぬ苛立ちが沸き上がるのは何故だろう。

 それは、ミリヤさんも同じだったようだ。




 僕とミリヤさんが腰を掛けているソファーの後ろからスーっと顔が現れた。

 

 「「ヒィー!」」


 僕たちはソファーから飛び退き、悲鳴を上げる。

 周りからは笑いが起きて、恥ずかしい。

 そして、その正体はケイトだった。


 「ケイト! 何をしてるのかな?」


 「そうです。ことと次第によっては許しませんよ!」


 ミリヤさんの目は座っていた。


 「いえ、驚かす気はなかったんです。ただ、話しを聞いていて思ったんですが、ヒサメ様とシャル様のどちらが現地妻になるんですか?」


 スパーン。


 僕はハリセンで彼女の頭を叩く。

 すると、何故か皆から拍手喝采が送られる。


 「あれ? 音は凄いのに、あまり痛くはないんですね!」


 「痛くする叩き方もあるよ」


 「い、いえ、遠慮します」


 彼女は、頭を押さえて首を大きく横に振る。


 「話しを戻しますが、どっちが、ひぎっ!」


 いつの間にか、ミリヤさんがケイトの背後に回り、彼女の頭を鷲掴みにした。


 「ケイト。これ以上、話しをややこしくしないの! わかった?」


 「は、はい! わかりました!」


 ケイトは顔を青くして、返事をする。

 解決されたことがおかしな方向へと向かうことは阻止できた。


 「ミリヤさん、こっちにも現地妻って言葉はあるの?」


 「察しはつきますが、そんな言葉はありません。それで、正確にはどんな意味なのですか?」


 「出先とかでお世話をしてくれる愛人をさす言葉」


 「なるほど。それでは、お二人は婚姻するので、あてはまりませんね」


 僕はケイトに現地妻を教えたと思われる犯人を見る。

 オルガさんはこちらの視線に気付くと、レイリアの後ろへと隠れてしまった。

 分かりやすい犯人だ。




 少し経つと、シャルが皆を集めて話し出す。


 「皆、ご苦労様でした。神鏡に関しては、ダミアーノ教皇とオルランド枢機卿が引き受けてくれたので、心配することはありません。そして、エルフ領プレスディア王朝とウルス聖教国との関係も築きました。さらに、ヒサメ様が新しい仲間として加わってくれました。まだ、問題は山積みですが頑張っていきましょう!」


 「「「「「はい!」」」」」


 「では、明日、ユナハに帰りましょう」


 「「「「「はい!」」」」」


 最後はビシッと決まって気持ちがいい。


 「ハンネ! 私たちもユナハへ一緒に行くわよ!」


 パシーン。


 ハンネさんがエルさんの頭をハリセンで叩く。


 「エル様、私たちは国に帰ります。サンナ様に報告することが山ほど出来たのですから、諦めて下さい!」


 「ハンネ、それは?」


 「フーカ様から予備のハリセンをいただきました。これで、叩いても言うことを聞かなかった時は、オトハ様にエル様だけをお仕置きしていただく約束もしていただきました」


 「ハンネ、あなた、なんてことを……。えっ? 私だけ?」


 「はい。エル様だけですので、国や他の者たちは大丈夫なのでご安心下さい」


 ハンネさんの言葉を聞いて、エルさんが僕を睨んでくる。


 「自業自得です」


 僕はそう言って、ニコッと笑みを返す。

 僕の言葉を聞いた皆もウンウンと頷いている。

 すると、彼女の顔から血の気が引いていき、その場に崩れ落ちた。

 僕たちは、エルさんを苦笑して見つめる。

 結局、最後は締まらなかった……。

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