第34話 氷雨、ファルマティスへ(氷雨視点)
フー君が間違って転移されてから数日が経ちました。
まだ、彼の足取りはつかめていません。
私も彼の家族も吉報を待ちわびています。
彼が転移された後は、私が風音お義姉ちゃんと音羽姉様に送ったメールで、椿様が大変な目にあっていました。
主神なのに二人にいびられ、脅され、足蹴にされ、土下座をさせられていたのです。
椿様の顔は青ざめ、目には涙が溜まっていて、今にも泣きだしそうでした。
その様子を見かねた雫姉様が間に入らなければ、椿様はどうなっていたのでしょう。
想像するだけで恐ろしいです。
私は二人にメールを送ってしまったことを深く反省しました。
その後、雫姉様が風音お義姉ちゃんと音羽姉様をなだめてからは、平穏な日々が続いています。
しかし、雫姉様が椿様に扇子に反応があったことを報告すると、事態は急変しました。
椿様は私と目を合わせてから、雫姉様にフー君がどこにいたのかを聞きました。
すると、雫姉様は鏡を使って場所を示します。
「ファルマティスです。カーディア帝国のこの辺にいるみたい」
彼女はそう言うと、鏡に映る上空からの画像を指差します。
その場所を確認した椿様が眉をひそめました。
「風和は何でこんなところにいるんだ? 野宿をしているようだけど……。冒険者? 商人? まさか、奴隷になっていないだろうな?」
「奴隷はあり得ないわ。従属魔法も隷属の首輪も効かないから大丈夫よ。それに、そんなことをすれば、反応があるはずだし……」
「まさか、魔獣や野盗に襲われたのか?」
「さあ? そこまでは分からないけど、無事なのは確かよ」
雫姉様は首を傾げ、椿様は腕を組みます。
「どこかを目指しているみたいだな。少し様子を見よう。氷雨はいつでも行けるように準備をしておけ!」
「はい!」
椿様に私は返事をしました。
そして、フー君の安否が分かり、少しホッとしています。
それから数日が過ぎました。
フー君の居場所が分かってからは、音羽姉様と風音お義姉ちゃんがこまめに顔を出す様になったのです。
風音お義姉ちゃんに至っては、神社に住み込んで巫女のバイトまでしています。
彼の居場所は分かっても、何をしているかまでは分からないので、皆、歯がゆい思いをしているのです。
また、数日が過ぎました。
フー君はアルセ市で足止めをされているようです。
しかし、そこからの動きは、とても速く、アルセ市から首都ユナハまでを一日で駆け抜けたのです。
椿様は、ワイバーンを使ったのだろうと推測していました。
椿様たちは、ユナハには神鏡があるので、そこに着いたフー君たちが鏡を使って何かしらの行動を起こすと推理して、鏡の前で待機していました。
しかし、何も起こりません。
それどころか、フー君たちが再び移動を始めました。
椿様と雫姉様が鏡を使って、何が起きているのかを調べだしました。
すると、二人の顔が引きつりだします。
「何で、ユナハの神鏡がウルス聖教国に移されているんだ!」
椿様が怒鳴りました。
「姉さん、落ち着いて。ユナハにはマイさんがいますよ。きっと、彼女のことだから『こんなでかい鏡は邪魔』とでも言って、ウルス聖教に寄贈してしまったのだと思いますよ」
「なっ! 確かマイは、
雫姉様の言葉に椿様が納得すると、二人はその場に
楓乃様が日本とファルマティスを行き来していることは知っていましたが、娘がいることは初耳です。
そこで、二人にマイ様のことを尋ねると、大雑把で後先を考えない楽天的な方だそうです。
何故か、胸騒ぎがするのは気のせいでしょうか? 彼がとても心配です。
私が不安になっていると、神鏡が使われるかもしれないことを聞きつけた風音お義姉ちゃんと音羽姉様が、訪ねてきました。
しかし、椿様たちから事情を聴き、楓乃様とマイ様の名前が出ると、二人は顔を引きつらせて足早に退散してしまいます。
私の不安は、さらに大きくなってしまいました。
「風和たちは、どこに向かっているんだ?」
椿様の声に私と雫姉様は鏡を覗き込みます。
「あら。ウルス聖教国ではなく、エルフ領プレスディア王朝に向かってるわね。何故かしら?」
雫姉様も首をかしげて、不思議がっています。
鏡がなくても、椿様たちは守り刀を通して、映像や音声を鏡に出すことができます。
ですが、フー君の守り刀である私が一緒にいないので、彼が何処にいるかをGPSで表示させている様な状態です。
私は責任を感じて、気落ちしてしまうと、雫姉様が察してくれ、私には責任がないと慰めてくれました。
その後、彼らがプレスディア王朝から動く気配はありませんでした。
翌日、私が学校から帰ると、フー君たちはウルス聖教国へと入り、神鏡を使って王印の儀式を行っていました。
鏡には、彼らのその様子が映し出されています。
久しぶりに見た彼の姿に、私は泣き出しそうになるのをグッと堪えました。
フー君の様子を見ていた椿様、雫姉様、風音お義姉ちゃん、音羽姉様の四人は、彼の周りに女が多いことをとても気にしていました。正直、私も気になります。
しかし、その日は、フー君たちが神鏡から離れて、鏡に映らなくなりました。
すると、椿様たちと野次馬の様に群がっていた神使たちは、昼ドラを見終わった主婦たちの様に解散してしまいます。
他にもすることがあるのは分かりますが、あんまりだと思います。
その後、私は風音お義姉ちゃんに呼ばれました。
しかし、何故か彼女に呼ばれた部屋は、私の自室でした。
そして、部屋に入ると、大きな荷物の山があるのです。
「風音お義姉ちゃん、これは何ですか?」
「ヒーちゃんが、ファルマティスへ行く時に持って行く装備品よ」
私は愕然としました。
量も多いのですが、ほぼ全部がミリタリーグッズなのです。
「これ、全部ですか?」
「そうよ! ちゃんと
ニコニコと満面の笑みを向ける彼女に、いらないとは言えません。
「あ、ありがとうございます」
私は荷物を一つ一つ確認すると、ヘルメットや防弾チョッキから
「あのー、このヘルメットは?」
「テッパチよ!
「そ、そうですか。そんな貴重な物を持って行くわけにはいきません」
「ダメよ! せっかく用意したんだから持って行って!」
「は、はい」
彼女が何を言っているのかは分かりませんでしたが、貴重なヘルメットだということだけは分かります。
そして、断れずに、それを持って行くことになってしまいました。
その後は、風音お義姉ちゃんから装備品のレクチャーを受けましたが、迷彩服一つをとっても、二型だの三型だのと解説をされるのです。
私の頭の中はちんぷんかんぷんです。
そして、そのレクチャーは彼女の気が済むまで続くのでした。
風音お義姉ちゃんのレクチャーが終わると、今度は椿様に呼び出されます。
彼女の部屋へ行き、私が彼女の前に座ると、おもむろに刀を手渡されました。
その刀の神聖さと重みが、私の体中へ緊張を走らせます。
「この刀には神気が込められている。必ず、氷雨の助けになると思うから、
「はい。ありがとうございます。この子の銘は何と言うのですか?」
「『ぽい』だ!」
「はっ?」
「だから、それの銘は『ぽい』だ!」
「ふざけてますか?」
「違う! 本当に『ぽい』なんだ」
私は絶句しました。
こんな見事な刀の銘が『ぽい』だなんて……。
私が彼女に銘の由来を聞くと、水しぶきを立てずに水を斬れるところから、金魚すくいの『ポイ』のようだから、銘を『ぽい』と名付けたそうです。
私は、あきれた表情を顔に出さないようにして、彼女にお礼を述べると、その場を立ち去りました。
フー君たちがウルス聖教国へ入って二日目、私たちは彼らが神鏡を使って連絡を取ってくるだろうと、朝から神殿で待機をしています。
ですが、彼らはなかなか連絡をくれません。
こちらから連絡が取れないのは、精神的にひどく疲れます。
そして、お昼前になり、椿様がラーメン屋に出前を注文すると言い出し、その場にいる全員の注文を聞いて回ります。
神使たちにまで注文を聞いてメモを取る彼女の姿は、主神とは
しばらくして、ラーメンが届いたという連絡が、社務所から入りました。
届いたラーメンは、麺が伸びないように麺とスープが別けてあり、スープは専用のポットに入れられていました。
椿様が麺と具が入っているラーメンどんぶりにスープを入れて食べ始めようとすると、彼女のスマホの着信音が鳴り響きます。
彼女はスマホを取り出し電話に出ると、フォルダーを送ってから掛けなおすと言って一旦切りました。
仕事のお話しのようです。
そして、私たちに部屋で作業しながら食べることを告げると、割り箸を口にくわえ、ラーメンを両手で持って立ち去りました。
私たちもラーメンを食べ始めます。
風音お義姉ちゃんは、豚骨スープと醤油スープを入れて、「ここのラーメン屋は、こうするともっと美味しいのよ!」と教えると、皆が真似をします。
もちろん、私も真似をして食べると、いつもより一段と美味しくなっていました。
ドタドタドタ。
椿様がラーメンを持ったまま戻ってきます。
「姉さん、どうしたの? 部屋で食べるんじゃなかったの?」
雫様が不思議そうに尋ねます。
「ふんひょうひ、ふーひゅふふふっへふ!」
「姉さん、箸! 何を言っているのか分からないわよ!」
椿様はくわえていた箸を取ると、話し直します。
「神鏡に、風和が映ってる!」
彼女の言葉を聞いて、皆は自分のラーメンを見つめます。
そして、ズズズーと一斉に食べ始めました。
フー君よりもラーメンが優先された瞬間でした。
その光景は、まるでラーメンの早食い大会の様です。
風音お義姉ちゃんと音羽姉様は、チャーハンまで注文していたので必死でした。
私はしばらくラーメンが食べられないと思い、その味を心に刻むように味わっていると、風音お義姉ちゃんがチャーハンを半分渡してきます。
「向こうに行ったら、しばらくは味わえないから、チャーハンも味わっておこうね!」
彼女の言葉に涙ぐみそうになります。
「そうね。はい、これも向こうでは味わえないから!」
今度は、音羽姉様がチャーシューとメンマを私の器に入れてくれます。私の心は、とても温かくなりました。
椿様は食べ終えると、支度をしてくると言って、その場を立ち去りました。
その後、食べ終えた者から順に、椿様の手伝いなどに駆り出されていきます。
私は食べ終えると、自室に向かい、風音お義姉ちゃんの装備に着替えます。
そして、
この姿でフー君に会う事になると思うと、気が滅入ってきます。
後はリュックを背負うだけです。
私はリュックに両肩を通して立ち上がります……立ち上がります……重くて立ち上がれません。
まだ、もう一つリュックがあるのにどうしましょう。
私が悩んでいると、風音お義姉ちゃんが様子を見に来てくれました。
「ヒーちゃん、それを背負うのにはコツがあるの!」
そう言って、彼女は私をどかすと、リュックに両肩を通します。そして、反動をつけて、横に倒れて四つん這いになり、スクッと立ち上がってしまいます。
「分かった?」
「はい」
「自衛官は国民を護るために、この装備を着けて、毎日厳しい訓練をするのよ。ヒーちゃんも神様の一員なのだから、地域の人を護るため、これくらい出来るようにならないとダメよ!」
「は、はい」
彼女の言っていることは正しいとは思うのですが、自衛隊と神様では護る意味合いが違う気がします。
私は彼女に言われた通りにリュックを背負うと、立ち上がれました。
すると、彼女はもう一つのリュックを前側にフックで取り付けてくれます。
姿見鏡に映る私の姿は、自衛隊を題材にしたドキュメンタリー番組で見たような気がしました。
その後、私は神殿の端で待機をします。
床に座ると、また、立ち上がるのに苦労するので、椅子に座って壁に寄りかかっていました。
皆は、私を見るとギョッとしてから、私の前を通り過ぎて行きます。
すると、
椿様たちはフー君たちと会話をしているようですが、こちらまでは聞こえないので、残念です。
しばらくすると、音羽姉様が椿様を引きずってきます。
そして、私の近くで音羽姉様の雷が椿様に落ち、椿様は泣きそうでした。
その後は、音羽姉様のお説教が続きます。
私が二人を眺めていると、彼女たちはこちらに気付いて驚いています。
そんな二人は、こちらに近付くと、私の肩を優しく叩き、鏡の方へと戻って行きました。
どれくらい経ったのでしょうか、椿様たちがフー君たちとの会話を終えて戻ってきました。
彼女たちは私を見た後に風音お義姉ちゃんを見つめます。
でも、彼女には何も言わずに、諦めた表情を浮かべました。
私は荷物の重みであまり動けないので、座ったままその様子を見守ります。
すると、雫姉様だけがその場を離れ、しばらくすると、一・八リットル醤油のペットボトルを二本とハリセンを数本持ってきました。
そして、私のリュックに詰め込みます。
私はこれ以上重くなるのかと思うと、落胆するのでした。
「氷雨、ごめんなさい。フーちゃんから頼まれた物だから我慢してね」
「雫姉様、醤油は分かるのですが、ハリセンは?」
「それも、フーちゃんに頼まれたのよ」
「そうですか」
何故、ハリセンが必要なのかは疑問ですが、フー君が頼んだ物なら仕方ありません。
私は、そう自分に言い聞かせます。
「氷雨、風和のことを頼むぞ!」
「はい。分かっています」
椿様は私の返事に黙って頷きます。
音羽姉様、風音お義姉ちゃん、雫姉様からもフー君のことを頼まれます。
私は三人にも良い返事をすると、彼女たちは優しい顔で私を見つめ、抱きしめてくれました。
ちょっと、照れ臭ったですが、とても嬉しかったです。
そして、椿様たちが鏡の前まで私を連れて行ってくれます。
「風音、さすがにこれは持たせ過ぎじゃないか?」
私を支えながら椿様が心配をしていましたが、風音お義姉ちゃんは指を立てて、左右に振ります。
「チッチッチ。向こうに行ったら、こちらでは当たり前の物がないのよ。特に、ヒーちゃんは女の子なのだから、持たせられるものは出来るだけ持たせてあげないとね」
彼女はそう言うと、私を寂しそうに見つめました。
彼女なりに私を心配して持たせてくれたことに嬉しくなります。
先ほどまで、フー君たちと連絡を取っていた大きな鏡の前に到着しました。
私は、既にうっすらと汗を掻いています。
今、私の周りには、椿様たちだけでなく、伊織兄様と神使たちも集まっています。
「行ってきます!」
私は皆にそう言って、鏡に足を入れると、波紋が水面の様に広がっていきます。
後方からは、皆の「頑張って!」「いってらっしゃい!」と言った言葉が聞こえます。
私は、そのまま鏡へ沈み込むように、その中へと入っていきます。
すると、皆の声は聞こえなくなり、代わりにフー君たちの姿が視界に映ります。
「フー君!」
私は叫びました。
彼はこちらに気付くと、驚いている様子でしたが、やっと、会えたのです。
小さな頃から彼の守り刀になることを目指していました。
その夢がとうとう叶えられる。
そして、彼のそばにいられる。
そんな思いが私を突き動かし、私は装備で重くなった身体を無理矢理に動かすと、彼に飛びつきました。
彼からは悲鳴の様な叫びが聞こえた気がしましたが、もう、私の力でもこの重量の勢いは止められません。
私を支えようとした彼は、私と共にその場に倒れてしまいます。
せっかく会えたのに、私が思い描いた光景とかなりズレていることが、とても残念です。
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