第25話 血縁者

 僕たちは城内をひたすら歩いている。

 広すぎる……。

 階段を数階昇り、長い廊下をひたすら歩いて、やっと、領主の待つ執務室へと着いた。


 コンコン。


 「シャルティナです。失礼します」


 「ヒィー! 何で、シャルが来るんだ!? フーカ君を呼んだのに……」


 シャルが扉を開こうとすると、中から男性の悲鳴が聞こえる。

 彼女は、一度、僕たちのほうを振り向き、眉間に皺を寄せた。

 そして、再び扉に向き合うと、勢いよく扉を開いてズカズカと中へ入って行く。

 僕たちも、その後に続いて中へと入る。


 「叔父様、私では何か不都合なことでもございましたか?」


 「いや、そういうわけではないんだが……。おぉー、しばらく会っていないうちに見違えたではないか! ん? 体つきはまだまだだな。ちゃんと食わんと、出るところが貧相なままになってしまうぞ!」


 会って早々、凄くインパクトのあるというか、命知らずな人だと思う。

 静かにしているシャルから、ブチッ、ブチッと音が聞こえる気がする……。

 ここは、遠くから見守ろうと一歩下がる。

 だが、皆はもっと下がっていた……。


 「お、じ、さ、ま、会って早々、喧嘩を売ってくるとは、いい度胸です。私はどーしたらいいのですかねー」


 「いや、待て待て、可愛い姪っ子のためを思ってだな……。って、ちょっと、待て、待って!」


 シャルは領主に向かって走ると、机を踏み台にして、領主に飛び蹴りを放った。


 ドタン。


 彼は胸元に蹴りを受けて、椅子ごとひっくり返り、シャルは、机の上で仁王立ちになると、フンと鼻を鳴らしていた。

 シャルの新しい一面を見ることができた。

 嬉しいかどうかは別問題だけど……。


 彼は、気まずそうに蹴られた胸を押さえながら立ち上がる。


 「こ、これは、お恥ずかしいところをお見せして、申し訳ない。コホン。私は、ユナハ伯爵自治領領主 エンシオ・フォン・ユナハです。まあ、立ち話というわけにもいかないので、お掛け下さい」


 エンシオさんはそう言って、机の上で仁王立ちしているシャルをスルーする。

 そして、僕たちにソファーを指して勧めた。

 ソファーに、僕とミリヤさんとケイトが座ると、対面にエンシオさんとスルーされてさらに苛立っているシャルが座り、彼女の隣にイーリスさんが座る。

 他の人たちは、後ろに並んでいた椅子を持ってきて、僕側の後ろに並べると、そこへ座る。




 エンシオさんは、ロングストレートの金髪に、どことなくシャルと似ているような面立ちをしていてた。

 そして、髭を生やしていないからか、清潔感があった。

 さっきの光景を目にしていなければ、キリッとしつつも優しそうな、好感の持てるおじさんだと思っていたことだろう。


 「フーカ君のことは聞き及んでいたが、そちらのダークエルフのお二人は初めてですね」


 彼はオルガさんたちを見つめる。


 「お初にお目にかかります。私はオルガ・ラ・アルテアンと申します。ゆえあって、フーカ様にお仕えすることとなりました。そして、こちらはヨン・オーバリ、私と同郷の者です。お見知りおき下さい」


 彼女が椅子から立ち、頭を下げると、ヨン君も彼女の真似をする。


 「オルガさんとヨン君ですね。こちらこそよろしくお願いします。ん? アルテアン? ……まさか、褐色の風ということはないですよね。ハハハハハ」


 「すみません。それは、私のことです……」


 「……。いやー、参った。フーカ君のことは、手紙の内容から重要人物であることは察しがついていたが、まさか、魔王国侯爵家のアルテアン様の御息女をすでに配下にしていたとは……。ユナハ国を建国したらファルマティスの国々は、ユナハ国を無視できなくなりそうだね」


 彼は、驚きは見せたものの、落ち着いて大人らしい対応をとった。


 まだ、自己紹介をしていないのに、何やら僕の知らない衝撃的な事実が出てきた。 

 思わず、オルガさんを振り返ると、彼女はサッと顔を逸らした。

 魔王国侯爵家の御息女って、この人はとんでもないことを隠していたよ……。

 シャルたちは知っていたのだろうかと、対面に座るシャルを見ると、顔が引きつっている。

 知らなかったんだ……。

 それよりも、僕の自己紹介だが、どう話したらいいのか分からなくなってしまった。


 「で、君がフーカ君だね」


 エンシオさんが僕を見つめてくる。


 「はい、フーカ・モリと申します。ただの平民の生まれです。こちらでウルシュナと呼ばれているポンコツな神様のせいで、ファルマティスに来てしまいました。よろしくお願いします」


 自分でも何を言っているのだろうと思う自己紹介を聞いたエンシオさんと皆は、困ったような呆れたような視線を送ってくる。


 「叔父様、フーカさんの話しを真に受けないで下さい。彼は、元の世界の日本という国では平民というだけです。それに、ウルシュナ様は間違えただけで……。私もどう説明したらいいのか……。そう、彼は魔皇帝であるカザネ様の弟です!」


 シャルはフォローのつもりなのだろうか? 滅茶苦茶だ。

 そして、エンシオさんは、思考が追いついていかない様にも見える。




 しばらく、エンシオさんが頭の中を整理するのを待つ。

 彼は、ふと、我に返ったように顔を上げると、頭を抱えてうなだれ、そのまま、沈黙が続いた。


 コンコン。


 「あなた、シャルちゃんとフーカ君が来たのでしょ!?」


 扉が開き、セミロングにウェーブのかかった黒髪の女性が入ってきた。

 彼女は、和風美人な顔立ちで、日本人女性だと言われたら信じてしまうほどだった。


 「あら? 何、この空気は……」


 彼女は首を傾げた。


 「まあ、いいわ。皆さん、お茶にしましょう! ユナハについてから何も口にしていないでしょ」


 そう言って、彼女はメイドたちに指示を出し、テーブルにはお茶と軽食が並べられていく。

 後ろで椅子に座っていたオルガさんたちには、テーブルまでもが用意された。

 少し、落ち着きたかったので、遠慮なくお茶と軽食をいただく。

 それは、野菜とお肉を挟んだサンドイッチだった。

 食べてみると、パンはフランスパンのように外が固く、バターが塗ってあるだけで、ソースのたぐいは使われていない。

 お肉は、塩と胡椒だけで焼かれた薄味、小間切れが使われているのだろうか、違う部位も入っているようだ。

 そして、ピクルスのような酸味のある物も入っている。

 これはこれで美味しいのだが、どことなく物足りない味に感じる。




 皆が食べ終えたところを見計らって、先ほどの黒髪の女性が話し出す。


 「ごめんなさい。自己紹介がまだでしたね。私はエンシオの妻のマイです。よろしくお願いしますね」


 マイさんは、場を和ませるほどの明るい性格みたいだ。

 そして、容姿だけでなく、名前まで日本人のようだった。

 日本と関係があるのだろうか?


 マイさんは、椅子をソファーの脇に置き、座った。


 「あなたがフーカ君ね。会うのを楽しみにしていたのよ」


 「はい、フーカ・モリです。よろしくお願いします」


 「嬉しいわ。母以外の日本人を見るのは初めてなの!」


 「えっ? 母?」


 何だか、また、衝撃的な事実を知らされそうだ……。


 「そう、私の母はね、カエノ・フォン・リンスバックっていうの。旧姓はツグモリよ」

 

 「……。継守つぐもり 楓乃かえの……」


 僕は聞き覚えのありすぎる名前に漢字まで浮かび、額から汗が吹き出すと、思考が止まった。


 「フーカ様、大丈夫ですか? 凄い汗ですよ」


 ミリヤさんが僕の汗を拭いてくれる。


 「ちょっと、頭が混乱して……」


 皆に話していいのかを悩むが、話さなければ、話しが進まない。

 皆も困惑することが分かっているだけに、話しづらい……。

 僕は、シャルをチラッと見て、次にイーリスさんをチラッと見る。


 「「話してみて下さい」」


 二人がハモった。

 そして、小さく溜息を吐く仕草までもがシンクロしていた。

 マイさんだけが、僕たちの様子にワクワクしているのが見てとれる。


 「たぶん……マイさんのお母さんのカエノさんは、僕の祖母の妹です。そして、旧姓と言っていたツグモリ家は、潤守神社うるすじんじゃ……椿ちゃんたちをまつっているところを護っている神職の家系です」


 僕が言い終わると、マイさんがパチパチパチと拍手をする。


 「フーカ君、正解です!」


 彼女の言葉に、僕も含め、その場にいた者が石化した……。


 「叔母様は、フーカさんの家の事情などを知っていたんですか?」


 シャルが口火を切ったが、言葉に覇気がない。


 「知っていたは違うかな? 母から聞かされていたから。フフ」


 この人は、絶対、この状況を楽しんでいる。

 守家と継守家の女性陣が、次から次へと頭に浮かんでくるので、頭を振って、それを振り払う。

 石化したままの皆はというと、そのまま砕け散りそうだった。


 「あれ? ……確か、今年の正月にカエノお婆ちゃんと新年の挨拶をしたはずなんだけど……。カエノお婆ちゃんは、こっちにいるんですよね?」


 「ええ、リンスバックの城でピンピンしてるわよ!」


 なら、僕の会ったカエノお婆ちゃんは誰……?

 頭が混乱して、熱が出そう。


 「フーカ君、大丈夫? 混乱しているみたいね。もう少し苦悩する若者を眺めていたいけど、可哀想だから、教えてあげない!」


 ガンッ。


 痛い……。

 テーブルに額を打ち付けてしまった。

 マイさんが継守家と守家のⅮNAを継いでることは間違いない。

 ミリヤさんが赤くなった僕の額をさすってくれる。

 皆は僕がテーブルに額を打ち付けた音で、正気に戻ったようだ。


 「冗談よ! 皆で私を睨まないで。恥ずかしい、キャッ!」


 ガシッとマイさんの肩を力強く押さえる者がいた。

 アンさんだ。


 「マイ様、はしゃぐのもいい加減にしないと、私も力加減ができなくなります」


 「痛い! アンちゃん、もう、力がこもってるわよ……イタタタタ」


 「そうですか? では、肩の骨が砕ける前に、すべてを洗いざらいお話しすることをお勧めします」


 「アンちゃん、目が本気なんだけど……イタタタタ。ごめんなさい。話します……話しますから、手をどけて!」


 アンさんは手を離すと、一歩下がった。


 「コホン。母は、正月にフーカ君と会っています。フーカ君がファルマティスに来る前だけど、たまたま、リンスバックに帰省したら、スマホで撮ったツーショット写真を、散々自慢されたの! つまり、母は日本とファルマティスを行き来してるのよ!」


 「「「「「…………」」」」」


 彼女の口から出た事実に、皆が絶句する。


 「待って! 僕は日本に帰れるんですか?」


 「無理です!」


 「はい……?」


 もう、何が何だか分からない……。


 「だって、フーカ君は、こっちに来た時に、媒体となる神鏡を破壊してるでしょ! ツバキちゃんかシズクちゃんに頼んで、媒体となる神鏡を新しく作るか、代わりの神鏡を用意しないとダメなのよ。ツバキちゃんに可愛くお願いすれば、直ぐに作ってくれるわよ……たぶん」


 最後のたぶんが気になるが、帰る手段があることは分かった。


 「あのー、私、以前に行き来できることを言いましたよね……」


 イーリスさんが申し訳なさそうにしている。

 こんな弱々しいイーリスさんを見るのは初めてかもしれない。

 僕たちは、記憶を掘り返す作業に没頭した。


 「あっ! あの時ですよ! イーリス様がフーカ様を女性だと思って、世継ぎができないからと婚姻を反対した時です。確か、男だと分かって、問題がなくなり、日本でも結婚した方がいいと言ってました」


 レイリアがポンと手を叩いて、思い出してくれた。


 「でかした! レイリア!」


 僕も思い出した!

 そんな事を言われていたけど、あの時は他の事で頭がいっぱいだったから、聞き流していた。

 今すぐ、レイリアをハグしたい。


 「うーん? ちょっといいですか?」


 「レイリア、どうしたの? 他にも何かあるの?」


 「それが、フーカ様のお婆様の妹がマイ様のお母様だと、血のつながりはないですが、シャル様とフーカ様は親戚になるのでは?」


 確かにその通りだ。レイリアって、たまに細かいところをさらってくるんだよね。


 「そして……」


 「まだあるの?」


 「はい、こっちも重要だと思います。フーカ様のお姉様は魔皇帝ですから、シャル様と魔皇帝も親戚になりますよね」


 確かにそうだ。

 皆の視線がシャルに集中する。

 シャルはすでに、頭を抱えて固まっていた。


 「あっ!」


 「レイリア、勘弁してほしいのはやまやまだけど、聞いておかないといけない気がするから言ってみて」


 「はい、マイ様はシャル様の叔母にあたりますが、血のつながりはフーカ様が持っていることになりますよね。あれ? 何だか、分からなくなりました……」


 言いたいことは分かるけど、ややこしい……。


 「マイさんは、シャルの叔母で、僕の叔従母いとこおばでいいんじゃない。何だか、色々な意味で頭が痛くなってくるから、これくらいで……」


 「そ、そうですね」


 レイリアも納得したようだ。


 さっきから、マイさんがニンマリしている。

 こちらが混乱している様子を楽しんでいるのが分かるだけに、僕の家系の女性はどうしてこうなんだろうと思ってしまう。

 その中にシャルも加わってしまったが、血につながりはないから大丈夫だろう……大丈夫であって欲しい。

 彼女を見ると、まだ、固まっていた。


 「そうそう、魔皇帝ってカザネちゃんだったじゃない。母は、自分の孫同然の子が、自分よりも前の時代で活躍していて、複雑だと言っていたわ。そうしたら、今度は同じ家系で孫同然のオトハちゃんも、今から二〇〇年前に活躍してることを知って、時間軸の仕組みに困惑していたわ」


 「そうなんですか……って、音羽姉ちゃんも来てたんかい!」


 マイさんと話しをしていると、新しい情報が次から次へと入ってくるのだが、僕が精神を保っていられない……。


 「フーカ様、壊れかけてるのが、言葉に表れてますよ? 私もフーカ様を茶化す機会を狙っていたのですが、さすがに辛そうなんで、やめますね。フーカ様、泣いちゃいそうですし!」


 これは、ケイトの優しさだと思っていいのだろうか……?


 「あら、フーカ君、泣きたいの? もう、そういうことなら、おばさんの胸に飛び込んでいらっしゃい!」


 「「「「「ダメです!!!」」」」」


 マイさんの言葉に、女性陣が一丸となって拒絶すると、彼女はプクーと膨れる。


 「あっ! 叔母様はスマホのことを知っていたんですか?」


 「知ってた!」


 マイさんは、シャルの質問にひょうひょうと答える。


 「日本のことも?」


 「知ってた!」


 「ウルシュナ様がツバキ様だということも?」


 「知ってた!」


 「魔皇帝の正体も?」


 「知ってた!」


 シャルはテーブルに両手をつき、崩れ落ちた。


 「マイ! 私は君から何も聞かされていないぞ!」


 「えっ? だって、聞かれてないもん!」


 今度は、エンシオさんが崩れ落ちた。

 それにしても、もんって……。


 「なんか、いいですね!」


 「オルガさん、何がいいの?」


 「いえ、カザネ様が会議に参加すると、魔王様と宰相閣下だけでなく、重鎮の皆様も次から次へと崩れ落ちていくんですよ。あの時は、カザネ様の天真爛漫てんしんらんまんっぷりを見ていて、楽しかったです。ああ、懐かしいです」


 「ね、姉ちゃん……。何をやってんの……」


 僕も崩れ落ちた。


 「えーと、オルガちゃんだっけ? あとで、カザネちゃんの武勇伝を聞かせてね」


 「はい、喜んで!」


 オルガさんとマイさんが意気投合しそうで怖いよ……。


 血縁者が現れて、さらに、カエノお婆ちゃんもファルマティスにいる。

 とても喜ばしいことなのに、素直に喜べない……。

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