第16話 いきなりの決闘

 馬車は野営地へと到着した。

 うっそうと生い茂る森の中に、ポツンと現れた空き地。

 僕とシリウスは、テントを張ったりと作業をしている人たちを見つめている。


 「ここは、冒険者や商人が野営に使っている場所です」


 「へぇー。それなら、冒険者や商人たちと会うかもしれないね」


 「冒険者と会うことはあるかもしれませんが、この道を使う商人は、ほとんどがユナハ領へ移りましたから、会う確率は低いかと」


 二人でしばらく、話しをしていたが、僕はメイドさんたちが調理を始めると、そちらが気になった。

 メイドさんたちは肉と野菜をぶつ切りにしている。

 僕はシリウスに許可を貰って、調理をそばで見ることにした。

 今日の夕飯はパンと煮込みスープがメインのようだ。

 献立を予想していると、一人のメイドさんと目が合ったので、話し掛けてみる。


 「僕にも、一品、作らせて欲しいんだけど、いいかな?」


 「そんなことさせられません!」


 「ちょっと、試して感想を聞きたい料理があるんだ……」


 「少しお待ち下さい」


 彼女は困った表情を浮かべて、何処かへと駆け出して行った。

 しばらく、その場で待っていると、彼女が走って戻ってくる。


 「分かりました。一品だけ、お願いします」


 僕はリュックを取ってきて、中を確認する


 「やっぱり入ってた!」


 調理器具と調味料を取り出すと、メイドさんから大き目のフライパンを借りた。

 僕は豚肉から脂身をとった後、手のひらくらいのサイズにスライスして、塩、胡椒をしてから、小麦粉をまぶす。

 用意されていた野菜は、地球の物と変わらないようだ。

 少しつまんでみたが、味も変わらない。

 さっそく、野菜の中から玉ねぎを選び、スライスし、次に、生姜をみじん切りにする。

 にんにくもあったので使うことにした。

 メイドさんにワインを貰い、自前の醤油しょうゆを用意すると、フライパンで炒めを始める。

 すると、彼女が興味津々で覗き込んできたので、僕は笑顔を見せた。


 「えーと、手伝って欲しいことがあって、キャベツを人数分、千切りにしてくれますか。それと、大皿を数枚、持ってきて欲しいんだけど、頼めるかな?」


 「はい! お任せ下さい」


 彼女は大皿を三枚用意し、千切りを始めた。

 視線は常に僕の手元を見ており、調理を憶えようとしているようだった。

 ジュージューと音を立てて、醤油の香ばしい匂いが漂い、懐かしさを感じる。

 出来上がったものから、キャベツを敷いた大皿へと盛り付けていく。

 約三〇人前の量はさすがに疲れた。

 ケチって使った醤油も残りわずか……。二本、用意してくれた姉ちゃんに感謝だ。


 「これは何という料理ですか?」


 彼女が尋ねてくる。


 「『豚の生姜焼き』って言う料理です。ただ、お酒がワインしかなかったので、本物とは少し味が違ってしまいましたが……」


 「『豚の生姜焼き』ですか……。この黒い液体を入れていましたが、調味料ですか?」


 彼女は醤油を指差した。


 「『醤油』と言う大豆を発酵させた調味料です。少し舐めてみますか?」


 僕は、彼女の手に数滴をたらす。


 「しょっぱい。でも、嫌いな味ではないです。こちらの方が『魚醤ぎょしょう』よりも使いやすそうですね」


 「えっ? 魚醤があるの? どこに?」


 驚きを隠せない僕に、彼女も驚いている。


 「ユナハ領の海岸沿いに行けば、手に入ります」


 「ありがとう!」


 僕は彼女の両手を握りしめて、ブンブンと振ると、彼女は困惑しながらも、顔を真っ赤にしていた。



 食事の準備が出来たようだ。

 僕もテーブルに着くと、僕の作った豚の生姜焼きも並べられている。

 シャルたちは見たことのない料理に、戸惑いつつも興味を抱いているようだった。


 「これがフーカ様の故郷の料理ですか!」


 レイリアが自分の皿に取ると、口へ運んだ。

 彼女の様子をシャルたちが見ている。


 「どうですか?」


 シャルは彼女を返事を待つ。


 「んんんー。これは……」


 「これは?」


 レイリアはお代わりをして、再び口に運んだ。


 「「「「「……」」」」」


 皆が見つめる中、彼女は黙々と食べている。


 「シャル様、レイリアは感想を言わずに、全部、食べる気では?」


 ケイトがジト目でレイリアを見る。


 「んぐ。そんなことはないです。美味しいですよ! ただ、この香ばしい味が話すと消えてしまうかもしれないのがもったいないので、黙って食べていただけです」


 彼女は、何の脈絡もない言い訳をした。


 「シャルお姉ちゃんも早く食べたほうがいいぞ! こんなに美味いのは生まれて初めて食ったぞ!」


 ヨン君もお代わりをして、がっつく。


 「シャル様、ヨンの言うと通りですよ!」


 オルガさんもお代わりをしている。

 食べるのを躊躇していたシャルたちは、その様子を見て、争うように自分の皿に取りだす。


 「フーカ様、この味付けは見事です。どうすればこの味を出せるか、教えて下さい。それに、私の知らない味も混じっているようです」


 「アン、あなたも先に食べていたの……」


 「すみません。私はフーカ様の故郷の料理に大変興味があったので、お先に頂いていました」


 シャルはアンさんを凝視していたが、彼女は味の解明に入っているようで、気にも留めていなかった。


 「たぶん、『醤油』のことかな。それは、大豆を発酵させた調味料だよ」


 僕は、少量の醤油が入ったペットボトルをアンさんに見せる。


 「『醤油』ですか……。少し味見をしてもいいですか?」


 僕は彼女に醤油を渡す。

 彼女は匂いを嗅いでから、手に数滴をたらして舐め、「なるほど」と言って醤油を戻した。


 「この『醤油』の作り方は分かりますか?」


 ケイトが聞いてくる。


 「フラッシュメモリーに入ってるから、パソコンで見れるよ」


 「そうですか。では、早めに調べて、教えて下さい」


 ケイトはそう言うと、イーリスさんを見て、黙って頷く。

 それに、イーリスさんが頷き返した。

 その二人の様子を見ていたシャルが腕を組み、少し考えこんでから、口を開く。


 「これは、凄く美味しいです。それに、この調味料は、絶対に売れます! ユナハで生産したいですね」


 ケイトとイーリスさん、シャルが考えていたことは、醤油をユナハで生産することだったようだ。


 「醤油は、温度調節できる環境で約六か月、常温だと一年から二年はかかると思うから、すぐには結果が出ないけど、大丈夫?」


 「魔石を使えば何とかなります。ただ、発酵させるところが難しいですね」


 ケイトも腕組みをして、考え始めた。


 「早く食べないと、レイリアとヨン君に食べつくされますよ!」


 ミリヤさんが忠告する。


 「レイリア! ヨン君! あなたたちは食べすぎです!」


 シャルは二人を注意すると、急いでお代わりを盛る。


 僕は久々の懐かしい味に満足していた。

 欲を言えばもう少し食べたかったが、初めて口にした彼女たちに譲ることにした。


 食事が終わると、護衛の騎士たちやメイドさんたちが「美味しかったです。ありがとうございました!」と僕にお礼を述べてくる。

 僕は「お粗末様でした」と返すが、照れくさかった。



 ◇◇◇◇◇



 僕たちは、アンさんの淹れてくれたお茶を飲んでゆっくりとしていた。

 しかし、ヨン君が何やらソワソワしだした。


 「ヨン君、お便所か?」


 女性ばかりで言い出せないのかと声を掛けてみた。


 「違う! 俺たちが暗殺に失敗したから、別のヤツが襲ってくると思って……」


 「昨日は、マッサージが気持ち良すぎて油断してしまいましたが、同じ過ちはしませんよ。それに、オルガがこちらに付いていますから、大丈夫です」


 アンさんが彼に微笑むと、彼の顔がパアッと明るくなる。

 その話しを聞いたシャルが、眉をひそめた。


 「アン、やっぱりマッサージを受けてたのね! 肌の艶も張りもいいし、奇麗になっているし……ズルい」


 「はい、全身をしてもらいました。ただ、気持ち良すぎて熟睡してしまうのが問題ですね。旅中でのマッサージはお勧めできません」


 アンさんは悪びれもせず、澄まし顔で答える。


 「これで、フーカ様の手籠てごめにされた者が二人に……」


 ケイトが茶化してきた。


 「ケイト、言いかた!」


 僕の顔が真っ赤になった。


 「でも、私は背中だけですから!」


 レイリアが、自分は数には入らないと言わんばかりに、胸を張ってニコッとする。


 「レイリアは途中で寝ちゃっただけでしょう!」


 ケイトが余計なことを言い出す。


 「えっ?」


 レイリアがサッとこちらを見る。

 僕はサッと顔を逸らす。

 レイリアの身体が脳裏に浮かび、顔が紅潮してしまう。


 「フーカ様、私が寝ている間に何をしたんですか!?」


 彼女が疑念を向けてくる。


 「何もしてないよ! ただ、お腹側もマッサージをしただけだって!」


 「あっ! 夜這いですね! 夜這いをしたんですね!」


 彼女は顔を真っ赤にして、こちらを睨む。


 「何で夜這いになるの? レイリアは夜這いを間違えてるよ」


 「そんなことはありません。寝ている女性の身体をもてあそんだのですから、それは夜這いです!」


 「レイリアも言いかた! それに、そんな夜這いがあってたまるか!」


 「この期に及んで、白を切る気ですか?」


 「勝手にマッサージを続けたことは、ごめんなさい! だけど、シャルたちに強要されたんだって!」


 「認めましたね! それと、シャル様!!!」


 「はひいっ!」


 シャルが姿勢を正す。

 これで、シャルたちも同罪だ。


 「シャル様も皆も聞きましたね!」


 シャルたちは黙ってコクコクと頷く。

 あれ? シャルたちが強要したことがスルーされてる?


 「言質は取りました。証人もいます。フーカ様、今すぐ片を付けましょう。さあ、決闘です!!!」


 レイリアはフンヌと満面の笑顔で胸を張る。

 何で、こうなった? 僕は思考が停止してしまった。


 ……。


 …………。


 その場が沈黙に包まれた。

 僕は、いち早く我に返る。


 「何で、そうなるの? 決闘は明日でしょ!?」


 遅れてシャルも我に返る。


 「そうです。いきなりの決闘なんて……。フーカさんに勝ち目がないことは分かっているのだから、そんなに焦らなくても……」


 シャルが援護えんごしてくれたのだが、何故だか腑に落ちない……。

 だが、今はそんな場合ではない。


 「そうだよ。僕だって、ボコボコにされるのが分かってるのだから、心の準備が……。それに、何でそんなに決闘にこだわるの?」


 自分で言っていて情けない……。

 そして、シャルたちが可哀想な子を見る目でこちらを見る。


 「フーカ様に認められたいからです。決闘で勝たねば認めてもらえません!」


 「僕はレイリアを認めてるよ!」


 「嘘です! フーカ様は私をバカだと思っているじゃないですか。それに、今では、何と言うか、色々と思うことも増えてしまって……。と、とにかく、女としての意地でもあるんです!」


 彼女の言ってることは、途中から意味が分からない。


 「それで、何で決闘という選択肢になるのかが分からないんだけど? 決闘じゃなくても勝負の方法はいっぱいあるよね?」


 「決闘なら、フーカ様に私の実力を知ってもらえて、認めてももらえます。そして、見直してもらえる。一石二鳥……いや、三鳥です。」


 何というお気楽な考え方なのだろう……。これはもう、思い込みでしかないような気がする。


 「僕はレイリアのことを認めてるし、気に入ってるよ! それに、そばにいて欲しいと思ってるよ!」


 シャルたちが「キャー!」とか騒ぎ出した。


 「そ、そうなんですか? えーと……」


 レイリアは、顔を真っ赤にして口ごもってしまった。


 「レイリア、思い出しなさい! フーカ様はあなたの身体をまるっとお見通しよ!」


 ケイトが腕をまっすぐ伸ばすと、僕を指差し、決めポーズをとる。

 姉ちゃんが好きだったドラマを思い出す。

 こんなことを彼女に教えられるのは一人しかいない。

 僕がオルガさんを見ると、彼女はあらぬ方向を向いてしまった。


 「ケイト、使い方が違う……」


 「あれ? 早く使ってみたかったんですが、難しいですね。……でも、レイリアの裸を見て、アン様の時みたいに鼻血を噴いてたのは事実ですから!」


 結局、余計なことを言い出した。


 「決闘です!」


 レイリアは冷ややかだった。

 もう無理だと思い、シャルに助けを求めようと彼女を見る。


 「む、り、が、ん、ば、れ」


 シャルからは口パクを返され、その後ろに控えていたイーリスさんが、頭を下げていた。


 「兄ちゃん対レイリアお姉ちゃんか。なんか凄そう!」


 「そうですね。カザネ様はかなりの実力者でしたから、これは見ものですね!」


 ヨン君とオルガさんが腕を組んで、観客側にまわる。

 そして、この決闘をたきつけたケイトが、周囲を歩き回り、皆に何かチケットを渡して、お金を徴収していた。

 こっちの身も知らずに、興行こうぎょうを始めているようだ。

 さすが、商人の娘と言いたいところだが、彼女には後でギャフンという目にあってもらおう。




 あっという間に会場がセッティングされた。

 ケイトの手腕なのだろう……。

 シリウスがそばに来て、ベストを着るのを手伝ってくれる。


 「フーカ様、レイリアの剣を受け止めないで、受け流すか、避けて下さい。そして、レイリアに隙が生じたとき、腰の木剣で胴を打って下さい。実戦経験のないフーカ様が勝てる策として考えていた双剣そうけんですが、明日、教えるはずだったので……すみません」


 彼は木剣が収まっているベルトを僕に着けながら耳打ちをしてきた。

 僕は誰も予想がつかなかったのだからと、謝罪する彼をフォローする。


 そして、僕の準備が終わると、シリウスが審判として、僕とレイリアの間に立つ。

 彼は手を振り上げ、降ろす。


 「はじめ!」


 レイリアが木剣を僕に向ける。

 僕は刀を抜いたが、短刀だったことに気付き、両手でどう持ったらいいか悩んだ。

 彼女が凄い速さで近付き、打ち込んできた。

 僕は右手で柄を握り、刀身に左手を添えて受け止めた。


 しまった!


 受け止めてしまったと、シリウスの助言に反したことを後悔する。

 しかし、手には彼女の打ち込んだ木剣の衝撃が伝わってこない。

 次の瞬間、僕と彼女は短刀の刃によって、木剣が綺麗に切断されていくのを目にする。


 ゴンッ!


 頭部に衝撃と激痛が走る。

 薄れゆく意識の中で僕から銀色の光が放たれる。

 その光にレイリアが飛ばされて、後方の木に向かって行く。


 「ふぎゃ!」


 誰かが彼女と木の間で押し潰されるのを見た。

 そして、僕の目の前は真っ暗になった。



 ◇◇◇◇◇



 額はひんやりとし、後頭部には柔らかい感触が伝わり心地よかった。

 僕はレイリアの木剣を受け止めたら、そのまま頭に直撃したのを思い出す。

 どうなったのかを知りたくて、目を開けると、ミリヤさんが覗き込んでおり、目が合った。


 「大丈夫ですか? 治癒魔法を掛けましたが、頭部に痛いところはないですか?」


 頭をさすってみるが、問題はなさそうだ。


 「大丈夫です」


 起き上がろうとする僕の身体を押さえて、彼女はニコッとする。


 「まだ、横になっていて下さい」


 横を見ると、レイリアとケイトが寝かされている。

 僕だけ、ミリヤさんの膝枕という好待遇だった。

 レイリアが飛ばされるのは見たから理解できる。

 しかし、ケイトも一緒に寝かされているのが分からなかった。


 「何があったの?」


 「フーカ様が短刀でレイリアの打ち込みを受け止めると、木剣が切断され、フーカ様に当たりました。すると、フーカ様が銀色に光りだして、レイリアを吹き飛ばしたのです。レイリアは、その衝撃で気を失いましたが無事です。勝負としては、引き分けですね」


 ミリヤさんはニコッとする。


 「ケイトはどうしたの?」


 「えーと、あれは……巻き込まれ事故です」


 「事故?」


 「レイリアの後ろで見ていたケイトは、レイリアが飛ばされてきた時に避けきれず、レイリアと木の間に挟まれて、その衝撃で気を失いました……」


 彼女は呆れた顔をする。


 「銀色の光でしたので、おそらく、ルース様の加護が働いたのではと思われます……。この場にいた騎士やメイドは目の前で起きたことを飲み込めず、しばらく、呆然としていましたが……。シャル様とシリウスがフーカ様の素性がバレないように説明しましたし、大丈夫でしょう」


 彼女は僕の頭をゆっくりとなでだした。

 その気持ち良さと膝枕の感触を、目をつむり、満喫した。


 「ごめん。足、痛いよね?」


 「大丈夫ですよ」


 彼女は微笑む。

 レイリアとケイトの様子を見ようと、横を向く。

 二人は、ぐっすり眠っている……いや、気を失っているのか。

 そこへ、ヨン君が、いきなり僕の顔を覗き込んできた。


 「兄ちゃん、大丈夫か? パァーと光ってカッコ良かったぞ!」


 「あ、ありがとう。大丈夫だよ」


 僕は片手を挙げる。


 「そっか! 皆を呼んでくるから待ってろ!」


 彼はそう言って、走り出した。


 「あっ! そっちは……」


 ミリヤさんの声は、ヨン君には届かなかった。

 そして、ヨン君はレイリアにつまづき転倒。


 「ぐぁ!」


 その後、ケイトに乗っかる。


 「ふぎゃ!」


 ミリヤさんが手で目を覆う。


 「レイリアお姉ちゃん、ケイトお姉ちゃん、ごめん!」


 ヨン君はスクッと立ち上がると、走り去って行った。


 僕の代わりにヨン君が、ケイトにギャフンではなかったが、「ふぎゃ!」と言わせたことで、少しスッキリした。

 レイリアが巻き込まれたことを除けば……。


 ヨン君がシャル、イーリスさん、オルガさん、シリウスを連れてきた。

 シャルが僕の枕元に膝をつき、イーリスさんたちは、その脇に座る。


 「フーカさん、大丈夫ですか?」


 シャルが僕の額に、手をあてる。

 ひんやりしていて気持ちいい。


 「大丈夫。心配かけてごめん」


 「止められなくて、申し訳ありません」


 シリウスが頭を下げる。


 「平気、平気。僕もあんなにスッパリと切れるとは思わなかったから」


 「それと、今後、あの刀では受け止めないで下さい。あの後、あの刀に真剣をあててみたのですが、剣も奇麗に真っ二つとなりました。レイリアの剣が木剣でなかったら、フーカ様の頭は斬られていたかもしれません」


 そう言って、シリウスは苦笑する。


 「そ、そうします……」


 そんな物騒な話を聞かされ、僕は青ざめる。

 そんな僕に、彼は小さく頷くと立ち上がった。


 「シャル様、出発の準備に戻ります。フーカ様は、出発まで横になっていて下さい。ミリヤ様、お願いします」


 シャルとミリヤさんが頷くと、彼は頭を下げ、去って行った。


 「ところで、フーカさん、あの光に心当たりは?」


 「ないです」


 「そうですよね。フーカさんだから仕方ないか……。ハァー」


 シャルは憂鬱ゆううつそうな顔をする。

 その横で、オルガさんは先ほどから何かを考えているようだった。


 「フーカ様、イーリスから大体の事情と経緯は聞いています。守り刀が付いて来ていないとか……。カザネ様には、守り刀のイオリ様がいましたので、こんな面倒なことは、……あまり、起きませんでしたが……」


 「あまりって……?」


 「ええ。カザネ様は天真爛漫てんしんらんまんというか、唯我独尊ゆいがどくそんですから! まあ、そういう方だったので、イオリ様は苦労なさっていました」


 「ああ。そういうこね」


 姉ちゃんを思い浮かべると、納得できてしまう。

 オルガさんは苦笑した僕と目を合わせると、彼女も苦笑いを返す。

 そして、真剣な顔に戻った彼女はシャルを見る。


 「差し出がましいとは思いますが、フーカ様をウルス聖教国に連れて行き、鏡を使ってツバキ様とお会いさせることをお勧めします」


 「私たちもそれは考えていました。何をしでかすか分からないフーカさんに振り回されなくなりますし、何も教えられずにこちらに来たフーカさんの中途半端な認識からくる不安も解消されるでしょう」


 シャルは顎に手をあてて、僕を見つめる。

 酷い言われようだ……。


 「何をしでかすか分からないところは、モリ家の個性だと思いますよ……」


 オルガさんの一言に、シャルは希望を絶たれたような表情をする。

 少し間が開いた瞬間、今まで黙っていたイーリスさんが、オルガさんに質問をする。


 「オルガ、ツバキ様ってウルシュナ様のことでいいのかしら?」


 「ええ、そうです。シズク様がルース様です。二柱はウルシュナとルースの名を、もう使っていないそうです」


 「待って下さい。オルガは『魔神ましんティーナカース』様を信仰してますよね? 何故、ウルシュナ様とルース様のことに詳しいのですか?」


 ミリヤさんが戸惑いを隠せず、会話に入る。


 「ティナ様が、自分の神域に迷い込んだカザネ様を元の世界に戻すために、一度、ファルマティスへと転移させた後、ツバキ様たちに連絡を取ったそうです。ティナ様は、カザネ様を「友人だから助けてあげて」と魔王国に神託を出しました。私たちは、その神託に応えるため、カザネ様を元の世界に戻す手助けをしました。その時に、ツバキ様とシズク様をご拝顔し、大雑把にでしたが説明をしていただきました」


 オルガさんは、当時を懐かしむように話す。


 「魔王国は、女神を愛称で呼んでるのですか?」


 ミリヤさんは、驚いた顔で尋ねる。

 僕も人のことは言えないけど、気になった。


 「ええ、カザネ様がティーナカース様をティナちゃんと呼んでいたことが広まってしまい……。さすがに、私たちはティナ様とお呼びしていますが……」


 彼女の説明で、僕はスッキリしたが、姉ちゃんが関わっていたとは……。


 「ウルス聖教もウルシュナ様とルース様の名を、ツバキ様とシズク様に変えたほうがいいのでしょうか?」


 「……」


 ミリヤさんの質問に、オルガさんは言葉を返せなかった。


 「ミリヤさん、改名しちゃっていいと思うよ! 椿ちゃんが文句を言ったら、脅してでも僕が何とかするよ! こっちの名前だと僕のほうが混乱するしね!」


 安心させようと、満面の笑みで答えたのだが、彼女たちは逆に呆然としてしまった。

 そして、シャルが話しだす。


 「ミリヤ、私たちもウル……ツバキ様とシズク様に会うかもしれないのだから、その時に本心を聞けるわよ! 私たちだけでも、ツバキ様、シズク様とお呼びすることにしましょう。皆にも言っておいて」


 「はい、分かりました。それと、フーカ様、ツバキ様を脅したりしないで下さいね」


 ミリヤさんに注意されてしまった。


 「これで、フーカ様の神様と私たちの女神様が一致しましたね」


 イーリスさんは、胸につかえていたものが取れたような満足げな顔をしている。


 「今、話した内容は、ケイトには話してあったのですが……」


 オルガさんは不思議そうに首を傾げた。

 それを聞いたイーリスさんは、ケイトのそばにに行くと、彼女を踏んづけた。


 「ふぎゃ!」


 ケイトの声があたりに響く。

 シャルとミリヤさんは、ケイトを眺め、ハァァァーと長い溜息をついた。

 そこに、イーリスさんとケイトを見て苦笑しながら、シリウスがこちらに来る。


 「出発できますので、馬車に乗って下さい」


 「分かりました」


 シャルが立ち上がる。

 シリウスが僕を抱き上げてから立たせてくれると、ミリヤさんがすかさず、かたわらで身体を支えてくれた。

 オルガさんとヨン君はレイリアを起こして、肩を貸した。

 もちろん、ヨン君はちっこいので、彼女の腰を支えている。


 イーリスさんのそばにアンさんが近付き何かを話すと、二人はケイトの襟首を掴み、そのまま馬車へと引きずって行く。

 まあ、自業自得だろう……。

 シャルはその様子を見て、苦笑する。


 「さあ、私たちも行きましょう」


 僕たちは、シャルの後ろに付いて馬車へと向かった。




 馬車が動き出す。

 車内では、皆が疲れ切った感じで静かだった。


 「フーカ様が勝つと、親が損します! 負けろー!」


 ケイトが唐突に叫ぶと、また、静かになった。

 どうやら、寝言のようだ。


 「ケイトお姉ちゃんって、どうしようもねぇーな!」


 ヨン君が首を振る。

 そんな彼に、皆は苦笑を返すことしかできなかった。


 さんざん引っ掻き回してくれた挙句に、この寝言……。

 僕は、ケイトにマッサージをすることになったら、足つぼにしようと心に決めるのだった。

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