第17話 レイリアの思い込み

 馬車はトラロ村へ到着すると、水や食料などを補充をするために停車した。

 外を眺めると、イルガ村よりも寂れていて、活気がなく、村民は少しやつれているように見受けられる。

 シリウスが車窓越しに話し掛けてくる。


 「この村を管轄している役人が、イルガ村とは違うのでしょう」


 彼は僕の考えを察したのだろう。


 しばらくして、補充を終えると、馬車が動き出す。

 車内では、レイリアとケイトが目を覚ましたが、まだ、ぐったりしている。

 そして、トラロ村を出た馬車は、森の中の街道を進んでいく。


 「喉が渇いたわね」


 シャルの声に、アンさんが背もたれを開き、木製のコップと小さな樽を取り出し、ミリヤさんが壁をいじると壁が倒れてきて、テーブルになった。

 僕はその光景にキャンピングカーを連想し、贅沢な馬車だと思った。


 「ちょっと、待って!」


 アンさんが樽に入った水をコップにそそごうとするのを、僕は止めた。


 僕は、リュックに入っていた粉末ジュースを取り出し、自分の分のコーラ味とシリウスの分のエナジードリンク味を確保すると、レイリアにはクリームソーダ味を、皆には、各種類のフルーツソーダ味を渡した。


 「誰かこの水を魔法で冷やせる?」


 「私が……」


 だるそうにしているケイトが手を挙げる。

 そして、彼女は樽に手をかざす。


 「冷えました」


 アンさんがその冷えた樽を渡してくれた。

 僕は、コップにクリームソーダ味の粉末を入れ、樽の冷えた水を注ぎながら、スプーンで軽くかき混ぜる。

 樽が重くて、フルフルしていると、アンさんが手伝ってくれる。

 粉末と混ざった水からは、シュワシュワと音がし、気泡がプクプクと上がった。

 僕が顔を上げると、皆が前屈みになって覗き込んでいる。


 「はい、ヨン君! クリームソーダ味だよ!」


 ヨン君はゴクッと生唾を飲むと、恐る恐る口を付ける。


 「ゴクゴク……。プッハァー! な、何だこれ……。口の中がピリピリ、シュワシュワして、甘くて冷たくて美味しいぞ!」


 皆からゴクッと生唾を飲み込む音がする。


 皆は自分のジュースを作り出す。一口飲むと、さっきまでの静けさが嘘のようにガヤガヤしだした。

 彼女たちが、一口ずつ回して飲み比べて、喜んでいる姿は、お菓子に群がる子供のようで微笑ましかった。


 「これは何ですか?」


 シャルが前乗りになる。


 「ジュースだよ。本物は果汁とかに炭酸水を混ぜてるんだけど、これは、水に溶くと再現できるお菓子?……のような物だよ」


 「へぇー、凄いですね! それに、水とこの粉だけで済むのは便利ですね」


 彼女は粉末の入っていた袋を観察しだした。

 僕も自分の分を作る。


 「げっ! 兄ちゃんのは何だ! 真っ黒で気持ち悪いぞ!」


 覗き込んだヨン君が興味を抱いた。


 「コーラ味だよ。ちょっと、飲んでみる?」


 彼は、ちょとだけ口にした。


 「うまー! でも、ちょっと変わってる味だな……」


 そして、彼から僕にコップが戻るには、かなりの遠回りをした。勿論、量も減っていた。

 僕は、戻ってきたコーラをちびちびと飲む。


 「フーカ様、うるわしの女性たちが口を付けたジュースのお味は、? ニヒヒヒヒ」


 「ケホッ、ケホッ、コホッ……。ケ、ケイト!」


 ケイトは悪い笑顔を浮かべ、あさっての方向に顔を逸らした。

 僕は呼吸を整えると、皆が顔を真っ赤にしているのが目に入る。

 車内に居づらくなってしまった……。


 「コホン。えーと、アンさんシリウスを呼んでもらえる?」


 「はい、少々お待ちを」


 アンさんは、馬車の扉を開けると、ピィーと指笛を吹いた。


 「フーカさん、シリウスに何の用が?」


 「シャルたちだけっていうのも悪いから……ただ、護衛やメイドさんの分まではないから、心苦しいけどね……」


 「そういうことですか」


 シャルは笑顔で頷く。

 そして、シリウスが馬から馬車へと乗り込んでくる。

 僕は走行中なのに凄いと感動してしまった。


 「どうしましたか?」


 「お裾分すそわけがあるから、ちょっと待ってね」


 エナジードリンク味の粉末ジュースを取り出して作る。


 「はい、どうぞ!」


 彼にジュースを渡す。


 「いただきます!」


 彼が一口飲むと驚きの顔を見せた。

 当然、その後にシャルたちを一周したのは言うまでもない。


 「これは美味しいですね。甘いのにスッキリとした後味もいいですね。軍の携行食に採用したいです」


 「ケイト、頑張って作ってね!」


 僕はケイトに振った。


 「こ、これをですか?」


 ケイトは驚きを隠せなかった。


 「ケイト、頼む! こういった物があれば、兵の士気も必ず上がる!」


 シリウスが真剣な眼差しで彼女に頼み込む。


 「ぐぬぬぬぬ……。分かりました。フーカ様も協力して下さい」


 「えー、お願いしますは?」


 僕はニンマリとしてみせた。


 「ぐぬぬぬぬ……。お、おねがいします……」


 彼女は口角をヒクヒクさせながら笑顔を作っている。

 そして、そんな彼女の姿を見たシャルたちの爆笑が、車内に響き渡るのだった。




 飲み終えたシリウスが馬車を離れると、車内は落ち着きを取り戻し始めた。

 目を覚ましてから、ずっと落ち込んだ感じだったレイリアも少しは元気が出たように見える。

 彼女を気にしていると目が合ってしまった。

 すると、彼女は僕の隣にいたヨン君との間に割り込んでくる。

 オルガさんは気を利かせて、ヨン君を抱き上げ、場所を作った。

 僕をジッと見つめるレイリア。

 その眼差しに、僕は緊張してしまう。


 「フーカ様、私は決闘で敗れました」


 「えっ? 引き分けだよね……」


 「いいえ、騎士が素人と引き分けるなんて……負けです」


 「それだと、決闘で儲けをしていたケイトが大損にならないよ?」


 「そこ!!! 何を言って……ムガガガガ」


 アンさんたちがケイトの口を押えて黙らせる。

 レイリアは一度、ケイトをジト目で見ると、僕に視線を戻す。


 「私の負けでいいんです。そして、シャル様、いえ、シャルティナ皇女殿下、私を解任して下さい!」


 シャルと僕だけでなく、その場にいた者が目を丸くする。


 「レイリア、そこまでのことじゃないんだと思うんだけど……」


 「そうです。あの決闘で誰かをどうこうするつもりはありませんよ! ……ケイトは別ですが……」


 「ムガー! ムガガガガ……」


 シャルもレイリアを擁護ようごする。

 そして、さっきから邪魔なケイトは、アンさんたちによって、床に押しつけられた状態に変化していた。


 「私が職を辞せれば、シャル様の名に傷がつきます。だから、解任していただきたいのです」


 「解任した後はどうするつもりですか? まずは、そこを聞かせて下さい」


 シャルもいつになく真剣だ。


 「私は……。私はフーカ様のめかけか、性奴隷となり、身も心も一生をとして仕えます!」


 「「…………」」


 僕とシャルは言葉を失う。

 アンさんたちも固まり、騒いでいたケイトですら固まった。


 レイリアはシャルをずっと見つめている。

 シャルと僕は、ほぼ同時にフルフルと頭を横に振った。


 「レイリア……あなたは、いったい何を言っているんですか?」


 「そうだよ! ユナハ国ができたら、犯罪奴隷を除いて、奴隷制度は施行しないよ。それに、僕は日本に戻るんだから、妾もいらないし、一生と言われても……困る」


 僕の言葉に、レイリアが放心状態になった。


 「ハァー。自分の気持ちと立場をふまえて、色々と考えているうちに、おかしな方向に突き進んでしまったようですね……」


 アンさんが苦笑しながらフォローを入れる。


 「フーカさんが好きだから、私じゃなくてフーカさんに仕えたかっただけってことよね……。人騒がせな……」


 シャルは頭を抱える。


 「このままいくと、僕はシャルと結婚させられるのだから、シャルに仕えても僕に仕えても関係ないよね……」


 シャルを見ると、彼女は目をキッとして睨みつけてくる。


 「さ、せ、ら、れ、るー!? どういう意味か詳しくお聞きしたいですね」


 「いや、シャルは可愛いし、素敵だよ! でも、僕は日本に戻るんだから、僕から求婚するわけにはいかないじゃないか!」


 「もし、日本に戻る手段がない時は、求婚して下さるのですね!」


 「それは、もちろん! ただ、こんな大切なことを、日本の家族に相談せずに決めて、大丈夫かな? 姉ちゃんと一緒にいたオルガさんなら、分かると思うけど……」 

 

 僕はオルガさんを見る。

 彼女は、何故こちらに振るんですか! と言いたげな顔をする。


 「はぁー。もしかして、カザネ様のことですか? ……カザネ様はフーカ様を溺愛できあいしています。将来、私の子を産んでもらうんだからと、それはそれは、訳の分からないノロケを……」


 「僕、男だから子供産めないよ……」


 「ええ、私もツッコミました。そうしたら、……いい女は細かいことを気にしてはダメよ! と『いい女講義』が、カザネ様が飽きるまで続きました」


 「うちの姉が、大変なご迷惑をおかけして、申し訳ありません」


 僕は、誠心誠意を込めて謝罪をする。


 「いえいえ、フーカ様が謝ることではありません。カザネ様は、なんというか……そういう方ですから」


 「あれ、シャル? ん? ミリヤさんもどうしたの?」


 シャルだけでなく、ミリヤさんまで青い顔をして固まっていた。


 「この話は、一旦、保留にしましょう。しかし、求婚してくれるなら、先ほどの聞き捨てならないセリフは忘れてあげます。ミリヤもそれでいいかしら?」


 「はい。ですが、私は側室ということなので……」


 「何を言っているの? ミリヤはフーカさんの将来の第二婦人なのだから、一緒に頑張りましょう」


 「は、はい……」


 ミリヤさんがシャルに思いっきり巻き込まれている。

 そして、放心状態から戻ったレイリアは、キョトンとしていた。


 「レイリア、話しがそれてごめんね!」


 「いえ、それは構わないのですが……。身と心を捧げることも、そばにいることも断られた私は、これからどうすればいいのでしょうか?」


 「今のままでいいんだよ! 前にも言ったけど、僕はレイリアのことを認めてるし、気に入ってるよ! それに、そばにいて欲しいと思ってるよ!」


 「フーカ様は、そこまで、私のことを欲していらしたんですね!」


 彼女は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。

 ん? 何だか、彼女の思い込みが再発していないか……?


 「フーカ様の性癖にも答えられるように、頑張ります!」


 「待って! 僕の性癖って……?」


 「ミリヤ様から、フーカ様は、胸にサラシを巻いた女性に欲情すると聞いています。それに、オルガのサラシに興奮していました!」


 ミリヤさんを見る。

 彼女は、気まずそうに窓から外を眺めだした。

 そして、オルガさんが顔を赤らめているのは、見なかったことにしよう……。


 「レイリアは、そばにいてくれるだけでいいから! それに、あまり余計なことをすると、ケイトのおもちゃにされかねないから、気を付けようね!」


 「……確かに、ケイトのおもちゃにされるのはしゃくさわりますね」


 「だから、今まで通りにしてくれるほうが、レイリアに親しみやすいんだよ!」


 「フーカ様がそう言うのでしたら、そうします!」


 「ありがとう」


 僕は胸をなでおろした。


 「フーカ様はひどいです! レイリアのとんちんかんな思い込みを解決できるなんて、さすが、スケベコマシだと感心したのに……」


 「ケイト、スケベコマシって、スケベとスケコマシを合わせただけで、何も褒めてないよね!」


 「さあ? サラシが好きな方には、お似合いの言葉だと思いますよ」


 ニンマリとした笑顔を向ける彼女に、言い返す言葉が見つからず、悔しい。


 「ケイト、フーカ様で遊ぶのもいいけど、ほどほどにしないと、カザネ様がこちらに来ることになったら、殺されますよ!」


 アンさんが素っ気なく言い放つ。

 すると、ケイトの顔から血の気が引いていく。


 「アンさん、遊ぶのもいいけどって……」


 車内は、僕とケイトの様子を見た皆の笑い声に包まれた。



 ◇◇◇◇◇



 馬車はキリロ町へ到着した。

 到着した宿は、町では一番大きな宿という話だったが、騎士とメイドさんは庭で野宿をする。

 僕たちだけが、部屋に泊まることになり、彼らに申し訳ないと思った。


 「レクラム領での宿泊最終日だ! お前たち、気合を入れて警戒しろ!」


 シリウスが宿の庭に親衛隊と近衛騎士団の騎士を集め、げきを入れる。

 僕たちとは違い、騎士たちはピリピリとしていた。


 宿で借りた部屋は大部屋が二つ。

 シャル、ミリヤさん、ケイト、イーリスさんで一室。僕、ヨン君、オルガさん、アンさん、レイリアで一室を使うこととなった。

 僕たちは、入浴を済ませると、皆で夕食を取り、その後は各部屋へと戻って、各々が自由に過ごす。


 「雰囲気がピリピリしてるね」


 「再び、刺客が襲ってくるなら、今夜ですからね」


 レイリアは剣を手に持ち、僕のそばに座る。


 「こっちの部屋に、アンさん、レイリア、オルガさんがいるけど、戦力のバランスが悪くない?」


 「シャル様には、ミリヤ様とイーリス様がついていますから大丈夫ですよ! ケイトだって、後方支援ができますし、それよりも、一度狙われているフーカ様のほうが危ないです」


 レイリアは心配そうに僕を見つめる。


 「僕が狙われてるの?」


 僕は、オルガさんを見る。


 「シャル様に話した内容の繰り返しになりますが……。私たちが指示された標的はミリヤと新人侍女の二人でした。どちらか一人を片付けるだけでもいいと言われたので、リスクの少ない新人侍女……フーカ様を狙いました。申し訳ありません」


 彼女は、僕に頭を下げる。


 「シャルは、何か言ってた?」


 「ええ、闇ギルドに依頼したのは、ゼンデン司教の独断ではないかと……」


 「ゼンデン司教? ハウゼリア新教の胡散臭うさんくさいおっさんだっけ?」


 「プフッ。……そうです」


 アンさんが口を押える。


 「でも、刺客を放たれるようなことをしていないと思うけど?」


 「議会で恥をかいたのはミリヤのせいだとでも思ったのでしょう。フーカ様が狙われたのは、ウルス聖教の関係者ということにしましたから、その……言いづらいのですが、とばっちりだと思います。ただ、フーカ様がウルス聖教から来たと教えたのは、宰相だけなので……」


 彼女の目が鋭くなる。

 僕は、彼女が何を言いかけたのかを理解したが、僕も黙っておくことにする。


 「僕は、どばっちりで狙われているんだ……」


 「「「そうなりますね」」」


 アンさんたちが声を揃える。

 その言葉に、僕はその場に崩れ落ちた。

 すると、オルガさんが急に立ち上がる。

 僕は彼女が何かを感じたのかと思って警戒をする。

 しかし、彼女は居眠りをしていたヨン君をベッドに運び、彼にシーツを掛けただけであった。

 とても恥ずかしい。

 僕は周りに気付かれないように、素知らぬ顔をして誤魔化す。

 オルガさんは僕の挙動に気付かなかったのか、話し出す。


 「私たちが失敗したことは知られているでしょうから、次は闇ギルドの構成員が来ると思います」


 「その闇ギルドって何なの? そんなギルドを公認していいの?」


 「闇ギルドは公認されていません。犯罪組織が勝手に名乗っているだけです。摘発てきはつしたくても、貴族たちの邪魔が入るので、できないのが現状です」


 レイリアはそう言って、苦笑する。

 そして、僕は天井を仰ぐ。

 宰相や司祭も闇ギルドに関わってたら、そりゃぁ、摘発できないよね……。とんでもない国に転移してしまった……。


 その後、僕たちは四つのベッドをつなげて、そこへ横になる。

 右にレイリア、左にオルガさんが寝ている状態なので、僕はなかなか寝付けない。 

 特に、レイリアが寝入った途端に抱き付いてきて、その柔らかい感覚と彼女が漂わせている香りに、僕は身体を動かす事も出来ず、ただ、硬直していた。

 レイリアに抱き癖があるとは……。

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