第10話 ファルマティスという世界

 食事を終えると、シャルたちは計画の状況を報告しあっていた。


 僕は窓際にある机に向かい、ノートパソコンにフラッシュメモリをさすと今後に必要な情報がないか調べることにした。


 「そのアーティファクトは何ができるのですか?」


 レイリアが僕の横にしゃがみ込み、ノートパソコンを覗き込んで、尋ねてくる。


 「私にも教えてください」


 シャルも興味を抱いたらしく、そばへと来る。


 「うん、いいよ」


 僕のその言葉に、皆が集まってきた。


 「これは、ノートパソコンって言うんだ」


 「のおとんぱそこんですか?」


 レイリアの発音だと、ウィルス対策ソフトみたいに聞こえる……。


 「言いづらそうだね。パソコンで憶えて」


 「ぱそこんですか?」


 「そう、パソコン」


 僕はいくつかのアイコンを選んで開きながら、教えることにした。


 「こうやって、数字の計算、表計算、図形の作成、文章の作成、知りたいものの検索、絵を描いたり、音楽を聴いたり作ったり、動画・写真の鑑賞や撮影――。他にも色々出来るけど、全部を教えるのは僕も無理!」


 僕は適当にいじって、様々な機能を皆に見せた。

 彼女たちは、絵を描いたり、音楽を流す機能が気に入ったようだった。


 「フーカ様でもパソコンの能力を全部は使えこなせないのですか……。ケイト、こんなに凄い物が神器ではないの?」


 「話を聞く限りでは、神器もしくは、それ以上の性能ですね。ですが、パソコンからは特殊な魔法が付与されている形跡はないし、魔力も感じられないので神器とは言えないと思います」


 ケイトに電気で動くのだから魔力を感じるはずがないと言いたかったが、詳しく聞かれると僕も説明できないだろうから、ここは黙っていることにした。


 「昨日、私の渡した地図と同じ地図を見ていましたよね? ファルマティスのことも調べられるんですか?」


 「それは椿ちゃん……神様がパソコンの中に勝手に入れてただけなんだ」


 レイリアはスクッと立つと、どこかに行ってしまう。

 少しして彼女が戻ってくると、手には昨日の地図が握られていた。

 彼女は僕に地図を渡してくる。


 「これも入れられるんですか? 試してみてください」


 カシャ。


 僕はパソコンのカメラ機能で地図を写した。


 カシャ。


 レイリアも写す。


 フォトフォルダーに入った地図の写真を開くと、皆が驚嘆の声をあげた。

 続いてレイリアの写真も開いた。


 「「「「「「「………………」」」」」」」


 シャルたちは言葉を失い、レイリアは顔から血の気が引き、口をパクパクさせ、画面に映った自分を指さして怯えていた。


 「レイリア、ごめん! 大丈夫だから、何も害はないよ!」


 レイリアは僕を涙目で見つめてくる。

 罪悪感に押しつぶされそうだ……。


 「ここのレンズを使って目で見たものを記録する機能なんだ!」


 ケイト以外はいまいち分かっていないようだった。

 僕はポケットからスマホを取り出すと、皆に撮りやすそうな位置に並んでもらい、自撮りをする。


 カシャ。


 僕たち八人の集合写真を撮った。

 そして、スマホの画面を皆に見せる。

 今度は、僕も一緒に映っていたこともあり、怯える人はいなかった。


 「鏡に映った姿を絵にして記録する機能だから、安心して!」


 「これもパソコンですか?」


 ケイトが興味津々で尋ねてくる。


 「これは、スマホといってパソコンと似たことは出来るけど、遠くの人との連絡に使う道具なんだ」


 「フーカ様の世界の道具は便利なのかややこしいのか分かりづらいですね」


 言われてみれば、ケイトの言う通りかもしれないと思った。


 「この小さいスマホという物を斥候せっこうに持たせれば、敵の勢力や動向を本隊に知らせることも可能ですか?」


 「僕のいた世界では動画といって動く絵を撮り続けて、司令部と連絡を取りながら兵士が戦ったりしているね」


 シリウスさんの目の付け所はさすが軍人と感心してしまう。


 「シリウスさん、ちょっと僕の横に来て!」


 彼が横に来ると、僕はシャルたちにスマホを向ける。

 彼にシャルたちの動画を見せるつもりが、彼女たちはスマホを向けられたことでジッと固まってしまった。


 「えーと、皆は自由に動いてくれると助かるんだけど……」


 彼女たちは、自由にというよりもロボットのようにギクシャクと動き出す。

 スマホの画面には、その姿が同時に映っしだされている。

 それを横で見ているシリウスさんの目は真剣だった。


 「なるほど。これは凄いですね」


 僕はさらにスマホの画面をピンチアウトさせて拡大したり、ピンチインして縮小させたりしてみせた。


 「いや、ここまでできるとは……。逆に恐ろしいですね」


 彼は驚きつつも、少しの間、考えこんでしまった。


 「フーカ様、スマホは無理でも似たようなものを作る事はできないでしょうか?」


 「うーん、ファルマティスの科学力では無理だと思うよ。魔法を使う道具とかでは代用できないの?」


 「ケイト、スマホに似た魔道具を作れないだろうか?」


 彼の質問にケイトが悩みだす。


 「エルフ領プレスディア王朝の魔道具研究所に依頼したらどうかしら? フーカ様にも協力してもらえれば作れる可能性はあると思うけど」


 イーリスさんの言葉に、シリウスさんとケイトは、エルフ領プレスディア王朝と同盟もしくは友好関係を必ず結ぶ必要があると言い出すと、何やら難しそうな話をしだしてしまった。




 僕は、ふと、スマホの画面に映る日付と時間を見て、大変かつ重要な事に気付いてしまった。

 ファルマティスの日付や時間、数字や文字の事、そもそも何故、会話が通じているのだろう……。よく考えてみれば、僕は、この与えられた部屋から出たことはないし、カーテンをめくって外の景色を見ることすらしていなかった。

 ラノベやコミックの常識に染まった平和ボケの自分が何故だかレイリアの姿に重なる。

 彼女のことを、天然もしくはポンコツなのではと思い始めていた自分が恥ずかしい……。


 「シャル、今日の日付と時間を教えてくれるかな?」


 「ファルマティス歴四〇一八年五月一二日の一四時頃ですね」


 「なるほど。それと、この世界の時間の概念も教えて欲しい!」


 「一年は三七二日、一二ヶ月に別れ、一ヶ月は三一日、七日で一週間と数え、一日は二四時間です」


 地球よりも規則正しいとは……。


 「こっちの人は、時間をどうやって確認しているの?」


 「平民たちは、教会の鐘の数とかですが、貴族や商人になると、あれを持っている者が多いですね」


 シャルは棚にある置物を指さす。

 置物には二四本の線が刻まれた円盤が有り、針は一四本目の線を指していた。

 その下には六〇本の線が刻まれた円盤があり、二本目の線を針がさしている。

 さらに下にも同じ円盤があり、針が動いている。

 上から時、分、秒を示しているのが理解できた。

 僕は時計のそばに行き、観察すると歯車はあるがゼンマイなどの駆動部が見つからず、魔法陣の描かれた水晶があった。


 「これって、どうやって動いてるの?」


 シャルがそばに来て、指を差す。


 「この魔石と呼ばれる水晶に時の魔法が付与されているから、針が動きます」


 魔法って、ずるい。


 室内を見渡してみると、天井から下げられているシャンデリアには光っている魔石がつけられ、辺りを照らしていた。

 壁の上部に開けられた長方形の穴からは適温の風が室内に送られていた。

 ずるいけど、機械音が無く、光熱費もいらないなんて画期的だとも思ってしまう。


 「シャル、質問ばかりで悪いんだけど……。僕と君たちは何故、言葉が通じるの?」


 「それは、フーカさんに言語認識魔法が付与されているからだと思います」


 「僕、そんな魔法をかけられた記憶がないんだけど……」


 ミリヤさんが顔を赤らめて、こちらを見つめてきた。


 「私と口づけをしたときに魔力と記憶の干渉をしたのが原因だと思います」


 僕は黙って頷き、追及するのを避けた。


 僕は皆が日本語を読めるのかが気になり、パソコンで文字を適当に打ってみる。


 「ねえ、皆はこれを読める?」


 目を凝らす様に画面を覗き込んだ皆は、適当に打ったひらがなとカタカナを読み上げる。

 よ、読めてしまった……。


 「皆にも言語認識魔法が付与されているの?」


 ケイトが首を振る。


 「ウルス聖教の神聖文字だから読めるんです!」


 それって、きっと、椿ちゃんが原因ってことだよね……。




 コンコン。


 扉が叩かれ、メイドさんが入ってくると、アンさんに何かを伝えて出て行った。


 「議会が三日後の五月一五日に開かれることになりました」


 「計画の準備は、今、どうなってるの?」


 アンさんから報告を受けたシャルが、皆に向かって質問をすると、イーリスさんが立ち上がる。


 「ユナハ領主へ使者を送りましたが返事を待つ余裕はないので、準備ができた者から順にユナハ領へ向かうように指示を出しております。ユナハ領主も聡明な方なので状況を理解し準備を始めてくれることでしょう」


 次にミリヤさんが立ち上がる。


 「ウルス聖教国とエルフ領プレスディア王朝へ使者を送り、返事はユナハ領主に送るように依頼してあります」


 ミリヤさんの報告が終わると、シリウスさんも立ち上がる。


 「ゲーテバック辺境伯に使者を出し、賛同される場合は任務を放棄してユナハ領で合流する事になっています」


 「ありがとう。あとは議会を切り抜けるだけね!」


 シャルはそう言って微笑んだ。


 「「「「「はい!」」」」」

 

 皆のやる気は凄かった!


 「シャル、僕も議会を見ることができるかな?」


 「変装をして端から見ているのであれば構わないですよ!」


 「ありがとう!」


 やっぱり、自分の目でも見ておかないとね!


 それからは、議会で出されるであろう議題の対策などを皆が話し始めたので、僕は黙ってその様子を見ていた。

 すると、アンさんが僕のそばへと来る。


 「フーカ様、そろそろ、城内を案内したいと思いますが、いかがでしょうか?」


 「うん、行きます! よろしくお願いします」


 やっと部屋から出れると思うと嬉しい。

 シャルが顎に手を当て、皆を見回す。


 「レイリア、イーリス、二人はフーカさんに付き添ってあげて!」


 「「はい!」」


 「私は着替えてくるので、待ってて下さいね!」


 レイリアが着替えている間、僕はカーテンをめくって外の景色を見た。

 右側には湖と連なる山、左側は建物の壁が邪魔をして見えない。

 正面には城の城壁があり、その先にはお屋敷が立ち並ぶ、さらに先には民家らしき家がひしめき、また、城壁がある。

 僕が景色に見入っていると、イーリスさんが隣に来た。


 「屋敷は貴族や商人の家です。その先が裕福な平民の家で奥に行くほど貧しく地位も低くなり、奥の城壁の向こうにはスラムが広がっています」


 一見、素晴らしい景色に見えたが、説明を聞くと切なく見えてしまう。




 レイリアが着替えて戻ってきたので、僕も机から警棒とスタンガンを収めたベストを着ると、余っているホルスターに短刀と扇子を収めた。


 「そのままでは目立つので、これを上に着て隠した方がいいですね!」


 彼女が軍服の上着を用意して、着せてくれた。


 「ありがとう」


 彼女がニコッと微笑み返す。

 そのしぐさはとても可愛かった!


 僕たちが廊下に出ると、扉の外には兵士とメイドさんの二人がいた。

 兵士は胸に右手を当てて敬礼し、メイドさんは軽く頭を下げた。

 アンさんがそれに応えるように軽く手を挙げると、先頭に立ち、歩を進めていく。 

 僕たちは彼女の後をついて行く。

 そして、僕たちが歩いていると、すれ違う度に、兵士は敬礼をし、メイドさんは頭を下げる。

 ただ、少し問題もあった。

 すれ違う人たちがレイリアに釘付けになってしまうのだ。

 レイリアが美容魔法で見違えたことは分かるが、これでは目立ちすぎる気がする。


 その後、僕たちは、厨房や兵士の詰所などを見てから庭に出た。

 庭の中心に噴水があり、周りには綺麗に剪定された木々と花壇、素人目にも見事な庭園だった。

 どこからかぎなれた香りが漂ってくるので足を止めると、芍薬しゃくやくの薄い桃色の花が咲いている。


 「女神ルース様の好きな花なので大切に育てられています。フーカ様の扇子からも同じ香りがしていましたね」


 アンさんは、例のイラストが見たいのだろうと思い、扇子を広げてあげると、うっとりとした目でイラストを見つめ、喜んでくれた。


 次に向かったのは儀式の間だった。

 神鏡は枠を残して鏡はなくなっていた。


 「この空間で何か力を感じたりしますか?」


 「うーん、アンさん、ごめん。何も感じない」


 「そうですか。気にしないで下さい」


 僕たちは儀式の間の脇にある扉に向かう。

 その扉を開くと、玉座があり、広間となっていた。


 「ここが議場です。三日後にここで議会が行われます。フーカ様には、ここで姫様の従者として控えてもらいます」


 アンさんは僕の手を引き、檀上だんじょうの右端に案内する。


 「あれは?」


 僕は、手すりで囲まれた一画を指差した。


 「元老院たちの席です」


 僕は黙って頷く。

 それにしても、思っていたよりも広い議場を目の当たりにすると、三日後に開かれる議会に少し不安を感じる。


 「フーカ様を人目にさらすのも良くないので、そろそろ戻りましょう」


 アンさんの言葉で、僕たちは議場を後にした。




 部屋に戻るとシャルたちが出迎えてくれた。


 「場内はどうでしたか?」


 「庭園がとても良かったね!」


 シャルの自慢の庭園だったのか、とても喜んでいた。


 「ただ、レイリアがすれ違う人たちの視線を浴びて目立っていたよ」


 「アン、イーリス、ちょっと、こっちへ来て下さい」


 シャルは二人を少し離れたところに連れて行くと、密談を始めてしまった。


 今日、新たに分かった事は、ファルマティスという世界を知れば知るほど椿たちの痕跡が見えてくる事だった……。

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