第65話 かっこ悪い
翌朝起きたウィルジアはベッドの中で声にならない悲鳴をあげた。
体がきしむ。
ちょっとでも動こうものなら、全身を蝕む筋肉痛と打ち身と擦り傷の痛みが襲いかかる。
運動とも怪我とも無縁の生活を送っているウィルジアからすれば、これは中々に耐え難い痛みだった。
とりあえずなんとか起き上がったが、洗面所が遠い。ここから朝の支度を済ませ、厨房まで降りて行ける自信が全くない。
ベッドの端で呆然としていると、扉が控えめにノックされた。
「ウィルジア様、お体の具合はいかがでしょうか。よろしければ今朝は、お支度の手伝いをしましょうか……?」
「あっ、リリカ。全然平気だから、手伝いは要らないよ」
こうなることを見越していたであろうリリカにそう声をかけられたウィルジアは、とっさのプライドでそう返事をした。
「左様でございますか……?」
「うん。本当に平気。もう少ししたら行くから、先に一階に行ってて」
「かしこまりました」
リリカが遠ざかっていく足音がする。実は喋るだけで腹筋が痛かった。
「かっこ悪……」
うなだれて頭を抱えて一人呟いた後、しかしここでギブアップするわけにはいかないと己に喝を入れて顔を上げる。
今日の夕方に再び騎士団に顔を出すとエドモンド兄上に約束した以上、ウィルジアはその約束を履行しなければならない。
兄が怖いとかそういう理由ではなく、強くなってリリカを守りたいと思っているからだ。
それに昨日はほぼ仕事をしていないので、今日こそやらなければ。
絶対に図書館に行き、騎士団に行く。
そしてその前に、とにかく顔を洗って着替えをしなければならない。
ウィルジアはきしむ筋肉をどうにかこうにか動かしながら、朝の支度に取り掛かった。
「ウィルジア様、大丈夫でございますか……?」
「うん。大丈夫」
ウィルジアはなるべくリリカに痛みを悟られないように普段通りに振る舞った。
しかしリリカは、おそらく気がついているだろう。
何せウィルジアの動きは明らかにぎこちない。それでもウィルジアはかたくなに「大丈夫」と言い張るので、もはやリリカも深く追求してこなくなる。
危ない動きで朝食作りを手伝うと、苦労してナイフとフォークを動かして朝食を取り、なんとか馬車に乗り込んで王立図書館へと向かう。
馬車が上下する少しの振動で体が痛んだが、気合で耐えた。昨日から根性出しまくっている気がする。僕ってこんなに根性あったんだなと、ウィルジアは自分自身に驚いた。
「では、行ってらっしゃいませ、ウィルジア様」
「行ってくるよ。帰りはあんまり遅くならないようにするけど、いつ帰れるかわからないから迎えはいいや。兄にリリカを会わせたくないし」
「かしこまりました」
リリカは瑠璃色の瞳でウィルジアをじっ、と見つめたが、何も言わずお辞儀をした。
ウィルジアはそんなリリカに手を振って、図書館内へと向かった。
「おはようございます、室長!」
「んああ。おはよう」
「おはよう、ジェラール」
「ああ、おはよう。お前、昨日どこで何してた? リリカさんが探していたぞ……なんだその変な動きは」
ジェラールは顔も上げずにウィルジアに話しかけ、顔を上げてから不審な表情でウィルジアを見た。
「変な動きしてる?」
「カクカクしてる」
「ははは……ちょっと筋肉痛」
「筋肉痛?」
「騎士団でエド兄上に鍛えてもらってた」
「お前……本気だな」
「うん」
「それはそうと、どこかに行くならちゃんと伝えろ。心配するだろ」
「うん、ごめん」
「あと仕事はしろ」
「わかってる」
言葉少なに会話を交わすと、二人はそのまま自分の仕事に取り掛かった。
痛む体を動かして、その日の仕事は昨日サボった分も含めてなんとか終わらせた。
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