第62話 消えたご主人様を探せ

 いつもの様に王立図書館にウィルジアを迎えにいったリリカは、ご主人様がさっぱり姿を現さないことに訝しんでいた。

 かれこれ三十分は待っている。

 ウィルジアは律儀な性格なので、待たせる様なことがあるならば一旦出てきて事情を説明してくれるだろう。

 何かトラブルでも起こったのだろうか。

 しかし許可証を持っておらず中に入れないリリカは、ここで待つ他にない。

 やきもきする気持ちを表に出さないようにじっと佇んでいると、やがて見知った一人の人物が図書館内から姿を表し、そしてリリカに気がつくと近づいて来た。


「ジェラール様」

「やあ、リリカさん。もしかしてウィルジアを待ってる?」

「はい」

「おかしいな、あいつは昼からずっと戻っていないんだ。てっきり帰ったのかと思っていた」

「え……」

「何も聞いてないか?」


 リリカはフルフルと首を横に振った。ジェラールは顎に指を当て、眉間に皺を寄せる。その行為から、ウィルジアがどこかに行ってしまうのが珍しい事態なのだとリリカにはっきり自覚させ、落ち着かなくなった。


「あの、ウィルジア様、お昼の前に何かおっしゃっていませんでしたか?」

「外で昼食を取ると言っていたな。裏の庭に回ってみよう」


 ジェラールに導かれ、二人で王立図書館の裏手へと回る。夕暮れ時の庭にはほぼ人はおらず、庭師が落ち葉を掃き清めている最中だった。


「あっ、このバスケット、私がウィルジア様に持たせたものです」


 リリカは芝生の上に放置されたバスケットを見て駆け寄った。


「あいつ、ここで昼を食べてそのままどこかへ行ったのか。らしくないな」

「こんな所に置き去りにして、どこ行ってしまったんでしょう……まさか誘拐!?」


 リリカの脳裏に嫌な想像が駆け巡る。

 ウィルジアは王家の血を引く人間なので、悪い輩に捕縛されたという可能性は大いにある。

 しかし顔を青ざめさせるリリカに、掃除をしていた庭師が手を止めて声をかけてきた。


「そのバスケットの持ち主なら、騎士様の後を追いかけてどこかへ行ってしまったよ」

「騎士様ですか?」


 予想外の答えにリリカが問いかけると、庭師は頷いた。


「あぁ。白馬に乗り、キャラメルブロンドの髪に王妃様似の美貌を持つ精悍な騎士様……この国の二番目の王子様、『笑顔の殺戮王子』エドモンド・アシュベル様に違いないね」


 凄まじい二つ名をさらっと言ってのけた庭師に、リリカの顔色が先ほどよりももっと青くなった。ジェラールを仰ぎ見たリリカは、顔を歪めて叫ぶ。


「たっ、大変ですジェラール様。ウィルジア様が、お兄様に攫われました! 私、助けに行ってきます!」

「えっ」

「では、失礼します! 庭師さんもありがとう!」

「気をつけて行くんだぞ」


 リリカは呆気に取られるジェラールを置き去りにし、庭師に礼を言うと、バスケットを手に馬車まで戻った。


「アウレウス、行くわよ! ウィルジア様を助けに行かないと!」


 そして御者台に座ると、あり得ないスピードでアウレウスを駆けさせ、騎士団の本部へと向かった。

 だだだだだっとアウレウスを走らせながら、リリカはウィルジアの二番目の兄について知っている情報をまとめる。


 エドモンド・アシュベル様は第二王子で現在二十三歳。

 おばあちゃんの話では幼い頃から活発で、常に剣を手にして王宮内をうろうろして、見つけた人物には手合わせを挑む様な人物だったらしい。

 当然の様に騎士を志し、軍部へと身を置いた今では実力によって中佐の座へと上り詰めている。そして先ほどの庭師の言葉。

 王妃様に似た繊細そうな美貌を有しているにも関わらず、血気盛んで盗賊だろうが獰猛な獣だろうが笑いながら屠っていくその姿からついた二つ名らしい。


(とにかくウィルジア様とは真逆のタイプだわ)


 リリカは思う。ウィルジア様はもしかして、因縁でもつけられて無理やり兄に連れ去られたのではないだろうかと。

 今この瞬間にも、ウィルジアが因縁をつけられて兄である第二王子に叩きのめされているのかもしれないのだ。それを想像するだけでリリカは落ち着かなくなり、焦った。


「アウレウスッ、急ぐわよ!」

「ヒヒーン!」


 すっかり心を通わせたリリカとアウレウスは、主人を救出するべく王都の街並みを疾走した。


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